■「2004年の世相回顧」 編集部座談会
中野・仲井・工藤・鶴崎・岡田・加藤
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司会 加藤宣幸
司会 今月号の「オルタ」には、「フジ TV」 OBの中野紀邦さんから最近の世相について《巷間見聞録》という長文の社会時評をいただきました。
中野さんの文章は、少し長いスパンで見た今日の社会の変化と言いますか、ある意味で根の深い問題をとり上げておられるのですが、今月は20004年の年末ということで、ここではお集まりの皆さんに、この中野さんの原稿をベースにして、この一年間の世の中の動きを振り返って、いろいろと論じていただきたいと思います。政治・経済・国際関係などについてはまたの機会に譲り、ここでは社会現象というようなものに絞って話し合ってみたいと思うわけです。
工藤 この一年間をざっと振り返っていると、一番大きかったのは、やはり頻発した台風や新潟中越地方の地震など、気象や災害の問題ではないでしょうか。それから、事件としては、例の北朝鮮の拉致問題やイラクの日本人人質問題がマスコミをにぎわした。
それから子供の誘拐殺人、老人殺し、親殺し・子殺しというような異常な殺人事件の連続。とにかく犯罪の凶暴性、残虐さが目立った年でもありますね。
<異変と災害が日本列島を直撃>
司会 それではまず異常気象の話あたりから始めますか。今年はあちこちで熊の出没が報じられ、動物の世界でもなにか起こっているんじゃないかと心配されましたが…。
工藤 あれは確かに異常現象でしたが、気象や天候といえば身近なところでも、今年は特に花の咲き時が狂っていますね。盆栽の梅や水仙が所によってはもう咲いたりしている。本来は全部 1月すぎてからのものなんですね。
中野 花といえば僕は、ハナ違いですが…(笑い)、もう花粉症にかかってしまいましたよ。
いつもなら 3月初め頃からのものです。確かに暖冬には違いない。
鶴崎 花の咲き時だけから見なくても四季のうつろいは狂っていると思う。
司会 とにかく、今年は異常に暑かったのには参ったね。
工藤 このところ冬の小春日和が毎日つづいている感じです。
鶴崎 熊が各地で出ているのは日本だけでなく、カナダなど世界的らしいから、異常気象・温暖化現象は明らかになったのではないかな。
工藤 こういう現象は最初チラチラ現れるけれど、一定のところまでくると、むかしの「弁証法」じゃないけれど“量から質への転化”で、ある時点でドッドとくる。そんな感じじゃないかしら。中野さんの文章では地殻変動にまで触れているけれど面白いですね。
中野 あれは最近の天気予報や地震予知があまりあてにならないから「感」で書いたところで、特別の根拠があったわけではありません。
岡田 シベリアの凍土も溶けていると言いますから、地球規模の温暖化は否定できないと思います。何年も前から温暖化については世界的に取り組んでいた京都議定書がロシアの批准でようやく発効にこぎつけたのがエボックです。
司会 アメリカの TVニュースでは、温暖化の危機を盛んに報道しながら、アメリカ政府は断固として京都議定書には参加しないと傲慢な態度を変える気配も見せない。その理由は「もし参加すればアメリカの産業が壊滅的打撃を受けるから」であるという。
こういうアメリカの政策は、長期的に見ると、ある意味では「イラクにおける単独行動主義」以上に人類に悪影響を及ぼすに違いないと思う。
鶴崎 今年の台風の異常さも、海水温の問題があるのではないか。
工藤 何もかにも「温暖化」のせいにするのは間違いだと地球物理学者は言うのだが、それにしても、日本だけでなく、最近はヨーロッパでも中国でもアメリカでも大変だったわけだから、温暖化も水温問題も深刻に考えざるを得ない。
司会 「温暖化」は大体このくらいにして、今年の台風の問題に移りましょうか。地震の影になりましたが被害も異常に大きかったと思いますが。
鶴崎 台風が頻繁にやってきたのは、もちろん異常な気象の現れだけれども、日本の土木政策の失敗が被害を大きくしたのは明らかだと思う。河川をコンクリで固めてしまったから水量がオーバーすれば溢れてしまうのだ。
工藤 ドイツなどはコンクリを壊す方向になっている。河川だけでなく、言い尽くされているが山林問題があるのも明白だ。それに「山古志村の再建問題」はわれわれにいろいろと考えさせるものを含んでいると思う。TVなどで見ると「超開発」が進んだことによって被害がかえって大きくなったのではないかと感じる。
