~緊縮財政下での防衛支出―高価な兵器の削減が急務~

■ 海外論潮短評(39)

~緊縮財政下での防衛支出 ― 高価な兵器の削減が急務~

                        初岡 昌一郎
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◇緊縮財政下での防衛支出  ― 高価な兵器の削減が急務


  イギリスの週刊誌『エコノミスト』は、これまで国防問題でハト派と見られた
ことはない。だが同誌は、現下の財政窮迫状態においては軍備の無駄を省くこと
が急務だとして、欧米諸国の動きを最近詳しく報じている。特に、密室で決定さ
れる兵器の価格による法外なコストを点検、軍備費を縮小すべきことを経済的合
理性の観点から強調している。

 「兵器のコスト」という特別解説記事が発表されたのは去る8月28日号であ
る。こうした動きは日本では黙殺されているので、やや遅まきながら本号にその
要旨を紹介する。民主党政権下でも高額兵器購入があまり見直されていないこと
からみても、この記事で報じられている軍備削減の世界的な動きがもっと注目さ
れてしかるべきであろう。

 法外な価格の新兵器に噴出する疑問

 今年もロンドンで航空機ショウが華やかに開催され、新型の兵器がデモンスト
レーションを派手に行った。しかしながら、高価な新型戦闘機は絶滅危険品種と
なりそうな雲行きである。

 一つの脅威は成功からもたらされた。すなわち、イラクとアフガニスタンでは
西側諸国が完全に制空権を握っており、高度な新型航空機など必要とされていな
い。もう一つの理由は技術的なもので、ロボットの採用でパイロットが余剰とな
っている。無人機がパイロットを代替できる範囲についての論議は短期間に解決
をみそうにない。アメリカの現地司令官が必要としているのは、ヘリコプターと
無人偵察機であって、高価なF22戦闘機ではない。

 第三のより直接的な理由は、財務危機が西欧諸国に高価な軍事機器の削減を迫
っている事だ。アメリカのゲーツ国防長官は、現在保有している187機のF22
戦闘機を上限として、これ以上の発注と生産の停止を命じた。前政権下では、75
0機の保有が想定されていた。ヨーロッパでは、英、独、仏、伊の共同製作の戦
闘機"タイフーン"の注文が失速しそうだ。大西洋の両岸で共同開発中のスティル
ス型F-35戦闘機は、コスト上昇のために予約発注が急減すると予測されてい
る。


◇国防経費の削減競争が始まった


 去る8月8日に米国防省ゲーツ長官が発表した経費削減総合対策には、900人に
のぼる将軍と提督の削減、共同作戦本部の廃止、外部委託経費の削減、国防省職
員の削減が含まれている。内部経費削減の大義名分は、アフガン戦費の捻出であ
る。ここ数十年来増大し続けてきた国防費の垂れ流しを止めなければならならな
いのを長官は承知しているが、彼の最大の懸念は財政赤字が国防費の大幅カット
に進みかねない事態である。

 ゲーツの心配はヨーロッパで既に現実となった。ドイツ国防大臣は徴兵制を停
止し、165,000人の国防軍を3分の1減にすると8月に発表した。これは、201
4年までに国防予算を83億ユーロ(9000億円強)削減する計画の一環であ
る。アフガニスタンに欧州最大の兵力を送っているイギリスは、今秋のレビュー
を経て、向う5年間に10-20%の兵力を削減するようになりそうだ。スペイ
ンは今年9%の防衛費を削った。イタリアは来年10%削減する。フランスも防
衛支出を凍結し始めた。

 軍縮競争が今や始まったように見える。NATOはこれまでGDPの2%を国
防に回すように主張してきたが、公共支出の削減の波でこの目標は失われた。1
987年に有名になった『大国の興亡』で、エール大学ポール・ケネディ教授が
軍事力はその国の経済力から生まれるという見方を普及させた。グローバルな軍
事力ランキングは、戦闘力と同様に経済力によって決定さえる。中国の興隆が関
心を惹起するはずである。


◇軍事戦略に代わるもの


 今のアメリカは19世紀末から20世紀初頭のイギリスが直面したような状況
にある、と見る専門家がいる。当時のイギリスは、勃興するアメリカ、拡張主義
のロシア、急速に工業化するドイツと日本の挑戦を受けていた。イギリスの選択
は、ラテンアメリカの権益をアメリカに譲り、極東でロシアを押さえるために日
本を支持し、ドイツと対決するためにフランスと組む事であった。戦略を必要と
するのは、十分な金がないときである。没落しつつあったイギリスが、長期にわ
たり力を保持しえたのは戦略を持っていたからである。

