2016年2〜3月

【マスコミを叱る】(旧タイトル「読者日記」)(27)

2016年2〜3月

田中 良太


◆◆ 3月11日で東日本大震災・福島第1原発事故5周年を迎えた。今回はその報道についての論評を中心にし、その他のニュースについては「寸評」程度にすることにしたい。何といっても東日本大震災は、貞観(じょうがん)地震=平安時代前期の貞観11年5月26日[ユリウス暦869年7月9日、グレゴリオ暦同13日]以来1100余年ぶりの超巨大地震であった。その巨大な天災によって、東京電力福島第1原発事故という人災も加わった複合災害だった。

◆「改憲政権」の呼称は賛辞では?

 5周年という区切りだから、それなりの鋭い論評を期待していた。残念ながらその期待は裏切られたというほかない。根底にある「欠落」は鮮明だ。安倍晋三内閣について「原発ファッショ政権」だという認識が、どのメディアにも欠落していたのである。

 安倍内閣について、その体質を示した呼び方は「安倍改憲政権」で定着していると言っていいだろう。私の見た限りではじめて使ったのは、月刊誌「世界」(岩波書店刊)で、2013年3月号の特集を<安倍「改憲政権」を問う>とした。世界は前月8日発売が原則だから、この特集号は2月8日発売だった。
 月刊誌の編集部は発行日直前に、多忙のはずだ。校閲などの作業に追われるからだ。安倍第2次内閣が成立したのは12年12月26日。年末という特殊事情があり、そのため「世界」編集部は、13年1月8日発売の2月号について校閲など詰めの作業に追われていたはずだ。13年の年明けになって3月号の編集をスタートさせる。安倍晋三の過去の言動などからして「改憲政権で行こう」となったのだろう。
 岩波書店は「護憲」を社是とする出版社だと言っていい。「世界」もまた、護憲を基本方針としている。「改憲政権」という決めつけは、最大級の非難だと考えたうえでの呼称決定だったはずだ。

 しかし日本人全体が護憲論に賛同しているわけではなく、「改憲派」も多いことは世論調査などであきらかだ。「安倍改憲政権」という決めつけは、改憲派の人々にとって「無条件支持」姿勢をとる根拠となる。安部首相本人にとっても、政権全体にとっても歓迎すべき呼称だったのではないか?
 タテマエ次元で「護憲」を掲げながら、自民党と連立与党となっている公明党は困ったかもしれない。しかし公明党は護憲のタテマエよりも、アンチ共産党という行動原理を優先させている。「改憲政権」だからといって、安倍政権で野党に転じることなどはなかった。

◆改憲姿勢を強める首相

 安部首相本人は、フェースブックに頻々と投稿している。そのたびに「いいね」ボタンを押す人が多く、その数字を確認するのが、安部首相にとって無上の楽しみになっているといわれる。また衆院総選挙や参院選の最終日、午後8時終了の最後の街頭演説は、安部首相と麻生太郎氏(副総理兼財務相)が並んで秋葉原駅前で行うことが慣例化している。そこに集まる群衆の中心に位置しているのは、東京の新大久保周辺や、大阪・生野区でヘイトスピーチを展開する勢力であるらしい。反韓国・反中国、より一般的に排外であることを隠そうとしない右翼反動の輩(やから)である。彼らにとって、安倍「改憲政権」という呼称は賛辞であることは明白だ。

 安部首相本人もまた、「改憲政権」と言われることを喜んでいる。著書『美しい国へ』(06年7月、文春新書=その後『新しい国へ 美しい国へ 完全版』[文春新書、2013年1月]に改訂)で、「戦う政治家でありたい」と書いている安部首相にとっては当然のことだろう。
 安部首相本人の「改憲」発言はどんどんエスカレートし、3月2日の参院予算委では「私の在任中に成し遂げたい」と明言するにいたった。安部首相の自民党総裁任期は2018年9月まで。夏の参院選で自民、公明両党に一部野党も加えた勢力で、改憲発議に必要な3分の2以上の議席を確保することに強い意欲を表明したというのが一般的な見方だ。同時にこの参院選に併せて衆院解散も断行、衆参同日選を実施する可能性を示唆した発言だとも見られている。「改憲政権」という呼称について、安部首相本人も「名誉なこと」「政治的にプラス」と考えていることは明かだ。

