阪神・淡路大震災から学ぶ ―トイレ考―

阪神・淡路大震災から学ぶ ―トイレ考―                                

                        三木 基弘


●はじめに
 今年の春節(旧正月)は、2月19日から始まっています。今年は「戦後70年」の節目となっており、既に1カ月余りが経過します。最近のニュースなどを見ていますと、争い事や凶悪犯罪など心寒い知らせが届いています。私の地元紙神戸新聞では「阪神・淡路大震災から20年」を数え、特集記事が組まれていました。

 兵庫県姫路市に在る名刹・書写山圓教寺(えんぎょうじ)では大樹住職が「除夜・新春夢の書」を書かれています。今年の文字は『節』でした。同寺のホームページから説明文を引用します。『趣旨 漢字の数は多いけれど、これだけ多くの意味をこめた文字は少ない。深い字である。その中でよく使われるのは「節目」です。』この節目に当たり、震災での経験を想起しで、日頃の関心事であるトイレの考察を試みてみます。

 私は、災害発生後に人が必要とするものは「飲み水は30分後、トイレは3時間後、食料は30時間後」だと思っています。少し時間の帳尻合わせに思えますが、「阪神・淡路大震災」の体験をもとに私見を披露いたします。

◆1.阪神・淡路大震災と仮設トイレ

 1995年1月17日の早朝、私は自宅で激しい揺れの為、目が覚めました。木造2階建ての2階に寝ていましたが、木と木が激しく軋む音がしました。私は、直ぐに家族に声をかけて庭に避難しました。寒い冬の朝でした。

 震災後約2週間を経たとき、トイレを研究する仲間と避難所のトイレ掃除ボランティア活動をしました。当時は、公共交通機関が不通でしたので、大阪方面から来る人と神戸で合流することにしました。私たちは、各班に分かれ、夫々別に避難所に行きました。当時の避難所には、既に医師をはじめ医療従事者が常駐していました。只、トイレは不備で使用がままならず、依然として下水道設備が復旧出来ていない所がありました。私が行った小学校体育館では、トイレの汚物はてんこ盛り状態でした。仮設トイレは、既に各地方公共団体や各種団体などから様々なものが避難所に持ち込まれていました。しかし調べてみると、実際の利用上には幾つもの問題が出ていました。

 まず、避難所では、仮設トイレは体育館などから少し離れた場所に設置してありましたが、地震発生時は冬期ですから避難者は寒い中を歩いて行かなければなりません。またトイレ前に裸電球がぶら下げられているだけで、懐中電灯を持参して用を足す状態でした。このためテント式トイレでは、夜間に中から光を当てると内部がぼんやりと見えるような状態になるのでした。

 このため女性や高齢者などは使用をためらうようになりました。そのため折角、避難所に飲み水や食料が届けられても、摂取を控える現象が起きました。当時「トイレ弱者」とう言葉も生まれました。病人など適切に水分補給を必要とする人が飲み水を飲まなければ、症状の悪化を招きかねません。この震災の教訓を基に仮設トイレは大幅に改善されましたが、当時としては大きな問題でした。

 仮設トイレには、他にも問題点が出てきました。

1)仮設トイレが組み立てられない。
 専門業者なら簡単に組み立てられても、素人では直ぐに組み立てが出来ないものが多くありました。スコップが一つで地面に穴を掘り、板を渡して、トイレとする方が余ほど手っ取り早かったのです。

2)外は寒い。
 冬の夜は気温がかなり下がったので、体調のすぐれない人は特に夜間に行きたがりませんでした。

 この震災を契機に、多くのボランティアが多方面で活動しました。このボランティア活動は、広く国民に周知された最初の活動だと思います。携帯電話の普及もボランティア活動の進展に寄与しました。

