【コラム】槿と桜(82)

「モㇰパン」とは何?

延 恩株

 モㇰパン(または「モッパン」먹방)とは、「食べる」(먹다 モㇰタ)と「放送」(방송 パンソン)のそれぞれ最初の文字「モㇰ」と「パン」を組み合わせた合成語で、「食べる放送」という意味です。

 でもこれだけではまだ理解しにくいと思います。日本のテレビ放送でも、ある土地に出かけて、その土地の飲食店で出演者が注文した料理や飲み物を食べたり飲んだりして、その感想を語る番組は比較的多く、人気があります。こうした番組ではたいていタレントやお笑い芸人などが食レポしたり、グルメリポーターとして登場します。これなどはまさに「モㇰパン」(食べる放送)に当たると思います。

 韓国では現在、この「モㇰパン」が大変人気があります。他人が食べる様子を見るだけなのですが、私などもついつい見てしまいます。ただ韓国発祥の「モㇰパン」は日本のそれとはかなり異なっています。

 まずテレビ番組として放送される(韓国にもありますが)より、動画配信として流されていることです。今から10年ほど前から食べる様子が配信されるようになって、「モㇰパン」という言葉が生まれました。これには、日本よりも早く人びとに YouTube が歓迎され、YouTuber(ユーチューバー)が非常に多く登場してきたこととも大いに関係していたと思います。

 そのため「モㇰパン」と言えば、配信者がカメラの前でいろいろな料理を豪快に、もちろん美味しそうに食べる様子を放送したもので、韓国のライブストリーミング配信サービス「AfreecaTV」(아프리카TV アフリカTV)などの動画配信サイトで多く流されています。最近では「モㇰパン」系のチャンネルが増え、人気の「モㇰパン・ユーチュ―バー」も多くなって、お目当ての人物が食べる姿を楽しむ人たちもかなり多いです。

 もちろん、日本のように静かに美味しそうに食事する様子を映すものもありますが、やはり豪快に食べる様子の映像が「モㇰパン」と捉える韓国人が多いと言えます。

 ところで韓国には、「モㇰパン」に似ているのですが、「ASMR」と呼ばれるものもあります。「ASMR」(アスマー、あるいはアズマー)とは、“Autonomous Sensory Meridian Response”の略で、日本語では「自律感覚絶頂反応」(자율 감각 쾌락 반응)という意味になるようです。
 韓国では「モㇰパン」が豪快に食べる様子を見せる動画、「ASMR」は食べるときに出る音、つまり咀嚼音を聞かせる動画という区別で使われています。

 「ASMR」は本来、咀嚼音だけでなく擦れる音や叩く音など、その音を聞くと心地よく感じる音ならなんでもよいのですが、韓国ではもっぱら「モㇰパン」との対比で使われています。
 もっとも最近では、この2つを合体させて「モㇰパンASMR」という動画も登場しています。豪快に食べる姿と食べる音の両方を楽しもうというわけです。

 韓国で「モㇰパン」が注目され、大いに歓迎されているのはなぜなのか考えてみますと、韓国人の食生活に変化が生まれてきているらしいことが窺えます。

 韓国人は、食事は一人ではなく複数で食べようとする傾向があります。たとえば昼食時のオフィス街などでは、グループごとに好みの食堂に入る姿をよく見かけ、日本ほど“一人食”は多くないと言えます。その一方で、韓国の高齢化、核家族化は急激に進んでいて、2021年4月29日に配信された「WowKorea」(ワウコリア)によりますと、ソウルの1人世帯が33%を占め、過去最大となり、4人世帯の1.7倍になっています。2020年11月から2カ月間、ソウル市内の4,000世帯、9,472人を対象に訪問調査を実施した結果です。

 1人世帯は全体の33.3%、2人世帯は25.8%、3人世帯は20.6%、4人世帯は19.2%で、3分の1が一人暮らしということになり、2018年の調査時より1~2人世帯の割合が増え、3~4人世帯が減っていて、一段と核家族化が進んでいます。しかも1人暮らしを年齢別でみると、若者が41.2%、高齢者が22.6%、中高年者が16.2%でした。

 調査はソウルという大都市ですからなお顕著なのですが、若者の一人暮らしが全体の4割を超えているのには私も少々、驚いています。しかし、この一人暮らしの若者が多いという現状が「モㇰパン」や「ASMR」が歓迎されるという現象と結びついているように思えて仕方ありません。さらにそれに加えて、2年にわたるコロナウイルス感染による自粛生活は、韓国人から食事はワイワイにぎやかに食べる生活を奪ってしまったことも大きな要因としてあるように思います。

 もともと人間には食べることへの関心はかなり強くあると思っています。どこそこの料理は美味しいと聞くと時間もお金も惜しまずに食べに出かけていく人が少なくないのもそのためでしょう。また郷土料理を自慢したり、料理方法や味付けなどを話題にしたりするのも珍しくありません。テレビのグルメ番組や飲食店紹介や実際に食べる様子を映す番組が減らないのも、人間の欲求に応えているとも言えます。

 現在、日本でも食べる様子を映像化した番組が増えこそすれ減っていないのは、韓国での「モㇰパン」、「ASMR」現象と根っこは同じだと言えるのかもしれません。ただし明らかな違いとして言えるのは、お上品は忘れ、大口を開けて、とにかく豪快に美味しそうに食べる出演者の姿を見続ける、それが韓国の「モㇰパン」なのです。

 家に閉じこもり、一人での食事を強いられている一人暮らしの者にとっては、「モㇰパン」や「ASMR」は食事の楽しさを思い起こさせ、孤独感を薄め、元気が与えられる番組となっているに違いありません。
 一人暮らしをする人が増え、核家族化が進む韓国では「モㇰパン」や「ASMR」の人気は、コロナ感染状況が収束しない現状を考えますと、しばらくは続くのではないでしょうか。

 (大妻女子大学准教授)
                           (2021.07.20)
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