-グローバル社会の革新をもとめて-

■新春対談 

-グローバル社会の革新をもとめて-

竹中 一雄 (国民経済研究協会顧問)/ 初岡 昌一郎(姫路獨協大学名誉教授)────────────────────────────────────

(1)2007年という転換点で

初岡 新しい年に当たり、国内外の焦眉の問題を踏まえながら、それを中長期的な
視点からさらにもう一段掘り下げて竹中先生と一緒に考えてみたいということで、
この対談が企画されました。
そこで、まず振り返ってみますと、昨年後半から、国際的にも日本国内でもいろ
いろ大きな動きがありました。国際的にはイラク内戦の激化とアメリカによる失敗
があげられます。この転換を求める声が、中間選挙での米民主党の躍進をもたらし
ました。国内では小泉政権から安倍政権への移行がありましたが、これは継承だけ
ではなく、対アジア政策のように転換や変化をもたらしています。そして国内外と
もに、新自由主義的な政策の行詰りと格差の拡大が問題にされてきました。

竹中 そういう流れを受けて、今年は日本のアジア外交の立て直しとアメリカの中
東政策の立て直しがどうなるかですね。安倍訪中で日本が先行し、アメリカは国の
内外の批判に直面してブッシュ政権は立往生です。安倍訪中、訪韓は、アジア外交
の破綻を攻勢の最大の目玉のひとつにしようとしていた民主党への完全な肩すか
しですが、安倍内閣はその一方で、防衛省への昇格、教育基本法改正など右より政
策をどんどん進めています。

初岡 ところで、これまで「失われた10年」ということが盛んに言われましたが、
竹中先生は小泉政治の時代を含め、ここ十数年の政治経済のあり方や経済運営につ
いて、どう考えておられますか?

竹中 「失われた10年」ではなく「失わせた10年」でしょう。最近で、ある程度共
鳴できる政策を行ったのは村山内閣と小渕内閣だけです。公共投資を増やし
た結果として、明らかに経済成長率は上がっていたし、財政赤字比率も下がってい
たんですよ。それまでは公共投資を増やしても効果がないなんて言われましたけど、
統計で見ると公共投資は全然増えていなかったわけです。だから、効果がないのは
当たり前なんです。村山内閣や小渕内閣の時にはちゃんと効果が出てきたんですよ。
ところが、村山内閣の後には橋本内閣、小渕内閣の後には短期間の森内閣を挟んで
小泉内閣が登場した。そしていずれも不況から多少よくなりかけたところで、強力
な緊縮政策をやりましたから、みんな台無しになって、結局、不況が長期に続くと
いう結果をもたらしました。財政赤字が大きくなったことが指摘されますが、不況
を長期化して税収を60兆円台から45兆円台まで落としてしまったことが一番問題
ですね。
そういう政治責任を誰も追及していません。確かに公共投資にいろいろと無駄が
あるのは事実です。しかし、マクロ経済政策を間違えて税収を大幅に落ち込ませた
というのが最大の原因です。そういうことを誰も言わないのだから、日本の経済論
壇には腹が立ちます。言い方は悪いけれども、愛想がつきたと申しましょうか。や
っぱり、われわれは夢や希望があるから日本経済を分析するのが面白かったんです
よ。夢や希望のないものを分析したって全然面白くないですからね。それよりも、
韓国、台湾、中国、ロシアといった周辺の国々の方が夢はあります。それで、私も
だんだんと関心が日本経済から離れていきました。そこで機会をみつけてはそうい
った国々へ出かけていきまして、いろいろと勉強させてもらいました。

初岡 いま先生がおっしゃった周辺の国々のことについては後ほど改めてお伺い
します。小渕内閣以降の経済政策の転換というのは、もう一人の竹中さん――竹中
平蔵さんという方が宰領されたわけですが、先生からご覧になって、端的にどこが
間違っているとお考えでしょうか。

竹中 経済においては、好況というのはいつまでも続かないし、不況も永遠に続く
わけではない。好況はいつか不況になるし、不況はやはり好況に戻るわけですけれ
ども、小泉・竹中路線というのは、その政策の結果として犠牲があまりにも大きす
ぎます。「痛みに耐えろ、痛みを覚悟しろ」と言う。しかし、エリートが痛むのな
らば私は大賛成ですが、そうじゃなくて庶民がリストラに合い痛い目に遭って、エ
リートは全然痛まない。こういうのは非常にモラルに反すると思うのです。

それから、彼らは「新自由主義経済」ということを言います。普通、新自由主義
の祖としてハイエクがよく挙げられますが、彼らはハイエクをよく読んでいるので
しょうか。少なくとも、ハイエクの言っていることと彼らのやったことの間にはだ
いぶ距離がある。たとえば民営化についてハイエクはこう言っています。人間はい
つも過ちを犯す。民間人が過ちを犯しても、これは被害の及ぶ範囲は小さいし、気
付くのも早い。せいぜいその会社の株主や関係者が困るくらいだ。しかし、国が間
違いを犯すと被害は甚大で全国民に及ぶし、それを改めるのも容易ではない。だか
ら、民間でできることは民間でやった方がいいということです。だから、基本的に
はフィロソフィーがあるわけですね。ところが、小泉・竹中流の民営化というのは、
何でも勝手にお金儲けしなさい、そうすれば経済が活性化しますというだけのこと
ですから、基本的なフィロソフィーに欠けている。
いや、どうもこうやって考えていくと健康によくないかな(笑)。最近、私はエ
コノミストに失望していますので、人からエコノミストとして紹介されると、いや
そうじゃない、元エコノミストと言ってくださいなんて訂正しているのですよ。

初岡 民営化政策が格差の拡大だけではなく、万人に対する「質の高いパブリッ
ク・サービス」を破壊してきたという側面が出てきていますね。民間の失敗を国家
が是正する課題がまさに問われていると思います。

(2)今日のグローバリゼーションについて

◆世界のスタンダードになった民主主義――その問題点

初岡 ところで、竹中先生が属しておられた国民経済研究協会を離れられましたの
は平成2年(1992年)ですが、それまでの昭和の時代には「国際問題」、「国際
化」というのがキーワードでした。ところが平成の時代に入りますと、「グローバ
リゼーション」という言葉に変わってまいりました。国際化とグローバリゼーショ
ン。――どう違うのかというと、私は二つの点が指摘できると思います。一つは、
1989、90年頃にピークに達するソ連体制の崩壊。その後は政治的には「民主主義」
という原理が世界を覆うことになり、これに根本的に対抗するような大思想という
のがなくなってしまった。フランシス・フクヤマ流に言うと、「歴史の終わり」と
いうことになります。もう一つは、これとは並行する「市場経済のグローバル化」、
これが非常に決定的になりました。
 
まず、私自身、民主主義について非常に関心があるのですが、民主主義は、アメ
リカが言っているように、世界の政治的なスタンダードとなりました。ただ、問題
点が三つくらい指摘できるのではないかと思います。第一に、ニューヨークタイム
ズの表現を借りると、世界の過半数の人々が政治的民主主義体制の下に暮らすよう
になった。しかし、社会的民主主義、経済的民主主義という点から見ると、先進世
界ですら大きな問題が積み残されているのではないか。第二に、ノルウェーの政治
学者・ガルトゥングが言っていますが、すべての国が民主主義になったとしても、
それによってグローバルな民主主義が形成されるわけではない。個々の国の民主化
とグローバルな民主化とではレベルが違って、グローバルに見ると、民主化どころ
か、大国支配とりわけアメリカの一極支配が強まっている問題があります。第三に、
民主化が果たして安定的なものかどうか、つまり、経済の右肩上がりのようにすく
すくと成長するものなのかどうか、これが分かりません。

