2007年政治動向の総決算

■ 2007年政治動向の総決算         羽原 清雅

―その不可解と不愉快、そして国民の不幸―

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  2007年の政治は、戦後史の中でも意外性があり、面白さから言えば5指に
入るだろう。しかし、じっくり考えると、不可解であり、不愉快な印象がじわっ
と湧き上がり、みずからを含めて国民にとってはかなり不幸な事態だった、と言
わざるを得ない。 
 


◆辞めなかった安倍首相


  7月の参院選の勝敗は年初からの焦点だった。この結果は、意外なほど自民党
の惨敗に終わったが、年金問題などを考えれば、健全な国民の審判だった。とは
いえ、善戦した民主党に対しても、政権担当を期待できるほどの空気は出なかっ
た、と言っていいだろう。
  むしろ、その敗退の原因が失政に近い安倍政権にありながら、本人が「辞めな
い、続投だ」と言い出すと、それを引き止めることもなく、政権が継続されるこ
とになった。宇野宗佑、橋本龍太郎の両政権は同じ参院選で責任をとり、与党は
政治運営の変更に踏みきることで、その後の国民の期待に応えようとした。とこ
ろが今回、不可解なのは、自民党内でこの「暴走」を止めようとする動きも出ず
に、容認してしまったことだ。自民党のリーダーシップがそこまで損なわれてい
るのだ、と驚かされ、悲惨なことであった。
  この事態を許したことが、その後の政治混迷の端緒でもあった。


◆安倍退陣の非礼


 その安倍首相の退陣表明は1ヵ月半後に突然、しかもいざこれからというべき
所信表明演説の直後に、だった。理由は病気だったとはいえ、その経緯から見て、
理解に遠い辞任だった。アキレテモノガイエナイ、というべきか、同情はもちろ
ん、怒りの声も出ないままに総裁選に移っていった。思えば、安倍首相に国民感
情への理解や尊重の基本がなかったのだ。その後、わびる機会もあったが、すで
に政治家としてもその存在感はなく、ハダカの王様に過ぎなくなっていた。


◆福田政権の登場


  自民党総裁選出にあたっては、現財務相が周囲の意向もつかめないまま後継者
選びに名乗り出たものの一日で取りやめたこともあった。結局、マンガ好きの、
時々歴史にはずれた発言をする外相などを退けて登場したのが、福田康夫首相だ
った。予想以上の好印象の反応で、安倍政権の交代を歓迎するものだった。思え
ば、安倍時代に国民投票法、改正教育基本法、防衛省昇格法など年来の懸案を実
現し、一部で評価される一方で、将来に禍根を残しかねない論議不足や、多数勢
力の数に頼んだ強行ぶりに不安感も出ていた。このような政局運営の不満感もあ
って、福田首相へのバトンタッチに、国民の間にはなにかホッとしたような歓迎
の意向が示されたのではなかったか。つまり、「安倍失政」が「福田期待」に貢
献したということでもあろうか。
  福田政権はいま、新補給支援法案に手を焼き、守屋前防衛次官の汚職問題、さ
らに防衛費の不当使用・水増し疑惑に直面し、年金や消費税などの継続的課題に
冷たい目を向けられている。ただ、安倍時代のような、不正疑惑などに対する説
明のない防御の影は収まり、また改憲の強硬姿勢、NHKへの介入措置といった
一方的な権力行使の構えもまずは落ち着き、世論も見守るだけの余裕を見せてい
るようだ。今後も緊張が解けることはないが、不可解・不愉快は多少猶予された
ようだ。


◆「ねじれ」現象のどこが悪い


  衆院の自民党多数、参院の民主党多数、という参院選の結果に、政治の混乱を
懸念する財界人をはじめ、何かと批判の声が上がった。なんとか自公連合による
政権維持を続けている自民党・保守陣営としては、再度の政権喪失の恐れから、
また55年体制の長期政権下のパターンに慣れきっており、衆参の「ねじれ現象」
に強い警戒心と嫌悪感が高まるのも当然だろう。
  自民党がこれまで、野党側の少数意見に耳を傾けず、しかも数によって自己主
張を遂げてきたことからすると、たしかに自民党側とすれば危機感も募るだろう。
「ねじれ現象」は困った事態に違いない。自民党幹部らが<政治の混乱回避、政
策遂行の遅れ、民主党の身勝手、民主党の応分の責任分担の必要>など、危機感、
攻撃、嘆きをしきりにアピールするあたりに、それが見えてくる。
 
