-「帝国」型の安全保障から「不戦共同体」的世界へ-

■ 転換する安全保障観

-「帝国」型の安全保障から「不戦共同体」的世界へ-

     榎  彰
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●いま岐路に立つ日米関係


  日米関係が、かつてない岐路に立たされている。ネオコンの独走に彩られたブッシュ「帝国」の時代が終わろうとし、結局は対米追随に終始した小泉、安倍時代から福田首相が登場したのを機に、日米双方とも、特に安全保障の分野で、新しい地平を切り開くことが出来るかどうか正念場に立たされている。

 小泉元首相は、対北朝鮮関係の打開を軸に、北東アジアに安定をもたらし、日米関係に新しい角度を持ち込もうとしたが失敗、その後は、終始、米国外交の枠の中の日本の役割に徹しようとした。米国は、イラク作戦の失敗の結果、局面を一変させ、今回は、北朝鮮関係の打開に取り組み、今、まさに米国主導の安定を東アジアに持ち込もうとしている。

 折から、参院選挙の結果、昨年まで、威を振るった、安倍前首相に象徴される、歴史の歯車を逆転させようという勢力がようやく後退の兆しを見せ、安倍内閣はあっけなく瓦解した。立法府の一つの極を、民主党など野党が支配するという戦後政治史上かつてなかった事態が起こり、大連立構想などこの事態を打開するための、さまざまの策が展開されている。
  一方、世界の政治は大きく動きつつあり、来年の大統領選挙を控え、ブッシュ政権を支えたネオコンが退潮するなど、米国の政治も大きく変わろうとしている。米国内部で、「帝国」を目指す路線は、守勢を余儀なくされ、統合へ向かって前進を続ける欧州連合(EU)などへの米国流民主主義の後退は著しい。ASEAN(東南アジア諸国連合)などが主導する東アジア共同体への動きも際立っている。リージョナリズム(地域統合)の動きは、グローバリズムの着実な発展ともともなって、安全保障の目でも大きく前進し、国際政治の様相を着実に変えようとしている。

 福田首相の訪米、日米首脳会談は、出口が見つからない日本外交の局面打開の模索の現れであろう。今こそ、東アジアの安定を目指して、新たな取り組みが必要である。日米同盟の堅持などは当然のことであり、この際、重点を中国など新たに国際政治に再登場してきた勢力に移し、東アジアの発展に力を注ぐべきである。小沢民主党代表は、たなざらしになっていた国際貢献への自衛隊派遣について、新たな構想を提案した。国際政治の雰囲気は、ようやく、ホッブス的安全保障の世界から、「人間の安全保障」へと抜け出そうといている。小沢氏が、日本国憲法の前文の意義を強調しているのも、今一度、第一次世界大戦後の国際協調の雰囲気を振り返ってみようということではないのか。


●鈍感になった小泉自主外交


  2002年の小泉首相(当時)の訪朝、ピョンヤン宣言発表直後の各国の反応を忘れることは出来ない。当時、非公開で開催されていた日中間の第二トラックの会合で、中国側代表は、「小泉さんは、第二次世界大戦後はじめて日本に自主外交を持ち込んだ」と絶賛した。日本側の代表の一人が、これに同調しようとしたら、首席代表の元防衛次官が、やんわりと「日米関係が基本です」と釘を刺した。小泉訪朝を東アジアの諸国がどう見たかを如実に示すものだったといえよう。
  同じころ、ウィーンの欧州安保協力機構(OSCE)で、北朝鮮問題を話していたら、ある幹部が、「いろいろ考えてみたけれど、結局、六カ国協議の場というのは、OCSEの歩みと同じだということですね」と洩らした。OSCEというのは、冷戦当時、米ソ両国が偶発戦争を陥ることを阻止するために、欧州諸国のイニシアチブで始まったのが、発端といわれる。北大西洋条約機構(NATO)などともに結果的に欧州統合を支える組織で、日本もオブザーバーとして参加している。EUのほかにOSCEや北大西洋条約機構(NATO)など多くの国際機関、民間組織の目立たない協力によって支えられている。世界の他の地域からも、随時協力していることになっている。