20世紀初め頃、世界に自由民主主義が広がっていくことに楽観的なムードがあり
ました。しかし、1940年代の時点で民主主義が存在するのは十数カ国しかなく、
アメリカですら全体主義は未来の波だという論調が出ていました。また、現在の民
主主義を考えても、コンピュータの普及、情報化による意思決定過程の加速化と単
純化が問題となります。お互いの間での意見交換というプロセスがなく、ほとんど
人気調査のような形で物事が決められてしまう。小泉政治や安倍政治の場合がそう
だし、アメリカにしてもそうです。プロパガンダや宣伝を通した非常に単純な価値
観で、進む方向を簡単に決めてしまう。そういう民主主義のもろさを見ると、果た
して世界の未来が民主主義で行けると楽観視できるのだろうかと思います。経済に
おける加速化の法則と民主主義は原理的な矛盾を内包しており、緊張関係が高まっ
ているとみております。このグローバル化の問題を先生はどのようにお考えです
か?

◆グローバリゼーションが内包する矛盾

竹中 経済の面からみると、グローバリズムというのはある意味で歴史的に必然の
方向、動かしがたい方向にあると私は思います。ただ、いまのようにお金万能、人
間不在のグローバリゼーションが果たして人々の生活にプラスをもたらすのか、そ
れともマイナスになるのか。確かにプラスもあるでしょうが、それを上回るマイナ
スを伴っているのではないでしょうか。150年以上も昔に、「資本家はいずれ国籍
を失う」とマルクスは言っておりますが、資本のグローバリゼーションに対抗でき
るだけの市民のグローバリゼーション、労働運動のグローバリゼーション、社会運
動のグローバリゼーションが本来は必要です。しかし、やはりその間のギャップが
あまりに大きすぎるのが問題です。

資本の方は、お金をもうけるためならいくらでも自由に国境を越えてもよろしい、
それを妨げてはいけないと言う。ところが、人間の方、労働力の方は、いい生活を
求めて勝手に国境を越えていくことはできません。これはあまりにもアンバランス
です。また仮に人間も、労働力も国境を自由に越えてもいいと言っても、まだそれ
に対応できる法体制が整備されておりませんし、人々の心構えもできておりません。
そもそも、近代国家における民主主義憲法には自国民の基本的人権を保障するとい
うことが前提としてありますが、外国人の人権を保障することについてはまともな
規定はどこにも入っていません。そういうアンバランスな状態であるにも拘わらず、
資本だけがお金儲けのためならどこへでも勝手に行けるという仕組みは基本的に
矛盾があると思います。

◆広がりつつある格差

初岡 今のグローバリゼーションが一番反発を受けているのは、格差がグローバル
に拡大してしまったことだと思います。さきほど先生もおっしゃいましたが、小
泉・竹中改革で大多数の人々が痛みを感じて一部の人だけが利益を得たという、こ
ういうような構造が世界的にも拡がっているのではないでしょうか。1960年代と
今とを比較してみますと、世界的に格差が非常に拡大している。最上位20%と最下
位20%の間の格差は60年当時の30倍から60倍へと拡大しています。世界の所得
階層最上位20パーセントが全所得に占める割合はすでに80パーセントを越え、さ
らに拡大の一途をたどっています。

竹中 それは世界的にもそうだし、ロシアや中国、それから日本だってそうなって
きています。

初岡 世界の500家族くらいの人の資産は、所得階層最下位20パーセントの人と
同じくらい、あるいは500家族の方が上だとみられています。先進国の場合にはま
がりなりにも税制とか社会保障制度によってある程度までは所得分配のメカニズ
ムが働くと思いますが、グローバルに見ると所得分配の制度は全くないと言っても
いいのではないでしょうか。

竹中 そう思います。いわゆる「相対的貧困化」という言葉がありますね。格差は
ひろがっているけれども、下の方の生活水準もそれなりによくなっているという、
こういうことならまだしも、いまや「絶対的貧困化」と言うべき問題を考えなくて
はいけない。アメリカで言うと、未熟練労働者の賃金は下っているし、一般の大卒
の賃金なども下がっているが、その代わりに資本家、経営者はもちろん大卒者でも
特定の技能を身に付けた人々だけはグンと給料が上がっている。日本でもいままで
正社員のやっていた同じ仕事を、はるかに賃金の安いパートや派遣の人たちがやっ
ている。そういう問題がどこでもあります。これでは社会は決して長続きしないと
思います。やっぱり、どこかで爆発が起こると思いますね。

◆世界的な格差を是正する手段はあるか

初岡 かつては「新世界経済秩序」の提唱とか、あるいはプレビッシュ報告などの
ように、国連からいろいろと世界の経済秩序を直さなければならないという議論が
さかんだったと思います。「援助よりも貿易を」というのが重要なスローガンでし
たが、世界的な格差を是正する手段として貿易を考えると、それはどの程度まで決
め手となるのでしょうか?

竹中 確かに貿易によって恩恵を受ける人たちはいますね。

初岡 中進国、NICSとか、開発途上国から抜け出した国は、貿易から非常に大き
な影響を受けますね。かなり前ですが、ヨーロッパの社会民主党政権の首相OBが
集まって、グローバリゼーションの問題点を論じていたのですが、とても面白かっ
たですよ。グローバリゼーションは全体のものではなく三つの大きなグループがそ
のプロセスから阻害されているという指摘から始まっています。第一はアフリカ大
陸のように完全に疎外されているグループ。第二には世界の貧困層。第三は先進国
の失業者。これを合わせると世界の圧倒的多数になるというのです。
さきほど先生がおっしゃいましたように、グローバリゼーションそのものを否定
することはできません。しかし、グローバリゼーションによる欠陥は台風のような
自然現象ではなく、何らかの形で人間の手によって生み出されているわけですから、
他ならぬ人間自身によって是正できると思うのです。しかし、その方向性はなかな
か見えてきません。

竹中 やはり、市民なり労働・社会運動なりのグローバリゼーションが、資本のグ
ローバリゼーションに劣らない力を持つのが基本だと私は思いますね。ただ、これ
が非常に難しい。たとえばハイエクも言っていることですが、賃金を労働者の間で
どのように配分するのが合理的なのか、これは労働組合の参加なしには解決できな
い。ところが、今の労働組合というのは、日本もどこの国でもそうですが、国内で
の正社員組合が主体であって、派遣やバイトの人たちを含めた労働組合というのは
極めて少ないし、在外子会社の労働者を含めた労働組合もほとんど存在していない。
そうすると、不公正や不公平なことが起こっても、それを是正するだけの社会的装
置が機能しません。

◆国境を越える労働力移動

初岡 19世紀と言いますと、たとえば児童労働などが問題となっていました。西
欧や日本の場合には、二つのことによって児童労働を克服しているのですね。一つ
は法律による禁止、もう一つは義務教育制。どちらが先かというよりも車の両輪だ
と思えばいいでしょう。ところが今、グローバリズムは2億人近い児童の労働や、
新たな奴隷労働となりかねない労働力の不法な移動と社会問題を前面に押し出し
ています。
なかでも日本も含めて非常に大きいのは労働力移動の問題です。ILOには労働力
移動について二つの条約がありますが、その基本とする解決策は内国民待遇です。
しかしこれがまた難しい。これらの条約の批准率が低く、ヨーロッパ諸国が一部批
准しているくらいで、日本はまだです。日本でも外国人労働者の導入問題は70年
代に大きく議論されたことがありましたが、今後少子化が進むにつれて、ますます
この問題に直面すると思います。先生はどのようにお考えですか?