 以上のような見解を持つ、アンドリュー・クレピネビッチ戦略・予算評価セン
ター(ワシントンのシンクタンク)所長によれば、アメリカにとっての妥当な政
策とは、アフガニスタン戦争から撤退し、ヨーロッパから兵力を引き上げる事で
ある。このような動きは、自分たちの防衛費カットのインパクトが緊急時のアメ
リカによる救援で緩和されるのを当てにしている、ヨーロッパ人にショックを与
えるだろう。しかし、撤兵はコミットメントを放棄する事ではない。

 ゲーツ長官は、歴代の前任者が解くことのできなかった難問と格闘している。
それは、軍部の人件費と兵器のコスト増大(7000億ドルの国防費は、世界中
の他国の防衛費総額にほぼ匹敵)が予算に与えている重い負担に他ならない。ア
メリカは現在の戦力を維持するだけで毎年2-3%の経費増となるが、年次予算
は僅か1-2%しか増えない。グローバルなコンサルタント会社、マケンジー社
による国防構造調査によれば、アメリカ軍が世界最強ではあるものの、効率は極
めて悪いと診断され、費用削減の余地があると示唆されている。

 今日の西欧の国防軍は志願制であるが、給与を他との比較において決めるので
コスト高となる。さらにアメリカでは、現在と過去の兵士とその家族のヘルスケ
アコストが大きな負担となっている。ゲーツ長官は「ヘルスケアが軍を立ち枯れ
にする」と述べている。兵士と旧軍人に対して気前の良い議会をおさえるのに、
彼は四苦八苦している。

 高い人件費対策の一つは新技術導入であるが、これも安価ではない。相次ぐ調
査が、軍用機の価格が物価やGDPよりもはるかに速く上昇している事を裏付け
ている。戦艦についても同じである。大国は、兵器を公開市場で買い付けるので
はなく、一から開発している。政府は兵器購入に際して、通常の固定価格契約で
はなく、"コスト・プラスアルファ"契約をしている。それでも、高価な民間航空
機市場で厳しい競争を繰り広げている、ボーイングやヨーロッパのEADSのよ
うな巨大航空機製造会社でさえ独自の軍用機開発に草臥れている。


◇螺旋状に上昇する国防コスト


 兵器コストの増大には昔からの呪いがかけられている。1986年の船舶建造
費研究『海軍のコスト』の著者、フィぃップ・パフは、ナポレオン戦争以来の研
究を基に、産業革命が問題を切実なものにしたと論じた。技術革新の急速なペー
スが、巨大で高機能の戦艦を建造する競争を激化させた。ユニットコストが上昇
するにつれて、各国は二つに一つの選択を迫られた。すなわち、その野心を抑制
するか、巨大戦艦から航空母艦や潜水艦に向けて技術的戦略的重点を転換する事
であった。

 パフは、兵器の巨大化と先進化の競争は平時において激しく、戦争が一旦勃発
すると低下するという、一見不可思議な傾向を指摘している。戦時には、量の要
求が質の要求を凌駕する。冷戦は熱戦に転化しなかったので、西欧諸国国防省は
高価な兵器をゆっくりと時間をかけて開発してきた。冷戦中はパーフォーマンス
が全てに優先され、コストは二義的であり、弾丸が飛んでこないので時間要因は
軽視された。金食い虫のF22型機やタイフーン型機の開発は冷戦末期に始まっ
ている。

 最後10%のパーフォーマンス向上努力が、コストを3割以上引き上げ、問題
の3の2を生むという経験則がある。最上の追求が、兵器のコストを当初予算よ
り超過させることに結びつくという、官僚と契約企業の共謀による作為もしくは
不作為による慣行が生まれた。軍事プロジェクトはいたん承認されると、経費が
予算をはるかに超えて突出しようと否認される事はなかった。

 こうした事が軍事費のスパイラル的上昇と兵器製造の遅延を招いた。技術的躓
きが開発を足踏みさせ、遅れがコスト上昇を招く。そうこうするうちに新技術が
現われ、兵器は再設計を余儀なくされる。これが絶えず兵器を弄繰り回す余地を
上層部に与える。ついに政府は購入機数を削減せざるを得なくなり、それが単位
あたりコストを押し上げる。スティルス(補足不能)型B2爆撃機は、132機
の生産が想定されていたが、結局は僅か22機のみ製造されたので、一機当たり
コストは220億ドルと跳ね上がった。