岡田 新潟県の場合は田中角栄の時代から、木を切り倒してどんな山奥でも道路やトンネルをつくった。そのために根が張るべき木を切ったから道も崩れやすい。そのうえ営林署の職員も減らしたから山は荒れてしまっている。傾斜地に針葉樹では地盤を固める力が弱い。大きな災害を生んだのは長年にわたる土木行政と山林行政の失政の結果だと言えます。
中野 僕は森林ボランテイアやっていますが、杉・檜を雑木林に変える作業です。それで分かるんだが、戦後昭和 30年代などに結構大きな水害があったのは戦時中の乱伐の影響であり、その後経済樹木として杉・檜を植林していったのが、安い外材が入ってきてほったらかしになっている。
根っこが弱いのです。この第二次森林問題が台風の被害を大きくしたのは否定できない。
そして開発問題ですが、最近は殆どの林道がアスファルトになっている。ところがこれが「産廃道路」になっているのです。昔は石がゴロゴロしていて夜中など走れなかったが今は夜でも走れる。道路を機械の力でドンドン無理やりにつくっている。そういうのが、この間の中越地震でお母さんと子供が亡くなった「がけ崩れ」の現場などです。
また、昔の田圃や河川・山肌のところで新興住宅地になっているところは被害が大きい。神戸の震災の時も江戸時代からの集落地は意外にやられていない。台風は必ずやってくるものなのだが、そういう人間の行政の結果が被害を大きくしているんです。
工藤 中野さんのようにあちこちに行っていないのですが、林道と言えば、白神山地に行った時のことですが、白神山地とは言ってもあるところまでは、ずっと立派な林道ができていて一帯は杉林でした。また最近秩父に行ったのですが、秩父困民党で有名な吉田町には、林道というのか立派なバイパスが町を挟んで二本通じていて、かえって町を殺してしまっていた。どうも道路建設とは言いながら地元の人のためにもなっているのか、都市住民のためのもではないかという気がしますね。
岡田 工藤さんが言われたことは中野さんの書かれたものの中の過密過疎の問題に関係してくると思います。秩父と同じ問題は全国にあって、島根県などでも高速道路をつくってしまって起点になるところだけが栄え、他のところは全部廃れてしまっている。
司会 ところで地震の話に戻して、都市部の神戸の時と今回の災害の違いといった点はどうでしょうか。
工藤 勿論、神戸は大変大きな被害であったわけなのだが、今回の損害は後からじわっときいてくる被害というような性格のような気がするのです。
うまく表現できませんが大都市型災害と何か違った破壊をもたらしているのではないか。もしかしたら回復・復興のプロセスに大きな問題が出てくるのではないか。資本と労働が大きく集積できる神戸では一気に復興に進みましたが、中越の場合は…。
司会 山古志村の場合、鯉の養殖場が壊滅してしまったけれど、いわば土地そのものが持つ生産力を奪われた。その点が神戸の中小企業の場合と違うのではないか。都市の場合は人や資本を集めて復興できるが、農村はそれができないとすれば、村を離れるほかに道がなくなってしまう。そう いう意味で地域社会が崩壊してしまう恐れがある。
工藤 その社会崩壊の危機を感じるのです。それに対してどのような政策的対応があるのか。まだ漠然としているのですが、回復復興も神戸とは違ったやり方で村の再建は進めなければならないと思う。
<対応が大きく違った[拉致]と「日本人人質」>
司会 いずれにしても台風・地震は被害の大きさということだけでなく、いろいろな課題をわれわれに課していると思います。それではこのへんで話題を転じて、今年の大きな事件について話を進めてください。北朝鮮の拉致問題とイラクでの日本人人質問題がマスコミを賑わしましたね。
工藤 中野さんが書かれたような長いレンジの崩壊現象というもののベースの上に、表層で事件的に現れたものとしてこの二つの出来事を考えてみたいのです。とくにマスコミが大きくリードしたものなのですが、北朝鮮の拉致問題には、その裏腹の形でイラクでの人質問題がある。ここにはある意味で、この社会の精神というようなものが見えるようにも思えるんです。