◆チェルノブイリとの比較

 「改憲政権」ではなく「原発ファッショ政権」という呼称を!と私は訴えたい。「原発ファッショ政権」を提唱するのは、1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故との比較から説明していくのがわかりやすいだろう。事故発生直後こそ、当時のソ連・ウクライナ共和国とも秘密主義をとった。西欧各国の観測所で異常に高い放射線を観測。原水爆実験とも異なることから、原発の大事故との観測が強まった。ソ連は発生2日後の28日、チェルノブイリ原発で作業員のミスによる事故があったと発表した。
 5月までに30キロメートル以内に居住していた人びと約11万6千人を移転させた。さらに半径350キロメートル以内でも、高濃度汚染されたホットスポットでは、農業の無期限停止と住民の移転を推進する措置が取られた。移転した住民は数十万人にのぼるとされる。事故を起こした4号炉については分厚いコンクリートで周囲を覆い「石棺」と呼ばれる建造物の内部に閉じ込めることにした。6月に作業開始し、11月に完成させた。ともかく4号炉については、大気と水流という環境からは遮断されたのである。
 これに対して東電福島第1原発の事故炉跡は、大気に対しても、地下水・海水などの水系に対して、開かれたままになっている。必然的に放射線は大気中と水系に漏出しているのである。大気・海水とも西から東に流れるのが北半球の自然だから、米国の環境団体などが「フクシマの放射線」を問題にするのは、「遠い将来」ではないはずだ。あるいはすでに問題にしている団体があるのに、日本のマスコミが報道しないだけかもしれない。

◆大胆なウソをついた安倍氏

 汚染水問題で安倍首相は大胆なウソをついている。2013年9月7日、ブエノスアイレスで開催されたのIOC(国際オリンピック委員会)総会の席上だった。この総会で20年夏の五輪開催地が決まる。マドリッド(スペイン)、イスタンブール(トルコ)に勝って東京開催を実現させるためとはいえ、安倍首相は誰の目にも明らかなウソをついた。
 以下は朝日新聞が9月10日付朝刊に掲載した<汚染水問題をめぐる首相の発言(骨子)>という記事の内容である。

<・状況はコントロールされており、東京にダメージは与えない(総会での招致演説で)
・汚染水の影響は原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている
・福島の近海のモニタリング結果は、最大でも世界保健機関(WHO)の飲料水の水質ガイドラインの500分の1
・日本の食品や水の安全基準は世界でも最も厳しく、被曝(ひばく)量は国内のどの地域でも基準の100分の1
・健康問題は今までも、現在も、将来も、まったく問題ないと約束する
・抜本解決に向けたプログラムを私が責任をもって決定し、すでに着手している(以上、総会での質疑で)>

 この記事に関連して朝日は、以下の記事を掲載している。

<●東電「遮断、完全でない」
 福島第一原発の港湾の外では最近、多くの場所で海水から放射性セシウムは検出されていない。しかし、事故直後の2011年4、5月に超高濃度の汚染水が外洋に流れ出た。海流にのって広がり、薄められたと考えられる。流れ出た後、東電は1〜4号機の取水口と港湾内の海中にシルトフェンスと呼ばれる幕を垂らして放射性物質が外に漏れるのを防いでいる。しかし、東電は「完全に遮断できているわけではない」という。
 政府によると、福島第一原発の港湾内には今も1日300トンの汚染水が流れ込んでいる。8月19日に港湾の入り口で採取した海水から1リットルあたり68ベクレルのトリチウムを検出した。港湾内の放射性物質が港湾の外に広がっている可能性がある。
 また、高濃度の汚染水をためていたタンクから300トンが漏れた事故では、近くの排水溝を通ってそのまま外洋に流れ出した可能性もある。
 原発20キロ圏内の魚類の調査では放射性セシウムの値は下がっている。しかし、7月に採取したババガレイなどからは摂取基準値を超える値が検出されている。事故直後に漏れた放射性物質が海底にたまっているためとみられる。