しかし、衆参の多数政党が異なることは、論理的にも、実態的にも、極めて当
然ありうることである。多数派・長期政権に慣れきった驕りやマンネリ、さらに
野党意見の黙殺など、これまでのやり方に溺れてきたことのツケがまわってきた
もので、まずは反省のもとに、新事態への取り組みを編み出さなければならない。
福田首相はそのあたりを心得て、しきりに話し合いを訴えている。
  「ねじれ」の中で、選挙前の民主党は打算づくでもあり、そう簡単には妥協で
きないだろう。それはそれとして、当分続くこの事態への取り組み方には、ノウ
ハウと工夫が必要だ。自民・社会の2党時代は、賛成と反対の激突なり、裏取引
なり、形式として見せ場を作ることが多かった。だが、もうあれでは通用しない。
まず、議論をすることだ。野党は、公開を求め、弱点をつき、不安を暴き、国民
の前に、政権側の「非」や対案の正当性を見せつけることだ。自民党も、暴かれ
てから守るスタイルを止めて、説明責任を正面から果たすことだ。議論を透明に
して、説得力を持つことこそ、国民の審判に耐えうる。「黙ってついてこい」の
手法は通用しなくなっている。
 
もうひとつ、法案をめぐる対立にあたって、賛成・反対という形だけの対決で
はなく、その質をめぐる論議を見せて、それぞれの主張を示すこと、そして少し
でも法案修正に持ち込める努力を果たすことだ。そして、多数党は少数党の意見
をよく聴き、反対ならその論拠を示し、比較の中で妥当性をアピールしなければ
ならない。
  このように、「ねじれ」となった以上、政権をかける状況になった以上、王道
の手法というものになじまなければならない。論議を通じて、国民に正否を問い、
ベターの方向に近づけることだ。
  やや余計なことに触れると、政府・国会はテレビで国会討論の模様を常時流す
ような番組提供を計画すべきではないか。ムード政治ではなく、政策作成のプロ
セスを見せ、政党、政治家の力量を示しうる手段をこのさい、作り出してはどう
か。 


◆「大連立」協議の矛盾を見抜こう


  ところで、2007年の政界を揺るがしたのが大連立をめぐる動きだった。福
田首相と小沢代表の2回にわたる会談の中で協議されたこの問題は、お膳立てし
た読売新聞社の実力者の暗躍、小沢代表の突然の大連立受け入れと党側の拒否に
よる引責表明など、副産物の話題もいろいろ提起した。内々の相談も一切なく、
党に持ち帰り受け入れさせようとした党代表のワンマン感覚も驚きだった。もし
受け入れ派が存在して党内分裂に至った結果、一部が自民党に行って自民党に安
定をもたらし、民主党は解党的混乱に陥りでもしたら、政権交代などの事態は完
全に消えて、政局は一変していたはずだ。こうなれば、渡辺恒雄氏の意図した「政
治の安定」はたしかに確保されたに違いない。ただ、こうしたことが、民意に沿
うかどうか、はまったく自明のことである。
 
  ここでは、わき道には行かない。正面から考えてみたい。
  というのは、4回行われた衆院選での小選挙区制は、どのような名分のもとに
導入されたか、を考えてほしい。1区1人の選挙によって、2大政党の政策的な
対立状態を実現し、政権交代の可能な政治形態を作り出す、ということではなか
ったのか。ところが大連立は、対立的に政権を争うはずの2つの大政党が合体す
るわけで、いわば独裁的で、対立する論争がない状態を、国民の関与できないと
ころで進めるのである。政策や政治姿勢、将来の日本像など、さまざまな違いを
うやむやにして手を握り合って政治を進めるとしたら、どうなってしまうのか。
「国難に対処するため」と推進派のいう大連立は、国民を置き去りにして、説明
のない措置を次々に押し付け続けることにもなり、小選挙区制をいいことに独裁
体制を作るための謀略にもなりかねないのだ。
  むしろ、価値観の多様化した現代にあっては、国民に多数の選択肢を提供して、
その意思を確かめたうえで体現に努めるべきで、小選挙区制はこれに逆行してい
るのだ。少数意見の存在は、民主主義にとって大切で、こうした原点から大連立
の不可解を指摘したい。


◆2008年につなぐべき課題


 年が変わる。忘れたいことは忘れて、この時期に新しい気分でスタートし直し
たいところだ。しかし、時間の問題でごまかしてはならない。
  年末も含めて、2008年には衆院解散が予想される。選挙を前に、いろいろ
なごまかしや隠ぺい、争点隠しがまかり通ることは一般的にありがちなことだ。
しかし、そうさせてはならない。
  とくに今回は、3月になると年金問題が再燃するだろうし、守屋問題の刑事的
解明はもちろんとして、防衛予算をめぐる政界への波及や、グアム島移転の米海
兵隊住宅建築費など米軍再編に伴う経費疑惑の追及、インド洋補給の燃料費の解
明など、きちんとしなくてはならない。腐敗の追及にとどめず、その根絶(はあ
りえないが)対策にまで論及されなければならない。
  政府・自民党はウミを出したうえでの再出発を、民主党など野党はむなしい追
及に走らずデータ入手に努めたうえでの解明と対策を、そして公明党はゲタの雪
ではなく与党の立場を生かせる公正な判断をして欲しい。ほとんど期待できそう
になくても、やはりそう求めざるを得ない。(2007.12.10記)                   
                               以上
              (筆者は帝京大学教授・元朝日新聞政治部長)

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