~カトマンズ盆地の仏教に在りし日のインド仏教を見る~

■宗教・民族から見た同時代世界        荒木 重雄 

~カトマンズ盆地の仏教に在りし日のインド仏教を見る~

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  民族や宗教は今日の世界で緊張・対立の一つの焦点であるが、暑いさなか、と
きには暇ネタもよいのではないか。

 ネパールを旅してきた人たちから、ネパールは仏教の国かヒンドゥー教の国か
と訊かれることがしばしばある。そのくらい両者は混然と溶け合い、判然としな
い印象を与える。 統計からみれば(2001年国勢調査)、ヒンドゥー教徒80.6%
に対して仏教徒は10.7%と圧倒的にヒンドゥー教が優位であり、しかも、2006年
に議会が非宗教国家を宣言するまで、王族が信奉し庇護してきたヒンドゥー教が
国教であった。しかし、仏教の影も、これらのデータを超えて濃いのである。


◇◇ネパールは民族と宗教の曼荼羅


  ネパールの宗教の印象を複雑にしている理由の一つは、ヒマラヤ山脈の南斜面
の一角を占めるこの国の標高数十メートルから4000メートル余りまでの土地に、
約90の民族がモザイク模様に住み分け、ヒンドゥー教、チベット仏教、大乗仏教、
精霊・祖霊崇拝などをそれぞれ異なる濃度で共有しているところにある。

 これら90に及ぶ民族は、西と南からこの地に入ってきたインド・ヨーロッパ語
系の言葉を話す人々と、北・東からやってきたチベット・ビルマ語系の諸言語を
もつ人々に大別される。前者を代表するのは、08年に廃止された王制の王族を含
め、人口のほぼ半数を占める、パルバテ(山地の)ヒンドゥーとよばれる、おも
にヒンドゥー教を信奉する人々で、彼らの母語ネパール語はこの国の公用語の位
置を占める。

 後のグループは、50を超える言語によって多数の民族に分かれ、チベット仏教
やヒンドゥー教に精霊・祖霊崇拝、シャーマニズムが混淆した多彩な信仰を展開
している。その中の一民族にネワール族がある。

 ネワール(ネワール語ではネワー)の人々は、現在、人口の5.4%を占めるに
過ぎないが、古くからカトマンズ盆地に居住して王国をつくり、豊かな都市文明
を花開かせてきた。18世紀にはゴルカ地方からきたシャハ王朝(08年までの王
族)に政治権力を奪われるが、独特な建築、工芸をはじめ儀礼や祭りまで、海外
からの観光客を惹きつけつづけるネパール文化の精華の多くは彼らの手にかか
る。その彼らの宗教は、また、まさにネパールの宗教のありようを象徴するもの
である。


◇◇ネパール仏教はネワール仏教


  現在、首都があるカトマンズ盆地は、かつて大きな湖であり、文殊菩薩が聖な
る剣で周囲の山の一角を切り開いて湖の水を外に流し、ネワール族が住めるよう
になった、というのはネワール族の伝承である。この伝承にも示されるように、
彼らは古来、仏教を信奉してきたが、早くからヒンドゥーも受容してきた。
  商業を基盤とするネワール文化にはインドの影響が強く、チベット・ビルマ語
系のネワール語を母語としながら文字はインドのサンスクリット(梵語)系で、
ヒンドゥーでも仏教でも儀礼はサンスクリットで行われることが多い。

 一般に「ネパール仏教」とよばれるネワールの人々の仏教は、日本の真言宗や
チベット仏教にも近い密教系の大乗仏教であるが、独自な側面をもつ。以下、そ
の特徴の一端を記そう。
   その一つは、ネワール仏教は般若経、法華経、無量寿経など多くの大乗仏典
をサンスクリットで継承していることである。本来、サンスクリットで書かれた
これらの経典は故地インドでは失われ、漢訳かチベット語訳でその概要が辿られ
るのであるが、ネパールには世界で唯一、ネワール人の手で書写が繰り返されて
きたサンスクリット仏典が伝えられている。

 次に、ネワールの人々も一応はヒンドゥー教徒と仏教徒に分かれるが、仏教徒
の社会にも、ヒンドゥーの制度であるカーストが存在し、僧籍に入れるのはグバ
ジュ(ヴァジュラチャルア)という仏教徒最高位カーストに属するもののみであ
る。

 密教は秘儀を重視するものであるから、ここでも、ある種の供犠や護摩を伴う
儀礼や入門式の一部などは外部者に見せてはならず、また宗教的知識の中にも秘
儀的に伝授されなければならないものがある。 ところがその僧侶は、剃髪・出
家することなく、妻帯・飲酒・肉食が許される在家僧で、しかも、彼らが通常行
う、プジャとよばれる、地面に赤土と牛糞を混ぜた聖水を塗って結界した一画で
法具を駆使し、灯明や花の献供を軸とする儀礼は、ヒンドゥーの儀礼と殆ど変わ
らない。


◇◇カトマンズは重層した聖空間


  ネワール社会も一応はヒンドゥー教徒と仏教徒に分かれるといったが、じつは
その厳密な区別は難しく、仏教のヴァジュラチャルアかヒンドゥーのブラーマン
か、どちらの司祭を主な家内儀礼に際して頼むかで区別するのが通例とされる。
だが、たとえば、仏教徒が、たまたま招福除災の儀礼をブラーマンにやっても
らったり、仏教の諸仏・諸菩薩に併せてヒンドゥーの神々の祠に参ったりするの
は通常のことであり、また、たとえばマチェンドラナートという土着の神格を、
ヒンドゥー教徒はヒンドゥーのヴィシュヌ神として、仏教徒は観世音菩薩として
崇めるなどという例も珍しいことではない。

 このように仏教、ヒンドゥー教、土着信仰の併存・混淆は著しく、シャーマニ
ズムや呪術的要素も色濃い。人口よりも諸仏・諸神の数が多いといわれるカトマ
ンズ盆地に展開するネワールの宗教世界は、原理主義とは程遠い位相にある。
  そして、じつはまた、この併存・混淆にこそ、少数派である仏教が生きのびて
きた秘訣があり、ヒンドゥーの大海を漂い紛れてきた、インドに在りし日の仏教
の姿を想起することもできるのではないだろう。

               (筆者は社会環境学会会長)

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