 小泉訪朝は、こうした国際協力の枠組みの中で、率先して北東アジアの平和、安定のため、さらに米中の和解など米国の今世紀の方向を先取りした上で進められており、決して小泉政権の独走ではなかった。ブッシュ政権も、表面は歓迎せざるを得なかた。しかし米国は、内心小泉首相の行動を容認しなかった。米国がアフガニスタンばかりでなく、イラクに手を伸ばし、テロ撲滅に全力を傾けている際に、日本が先回りをして、北朝鮮問題を解決しようとしたことが、気に入らなかっただろう。朝鮮半島の問題では、歴史的に、米国が責任を持ち、戦略を立てて日本が従うのが当然という意図が、潜在的に米国内部にはあったのだろう。
  このような意識は、日中国交回復にもあったのであり、米国の一部は、田中元首相が、米国より前に中国と国交回復を成し遂げことに不満を持ち続けた。中国は歴史的に「わが領分だ」という米国の意識が強すぎたとも言われる。日中関係が、従軍慰安婦問題とか、南京虐殺とかセンシチブな領域に入ってくると、米国内部で、反日ムードがどこからともなく出てくるのも、一部はそういう意識に原因があるのだろう。安倍前首相らのグループが米国内部の北朝鮮に対する矛盾したムードを読み誤ったのも、安倍内閣が対陣に追い込まれた一因だろうと見られる。
  この意識は、東京裁判否認にもつながる。国際的に通用する歴史の評価を変えようと思ったら、一方的に自己の評価を変えるだけではすまない。ピョンヤン宣言が発表された直後に国内で拉致問題が深刻化し、批判が強まった。米国はこのムードを利用し、安倍グループもこれに乗った。安倍グループは、調子に乗りすぎ、戦後歴史観を是正しようと躍起になり、挙げの果て、沖縄のセンシチブな雰囲気にまで手を出し、自滅した。いま、ブッシュ政権は、政権交代にあたり、北朝鮮カードを清算しようとしている。

 小泉政権は、拉致問題に取り付かれ、北朝鮮の金正日政権を包括的に敵視し、経済制裁を加えた。北朝鮮に対する姿勢からして、当然、中国、韓国にも、歴史認識を中心に譲るわけにはいかなかった。小泉、安倍と続いた、戦前の失敗を正統化しょうという戦前正統化路線は、当然破綻し、安倍前首相の政権放棄に発展した。


●民主主義に裏切られるブッシュ政権


  8年に大統領選挙を向かえ、三選が出来ないブッシュ政権は、徐々にレームダック政権になろうとしている。軍部の作戦を妨害しているといわれないために、各候補ともイラクからの撤退を声高く言わないまでも、イラク戦争の失敗はもはや覆えない。ブッシュ政権内部でも、イラク侵攻、単独行動路線(帝国路線)を推進したネオコン一派は、軒並み、政権中枢から去りつつある。イラクから撤退し、アフガニスタンに絞るのか、旧ソ連(ロシア)に倣い。イラク、アフガニスタンからも撤退するのか、など撤退の仕方はいろいろあるだろう。いずれにしても、2003年当時、イラク軍をほとんど瞬時にして解体させ、世界を驚かせた軍事力の卓越だけでは、世界の指導者として十分でないことがイメージ付けられる。

 国際政治学者、ジョセフ・ナイがいっているようにソフトパワーで影響力を行使しようとしても、テロ対策を推進するチェイニー副大統領、ラムズフェルト国防長官らの圧力で、アメリカ流の民主主義そのもののイメージが傷つき、もはや回復不可能という説さえある。彼らはネオコンではないが、ネオコンの教祖とも言うべき政治学者、故レオ・シュトラウスが「高貴なる嘘」を公言したということが、いまさら話題になり、ネオコンの操作した情報全般が疑惑に包まれている。アフガニスタン、イラクで拘留された捕虜、囚人の劣悪な待遇、拷問事件などは、いい例だ。

 フランスのサルコジ大統領、ドイツのメルケル首相が、最近米国との関係を改善したと伝えられるが、これは、フランス、ドイツが、もっとEUの独立的志向を貫徹するために、米国との関係の調整をねらったものである。ブッシュ政権の次期政権とのややこしい改善策を逃れるために、というのが、真相のようだ。ラムズフェルド国防長官が意気高々と宣言した「新しい欧州」諸国も、次々と米国を見限り、ポーランドでさえ、ドイツ派の首相を選んだ。もっと深刻なのは中近東で、パキスタンでは、反政府運動を恐れて、ブット前首相に接近、保険をかけようとしたが、もう体制全般に危機が生じていると見た方がよさそうだ。パキスタンで現政権が動揺すれば、中東全体で米国に対する不信が広がる。もっとも親米的だったグルジアも動揺が高まっている。