竹中 私の考えとしては、基準を明確にして、その基準をクリアした人にはオープ
ンにする。そして、オープンにした人については人権を保障する。

初岡 その基準とはどのようなものですか?

竹中 たとえば、専門的知識、技能を持たない人でも、小学校低学年程度の日本語
ができるか、自国での犯罪歴の有無など、ごく簡単なものでいいと思うのですけど
ね。

初岡 私はですね、あらゆる人を均等待遇とするよう法律整備ができたらいいと思
います。今の先進国はアメリカでもヨーロッパでも、日本も特にそうですが、自国
に必要とする熟練労働者とか知識労働者を導入しようとするばかりです。しかし、
そういう人材こそ開発途上国で必要とされているはずで、開発途上国をサポートす
るという考え方に反すると思います。アメリカなども奨学金を出して世界中からい
ろいろな人を集めていますが、その中でも特に良い人材は出身国に送り返すよりも
アメリカに留め置きたいと考えているわけです。確かに送り出した国にとってもプ
ラスではありますが、今の形では労働力移動は受け入れた国が一番得するシステム
になっています。

竹中 それを分かっていながらやっているのが中国ですね。あそこのトップクラス
の大学は、一時期、アメリカの名門大学の予備校だと言われたことがあるくらいに、
大勢アメリカに行ったわけでしょう。だいたい三分の二くらいがアメリカに残るの
かな。しかし、Ph.Dを取っても、しばらくアメリカの企業で働いたり大学で教え
るなど、実務経験を積んでから帰国した方が役に立つと言っています。大きなネッ
トワークもできますし。

初岡 それは確かにそうですね。インドなども人材流出が言われながら、今度はア
メリカから引き上げてくる流れも出てきています。先進国が開発途上国の優秀な人
材を引き抜いていると一概に言うのは確かに誤りかもしれません。
 ところで、いまアジアでのFTAについて、投資や貿易だけでなく労働力移動も
考えるべきだという要求が出てきています。たとえばフィリピンの看護師の問題な
ど。日本はFTAをあまり結んでこなかったので、最近は少しあせりはじめていま
す。日本は今までFTAには及び腰でしたが、いまはFTAを結ばないことによるリ
スクが認識されつつあるのかもしれません。

竹中 やはり中国や韓国の方が積極的です。

◆アメリカの一極支配も終わりの始まり

竹中 今日のグローバルな世界においては、経済や労働の問題に加えて、ネオコン
以来のアメリカの軍事的一国行動主義、これがますます世界をおかしくしました。
しかしネオコンの主要メンバーはチェイニー副大統領をのぞいて、ほとんど政権か
ら立ち去らざるをえなくなっています。

初岡 グローバリゼーションと言っても、経済的には多極化してますが、軍事的に
は完全にアメリカの一極支配でした。

竹中 しかし、アメリカの一極支配もどうやら終わりが始まったのではないかと思
いますね。中東で嫌われ、南米でも嫌われ、ヨーロッパからは批判され、国内でも
疑問を持たれて、どうも翳りが見えます。ヴェトナム戦争の時に国防長官だったマ
クナマラの回想録なんか読んでいますと、彼はヴェトナム戦争から11の教訓を引
き出しています。自国のハイテク兵器を過大評価してはいかんとか、一国で行動す
るのはよくない、国際的な枠組みの中で動かねばならないとか、相手の国の民族感
情、民族主義を過小評価してはいかんとか、よく知らない土地で地上戦闘をやって
はいかんとか。ブッシュはこれを全部無視したのですからね。当然、失敗します。

今の中東の状況を見ていると、軍事力で解決できることというのはあまりないの
だと思いますね。昔アメリカがヴェトナムで失敗し、ソ連がアフガニスタンで失敗
したことをアメリカは再び繰り返している。だから、一極支配と言っても、そろそ
ろ峠に来ているのではないかと私は思います。その一方で、たとえば「イラクに大
量破壊兵器があると国連で発言したのは自分の人生の汚点であった」とパウエル国
務長官が発言したり、民主党だけでなく共和党からも「ブッシュの情報に踊らされ
てイラク戦争に賛成したのは間違いだった」とはっきり言う政治家が出てきたり、
そういうのはアメリカの健全なところですね。それが今回のアメリカの中間選挙の
結果にはっきり現れた。残念ながら日本は、今度の自民党総裁選挙をみても、はっ
きりと「小泉がイラク戦争に賛成したのは間違いだった」と批判したり反省したり
する候補は誰一人としていなかったし、そういう評論家もいない。やっぱり、日本
の政治意識にはがっかりしています。

初岡 先生のおっしゃるように、アメリカが軍事的に見て、ずば抜けた力を持って
いるのは否定できないけれど、それを一方的に行使することにはっきりと批判が出
てきたことがまだ救いですね。確かに、ブッシュを中心にした勢力、ネオコンなど
は政治的には落ち目になってきています。そういう面では、アメリカの政治的な転
換が大きく国際情勢を変えていくように思います。しかし、アメリカ一国だけが軍
事的に大きな力を握っているというこの現実はなかなか変わらないと思います。

竹中 変わらないけれども、しかし軍事力で解決できることはあんまりないのです
よ。

初岡 ところが軍事力で解決できるという幻想がずいぶんと残っている。それが日
本で根強いだけでなく、その方向を推進する傾向が顕著になっている。憂慮すべき
です。

◆国境を越える難しさ

初岡 先生がさきほどおっしゃいました国際労働運動、これには私自身長いこと従
事しておりました。私自身はボーダーレス論者でナショナルインタレストを基準と
した考え方は好みません。しかし、労働運動自体が国境を越えていくということは、
抽象的な理念としてはよく言われるのですが、現実には非常に難しい。国際労働団
体の原理というのは株主総会と同じなのです。結局、会費をたくさん払って組織の
理事を握っている者の決定権が大きい。国際労働団体は国連の一国一票主義とは異
なりまして、むしろIMFや国際金融機関などと同じ原理なのです。ですから、ヨ
ーロッパ、アメリカ、日本など先進国の大労組が政策を決めてしまいます。

それから1960年代から70年代にかけては、国際労働運動は開発途上国に手を差
し伸べなければならないという理念がありましたが、最近では、「われわれが労働
運動を展開するうえでは、どこからも援助してもらわず自力でやってきた」という、
こんな考え方もまかり通っています。国際労働運動を地域比重という面で考えます
と、ヨーロッパ中心主義が歴史的に根強い。国際自由労連加盟の欧州のナショナ
ル・センターの委員長は欧州労連の執行委員会に行くのですね。ところが国際自由
労連には国際局長を派遣することが多い。国際自由労連という国際組織は、実質的
には欧州労連の「国際局」化しているとすら言えます。国連を考えても、重要なこ
とは全部サミットで決めてしまう。グローバル・ガバナンスは大国中心主義になっ
ているのです。