 ●憤る福島の漁師「言葉通りやってくれ」
 「ふざけんじゃない。原発をコントロールできないから、汚染水にこんなに苦しんでいるんじゃないか」。福島県相馬市の漁業今野智光さん(54)は憤る。
 相馬双葉漁協に所属する小型漁船の船主。汚染水漏れの影響で、漁協は9月に予定していた試験操業再開を延期している。
 今野さんは仲間と海底のがれきを網で回収する日々。五輪の東京開催は歓迎するが、首相発言は別だ。「『完全にブロックされている』なんて現場を知らないから言える。国外では安全と言いながら、我々には言わない。安倍さんは自分の言葉に責任持てんのか。だったら言葉通りやってくれ」
 飯舘村から相馬市に避難する農業会田征男さん(69)も、首相発言に疑問を抱く。「除染も国が責任を持ってやると言ったのに全然進んでいない」。当初計画では来年3月までに終わるはずだったが、村の住宅で終わったのは2%。「福島は置き去りか。開催は喜ばしいが、まだ五輪どころじゃない」
 佐藤雄平・福島県知事は9日、「安倍総理が、政府が責任をもって安全にするという国際公約をした。しっかりと守って欲しい」と釘を刺した。>

 この大胆すぎるウソについて安倍氏本人がどう考えているのか? 推測する術(すべ)もない。しかし「原発は必要」という認識を、「信念」ないし「信仰」の次元まで強めていることは確実と思われる。

 安倍内閣は2014年4月11日、中長期的な政策の方向性を示す「エネルギー基本計画」を閣議決定した。その中で原発は「重要なベースロード電源」と位置付けられた。それ以前の政府のエネルギー政策としては、民主党野田佳彦政権が12年9月14日、関係閣僚でつくるエネルギー・環境会議で、それまでのエネルギー基本計画を大転換する「革新的エネルギー・環境戦略」を策定。太陽光発電など再生可能エネルギーの普及などで「2030年代に原発ゼロ」を目指す方針を示した。しかしその閣議決定は見送り、19日の閣議で「脱原発」路線を確認するにとどめた。
 安倍政権の「ベースロード電源」路線は、野田政権のあいまいな「脱原発」路線をも否定するもので、はっきりと「原発肯定」を国是としたところに意義がある。それ以後、安部政権は一時「稼働ゼロ」に陥った各地の原発について、再稼働を促す姿勢をとっている。国内だけではない。安倍首相が欧米「先進国」以外の各国と首脳会談を行ったさいは、必ず日本製原発の「売り込み」を行っている。武器輸出国を「死の商人」というが、チェルノブイリ、フクシマ両事故の後に原発を売り込む国家も同様に「死の商人」と非難すべきだろう。

◆加害者・東電救済に被害者・国民の税金

 事故の原因企業である東京電力は2012年5月9日、実質国有化された(この決定も野田佳彦・民主党政権)。もちろんお粗末にすぎる「民間企業」東電の体質を転換させるための国有化ではなく、東電を救うための国有化である。国は原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じて東電に資金を注入し続けている。除染、賠償、廃炉・汚染水対策等、あらゆる事故処理にカネがかかり、処理費用の合計は約12兆円になる見通しという。被害者である国民が支払った税金が、加害者である東電の救済に投じられるという倒錯した構図になっている。

 チェルノブイリ事故の影響は原発の問題だけにとどまらなかった。事故発生の5年半後、91年12月には、ソ連という国家が消滅してしまった。「連邦国家」を構成していた16共和国が全て独立したのである。もちろん原因はチェルノブイリ事故だけではない。しかし事故によって、ソ連という国家のお粗末ぶりがあからさまになったことも、大きな要因だった。

 チェルノブイリ事故の原因は作業員のミスであることが明らかになっている。しかしフクシマの場合、巨大地震という異常事態だったとはいえ、「備え」がなかった点では、「日本というシステム」の弱さが露呈したといえる。
 そのシステムを支え続けているのは、明治以来揺るがなかった日本の官僚支配システムである。ソ連という国家もまた、共産党官僚支配のシステムだった。日本の官僚支配は、ソ連の共産党官僚支配よりも強固だったのである。その強力さの背景にあるのは、恥を知らない「権力亡者」ぶりだろう。

 2009年9月、麻生太郎自民党政権から鳩山由紀夫民主党政権への歴史的な政権交代が実現した。民主党政権に対してはサボタージュ姿勢を貫き、官僚支配をトータルに肯定する安倍晋三政権に交代させた。「官僚は強し」である。
 安倍「官僚支配復活」政権という命名もあるいは可能かもしれない。しかし55年体制の下での自民党政権は例外なく「官僚支配」政権だった。安倍第2次政権の特徴を浮かび上がらせるなら、「原発ファッショ政権」しかないと考える。
 いうまでもなく福島原発事故5周年は東日本大震災5周年と重なる。震災飛車医者救済・地域復興も重要なテーマで、各紙の社説等も「脱原発」一本槍というわけには行かなかった。それでも朝日・毎日だけでなくブロック3紙など地方紙も含めて脱原発の主張はしっかり書いていた。しかし安倍政権について「原発ファッショ」という位置づけまで行かなければ不十分ではないかというのが私見なのだ。