 とりわけ危険なのは、これまで米国に親近感を持ち続け、EUへの加盟を切望していたトルコの動揺である。イラクの治安維持のため、甘やかしていたクルド人の暴走が、一因であり、トルコを満足させるためにキルクーク油田への介入を認めると、クルド、スンニ派アラブが反発する。米国の中東政策は、破綻一歩手前だ。

 最近の情報としては、イスラエル空軍によるシリア爆撃のうわさがある。北朝鮮がシリアに原子炉を提供、その活動を懸念したイスラエルが空爆したというのだが、イスラエルが一切の報道を禁止、真相はやみに包まれている。シリアは 日産70万バーレル内外の原油生産国であり、爆撃したといわれるユーフラテス河近辺には、米国人の石油技術者が、滞在していたし、現在も滞在しているかもしれない。シリアと米国の関係は、対立しているようで、強いパイプがあり、かなり意思疎通も図っているようである。米国とイスラエルが部分的に対立しているとも言われ、情報操作あるいは一般的常識とはかけ離れた真相が潜んでいるのかもしれない。


●自民、民主両党で陰湿な駆け引き


  このような日米関係の微妙な空気の中で参院選が行われ、民主党が第一党になり、野党が過半数を占めた。世論は、自民党には冷たかったし、米国の行動にも批判はあった。駐日米国大使は、当然、情勢をあらかじめ予想していたはずである。11月1日に、イラク特別措置法が期限切れになることは、当然、わかっていたことであるし、民主党が反対していることも、別に、特別のことでもない。大使館が何も手当てしていなかったということは、どうせ主要国のいくつかが撤退することもあったし、大騒ぎすることもないのかも知れない。

 当面、米軍基地にまつわる問題だけでも、日米間には、在日米軍再編成問題、普天間ヘリコプター基地問題、思いやり予算問題など厄介な問題が数多くある。基地以外の問題を挙げれば、緊急を要する問題としては、牛肉輸入問題などがある。一番大きい問題は、日本が強く反対している北朝鮮に対するテロ支援国家指定の解除問題である。米国がテロ支援国家指定の解除に踏み切れば、日朝間の拉致問題は、解決が困難になる。拉致家族が、首相訪米の寸前に慌てて訪米したのは、事態が切羽詰っていることに気づいたからである。外交上のテクニックとしては、どれが最も優先順位をつけられるか、を判断することであろう。日米間の懸案事項が、こんなに滞留していることにいまさら気がつくとは関係者の怠慢なのか、それとも簡単に圧力をかければすむことだと甘く見ていたのか。さまざまの政治的また経済的あるいは刑事的な圧力も考えられる。

 福田首相ら自民党筋が、小沢党首に対して、山田洋行から、六百万円の政治献金があったことなどを指摘し、党首会談や大連立構想などの話を受けるよう小沢氏に説得したというのは、どうも本当のことのようでもある。このことは山岡民主党国会対策委員長が明らかにし、問題がないとしている。小沢氏も献金は返却したと公言している。民主党内でも、一部の人が、防衛産業との関係が問われているようである。しかし守屋前防衛事務次官が、国会証人として歴代の防衛庁長官の名を挙げたのは、防衛産業に対する自民党の旧経世会を中心とするグループの暗躍を指摘し、今後の暗闘を暗示したものといわれている。このあたりの駆け引きは、刑事事件とのつながりもあり、これから疑獄にも発展するかもしれない。

 問題は、党首会談の内容である。憲法の解釈を含む重大な安全保障観について率直に話し合われているのである。そこで話し合われたことは、ある意味では、連立の話しの内容でもあるし、ないことになった。しかし小沢氏は、福田首相は、旧来の安全保障観をまったく変更するようなことを言ったとしている。