竹中 それなのですよ、おっしゃったことがまさに問題だと思います。

初岡 本来、労働運動とか社会主義というのは国境を越えたもののはずなのですけ
どね。たとえば、1968年のいわゆる「プラハの春」、あの時にチェコの活動家が西
欧に亡命したのですが、その中でイタリア社会党から欧州労連の議員に選ばれた人
もいます。そういう芽は多少あります。しかし、実際にはなかなか国境の壁を越え
るのは難しい。国際労働運動ではグローバリゼーションに対してトービン税的な提
案も出されています。資本取引に国際税を課すことはアイデアとしてはいいのだけ
れども、ではネコにどうやって鈴を付けるのかという問題があります。

ただ、労働運動や市民運動についての国際的なルールづくりはある程度進んでき
ています。たとえば、歴史のあるものとしては国際労働法としてのILOの国際労働
基準とか、あるいは最近では国際人権法というものがありますね。それから、環境
についても国際条約的なものが増える傾向にある。市場主義のグローバルな動きに
対して、社会的、環境的な側面で大きな枠にはめていこうという傾向は非常に大き
くなっていると思います。ただ、それを国内法に匹敵するような強制力を持たせる
までには至っていない。従って、世論や市民の行動に頼らざるを得ないことになり
ます。

竹中 たとえば「国境なき医師団」や「国境なき記者団」をはじめいろいろなNGO
が注目を集めるようになりました。ああいう基本的な人権の考え方が社会的なベー
スとなっていかなければいけませんね。

初岡 国連改革というと、日本では安保理事会をどうするのかなどというところに
かたよってしまうのですが、他にいろいろとアイデアは出されています。国連に第
二院をつくり、そこには市民団体やNGOなど国境の枠のない組織から代表を選出
するという意見も出されています。いずれにせよ、国連は新しいルール作りには貢
献していますし、NGOについてもいち早くバックアップしています。人間開発報
告などをみますと、国連のシンクタンクとしての役割はたいしたものだと思います。
1994年にコペンハーゲンでの社会サミットに提案されたものでは人間の安全保障
という考え方が全面的に打ち出されていました。国境よりも人間の一人一人の安全
を保障することが時代の最大の課題というアプローチには非常に勇気づけられま
す。

(3)世界の中のアジア

◆東アジアでの国際ルールづくりは可能か

初岡 そこで、今度は話を少し東アジアの問題にしぼって考えてみたいと思います。
その前に先ほどの国際的ルールづくりについてですが、世界を構成する200の国を
単位にしてグローバリゼーション、グローバル・ガバナンスを考えると、非常に難
しい。むしろ、ヨーロッパとか、アフリカとか、アジアとか、そういった地域的な
まとまりでグループをつくったうえで考える方が、実際的なアプローチではないか。
そして現実にもその方向に進んでいるように思います。その点でEUは大きな貢献
をしていると思うのですが。

竹中 まさに、そのように思いますね。アジアなんかもいつかは必ずそうなってい
くと思いますが、それが50年かかるのか100年かかるのかまだ分かりませんね。

初岡 そうですね、一つの歴史の流れですね。アジアは必ずそういう方向に行くと
思いますし、また行かなければならないと私も思います。ただ、議論が先行してい
るわりには着実なステップがあまりありませんね。アジアの中で一番先に進んでい
るのはASEANだと思いますが、これは域内の共通関税をつくるのが先で、経済圏
づくりから踏み出す展望はありません。ASEANでは内政干渉を排するという原則
が、社会労働的な問題を避けてとおれなくなっているという現実にぶつかってきま
す。またより大きな枠組みであるAPECでも、投資や貿易など経済的な側面が中心
課題とされており、それでは労働力をどのように組織するのかなど社会的な側面へ
の目配りはありません。

EUの場合には、最初から社会的側面(social dimension)を考慮していまして、
資本の移動と労働力の移動はワンセットとして考えております。それから、経営側
と労働組合の制度的な参加についても保障されています。労働組合が集まって会議
をする時には通訳を提供するとか、会場を提供するとか、費用を援助したり、EU
がテクニカルにサポートしているのです。アジアの場合、たとえばASEAN労働組
合会議というのが一応あるのですが、ASEAN自体とのオーガニック・リンクがあ
りません。労働組合の方は参加を要求してはいるのですが、好意的な政府が少ない
ですね。

◆中国の現在について

竹中 アジアでは法制度についてもいろいろと問題がありますね。中国の人たちが
よく言うのは、いままでは「無法無天」、――要するに法律は何もなくて無茶苦茶
だった。ところが、最近は「有法無天」に変わってきた、つまり、法律はあるけれ
どもやっぱり無茶苦茶だと。これを旧態依然とみるか、それとも法律を作らなけれ
ばならないと考えるだけ一歩前進と見るのか。私は少しずつ前進していると見ます。
法治国家への志向は識者の強い共通認識になっています。
 
それに、人材の面では中国は非常に有望です。中国の人口は膨大な数になります
が、その分、大学生の人数も多い。現在大学への入学定員は480万人に増えました
から、毎年それだけの大卒者がでてくる。日本は短大をふくめて70万人ぐらいで
しょう。その中でもトップクラス1万人くらいが清華大学や北京大学、復旦大学な
どにいて、これがまたレベルが高いのです。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を
書いたハーバードのヴォーゲルさんに私の友人が会ったら、こんなことを言われた
と言っていました。中国人の留学生は日本人と比べて確かに量は多いのだが、最近
は質も違ってきた。彼らの物事に取り組む意欲といい、勉強量からして違う、もう
質的に見ても日本と中国とでは勝負がついている、というのですね。
 
それから、二年ほど前ですが、上海の浦東(プートン)地区の合弁企業をいくつ
か回ったことがあります。あそこではトップは欧米人や日本人などの外国人なので
すが、部課長クラスは全部現地の大学を出た中国人です。彼らはだいたい一カ月く
らいの短期海外研修を済ませただけで工場の管理職になっているのですが、とにか
く会社にいる間にノウハウをすべて身に付けてやろう、そしていずれ独立してやろ
うという気構えなのですね。日本の部課長クラスとは面構えからして違います。一
般労働者の勤務時間を見ると、朝7時から夜は8時、つまり13時間働いて、途中
の休憩時間も30分だけなんて所もあります。もちろん中国にもちゃんと労働基準
法はあって、明らかに法律違反です。それがまかり通っているどころか、定時の5
時で終わる工場があると、そこを辞めて夜8時まで働く工場に移りたがる人が多い。
このエネルギーというのはものすごいですね。日本が中国とまともに主導権争いな
んかしたら、日本人は心身擦り切れてしまいます。やはり、中国と協力しながらや
っていくしかありません。

中国と日本の関係はドイツとスウェーデンの関係で捉えることができるのでな
いかと私はいつも考えています。ドイツの人口が8千万人で、スウェーデンが800
万人、ちょうど十分の一です。中国の13億人に対して日本は1億3千万人弱、や
はり十分の一です。スウェーデンはドイツを相手に主導権争いなんかやらずに自分
の道を歩んで国際社会から尊敬を受けている。人口比にしても経済力を考えても、
日本にも同じことが言えます。たとえば昔、石橋湛山が「小日本主義」と言ってい
ましたが…。