◆◆ その他のニュース寸評

▼㈵.米大統領選

 カエルの泣かない日はあっても……、というべきだろうか? トランプが登場しない日はない、と続けたい。トランプとは米大統領選で共和党の予備選に登場している不動産王のドナルド・トランプ氏のこと。
 朝日の場合、「スーパーチューズデイ」など生ニュースのほか、<2016米大統領選><分断大国 2016米大統領選>など、共通タイトルの「断面」記事を掲載しているから、なおさら「連日」の印象が強まる。異常な候補の異常な発言だから「当然」という見方もできるだろう。しかし「日米関係は緊密」といっても、しょせんは他国なのだ。しかもトランプ氏が大統領になったわけでもない。

 前号で書いた「育休国会議員」宮崎謙介衆院議員は、身長188センチと背が高く、ハンサムだというだけで自民党京都3区の公認候補になり、順当に当選した。出産した妻金子恵美衆院議員もまた美人コンテスト合格を重ね、地方議員から国会議員にチャレンジして成功した人らしい。
 ともに政治・政策という分野での識見など皆無に近い人物のようだ。そういう人が「国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関」(憲法41条)と定義される国会の構成員になって良いのかどうか? もっと問うべきだろう。トランプ氏は日本人でないから、何を書こうと抗議してこない。しかし宮崎・金子両氏に限らず、日本人の場合は抗議が怖い……。こんなことでは日本を良くするための言論機関ではあり得ないだろう。

 トランプ論ではないのだが、3月8日付「毎日」夕刊の<特集ワイド:安倍首相、すぐキレるワケ 「ストレスためない」退陣の教訓か トランプ氏の手法と共通点>が面白かった。書き出しは

< ◇ああいう話をしているから民主党政権は一銭も財政再建できなかったんですよ、みなさん! 我々は10兆円ですね、10兆円!
 ◇民主党が立党されてから随分たつんですが、議論して何か成果出ました? 何も出ていないんですよ! (憲法の改正草案を)出していないのであれば弱々しい言い訳にすぎないんですよ
 ◇そんな議論は枝葉末節な議論であって……こうしたことばかりやっているようでは、民主党も支持率は上がらないのではないかと心配になってくるわけであります
 国会で野党の質問に答える安倍晋三首相を見ていると、ため息が出てしまう。ヒートアップというか、かなりキレ気味なのだ。一国のリーダーが、あまりに攻撃的な態度を取るのはいかがなものか。>

 末尾近くに
<有権者心理に詳しい明治学院大法学部の川上和久教授(政治心理学)の分析は「感情をあらわにして有権者の心をつかむ手法が奏功している」。しかも安倍首相の手法は、米大統領選の候補者指名争いを戦い、過激発言で知られるドナルド・トランプ氏と共通点があるという。
 「政治家が(国外などに)敵を作って感情的に攻撃すると、日常的に不安や不満を抱えている有権者は『自分と一緒に怒ってくれた』と共感を覚え、支持につながる。特に支持政党が固まっていない人たちには、その効果はより大きい」。さらに日本では民主党の失敗の記憶が影響している。「安倍首相が民主党を攻撃すると『確かに駄目な政権だった』と同調しがち」。高等戦術の「民主党たたき」が成功したのか、同党の支持率は7%と低迷している。>
 と書いている。

 質の低下が著しい自民党国会議員の中でトップの安倍氏だけが「掃きだめの鶴」であることはない。掃きだめのトップは、やっぱりクズで、トランプと同じ。ここがポイントではないかと読んだ。