中野 僕はオウムの時考えたのですが、彼らだけが異常なことをやったというけれど、実はあの当時の日本人が何かああいう風なものを秘めていて、それが突出してオウムに現れたのではないかと感じました。今回の拉致問題も今様な社会が生んだものと捉えるのです。
拉致問題も随分前から「現代」とか月刊「宝石」などで取り上げていたのですが警察も外務省も国会も動かなかった。それがついに情報が重なってきて家族が確信をもち、大きな運動になって、こういうことになったのだが、日本人の協力者がいなければ出来るはずはないと思います。
工藤 そういう面もあるとは思いますが、ここに来て一気に問題化してきたのはそれだけだろうか。
中野 それと日本社会も社会としてしっかりしていないけれども、国家としても国民の生命財産を守る機能が働いていない。中国の潜水艦問題では、領海を堂々と通行しているのは判っていても官邸は出てから知ったことにしてしまった。拉致問題についてもこういうことがずっと行われてきたわけです。北朝鮮から変な船が来たなど判っていたのにほったらかしてきた結果です。
工藤 これだけ大きくなったことについては、拉致そのものと、拉致をめぐる問題とを分けて考えてみる必要があると思うんだけれど…。
たしかに家族にとっては大変ですし、私が家族なら同じように行動するとは思いますが、同様に深刻な問題がほかにも沢山あるのにこの問題だけが特別大きくクロ-ズアップされる原因は何にあるのだろうか。
鶴崎 それは小泉内閣の人気浮揚策の思惑の一つとしての側面もあると思うし、6カ国協議でアメリカを引き込もうという動きも背景にある。
司会 これが 6カ国協議における「北朝鮮の脅威」問題と連動して出されてきているのは事実だと思いますね。
岡田 私はナショナリズムの問題もあると思います。昔から侵犯はあったが日本経済が成長していた時は、日本も世界で経済力がトップクラスになったというので満足してナショナリズムも代替されていた。また、経済成長以前にはナショナリズムは反米に向かっていた。その後、反米でもなくなり、経済の成長でもナショナリズムは満足できなくなって、何処に向かったといえば、自分が勝てそうな北朝鮮に的を当てたという側面もある。
工藤 一つは確かに政策的意図というのがあると思うが、マスコミが取り上げる角度はそれと違って、なにかいじめをやっているような感じがする。
あの連中は汚らしい奴らなのだ。こんなこともやっている国なのだ。どうしようもないのだというのを繰り返す。
特に民間テレビはひどい。昔はワイドショウー番組がやっていたものを今は 5時台、 6時台、 10時台のキャスターニュース番組でやっている。たとえば「マスゲーム」の映像でも、極端に言えばオリンピックで活躍しても、異様な光景として報道する。これは何だろうか。
拉致の問題はもっとまともに国対国の交渉の問題、拉致された人の人権の問題、そして向こうは何十万人も日本に拉致された言っているのだから、そういうことを踏まえたうえでこれを扱うのではなく、ちょうど「ヨン様」報道の裏返しみたいなもので、すべてが異様なものがあるかのようにマスコミは伝える。
これは政策誘導でも、マスコミが意図的にリードしているのでも何でもなく、デイレクター自身がそういう心理なのだろうと思う。
あそこの人たちは将軍様を神様扱いしている。人間ではない生活をしている。一般の人達を惨めな人民として、でなければ権力に操作された愚かな人間か人形のようなものとして報道する。それがわれわれの大衆の側にも連動している。まったく同じ心理を共有しているから、こういうのをいつまでやっていても出口がない。
これはある種の大衆社会的な病理現象としか考えられない。そういう上に乗って北朝鮮敵視政策が進む。みんなで骨はインチキだから経済制裁へという道に進むほかなくなる。われわれだってかつては、アメリカやヨーロッパ社会からまったく同じ眼で見られていたことを想い起こす必要があるんじゃないか。
岡田 早稲田の重村教授は日本人の心底には朝鮮人に対する蔑視感があると言っておられます。その現れは、今までは韓国も軍事独裁政権であって自由もなく皆が苦しめられているのだと韓国を徹底的に叩くことによって、ひそかに差別心を満足させてきた。その韓国が経済は成長し政治も民主化すると叩くことができなくなって、その裏返しとして北朝鮮をバンバン叩いているのだということです。
鶴崎 地球上最後に残った社会主義国ということで叩かれている要素はないのかね。