初岡 あるいは、「中進国としての日本」主義とかね。

竹中 そうです。ところが、今までと同じような過去の栄光にとらわれている。こ
のままでは立ち行かないですよね。

初岡 「小日本主義」で思い出しましたが、いま民主党の長野県選出議員に篠原孝
さんという方がいます。農林水産省の出身なのですが、彼が課長の頃に『農的小日
本主義のすすめ』という本を書いたのですよ。これが非常に面白くて、何回か僕ら
の研究会に来てもらったのですが、日本の農業の価値をエコロジーとか地球資源の
問題と関連づけて論じています。そして、「工業的大日本主義」と「農的小日本主
義」と、これからの日本はどちらの進路を取るべきかといった問題を正面から提起
していました。

竹中 それは面白い。――それに関連してですが、中国のエネルギーや環境の問題
を考えると、このままでは滅茶苦茶なことになってしまいます。ところが中国では
省エネ技術が非常に遅れています。日本並みの省エネ産業構造に切り替えれば、現
在と同じエネルギー消費量でおよそ7~8倍のGDPを実現できる力を持っています。
そういうところを日本は支援していくべきでしょうね。

◆東アジアの経済発展と社会主義圏の改革

初岡 日本や中国などアジアの経済発展がソ連東欧の共産圏の崩壊に大きな影響
を与えたという見方があるのですが、これについてはいかがですか。ゴルバチョフ
がペレストロイカなど一連の改革を打ち出した契機としては、アジアにおける驚異
的な経済発展、特に中国の改革開放政策を意識していたのではないでしょうか。

竹中 それはよく分かりませんが、ただ昔のモスクワ大学にいた友人からこんなこ
とを聞いたことがあります。ゴルバチョフが言っている程度のことは、モスクワ大
学やレニングラード大学の学生の間ではいわば常識。ただ、そんなことを言えば就
職に差し障りがあるので知らない人の前では、特にKGBとつながっていそうな人
の前では絶対に言わないだけだと。しかし内心ではみんな分かっている。それをゴ
ルバチョフは表面に出しただけだということです。ただ、アジアの発展がどこまで
インパクトを与えたかというのはよく分かりません。
 
それから中国でも似たようなことがありました。まだ鄧小平さんが復活する直前
の頃でしたが、向こうの役所の人たちと議論する機会がありました。その時、「中
国経済にはいろいろなアンバランスがある、たとえば工業と輸送、工業とエネルギ
ー、工業と農業、こういったアンバランスを解消すれば中国経済はもっとよくなる」
というのが彼らの昼間の説明でした。ところが夜、彼らとお酒を飲んでいたら、「そ
んなのは表面的な理由に過ぎない、もっと根本的な理由がある」と言うのですよ。
それは何だって聞きましたら、「韓国と北朝鮮を比べれば韓国の方が明らかに成績
が良い。西ドイツと東ドイツを比べると西ドイツの方がはるかに成績が良い。だか
らもっと根本的な問題があるはずだ」と。それから1、2年して改革、開放への動
きがはじまり、だんだんと社会主義初期段階とか、社会主義市場経済の議論とかが
出てきますが、こういう疑問や考え方というのはやはり以前からベースにあったの
ですね。それを表に出したのがゴルバチョフさんや鄧小平さんなのですよ。

初岡 僕は若い頃、ロシアで暮らしていたことがありましたが、その頃こんなジョ
ークがありました。「カトリックは清貧を説き、共産主義はそれを実現した」(笑)

当時は西欧やアメリカは別として、アジアはみんな貧しいし、ロシアも貧しかった。
1960年代くらいまでは日本もロシアもそんなに変わらなかったのですが、1980年
代以降はアジアの発展に比べると、民衆の生活レベルでもソ連東欧の停滞ぶりが際
立ってきました。ロシア人は割合と中国をバカにしていますから、中国に倣うなん
てことは口が裂けても言わないでしょうが、ゴルバチョフがどこまで認識していた
かは別として、やはり何かやらなければこのまま置いていかれるという危機感があ
ったのではないか。そういう側面はもっと重視していいと思うのです。今までの説
明だと、アメリカとの軍拡競争にくたびれたからソ連が変化したということになり
ます。もちろんその側面も無視はできませんが。

竹中 確かにおっしゃることはあり得ると思います。何年か前にヴェトナムに行き
まして、向こうの役人と話をしましたらこんなことを言っていましたよ。ニューヨ
ークや東京を見ても、もともと進んだ国と思っているから別にショックは受けない。
しかし、バンコクの発展ぶりを見た時には非常にショックを受けたと。昔はバンコ
クなんて貧しくて、欧米の外交官なども休暇はサイゴン(現在のホーチミン)で過
ごしたし、難しい病気になるとサイゴンの病院まで来た。ところが、こっちが真面
目に戦争をやっている間に、アメリカをうまく利用したバンコクに追い越されてし
まった。これが一番ショックだったというのですね。

◆独自なスタンスのヴェトナム

初岡 そう言えば、先生はインドシナ半島にもいらっしゃったのですよね。どのよ
うな印象をお持ちですか?

竹中 ヴェトナムの南部にホーチミン、北にハノイがありまして、真ん中あたりに
ダナンという都市があります。ここが取り残されてしまうということで日本企業の
誘致をしています。去年行ったのですが、ダナン市の副市長、人民委員会副委員長
が案内してくれました。彼はMITの出身でしたが、こんなことを話していました
ね。「アメリカは1回だけしか侵略してこなかったからすぐに仲良くなれる。しか
し中国は8回も侵略してきた。しかし大切な国だから仲良くしないといけない」と。
私が「鄧小平という人にはとても功績があるが、ヴェトナムに戦争をしかけたのは
間違いでしたね」と水を向けましたら、彼は「いや、あのおかけで中国とは慎重に
付き合わなければいけないという貴重な教訓を得てプラスになっている」と言って
いました。

それから、慰霊碑がたくさんありまして、戦争博物館もあるのですが、北朝鮮に
あるような記念碑とか凱旋門のようなものは一つもないのです。どうしてないのか
とベトナムの人に聞きましたら、「あんなのを作ってもあまり意味がない。アメリ
カ人が気を悪くするだけだ」と言うのですね。私が北朝鮮に行ったことを話しまし
て、同じくアメリカと激しく闘った彼らに、何かアドヴァイスすることはないかと
尋ねましたら、しばらく黙ってから「民族性が違うからなあ」と。それ以上答えま
せんでした。あそこの人たちは利口ですよ。やっているのは社会主義市場経済です
が、絶対にそんな表現は使わないで「ドイモイ」と言っています。中国の言葉は使
いたくないのではと思います。

初岡 日本でも、中国に対するほどではありませんが、ヴェトナムへの関心は高ま
りつつあります。

竹中 ええ、どこに行っても向こうの人は「ここでは反日デモはありませんから安
心して投資しろ」という。「この前ハノイでデモがあったじゃないか」と言い返し
ましたら、「いや、あれはヴェトナム在住の中国人がやっただけだ、ヴェトナム人
は一人も参加してない」というのですね。ハノイから海に出た所にハイフォンとい
う町がありますが、あそこには野村グループのやっている工業団地があります。去
年の半ばまでようやく20社を誘致したのですが、中国で反日デモがあってから年
末までの間に一挙に30社入って、いまは満杯らしいです。