 この不経済サイクルの改革は再三失敗している。最近のアメリカ政府決算局の
報告によれば、規模の上位から見た96件の軍事プログラムは、2008年度で
平均25%の経費増となり、平均22ヶ月遅れている。これはアメリカだけの事
ではない。


◇ヨーロッパの事態はさらに深刻


 
  フランスは航空母艦を一隻に減らした。イギリスは二隻の小型航空母艦を保有
しているが、航空機を搭載していない事が多い。政府は二隻の大型母艦を発注し
ているが、建設は引き伸ばされており、当分は着工されそうにない。ヨーロッパ
は合計でアメリカ以上の兵力を保有しているが、戦闘能力は遠く及ばない。その
予算は、24単位以上の空軍、海軍、陸軍に分散しており、各国ともそれぞれの
軍事産業を温存したがる。その結果、兵器と戦略はばらばらとなっている。

 アメリカでは核兵器保有規模をめぐって論争があるが、イギリスでは軍上層部
でも核兵器無用論がある。フランスでは新戦闘機無用論があり、オランダは海軍
による海上監視を全廃した。バルト海諸国は空軍を持たず、空域警備はNATO
に依存している。

 ヨーロッパの軍備は規模の経済を必要としているが、単一の欧州軍を創設する
ことなしにこれは達成できない。もう一つのオプションは、専門的分担化である
が、大国は他国に依存したがらず、全部門を少しずつでも保有したがる。幾つか
のNATO諸国は新C-12型輸送機のコストを分担しているが、こうした共有
の例は他にほとんど見当たらない。

 傾向としては、高価な新型兵器を買うよりも、既存の通常兵力を適切に配備す
るのが実際的という考えが優勢となっている。例えばイラクとアフガニスタンの
教訓は、兵器の質よりも兵力の量が実戦上の問題である。無秩序な地帯において
は、新型兵器よりも分散した拠点を確保する兵力が必要である。同じ事は、ソマ
リア沖の海賊対策にも当てはまる。


◇質か、量か、技術か ― いや、決め手はコスト


 
  高価な空軍費を削減するには、パイロットを不要にする事だという意見がある
。有人機よりも無人機が将来ますます安くなるという。他方、無人機は有人機の
隙間を埋める役割しかなく、しかも地上要員をもっと要するという反論がある。
しかし、新兵器増強とその更新が費用の肥大化を招くので、歴史が示すところを
教訓とすれば、経費の膨大化が戦闘機そのものを空中から打ち落とす事になるだ
ろう。


◆コメント


  冷戦終結直後、平和の配当に期待が大きく高まった。巨額な軍事費の必要性が
無くなり、資源を民生に振り替える事で大きな発展が望めるはずであった。しか
し、この期待は現実化せず、巨大な軍事費はその後も維持され、特に多くの開発
途上国では軍事費が逆に拡大の一途を辿った。

 軍事費の維持拡大の根拠として、新たに力説されたのが地域紛争の激化と対テ
ロ戦争の必要性であった。しかし、これらの戦闘は高度な兵器開発や保持を必要
としていない。しかも、現在は地域紛争もほとんどのところで終結ないし下火と
なっており、対テロ戦争も兵器よりも民生的手段がはるかに重要な事が広く認識
されるようになった。

 全世界的に見ると、核兵器だけではなく、戦闘能力と破壊能力の高い兵器の必
要性が見直しを迫られるような状況が生まれている。また、兵器の高コスト構造
の再検討が国家財政の悪化と経済的合理性の観点から進められる機運が高まって
きた。軍事費はもはや手をつけられない聖域ではなくなった。

 しかし、アメリカやヨーロッパのように、日本では兵器コストについて厳しい
査定が行なわれ、購入の見直しが行なわれている気配がまったくない。守屋元防
衛次官のスキャンダルが浮上した時に、兵器購入の異常なからくりが暴露されか
けたが、事件は彼個人の強欲さに矮小化され、黒い霧の解明は頓挫させられた。

 民主党政権の仕分けに対する期待は依然として大きいが、どうも軍事費の抜本
的再検討は着手されそうな気配がない。民主党内にも防衛ロビーがかなり浸透し
ていると見られ、伝統的な軍産官の癒着構造が温存される懸念も生まれている。
日本が現在のような規模の軍事力を維持する事が、本当に必要かつ有効なのか、
またアジアにおける善隣政策や未来志向のアジア共同体構想に資するものかを真
剣に議論すべき時に来ている。島々をめぐる国境紛争の観点から安全保障問題を
論じることは、アシのズイから天井を覗くのに等しい。

        (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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