岡田 キューバは叩かれていないです。やはり、反共というより朝鮮人にたいする蔑視感があり、さらに日本の経済もうまくいかなくなり日本人のプライドもズタズタになっているところに何か弱いところとして北朝鮮をみつけたという感じがします。
工藤 どうも、マスコミに登場する「論者」の意図というより、マスコミの現場で働いている記者やディレクターやプロデューサーなどの「現場知識人」が、知識人の体をなしていないのではないか。すでにインテリとして解体しているように思う。自分で考えなくなっている。
中野 結局、拉致問題もイラク人質問題も日本人論になる。日本人の生活態度・思想の問題だと思う。
工藤 拉致について人道的に怒って経済断交までしようというのなら、イラクで捕まって殺されたり、首を切られそうになったりしたことに対しての反応はどうか。あれは当然だ、帰ってこなくてもいい。飛行機代も払えというのでは、「人道主義」で北朝鮮を責めているものとは思えない。
それならばイラクだって、捕まったあとは「拉致」なのだけれど、政府の決断は詰まるところ人質の首は切られても仕方がないというものです。連れて行かれたのと自分でいったのと違いはあるけれど、そこから先は拉致されている。
それについては「自己責任」で、批難轟々の発言やメールがやってくるばかりか、マスコミも「人道主義」報道をしているわけでもない。
北朝鮮問題では経済封鎖までしょうとしているのと対称的なのだ。それに戦前に日本人が朝鮮半島・中国に対してやった行為とのバランス感覚を持ちたいが、これについても拉致事件がおきてから、どのメデイアも明らかにしていない。
岡田 私は他の人がどう考えているのか知るためにパソコンの掲示板で有名な「2チャンネル」というのをよく見ますが、北朝鮮問題は朝鮮人蔑視ですね。「人道」ではない。掲示板はもともとは政治的なところではなかったのですが、右翼がなだれ込んでしまって表向きは横田さん可哀想といいながら本音は違う。
「朝鮮人は日本人より劣っているのだ」。それを叩きたいだけなのです。
韓国人にたいしても「朝鮮人が」という書き方をしています。強制連行の話についても、誰が広めているのかわかりませんが、あれは食い詰めた朝鮮人が日本になだれ込んだだけなのだ。戦後一旦帰したんだが朝鮮戦争で食い詰めて日本に住み着いただけなのだと言うのです。朝鮮人が一等地に住んでいるのは戦後のどさくさに日本人から奪ったものだから取り返さなくてはならないなどと書いています。
一方、イラクの事件に関してはフリーター蔑視なのです。決まった職業を持った人が人質になると同情するのですがフリーターだと日本で食い詰めた奴が行ったと言う。
工藤 今の話はある程度本質を突いていると思う。それとインテリでないインテリと結びついているから、本来なら「2チヤンネル」というアンダーグランドのメデイアがマスメデイアと境がなくなってしまっている。同じ心情を持っているから機能的にも連動していくことになる。
これがある意味では今一番大きい問題で、そこに日本の大衆社会としての怖さがある。その「波頭」としての現われが、たとえば拉致問題ではないかと考える。そしてそれとまったく同じものがイラク人質叩きだと思う。
<目立ってきた異常犯罪が語るもの>
司会 つぎに話に進めましょう。中野さんが書いていることとも関係するけれども、子供の誘拐・親殺し・自分の子の虐待といった犯罪の多発も、今年の世相が生んだ異常事件として印象的だったね。
岡田 子供の誘拐殺人なんですが昔は身代金目的だったのが最近は性犯罪目的になっている。ロリコンが増えている。中野さんが書かれている男性の生殖能力が低下しているのではないかという話に結びつくのですが、結局、普通の大人の女性とまともに向き合えない大人の男が増えていて対象が女児に向いてしまう。
工藤 性的異常者の犯罪も多かったが、れっきとした肉親間の殺人事件も目立った。これはどう考えるべきだろうか。
鶴崎 社会の崩壊現象の表れだと思う。
工藤 親殺し・子殺しを、もう少し突っ込んで、殺しているのは誰かと見ると、子殺しをやっているのも親殺しも 20台が中心なんですね。弱いものを殺している。
鶴崎 社会的に適合できないものが多い。
工藤 問題は自分の子を殺す事件が量的に増えているのだが、私がその犯罪容疑者の年齢に注目するのは、どうも、その人たちを生んだ親世代の年代
