【コラム】酔生夢死

「ちょっと待った!その言葉」―言葉から読み解く文化・社会論

岡田 充

 われわれはいつも、自由意思に基づいて是非を判断していると思い込んでいる。でも実は、常識や規範に関する多くの「言葉」こそが、意識を決定しているのだ。「女のくせに」「男らしい」… ふと頭をよぎるこれらの言葉は、既に判断を左右している。
 のっけから抽象的な話になってしまった。言語学を専門にする安井二美子さんの『ちょっと待った!その言葉』(花伝社、2018年8月)を読むと、そのことに気づかされる。「ことば」を手掛りに、われわれの意識や社会の深層に潜む「ヒエラルキー」「差別」「病理」を解剖した現代日本文化・社会論である。

 自民党「女性議員」の「(LGBTは)子供を作らない、つまり『生産性』がない」という文章が炎上した。東京医大の入試では、女子受験生の入試結果を減点して女子合格者数を三割以下に抑えていたことも明るみに出た。ふたつとも、結婚・出産など離職する率が高い女性を「非生産的」と見做なす日本社会の実相の表れであろう。大学に限ったことではない。入社試験で同様のトリックを使う企業は少なくないはず。

 「いい男」「いい女」「男らしさ」「女人禁制」などの言葉が次々に俎上に載せられ、「女と男の不均衡」が変わらない社会がえぐられていく。「女子力」とは著者によると、「男を立てる」「細やかな気配り」など、「女らしさ」に近い意味で使われる。差別性を含んだ「女らしさ」という言葉が、「本質を変えずに『女子力』と名前を変え、ゾンビのように蘇ってきた」。
 関心は「ガイジン」にも向く。欧米人には「イタリア人」「イギリス人」と呼ぶのに、中国人や韓国人に対しては、「韓国人」ではなく、「韓国の人」、「中国の人」と呼ぶのはなぜだろう。答えは「『女』が差別的であるため、『女の人』をつかうのに似ています」。言葉が、差別を覆い隠す役割も果たしていることが分かる。

 ことばは「人間がつくりだしたものであるがゆえに、不均衡、差別的といった矛盾を内包する」。明治維新から150年。「単一民族」、「単一言語」という虚構は次第にあらわになっている。国際結婚や外国人労働者が増加している実相に合わなくなっているからだろう。
 しかし、言葉は変化になかなか追い付かない。日本人は「同質で一体」という暗黙の「常識」の殻は固く、溶かすのは簡単ではない。国境を超えるグローバル化が進んでいるけれど、成長神話が崩れ「国家」が閉塞感に覆われると、「再ナショナル化」(国家主義)を求める声が大きくなる。「単一」と「多様性」のせめぎあいは続く。

 柔らかい「話し言葉」の文章はわかりやすい。言葉の持つ社会性をあまり意識せずに遣う人は必読だ。「なにげに」言葉を発する前に、まずその言葉を一回飲み込んではどうか。言葉は凶器にもなる。著者の思いがタイトルに滲んでいる。

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『ちょっと待った!その言葉』安井 二美子/著 花伝社(1500円+税)

 (共同通信客員論説委員)
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