【ポスト・コロナの時代にむけて】

<続マディソン通信①>

分断が深まるアメリカ ― ポストコロナの社会

石田 奈加子

 この3年半ばかり、何故、こんな無知蒙昧で、恥知らずで、自己中心の人がアメリカ合衆国の大統領なぞに選ばれたのかと訝しく思っていましたが、コロナヴィールスのパンデミックが出現してから、この無知蒙昧で、全く他人や社会に対する思いやり、関心のない人が国全体の福祉の責任を負っている(負っていない!)事実に一日ごとにショックを新たにする日々です。
 心ある人々には前から分かっていたことですが、COVID-19が上陸し蔓延しはじめてから明らかになったのはこの社会の見て見ぬ振りをしていた負の面が白日のもとに曝けだされたことです。

 ヴィールスは平等である、貧富の差、教育の差、等々に関わり無く誰でも罹るというのですが、抽象的には其の通りでしょうが、実際の社会の中ではヴィールスが社会の不平等さを描き出すことになりました。
 アメリカは世界で一番富裕で進んだ国だというふれこみですが、その国がCOVID-19の感染数、死亡数で世界の先端を行っている。何故?

 国の指導者の無能はさておき、感染、死亡の分布をみれば、社会の不平等さが一目で分かります。感染度が地方で低く大都市周辺で異常に高いのは当然としても、ニューヨーク市の状態は単に貧富の差だけでなく人種差別、慣習、教育の違いなどの幾層にも渡る社会問題を示しています。

 黒人の感染率、殊に死亡率が非常に高いのは、これまた、DNAなどの弱みではなく、一歩踏み込めば芋ずる式に、アメリカ社会のなかで黒人が置かれた緊急状態が浮き彫りに成ります。これまでに分かって来たコロナヴィールスの性質は黒人社会の歪み―貧しい生活環境、狭い所に大勢が住んで居て「社会的距離」など実行できない、安価で健康に悪い食事習慣の結果、肥満、糖尿病、高血圧、心臓疾患などが多い、生活に希望の無さから麻薬常習が頻繁、医療機関に簡単に依存出来ない(アメリカで健康保険が行き渡っていないのは周知の事実です)等々―に付け込んでいるようです。

 アメリカの正式な国名は 'UNITED STATES OF AMERICA' ですが、WHOがパンデミックを宣言してからの現状はユナイテッドどころか各州バラバラです。偶々今年は大統領選挙のときもあって、パンデミックが政治化され、必要な対策を考えるのではなくプロパガンダの種になる。衛生観念からほぼ常識のような伝染病予防にマスクをつけるということが政治的立場の表現と見なされ、マスク無しで公の場に出るのが自主独立のシンボルになります。
 世界的な人類全体に関わる危機なのに、末期的2党政治の反映で、概ね(2、3の例外はありますが)、知事が民主党の州はすぐロックダウンに入り、共和党知事の所は全然謹慎しないか、そこそこの禁制で済まし、はやくも5月のはじめから解禁になっています。幾つかのロックダウンした州では武装集団(銃は持っているけれど、もちろんマスクなし)が州庁に反対のデモをかけた、参加者は右翼の所謂 RED NECK(田舎者、肉体労働者)だそうですが、ロックダウンは憲法で保証されている個人の自由を侵害するものであるというのですが、このような個人の自由の主張は共同体のなかでの保証された自由に伴う責任が欠落している。

 そういえば、パンデミックが宣言されたら、たちまち人々が殺到して拳銃、鉄砲が売り切れたとか、危機の内容に関わり無く銃さえあれば危険から身が護れるとでもおもっているのでしょうか。第2波のヴィールス感染が蔓延したら、今度、大打撃を受けるのは地方の白人貧困層だという予測があるのもそれなりです。(事実、統計から見るとニューヨーク市とその周辺の大事が少し落ち着き始めたら、反対に地方の州で感染数が上昇してきています。)

 マディソンのあるウィスコンシン州の郡(county)は州全体に比べて感染率がかなり低いのですが、マディソンは州の中心大学と州政府の所在地で、住民は専門職が多く教育程度が高く比較的に生活にゆとりがあるので、行政府の指導にへんに反発しない。ロックダウンが発効してから初めてスーパーに出かけたとき、若年層の白人の男性がみんなマスクをしているのでさすがマディソンと思ったことです。

 国家経済の伸張が著しいとの触れ込みにかかわらず、40年近く一般労働者の賃金が停滞していて普通の家庭では殆ど貯蓄がないので、パンデミックで突然収入が無くなり明日の生活費にも事欠く恐れが有るとかで、連邦政府が一時的に国民一般に現金を支給したのですが、とても長続きするものではない。この国で個人に金銭的に余裕が無いのは、低賃金のうえに明け暮れ消費を煽られている社会で考えられることですが、それが大企業となると、ちょっと、と思ってしまいます。

 最近色々な名の売れた企業の倒産、破産が相次いでいますが、100年以上になる老舗の大手のレンタカー HERTZ が5月の初め頃に破産の申請をしたのには驚きました。パンデミックで世界的に旅行者がなくなり、収入がないので借金が払えないとか。世界的に旅行者が自制するようになったのは2月の半ば頃ですから、車を借りる人がなくなったといっても、まだ2ヶ月かそこら。HERTZ のような大手でもたった2ヶ月か3ヶ月位の借金を払い、乗り切れるだけの資本/資産の裏付けが無い(手持ちの車を大分売ったそうですが)企業経営、戦後しばらくの日本の経営が自転車操業といわれたものですが、これが爛熟した資本主義、金融資本主義の実態かと思うとぞっとします。

 この国の経済活動の70%は消費経済によるそうです。5月の初めから、いろいろな社会活動が徐々に解禁になってきていますが、コロナヴィールスの蔓延は一向に下火にならず、第2波の危険は眼に見えているよう。更に、21世紀の初めから20年足らずの間に、すでに数回のヴィールス・エピデミックが世界的に経験されていて、今のままに地球、自然、環境の破壊が続けば、必ず新しい各種のヴィールスが出現して人類に挑戦することになるのは必至といわれています。どういう処置が適当なのかの検討はともかく、「今までのように」とか「普通にもどる」などではとても生き延びられない事態です。

 ロックダウンを始めるとき、日常必需品(ESSENTIAL)を扱う店以外は営業停止、ということになりました。使い捨て、消費社会にどっぷり浸かっていた一般の人々が、食料品店か薬局ぐらいしか開いていない毎日の暮らしで、ある種の物がなくてもやっていけると、まだ短期間ですが、気がついたのではないでしょうか。

 人間が人間であることの本質(ESSENCE)とは、人類が共存、生存するのに絶対必要(ESSENTIAL)なのは何かと、真摯に考えてみたいものです。 (2020年5月31日)

 (ウィスコンシン州マディソン在住)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