がいわゆる全共闘世代というか団塊の世代以後に集中している。そこにある大衆心理の層に何か問題があるのではないだろうかと考えている。
岡田 工藤さんが言った、いろいろな事件を起こした 10代後半から 20代全般の層は核家族化が始まって二世代目だと思うのです。一世代目はまだ故郷に帰れば親がいて、子育てとかいろいろ教えてくれたし自分が出来なければ田舎に返せばいい。ところが二世代目の親は何も知らないから教えることもできない。親が核家族化を始めてしまっているから経験もないし帰るべき故郷も無い。
知恵を授けてくれる世代もない。中野さんの文章に戻ると、若者の生殖能力が減ったというけれど、実は二極分化していて、一方は女性とまともに向き合えないでロリコンとかに走るが、もう一方は小学校・中学校と早い時期から性体験してしまい、大人になりきれないうちの性体験から望まれない子供ができてしまって、親子ともに知識もないから育てることが出来ない。
工藤 もう30年も昔ですが、高層住宅に住んでいる全共闘世代の人から「自分は太陽が下から出てくるうちで育った」と言われたのには大きなショックを受けた。たしかに経済の問題もセックスの問題もあるけれど、実はそういう育ち方・生活のあり方から生まれてくる、一種の何かいいようのない雰囲気というようなものがベースにあるように感じるのです。
中野 それは衣食住が、様変わりしたものの影響が生み出したものということも出来る。
工藤 都市化とか工業化とか一言で片づけられていることのなかに、「太陽が下から出てくる世界」という何か恐ろしいものがある気がするんです。
まあ結局、今起きている現象を一言で言い換えると、アメリカ型社会の問題なのだということになっちゃうんだけれど、「スーパー孤独社会」が生んだものとも言える。
鶴崎 日本は「アメリカ」の生活様式などすべてを受け入れてやってきたのだから当然の帰結だよ。いまや中国でさえ、そうなりつつあるのだから、犯罪の形態もアメリカ型になる。アメリカと違った文化を創っていかないかぎり、この種の犯罪はなくならない筈だ。
中野 その意味では、イラクはアメリカ文化の強制を武力で力づくで拒否しているとも言えるね。あるアメリカ人が言っていたのだが日本人は怖いという。なぜかと言えば昨日まで「鬼畜米英」と言っていたのがたちまちひっくり返って、アメリカさまさまで、ドンドンついてくるからだと言うのです。イラクの場合、イスラムというベースがしっかりあるが、日本の場合はそういうものがない。
<目立って増えた大企業の犯罪>
工藤 実はここら辺りが時代の世相の変化が論じられている底の底、奥底にあるベースの変化に関わる問題なのではないだろうか。
そして、その波頭として、政治的な意味も含んで事件的に現れたのが拉 致問題・イラク人質問題だとすれば、もう一方に本来ならば社会をリードし、組織していくべき「体制側」の中心部分がどうやら破壊されつつあるようなことが、今年は現れた。いわゆる地位利用とか、企業犯罪などの経済事犯ですが、これは単なる汚職問題などとは違うように思う。大げさに言えば経済社会倫理の崩壊のようなものがちょっと出ているのではないだろうか。
ここで一番大きな問題はプロ野球問題にも関係していた堤という人物のことなのです。オリンピックの組織委員長みたいなこともやっていて結構、国の行く末などについても発言していたが、西武鉄道の株の件で大きな問題を起こした。プロ野球では渡辺・堤・宮内の 3人組だったが、ああいうことだったというのが表徴的だったと思う。
鶴崎 今年はそのほかにも三菱自動車、 UFJ銀行、そして三井物産と、巨大企業が不祥事を起こしたのが特徴的だと思う。そこに日本の既成大企業組織の退廃を見る。
工藤 NHKプロデューサーが取引先と組んで経費のごまかしをやった事件は、本来ならステイタスの高い企業の幹部社員が地位利用が犯罪と結びついたケースですね」。
岡田 韓国は国家財政が破綻して IMFが管理し、金大中が財閥を解体して社会が一変し、現在のノムヒョン大統領が出るような社会的活力が生まれたのですが、その韓国が 1年か 2年でやってしまったことを、日本はビデオのスローモーションで録画しているように、ゆっくり再生しているようなもので、不祥事が起きないと企業も変わらない。ただ、これも見方を変えれば、社会の情報化が進んだことによって今までは隠されていたことが明らかになったということであって、警察の不祥事などは昔からあったのがたまたま表に出たに過ぎないという面もある。考えようによれば隠し切れなくなって出てきたことはまだ救いがあるとも言えますが。