◆アジアにおける「平和の配当」

初岡 われわれが若い頃、「資本主義から社会主義への平和的移行」というスロー
ガンがありましたが、この20世紀の後半、特に冷戦期以降の様子を見ると、独裁
や社会主義経済から民主主義や市場経済への「平和的移行」が達成されたという感
じがします。それから冷戦が終わった時に、「平和の配当」という言葉が使われま
した。今では忘れられた言葉になってしまいましたが。

軍事費が減るという意味では「平和の配当」にあまり実感はありません。しかし、
政治的には「平和の配当」がある程度実現されたのかなという気はします。アジア
の国々を見ても、韓国の民主化、台湾の民主化、それからタイやインドネシアなど
も冷戦時代にはみんな軍事独裁をやってきた国々です。1997年でしたか、アジア
金融危機が起こりましたが、従来でしたらあのように政治経済がガタガタになった
ら、軍が出てきて政権をおさえました。しかし、冷戦後は韓国もタイもインドネシ
アもむしろ民主化がより進みました。タイの場合は昨年、軍による政権掌握という
事態もありましたが、これは冷戦期とは性格が違うと思いますし、とりわけ韓国や
台湾での民主化の徹底度というのは大したものですよ。このように独裁が民主主義
へと平和的移行したのが一種の「平和の配当」だったのではないでしょうか。この
点を考えると、北朝鮮についても政治改革が平和的に行われる可能性はあると思い
ます。それと中国を取り巻く国々で民主化といいますか、市民社会化といいますか、
より自由な体制が現れていることが、中国にも直接間接に大きな影響を与えていま
す。

竹中 昔はよく「経済発展の雁行形態」なんてことが言われましたね。

初岡 あれはもう完全に崩れましたね。

竹中 日本があって、続いてNICSとかNIESがいて、それから中国や東南アジア
がある、というような形のものはおっしゃるように崩れました。ただ、政治、社会
システムとしては時系列的な雁行形態的な発展というのはまだ続いているような
気がするんですね。中国の「社会主義市場経済」なんて言ってもよく分かりません
が、これを「治安維持法付き資本主義」と言えば分かりやすいと思うのです。戦前
の日本だって結構自由はありましたが、天皇中心の国体を批判することは許されな
い。戦争末期にもなると予防拘禁といって、そういう考えを抱いているだけで逮捕
されてしまう。

今の中国だって結構いろいろな自由があるし、インターネットにもかなり自由に
アクセスできます。しかし、中国共産党の一党指導体制という国体を崩すような発
言は、それだけで逮捕されてしまいます。日本だって、1925年に普通選挙法がで
きても女性には参政権がありませんでしたし、それまでは男性だって選挙権がある
のは一定額の税金を納めた人だけでした。一定額以上の税金を納めた人というのは
それだけ社会から恩恵を受けている人で、そういう人が集まって選挙をしていたと
いうのは、ある意味で共産党大会の代議員の選挙と変わらないのではありませんか。
しかも、日本にも新聞条例とか出版法とか言論を規制する法律がありましたし、戦
前の日本は現在の中国とそんなに変わりません。

(4)東アジアの緊張をどう見る

◆北朝鮮の変化はありうるか

初岡 安倍政権が中国や韓国との関係の正常化にまず一歩を踏み出したことは当
然とはいえ、東アジアの雰囲気を改善しました。しかし、先ごろの北朝鮮の核実験
と、それをめぐる日本の対応は全くそれに逆行する動きすね。対話無用の強硬路線
では、アメリカの新しい動きにもついてゆけなくなるでしょう。
以前、先生が北朝鮮からお帰りになった時に、北朝鮮を戦前の日本とのアナロジ
ーで比較されましたが、あれは大変面白かったですね。北朝鮮の軍国主義は戦前の
日本と同じだが、彼等の方が国際情勢の認識ではより現実的だと指摘されました。

竹中 現在の北朝鮮は昭和18、19年の日本と同じですよ。違うところはと言えば、
天皇陛下の代わりに金日成親子を拝んでいること、空襲がないこと、食い詰めたら
地続きで中国へ逃げること、この3点くらいなものです。しばしば停電して暗いと
ころでメシを食うのも同じ。若い人がどう感じるかは分かりませんが、われわれの
ジェネレーションが行くと、むしろなつかしくなるのじゃないかと…(笑)。

初岡 そのお話をうかがったのをヒントに、私はキリスト教とイスラム教の関係に
ついてこんなことを考えました。イスラム教はキリスト教よりも650年くらい後に
生まれています。いまアメリカでイスラム社会が批判されています。たとえば、男
女同権が全然なっていないと。しかし、650年前のキリスト教世界もだいたいあの
程度だったのじゃないかなあ(笑)。このように歴史的なパースペクティヴで考え
ると、問題の理解を助けることがありますよね。あまり現状を固定化して考えては
いけません。
 
このように考えたとしても、中国は期待できるのですが、しかし北朝鮮について
は全く希望が見えません。これはどのように考えたらいいのか。ただ、改革の可能
性が見えてくるとそのことだけで人間の要求は爆発的に出てきます。ソ連にしても、
ゴルバチョフがちょっとパンドラの箱を開けただけで、あれだけの問題が一挙に出
てきました。中国は小出しにしているので一挙に奔流のようにあふれ出ることはな
いと思いますが、北朝鮮はどうでしょうか。

竹中 どうなるかはよく分かりませんが、ただはっきり言えるのは、一般国民には
禁止ですが党政府の高官は外国のテレビも見ていて、日本の旧帝国陸軍首脳よりは
北朝鮮の方が国際情勢に通じていますね。アメリカはイラクであれだけ手こずって
いるので戦争を始められないと分かっています。「攻められても反撃するだけの軍
事力を持っていないと戦争は防げない」という言い方をしていました。当時からの
彼らの言い分は、「イラクに大量破壊兵器が無かった」と今ごろになって言ってい
るけれど、そんなことはアメリカははじめからわかっていた。もし本当に大量破壊
兵器を持っていたら、アメリカはイラクに戦争を仕掛けなかっただろうと。だから、
「核兵器を持てば安全だ」と思いこんでいるのでしょう。

ところで、安倍政権の一番の応援団は北朝鮮ですよね。彼は、北朝鮮への強硬姿
勢をとることで国民の人気を得て首相の座を得た。一方、北朝鮮側からすれば、安
倍政権がいろいろと煽れば煽るほど、将軍様のまわりに団結して戦おうということ
になる。下手に経済制裁をやると「生活が苦しいのは自分たちの失政ではなく、日
本やアメリカが制裁をするからだ」と言って、敵愾心を煽って体制強化に役立てる
だけです。そんな不思議な応援関係が相互にあります。

初岡 北朝鮮の軍事的脅威をさかんに言うのは日本のほんの一部だけではないで
しょうか。国際的に北朝鮮が軍事的に危ないという議論はほとんどないと思います。
アメリカはレジームチェンジ(体制変革)を外から軍事的に仕掛けることはもうで
きないので、対話に向かうことは間違いないと思われます。