◆2.緊急災害対策の3大課題 — 水、トイレ、食料

ア)飲料水
 この一義的必要性には、誰でも異論がないでしょう。直ぐに応援に駆け付ける体制づくりが地方公共団体を中心に進められています。飲み水は30分以内に確保する体制の確立が不可欠です。そのためには、何より地元で直ぐに飲み水が得られることが重要なのです。例えば近くに井戸があって、それが災害による損傷が無かったと仮定しても、電気が無いと動かない状態であることが多いのです。ポンプは電動のことが多いためです。昔のように手動式であれば、直ぐに動かせます。

イ)トイレの重要性
 健康維持するためには、飲食物を摂取すると共に、排泄物を順調に出すことが必要です。「入れること」、「出すこと」のバランスが大切なのです。トイレは、そのための大切な設備なのです。私がこの問題を特に身近な課題としてトイレを重要視しているのは、意外にこれが軽視されているからです。

ウ)食料供給
 上記の2点に比べると、「食べ物」は30時間以内の確保でも良いと思います。それは「腹は減っても、生きることに直ちに支障は無い」と思われるからです。ただ、乳幼児対策は別途の配慮が必要です。広域の大災害でなければ、実際にはそんな長い時間を待つまでもなく、応援の手が差し伸べられる可能性が高いと思われます。

◆3.トイレ問題のより一般的な考察

ア)観光地とトイレ
 今年4月から高野山では、開創千二百年記念大法会が行われます。高野町では、来訪者のために新たに公共トイレを作りました。全国の自治体は、夫々の地で観光客を呼び込もうと、公共トイレを充実させてきました。それ以前は「汚い」「暗い」「怖い」「臭い」のいわゆる「4K」の代表格でした。伊豆半島の観光都市、伊東市では公衆トイレに面白いネーミングがされています。また、施設がユニークなものや、地元の木材を使用したもの、景色の良い場所に設けられたもの等、全国の様々な場所で工夫が重ねられてきています。

 海外では公共トイレが犯罪の温床になったりするので、有難くない施設と思われがちです。今回は諸外国のトイレ事情にまで踏み込みませんが、中国旅行に行かれた方なら、少なからずトイレに困られた体験をお持ちではないでしょうか。でも、最近では観光地のトイレ事情改善が進んでいるようです。

 公共トイレは、障害者にとっては切実な問題になることがあります。例えば車イスの使用者がまちへ行く場合、トイレの所在地を事前に知っておきたいものです。このために「トイレマップづくり」を行っている団体もあります。公共トイレのなかには、イタズラされることを心配したり、浮浪者が住み着くことを心配してトイレに鍵を掛けていることすらあります。これは公共トイレの特性から見て問題です。

 余談ですが、先ほどの高野山・弘法大師に深い縁のある京都・東寺には「東司」(とうす)というトイレ(厠の遺構)があります。この場所は、昔から大切な場だったのです。この場で用を足す間も、修行なのですから。今はそれを利用することもないでしょう。しかし高野山ではトイレで用を足そうとすると、前の壁にお唱えする文言が示されています。また、紀州熊野地方へ旅をした際にはトイレに飾る人形が売られています。これは日本に古くからある「トイレの神様」信仰と関係があると思われます。今も昔も、人が生きる中で「食べること」と「出すこと」が共に重要なことなのは、変わりません。

イ)家庭とトイレ
 現代人がじっくりとものを考える場の一つは、トイレの中だと思います。また地震などの避難の場所では、トイレが良いそうです。それは、トイレが比較的狭い空間であるのに、周囲に柱がきっちりと立っていて頑丈な空間といえるからです。また、トイレで本を読む人の話を聞きます。人は、この空間でゆっくりと物事を考えることができるからのようです。以前、妹尾河童さんが、たくさんの家庭のトイレを紹介した本を読みました。トイレを観ると、その家の個性が表れ易いと思われます。

 この家庭トイレですが、最近の住宅事情では洋式トイレが圧倒的に増えてきています。ところが、学校のトイレは和式が多かったのです。このため子どもの間で問題が起きて来ました。現在は、学校でも洋式トイレが増えています。