▼㈼.認知症・介護の2件

 高齢者の介護施設や認知症にからむニュースが多くなるのは、高齢化社会にとって必然だろう。期間中、大きなニュース2件に注目した。

 一つは川崎市の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で昨年11、12月に相次いだ80〜90代の男女3人が、「転落死」していた事件が、23歳の男性職員による「投げ下ろし」殺人だったことが明らかになったことだ。3件の「転落死」のとき、ホームの当番職員はいずれもこの男だった。この男は入所者の現金を盗み取る窃盗を繰り返して、昨年5月逮捕され、ホームも解雇された。こうした経過から「殺人」疑いを強めた神奈川県警は任意の事情聴取を行い、男が犯行を認めたため、2月15日殺人容疑で逮捕した。このときの容疑は、87歳の男性入所者を投げ下ろし殺した殺人容疑。3月4日、横浜地検がこの件で起訴し、県警は86歳の女性入所者を投げ下ろし殺した事件で再逮捕した。
 新聞・テレビの報道では、高齢者施設職員の仕事のキツさや、手のかかる入所高齢者も多いことなどを指摘しているものも少なくない。
 親会社の株式会社メッセージも合わせた全国の約280施設で、虐待や介護中の事故など行政に報告する義務がある事故は、2010年4月からの5年間で約4400件。このうち、約45%にあたる約1950件が未報告だった。
 「Sアミーユ川崎幸町」は、「積和サポートシステム」(東京都)の設立・運営。同様の高齢者施設運営会社は多数ある。当然のことながら、職員の仕事ぶりを分刻みで分析し、「働き方」を指示するマニュアルをつくる。職員の仕事はキツくなる。他方では入所者の中に、手のかかる人も多い。窃盗事件からみて、倫理観が薄弱で、平気で犯罪を犯す職員なら、必然的に起こす「事件」だったとも言えるのではないか。有料老人ホームは、入所の一時金も、家賃+生活費なのだろうか、毎月あるいは毎年の支払いも多額と聞くが、「安心して入れない」世の中になっていると言えそうだ。

 愛知県大府市で2007年、認知症で徘徊(はいかい)中の男性(当時91)が列車にはねられて死亡した事故をめぐって、JR東海は家族に約720万円の損害賠償を求めていた。1、2審とも、JRの主張を認めていたが、最高裁第三小法廷は3月1日の上告審判決で、この件では家族に損害賠償の責任はないとの新たな判断を示した。
 介護する家族に賠償責任があるか否かは生活状況などを総合的に考慮して決めるべきだとした。このケースでは、93歳の妻が同居していたが、妻自身も要介護度1の認定を受けていた。65歳の長男も仕事の都合で20年以上同居していない。事故直前も月に3回程度、男性宅を訪ねていたに過ぎない、という事情に配慮。妻も長男も、事故原因者の男性を監督することはできなかったと認定した。
 認知症の家族を抱える人々には「朗報」だろうが、注目されるのはJR各社の対応だ。今後同様のケースが発生した場合、損害賠償請求をあきらめるのだろうか? これまでのJR各社の対応からして、その可能性はゼロに近いのではないか? 論理的に考えると、このケースのように誰も徘徊を防止できない認知症患者については、施設に収容し、その施設職員が監視し、徘徊を防止する以外にない、ということになるだろう。
 この件と同様、家族が徘徊防止の監視をすることは不可能というケースは少数にしても、独居の認知症患者は多いだろう。そういう人が徘徊し、鉄道事故を起こした場合、国、地方自治体などの公的機関が、施設に収容する措置をとらなかったことが、事故原因となった徘徊を許してしまったということになる。
 そういう論理構成で、国か地方自治体かを相手に損害賠償訴訟を起こす可能性もある……、のかもしれない。

▼㈽.「暴力団」報道

 3月8日朝、NHKが<山口組分裂巡り 警察庁がきょう緊急会議>というニュースを流していた。
<指定暴力団の山口組と分裂した神戸山口組が、組織どうしの対立抗争の状態になっていると認定されたことを受けて、警察庁は8日に全国の警察の暴力団対策の担当者などを集めた緊急の会議を開き、警戒や取締りを一層強化するよう指示することにしています。
 国内最大の指定暴力団、山口組を巡っては、去年8月に傘下の一部の団体が離脱して、神戸山口組を結成したあと、それぞれの傘下団体が関係する事件が、全国の20都道府県で49件起きています。>
 と書き出している。なぜか警察庁は前日の7日、関係する警察(警視庁と道府県警本部)に集中取締本部を設置するよう指示。情報収集の強化や事件の徹底捜査などを指示した、という内容になっている。