竹中 どこの国も北朝鮮の核兵器には反対ですが、日本での議論とはだいぶ違う。
昨年の10月に中国で北朝鮮担当の人たちと議論したのですが、彼らはこう言いま
す。北朝鮮は人口が2,200万人、遼寧省の半分もない。東北3省でいちばん小さい
吉林省よりまだ少ない。それに貧しい。一人当たりGDP900ドルと言っているが、
これは過大評価。GDP総額で韓国の30分の1か40分の1、そんな小さくて貧しい国が
ミサイルだ核だというのは、客観的にみれば漫画だ。漫画ではあるけれども、
もし北朝鮮が核武装すれば、必ず日本でも核武装論が高まってくるし、そうなると
韓国も核武装を言いだす。さらには台湾にも波及する。こうなると東アジアは収拾
のつかないことになってしまう。だから何としても核兵器を止めさせ、朝鮮半島を
非核化しなければならないということです。
一方、韓国では、戦争を経験したわれわれの世代は、「また北にだまされるぞ」
という警戒心が非常に強い。一方、朝鮮戦争を知らない多くの若い人たちは、経済
力の格差があまりにも大きいから、さして危機感がない。この世代ギャップが非常
に大きくて、廬武鉉政権はこの間を右往左往という感じです。

初岡 やはり北朝鮮に対するアプローチは、イソップ物語の北風と太陽論がより有
効でしょう。

(5)新しい国際関係を築くために

◆東アジア共通の歴史認識は可能か

竹中 アジアの問題を考えるうえで、歴史認識というのがなかなか容易ではありま
せん。これについてどう考えたらいいのかお聞きしたいと思っていたのです。
 第二次世界大戦には三つの側面があると佐藤優さんが言っていまして、私も全く
同感です。第一に、日本の中国に対する侵略戦争という側面。これはどう言っても
弁解の余地はありません。第二の側面は、日本とアメリカやイギリスとの植民地争
奪戦争としての側面。たとえば、アメリカはハワイを併合して、フィリピンを植民
地化し、やがて中国大陸へ向かおうとしていた。余談ですが、ハワイ王国の国王は
アメリカに殺されているのですね。彼はまだ生きていた頃、明治時代の日本に来て、
このままでいくとアメリカに併合されてしまう、だからハワイの王家と日本の皇室
とで縁戚関係を結んで欲しいと言うのです。ところが、明治政府は断ってしまった。
それから満州だって、日本が侵略した時に、アメリカは共同経営しようという話を
持ちかけているのです。こうして見ると、明らかに日本とアメリカとで植民地の奪
い合いをやっていた。レーニンのいう帝国主義戦争です。

それから第三の側面は、日本とロシアとの戦争。この場合、平和に対する罪は明
らかにロシア側にあります。アメリカは、千島もくれてやる、旅順も大連もくれて
やる、だから日ソ中立条約など無視して参戦しろとけしかけました。さすがに旅順
や大連については蒋介石がむくれましたので話が消えましたが、北方領土問題も元
をたどればアメリカにも文句を言わないとおかしい。しかし、アメリカはうまいこ
とに「反ファシズム、民主主義の戦争」というスローガンを掲げることができた。
確かにそういう意味もあったが、しかし本当に自由と民主主義のための戦争ならば、
なぜソ連という全体主義と同盟して戦争をしたのか、ということになる。こういう
歴史を全部明らかにしていくのには制約があります。中国もアメリカに助けてもら
ったわけだからやりにくい。こうしたタブーについてはかねがね気にかかっていま
した。

初岡 私の考えでは、「村山声明」で歴史認識と謝罪は十分だと思います。これな
らば中国も韓国も基本的に理解してくれています。問題はこれを誠実に守っている
かどうかで、きちんと守っておれば、それ以上に謝罪を要求されることはない。中
国や韓国の問題としては、過去に日本が犯した問題と、現在の日本の問題とを混同
していることです。中国や韓国にしても、日本にしても、両方とも現在の価値観で
過去を政治的に語っているという側面があります。私は、歴史家を集めて共同研究
をすれば解決するという問題ではないと思います。

竹中 共同で研究するということ自体が大事だと思います。

初岡 ええ、研究するのは大事ですが、それだけでは意見の決着はつかないと思い
ます。和解は、E・H・カーじゃありませんが、現在と過去の対話だけではできま
せん。未来と過去の対話が必要です。未来というのは、平和と協力のアジアのイメ
ージを画き、そこに焦点を合わせて合意することです。歴史認識をめぐる対立の重
要性を下げていくしかないと思います。歴史認識を完全にいますぐ一致させるとい
うのは難しいです。

竹中 確かに一致させるのは難しいですね。ただ、あんまり自国民や他国民の感情
を刺激するようなことはやらないでくださいということですね。しかし、あまりに
も日本では歴史認識がなおざりにされているように思います。

初岡 中国や韓国は歴史意識が非常に強いですからね。日本とはまた反対に。

竹中 ただ、以前に読んで知ったことなのですが、スウェーデンは、昔は野蛮で残
酷な侵略国家でしたが、それがいまや平和国家として世界的に尊敬されるまでのイ
メージチェンジに150年かかっています。それに対していまの日本は戦争が終わっ
てまだ60年しかたっていませんから、これからあと90年必要なわけです。それに
隣国の国民感情を逆なでするような言動を政治家が繰返していると、もっと長くな
るかも知れない。

初岡 ちょっと長すぎますね。

竹中 この期間をできるだけ短くすることが、東アジア共同体成立の最も重要な前
提条件でしょう。経済的な面では条件は相当に熟してきていますから。

初岡 日中韓というレベルで、東アジア共通の歴史認識をつくることは大切だと思
いますね。そういうものがないと、東アジア共同体に一体感が出てきません。

竹中 たしか、フランスとドイツは同じ中等教科書を去年から使い始めましたよね。

◆古くて新しいイデオロギー「民族主義」

初岡 ヨーロッパ史とか、地中海史とか、そういう国家権力の移動ではない歴史が
必要だと思います。日本でも網野善彦さんの『日本社会の歴史』(岩波新書)はお
もしろいですね。権力の移動ではなく、社会の連続的発展から歴史を見ている。い
ままでだと、権力の移動と戦争だけで済ませてきましたからね。

竹中 権力の移動だけでやっていくと、たとえば高句麗・渤海の問題でも韓国と中
国がもめていますね。明治の昔に日本は南満州鉄道の権益拡大を中国に認めさせる
代償として、吉林省の東部分の朝鮮族と漢人の混住地域を清国領だと認めて、それ
が中国領として確定するもととなったと言われています。もし日本が満鉄よりも前
に朝鮮半島に対して意欲を燃やしていたら、あの辺りは今時分、北朝鮮領だってこ
とになるわけです。本当にそうなると、国境なんて大抵いい加減なものです。

初岡 国境というのは非常に人為的なものですからね。日本がいま周辺諸国との関
係を悪くしているのは、もちろん歴史認識もありますが、領土問題も大きいですね。
市場経済主義者にとっては、小さな島よりもマーケットの方が大切だろうと思うの
ですが。

竹中 尖閣列島を管轄していたのは台湾総督府でしょう。戦争中は沖縄県ではなか
ったのですよね。日本が台湾に対する権利を放棄した時に尖閣列島は除くと言って
あったのであれば話は別ですが、今頃になって言ってもね。どちらにも言い分があ
るから国境が問題になるわけでしょう。

初岡 冷戦以降、社会主義イデオロギーも資本主義イデオロギーも急速に力が低下
しました。社会主義圏で社会主義イデオロギーを放棄すると、エリートが何か新し
い着物が欲しくなる。そこで民族主義という古ぼけた着物で登場するというケース
が多くありました。今度は資本主義国の方でも何か新しい着物はないかと探し、手
軽にみつかったのが古くからあって一番着やすい民族主義です。イギリスの批評家
サミュエル・ジョンソンが「悪者の最後の拠り所は民族主義だ」と言っています。