ウ)学校とトイレ
 保育園では、子ども用トイレに絵本に登場する絵を描く等、工夫をしているところがあります。園児が怖がらずトイレを使用できるようにするためです。

小学校では、和式トイレに馴染めず我慢する児童が増えたりすることがあり、洋式トイレを増やしてきました。またトイレが「いじめの場」とならないよう工夫されています。また、掃除を積極的にすることで教育効果が産む話などをよく耳にします。

 中学校では、男と女のトイレ設置場所を校舎の中で分離していますし、「非行・喫煙の場」にならないよう注意しています。以前の校舎では効率性を高める理由から、上水設備を左右の位置に振り分けて男女別のトイレを設けていました。その結果、隣り合わせになるのでした。現在は男女別々に離して設けていますので、男女のトイレ間で音が聞こえる心配はなくなりました。ここでも洋式化は進んできています。

エ)文化財発掘とトイレ
 現在は、発掘作業でトイレ(厠)の遺構土壌を分析すると、その時代の人々が何を食べていたのかが、分かるようになってきました。また、城下町などで発掘されたトイレ(厠)を見てみると、漆喰(しっくい)で作られたりしています。この成分を調べると、城郭に使われた漆喰との共通点がみられるなど、思わぬ研究成果が出てくるようになりました。トイレ考古学とも言うべき分野が誕生しています。

オ)トイレの水使用量 1対3の法則
 公共施設内で水洗トイレを使用する際、男性用トイレで使用する1回当たりの水使用量を1とすると、女性用トイレのそれは3になると言われています。
 これは、女性がトイレを使用する水使用量は使用前、使用中、使用後と3倍になるというものです。この指摘を受けて節水の為に、様々な音を出す装置を導入している所が現れました。また単に用を足すだけでなく、快適空間づくりに取り組む企業などが現れてきました。人を呼び込む商業施設では、そのことにより経済的成果が期待できるようになったといいます。

カ)トイレの使用時間 1対3の法則
 コンサート会場へ行くと、休憩時間にトイレに並んだ経験を持つ人は多いでしょう。この場合に並ぶ時間も男性1に対して、女性は3倍多くの人が並んでいるというのです。下手をすると後半の演奏が始まってしまうという焦りを覚えることも、多くの人が体験しているかもしれません。

 この法則からすると、トイレの設置空間について男性を1としたとき、女性の割合を3倍に採れば問題は解決するはずです。もしくは1か所と3か所でも可能です。しかし多くの施設があるにも関わらず、そのような施設をあまり目にしていません。

キ)高速道路サービスエリアのトイレ
 今年の年始のニュースで、伊勢方面の某サービスエリアが暴走族対策のため、突如として利用禁止となったことが報じられていました。その時、そこでトイレ休憩利用希望者は多くいたようです。恐らく多くの人が初詣に行くために着飾っており、トイレを利用したかったことでしょう。警備上の問題があるのでしょうが、トイレに行けず悶々とした気持ちを想像すると、お気の毒と言わざるを得ません。

 サービスエリアのトイレを含む施設は、全国どこも同じような設計で進められてきました。これを建設する時点では、効率的ですから。しかし計画当初、トイレ調査を進めた時点では、中央部にトイレを位置付けていたと聞いています。それはサービスエリアへ入る利用者の大半の目的が、トイレ利用だからというのです。実際には、中央部に商業施設があります。経済効果を考えると理解できる内容です。只、全国一律の施設構造ではなく、もっと個性・特性を発揮してもらいたい気がします。サービスエリアと新幹線の駅は、どこでも同じ、金太郎飴的な施設となっているのは残念です。

ク)トイレの歴史
 今回は、厠の歴史に触れることが出来ませんでした。日本のトイレの歴史や諸外国との比較について機会をあらためて試みたいと思っております。このトイレ問題は、専門の研究者に任せておく話ではありません。もっと現代的な観点から取りあげるなら、宇宙船とトイレ、列車とトイレ、ヨットとトイレ、介護ベッドとトイレ等々話題は無限に拡がります。これは私にとって力不足でカバーしきれませんが、多くの方々の叱咤激励と参加を得て、問題の究明を進められれば嬉しい限りです。

 (筆者は地方史研究家)


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