中野 隠せなくなったというより、組織の縛りというものが緩んできているのではないか。労働組合でも自民党支持の企業や自治会などあらゆる組織の縛りがきか なくなっている。ということは組織に対する忠誠度が下がっている表れとも言えるわけです。
岡田 忠誠心がないというのも良い面と悪い面があって、悪い面はモラルがなくなって商品がでたらめになるとかになるが、良い面としては昔だったら会社で上の人が不祥事を起こすと下の人が被って自殺したりしてしまうことが多かった。今は警察に行ったら喋ってしまうから不祥事が表に出やすくなったとも言えるから、表と裏の関係にある。
工藤 経済事犯とか地位利用とかいう問題について、もともとあったものの情報が昔は漏れなかったが今は洩れてきたからよいという結論には私はちがった考えがあります。
それは警察の経費付回しとか役人の収賄事件などは昔からあったことだが、今年の経済事犯では三菱自動車・ UFJ銀行事件ともトップがリードして誤魔化した訳です。
堤氏なんかにいたってはオリンピックがどうの日本の文化がどうのと言っていた人が、不法に持っていた株をバレるからと、嘘ついて取引先などに売るということをやった。そこらの使い込みなどと比較にならない犯罪で、大企業のトップとして崩壊している。
下のほうで親殺し、子殺し現象などが起き、大企業という経済社会の根幹をなす部分でもどうやら精神が病んでいることがはっきりしてきた。
つい先日は元経団連斉藤会長の息子が 10何億も相続税を脱税していたが一連の事件が報道されました。
岡田 昔もあった筈ですよ。
工藤 しかしかつては、日本のそれなりの企業には、ある種の企業倫理というものがあったように思う。どう評価するかは別として QC活動のような企業組織に芯を作っていくような活動もあった。そういう日本企業を支えてきたものが上のほうから崩壊しつつあるのではないか。日本の資本主義が強くなることがよいのか悪いのかは別として、この調子では韓国や中国の資本主義に完璧にやられると思う。
中野 上のほうといえば、話は飛ぶけれど今年は天皇家にいろいろありましたね。
工藤 この問題は大衆天皇制の問題として、いずれじっくり話し合ってみたいですね。
<大衆を動かしたプロ野球スト>
司会 それでは最後に、今年の流行というか、芸能スポーツの話題に移って、「ヨン様」ブームとプロ野球問題を話してみてください。
岡田 私の母もヨン様フアンなのですが、ひとつの原因は日本のドラマがつまらなさ過ぎて韓国のドラマのほうがはるかに面白いことにもあると思います。野球もつまらなくなって視聴率が下がっている。昔はテレビの放映時間を延長しても誰も文句を言わなかったのが最近はテレビ朝日 が日本シリーズを延長して松本清張の「黒皮の手帳」というドラマを潰したら、600回の抗議の電話がきた。日本にはエンターテーメントを創造する能力がなくなっている表徴のような気がします。
工藤 たしかにドラマを見てもくだらない。最近のテレビ番組にはまったく見るものがないが、その理由は引き算の理由であって、どうしてヨン様なのかという足し算の理由はありませんか。
仲井 【途中出席】昭和30年代に「君の名は」というラジオドラマがはやって、夕方になると銭湯がガラガラになったということがあった。
それが映画になったら劇場でその画面が出るだけで泣くわけだ。感情移入なんだ。冬ソナは、約束した数寄屋橋で会えないというこのドラマとそっくりなんだよ。こんどの現象は評価すべきものでもなんでもない。
工藤 ヨン様の前はベッカム様だった。ベッカム様の延長線でヨン様になっている。今大騒ぎをしている女性たちの上限は50代ではないだろうか。
実はそこに秘密があると思っているですよ。そしてもう一つの面を言うと、拉致に対してあれほど「人道的」に怒っていた者が、38度線の南側に対してはあれだけ入れあげるという不思議な現象とセットで考えなければならないと思う。なんで50代と当たりをつけて言うかというと、その辺りからが「超大衆社会」なんですよ。
「美しい純愛もの」に「純粋な気持ち」をといったものではなく、日本がはじめて大衆社会に離陸した世代が、今ふうにかっこいい男の子を追っかけているということではないのか。つまり、ただ消費社会的に騒いでいるだけで対象はなんでもよいのだと思う。その証拠に、ヨン様が出てきた後の日本のテレビ番組自体があの手の「純愛的なもの」をなぞって作り始めている。