竹中 歴史上に現れたいろんな主義の中で、共産主義もけっこう人を殺しましたが、
一番人を殺しているのは民族主義、愛国主義ですね。

初岡 民族主義というのは、近代国家以前にはないのですね。だから、近代国家の
一番の衣装が民族主義。それがグローバル化と言われる時代になって再び登場して
きたというのは本当に不思議です。

◆注目されるILO条約の主権概念

初岡 いままで少し中長期的な視野から今日の世界について考えてきましたが、最
後に、今後の国際世界を考えるうえでの一つの参考としてILO条約について少し述
べてみたいと思います。
 ILO条約には二つの性格のものがあります。第一に基本条約で、これを批准した
ら定期的に実施状況の報告をして国際的なチェックを受けなければなりません。第
二には促進条約で、守らなくても罰則はありません。ILOにはいま200近い条約が
あり、その中には陳腐化しているものもあるのですが、ヨーロッパ諸国はだいたい
100を超す水準で批准しています。とりわけ、強制労働の禁止、雇用における平等、
結社の自由、この三つに関する条約が6本ほどあるのですが、こういった基本的な
人権条約についてはヨーロッパ諸国はほとんどクリアしています。

日本がまだ批准していないものには雇用と待遇の平等という条約があります。こ
れには二つ問題がありまして、一つは男女差の問題です。同一価値労働については
同一賃金でなければならないという基準条約があり、これは日本も批准しています。
しかし、実際にはILOにおいて20年来日本の差別問題がとりあげられています。
「日本で男女の賃金差がこんなに大きいのはなぜですか」と毎年質問されているの
です。日本政府の説明はお粗末で、「日本の賃金体系は年功序列で、女性は勤続年
数が短いから」というものです。非典型的雇用の大半は女性ですからね。女性は収
入面では男性の半分くらいしかない。先進国の中でも極めて劣悪な格差なのですよ。
もう一つの問題は、先ほどの外国人労働者の問題に関係しています。

公務員について、ILOの定義としては、官民を労働法で差別しているとは考えら
れていません。労働基本権を制約できるのはエッセンシャル・サービスに従事して
いるものだけです。エッセンシャル・サービスとは、その業務の中断が国民の生命
や安全を脅かす可能性があるもののことです。たとえば、水道、病院などですね。
こういうものは官民の形態に拘わらずスト権を制約できる。その場合、相応の代償
措置が必要です。代償措置においては、労働者の代表が有効に参加できなくてはい
けません。ところが、日本の人事院制度には労働者の関与する余地がありません。

この点で問題となります。
このように、労使関係や国際的な労働法の適用上では、ヨーロッパとアジアとで
は相当に違います。アメリカはどちらかというと日本に近いですね。日本の批准率
はだいたいパプアニューギニアとかバングラデシュと同じ水準です。アジアでも日
本よりはるかに高いのは、たとえばインドやパキスタンとかオーストラリア、ニュ
ージーランドなど。逆に日本の半分くらいしか批准していないのがアメリカです。
アメリカや中国は批准率が低いですね。
国際労働基準については一般にアジアではまだ制約が多い。特に中国はその点で
は批判されます。ただ中国は国際基準を頭から否定しているわけではなくて、出来
るものについては基準に従う、今できないものについては先延ばしにしますという
姿勢なのです。昔、ソ連はILO条約なんてブルジョワ的だと言って正面からぶつか
っていたのですが、それに比べると中国のやり方は上手です。

国際労働法、ILO条約、国際労働基準、言い方は違いますが中身は同じです。国
際労働法は国際法の中で最も整備されています。多くの国際法にはチェック機能が
ありません。しかしILO条約の場合には、いったん批准すると毎年求められる実施
状況に対して報告書を出さなければいけません。そして、その報告書を公表した上
で労使団体からコメントを受けなければならないのです。よその政府や国際団体が
とりあげてILOの場で問題としてもいいのです。また、問題があったらよその国や
国際団体が、その国を提訴してもいいのです。そういう点で、主権概念がかなり違
うんですよ。

◆民主的グローバル化の新しいモデルに

初岡 この「任意的な国際団体が主権国家を提訴できる」というILO条約の考え方
は、国際条約の一つのモデルになると思います。そういう仕組みを環境など他の分
野でも作れるのではないでしょうか。
ただILOの場合も、まだいろいろな制約があって、あまり厳しい内容の条約は作
れません。その代わり、いったん作った場合には、他の国連条約とは決定的に違っ
て、実施義務について政府が勝手に留保したり勝手に解釈したりできないのです。
なぜかというと、政府による外交交渉ではなく、政労使三者代表による議会主義的
な方式で条約を採択しているので、条約全体を丸ごと受け入れるか受け入れないか
の選択しかないのですね。また、受け入れなくても、勧告として尊重義務を負うと
いうしばりもあります。とりわけ、結社の自由についてはILO憲章の中に謳われて
いるので、結社の自由条約を批准していなくてもILOに加盟した時点で加盟国は結
社の自由についての尊重義務は負うことになります。従って、結社の自由に関する
限り、条約を批准していなくても提訴し得る。中国なども提訴されたことがありま
す。これは非常におもしろい仕組みですが、他の国連条約ではまだそこまでは行っ
ていない。

竹中 グローバリズムには必要な仕組みですね。

初岡 ところが、そのILOがさまざまな形で攻撃されています。政府だけを主体に
して労使は諮問的な位置に落とし、ILOを普通の国際機関にしてしまおうという潜
在的な動きがあります。たとえば、OECDなどはそういう仕組みですね。それから、
新しい条約なんていらないという考え方も、特に使用者の側で強くなっています。
政府の中でも、ILOのもつチェック機能を奪い、経験交流の場のみにしようとする
動きがあります。

ILOのおもしろい点は、政労使に分かれ、それぞれの自立性を前提に運営されて
いることなのです。労使はそれぞれに協議したうえでまとまって三者会議に出てき
ますが、それぞれの政府は主権国家の代表として一国ごとにバラバラに登場します。
ある場合には使用者側の主張に同調し、またある場合には労働側に立つ。そうした
バランスの中でILOが動いているという側面もあるのです。
ただ、労働組合は労働者を代表しているとは言うものの、組織率はいったいどれ
程のものかという議論はあります。先進国では、北欧だけは65パーセントから80
パーセント以上はあるでしょう。EU諸国は政労使の枠組みを支持しています。ア
ジアは全般的にILO基準に対して敵対的ですね。

竹中 組織率について言えば、アメリカや日本での大幅な低下は、産業構造や産業
技術、雇用形態の変化への対応に、在来の労働組合が大きく遅れたからでしょう。
でもアメリカでは移民労働者やマイノリティ労働者の組織化に相当な努力がされ
るようになってきています。日本でも外国人労働者やいわゆる不法滞在者の組織化
に努力している人たちがいます。
いずれにしても、ILOの考え方はこれからのグローバリズムの流れの中で、弊害
を取り除くためにもとても重要な役割を果す可能性がありそうです。私でも知らな
いことが多いですから、世の軽々しくグローバリズムを論じている人たちは、ほと
んど知らないのではないでしょうか。みんながもっと有効に活用するように工夫し
なければいけないと思います。

初岡 では、そのへんのところを結論にして、今日の話を終わらせていただきたい
と思います。有難うございました。
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