 私は現役時代、奈良、大阪、京都の各地で、警察本部担当を合計6年間やらされた。いわゆる「サツ回り」は、警察署を拠点に地域を担当するのだが、サツ回りの期間を除いて、警察本部だけで6年というのは相当に長期で、珍しいはずだ。
 新聞記者生活の前半は警察官の、後半は政治家のシリを追いかけ回して過ごしたのだ。よく後輩をつかまえて「お巡りと政治屋は同質だと思ったヨ」と言った。当然のことながら「どこが似てるんですか?」と質問が飛んでくる。「決まってるじゃないか。知性のカケラも持ち合わせていない。体力勝負の人たちだということサ」と答えていた。
 冗談はさておき、その長期間、警察の目を通して暴力団を見ていたことになる。大阪府警記者クラブは、主要各社が個室を持ち、「ボックス」と呼ばれていた。毎日新聞のボックスには、「山口組壊滅史 第1巻」というようなタイトルの分厚い本があった。私が大阪府警担当になったのは1971年秋だが、その10年前ごろの刊行だったと記憶する。編著者は兵庫県警刑事部となっており、ときの本部長(あるいは刑事部長?)が序文を書いていた。
 先輩にその本を見せて、「山口組は健在で、壊滅なんかしていないのに、壊滅史とはひどいですね」と言ってみた。「それはキミ、‘警察語’がわかってないんだ。警察が『壊滅』と言うのは、『生かさず殺さず、適度にイジメる。意地悪く見れば、泳がせておく』という意味なのサ。山口組だけでなく赤軍派も同じだろう」という答えだった。当時は過激派全盛。共産党は「警察は過激派を泳がせている」と非難していた。

 その後も警察取材を熱心にやったから、多少は警察が分かるようになった。暴力団を「壊滅」させると警察が困る。東証一部上場などの大企業には警察庁キャリア官僚OBが役員クラスで「天下り」している。暴力団と総会屋への対策が仕事だと聞いた。総会屋も非合法スレスレの存在で、暴力団とともに「壊滅」させてしまうと、警察の天下り先は激減する。
 上級職の警察エリートから「警察は天下り先が少なくて……」というグチを聞いたことがある。冗談ではない。警察署と表裏一体の「安全協会」という組織がある。交通安全運動のための組織というタテマエだが、幹部はそろって警察OB。地方採用組で、署長クラスで「卒業」した人たちだ。私自身も運転免許証書き換えのたびに、安全協会の窓口に行かされ、会費支払いを強要されていた。いまは免許証を捨てたから、この不愉快な思いはなくなったが……。私たちが払った安協の会費は、大半が天下り警察官OBの人件費に消えるのだ。

 こんな経験から、「警察とは何か?」と考えることもある。現役記者のころ、ちょっとした飲み屋に行くと、必ず「店長」とか「ママ」とかを呼び、「警察署長が人事異動で替わったとき、餞別する?」と訊いた。99%までは「する」という返事。金額もハンパじゃない。万札が3、4枚というところも珍しくなかった。水商売だけではない。多くの企業が餞別している。
 飲食店からの餞別は、暴力団なら「みかじめ料」として取り上げるカネの後払いではないか。みかじめ料とは、暴力団が勝手に取り立てる用心棒代のようなもの。暴力団は盆暮れに取りに来るようだが、警察の場合、署長交代のとき、まとめて後払いさせていると考えていい。あるいは「後任署長にもよろしく」という意味を込めたあいさつだろうか?
 いずれにせよ警察は、暴力団など問題にならないほどの巨大な実力組織だ。暴力団を壊滅させるなど愚の骨頂。過激派はいまやなくなったも同然なのだから、せめて暴力団だけでも生かさず殺さず、泳がせておくのがベストのはずだ。警察が「組織を挙げて」展開する今次「壊滅」大作戦の顛末を、読者諸兄姉はお楽しみいただきたい。
 警察庁がシリを叩いてやらせている暴力団捜査・摘発について、こうした楽しみ方を推奨するのが、読者サービスというものだろう。警察庁の言いなりに「広報」をそのまま記事にするのは、あまりに安易な姿勢ではないか。

(注)
 1.16年3月15日までの報道・論評が対象です。
 2.新聞記事などの引用は、<>で囲むことを原則としております。引用文中の数字表記は、原文のまま和数字の場合もあります。
 3.政治家の氏名などで敬称略の部分があります。
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 (筆者は元毎日新聞記者)


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