岡田 ただベッカム様からヨン様に単純に移るのではなく、水面下ではアジアブームが底流として起きていたのです。私の母を見るとヨン様の前は香港のレスリ-・チャンだった。韓国の前には香港映画のブームもあった。
仲井 今回は「追っかけ」の規模が少し大きいのだが、女性のなかには海老蔵を追っかけてパリまでいくのがいる。経済的に豊かになって時間があれば男のように仕事ばかりしていないでワーと行ってワーと帰ってくる。韓国などは北海道に行くより安いのだから一番手ごろなのだ。
工藤 その場合の「アジア」ブームの性格はアメリカナイズされたグロ-バル「アジア」なので、サイードなんかが言う意味での、ある種の「オリエンタリズム」といえなくもない。
仲井 単なる空騒ぎであって評価することでも驚くことでもない。
司会 最後にプロ野球問題は空騒ぎだったのかどうか。
仲井 堤とか渡辺など皮を剥いでみたら大馬鹿連中だったのが、プロ野球を何十年も牛耳ってきた制度自体が疲弊し行き詰まったのであって、決して「空騒ぎ」ではなくプロ野球は変わらざるを得ないと思う。
工藤 それではメデタシ・メデタシでしょうか。
鶴崎 ああいう支配体制が崩れれば結構なことだ。
工藤 私は「たかが選手」発言にたいして古田選手たちが闘った瞬間までは皆が喜んだと思います。しかし、今回の騒動は最後に楽天とソフトバンクが入ったところまで見た上でこの野球問題を考えないといけないのではないか。それは通説では古い産業が新しい産業に代わっていっただけと見ているのだが、果たしてそれだけだろうかと考えるのです。
選手たちの闘いについては現在の大企業の労働運動などに対しても、いろいろ示唆を与えるところがあり、見事で評価するのですが、実は労働組合としてはあそこまでの要求は普通の常識では越権だと思ってるんです。その点だけは経営側が言うのが正しい。
ところがあのやり方は実は「構造改革」的なのであって、言ってみれば『構造改革論』を実行しているわけです。ユーザーとしてのフアンをつかみ、選手やファン大衆とある意味で一緒になって、古い経営体質とぶつかい、しかも積極的な政策要求をいくつも勝ち取っているのですから。
労働運動としても面白いものがあった。しかしそのあとに出てきた楽天とソフトバンクということについてはちょっと考えたいのです。昔、小林正樹監督の『あなた買います』という野球の映画があったが、プロ野球は基本的には≪あなた買います≫なので、「再生」というからにはこの問題をどうするかという展望が見えない限りメデタシとは言えない。
結論が楽天+ソフトバンク+(ライブドア)の動きなのでは、ますます大衆消費社会化の延長に進んでいって『あなた買います』の大規模な再生産が行われるだろう。
司会 すべて手放しでメデタシと言っているわけではない。変化の兆しがでたことを評価したのであって今の古い体質が一挙に変わるとは思えない。
仲井 渡辺・堤体制が少しでも崩れることを「メデタシ」といっているだけにすぎない。しかし、プロ野球選手会はよくストライキをやったと思っている。いままでの労働運動の常識からいうと大体ナーナーで押さえ込まれてやらないだろうと思った。ところが巨人の選手まで先頭に立って闘った。
工藤 たしかによくやったと思う。比喩的な意味ですが、日本の労働運動にとって『構造改革』的方法のひとつのモデルになる。こちら側がプランニ ングを出して相手を追い詰め、中間的獲得を実現して行く方式です。しかし構造改革にはもう一つの面があって、獲得物はその障害に転化する場合がる。中間的獲得だから楽天・ソフトバンクにしてやられるだろうと言ったのです。だから絶えざるチャレンジが必要になる。
司会 ストライキは立派だった。全国金属の平沢さんが言っていた「結末を第三者に預ける官公労型」でなく、まさに「結果について自分たちでリスクをとる民間型」の闘いを整然と、しかもユーザーを味方につけて闘い抜いたわけです。これは今年の暗い話のなかでちょっと明るい話題だったと思います。
いろいろ嫌なニュースが多い年だったが、ある意味では情報化が進んだ結果、国民としてそれを知ることにもなったと言えるので、『オルタ』もメデイアとして社会の民主化のために頑張りましょう。
長時間ご苦労様でした。