●ホッブス的安全保障観からの脱皮


  いまだ明らかにはされていないが、福田首相は、小沢党首の挑戦を受け止め、きちんと対応した。自衛隊の国際貢献は、安全保障ばかりではなく、国家の運命にもかかわる重大な局面を迎えようとしている。小沢氏が、月刊誌「世界」誌上で提起した、国連の決議があれば、憲法には触れないという、安全保障問題での論議を一歩も二歩も前進させようとする論文をめぐり、福田首相は、提案を受けて立つ姿勢を見せて、党首会談で大連立を迫った。同じ土俵に登ろうとした小沢氏が歩測を誤り、一時辞任を決意するなどの騒ぎがあり、仕切りなおしとなっている。

 背景には、テロ戦争以来の熱に浮かされたようなホッブス流の国家安全保障をめぐる興奮がようやく収まったという事情がある。来年の大統領選挙を前に、米国指導部内でも、これまでの帝国(単独行動主義)路線への深刻な反省が台頭している。過大なイラク戦費が引き金になって、米国の卓越した経済力にも陰りが見え、経済的課題の解決にあたり、ヨーロッパ連合(EU)、中国、ロシアの台頭が目覚しい。「帝国」への驀進のコースを指導したネオコン一派は、没落しつつある。大統領選挙後の新政権が、まったくブッシュ政権とは違ったアプローチをとることは、まず間違いない。

 2010年代の国際政治は、まったくこれまでとは、異なった地平を迎える。米国が「帝国」の座を滑り落ちる一方で、EUに象徴されるリージョナリズム(地域統合)は、東アジア共同体にも波及し、国民国家はますます変容の度を強める。経済発展とともに、環境、格差問題の意味が大きくなり、国民国家のレベルの協力では、間に合わなくなってしまう。

 このような環境の変化の中で、主権のもつ意味が変わってくる。主権というものは、不可分のものとか、委譲不可能などという議論は遠くなった。EUでは、共通の目標に向かって果てしなく実験が続いている。一つ一つの実験が終了した後では、実験されたものは、共有の財産となる。主権の共同使用とか共有などという思想は共通のものとなった。EU内部では、主権は絶対でない以上、もう戦争など起こりえない。もともとEUは、不戦共同体であった。今も不戦共同体、いやそれ以上である。すべての地域統合体の根源は、不戦共同体である。東アジア共同体も究極的には不戦共同体である。

 加藤朗桜美林大教授は、「脱冷戦後世界の紛争」の中で、安全保障に関する考え方を次の四つに整理する。ホッブス的安全保障観は、つまり国家中心的イメージだが、無政府状況なので国民国家は権力闘争を展開する。すべての基準は国益である。グロチウス的世界観。多中心的安全保障観もある。安全共同体、経済共同体としての国家もそれぞれ相対化され、国益を尊重するけれど、共通のルールに基づいて紛争を制約し相互依存が世界秩序形成の動因となる。カント的国民国家は人間中心のイメージ。国民国家システムは一つの地球共同体として統合される。以上の三つ、つまり西洋文明が生んだ三つを相対化する文明中心的イメージ。文明を世界単位として考える。

 いずれにしても、最近の日本はホッブス的安全保障観に支配されている。しかし最近おグローバリゼーションの勢いを考えると、国民国家の国益しか考えないホッブス的安全保障観は、時代遅れだろう。

 小沢氏の言う「国連決議に基づく」という意味は、グロチウス的、あるいはカント的安全保障観に基づき、単に国益だけを考えないもっと広い意味の安全保障を目指すべきだというのだろう。国民国家から脱すれば、憲法のいう国権の行使ではない。現行憲法のままでも、違憲にはならない。そういう問題の建て方は、憲法制定当時、最高裁長官だった横田喜三郎氏、東大総長だった南原繁氏もしている。

 小沢氏は、このような国際情勢の動向を見抜いているのか、どうかわからない。2010年代に予想される国際的な行動にあたって、国際貢献により積極的に取り組まなければならない。国際的な治安維持活動にも、いま、一歩前進することが望ましい。そのためには、国際連合への取り組みの姿勢を変えなければなるまい。

 連立政権の是非はともかく、ここで提起された安全保障問題、突っ込んでいえば、国連への主権の一部委譲を含む国際貢献の問題などは、もっと真剣に議論されるべきだと思う。
         (筆者は元共同通信論説委員長・東海大学教授)

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