【コラム】酔生夢死

「万死に値」する石原尖閣挑発

岡田 充

 石原慎太郎氏が2月1日、89歳で死去した。彼が東京都知事時代、尖閣諸島(中国名 魚釣島)を「国有化」させ、日本と中国の対立を煽ったのは、ちょうど10年前の2012年。強国化する中国に対する民衆のコンプレックスを掴み、それを「反中」へ巧みに昇華させた稀代のデマゴーグ(煽動的民衆指導者)だった。

 「尖閣を『国有化』させ」と書いたのは訳がある。米保守系シンクタンクで「東京都は尖閣諸島を買うことにしました」と、「都有化宣言」をした理由について彼は「本当は国が買い上げたらいいけど、国が買い上げると支那が怒るからね」と説明したからである。
 石原には「国有化が筋」という認識が最初からあったのだ。その目的は何か。領土問題という妥協不可能なテーマを設定することによって、日中関係を緊張させる。中国から強硬姿勢を引き出し、「平和ボケした」日本人に「国家防衛意識を高める」ことにあったと思う。

 当時の民主党の野田佳彦政権はまんまとその術数にはまり、その年の9月11日、魚釣島など3島を国が買い上げ「国有化」した。これに対し中国は、両国間の領土問題「棚上げ」という暗黙の了解を一方的に破り、実効支配を強化したと非難。中国公船を尖閣領海に入れ、中国全土でデモなど激しい強硬対応に出た。

 それから10年。尖閣諸島では昨年来、右派活動家が雇った漁船が領海で「操業」。これに対し中国海警船が、活動家の上陸を阻止しようと追いかけ回す。石原氏が死去した1日には、尖閣の実効支配強化を主張する沖縄県石垣市長が、同様の主張をする東海大教授とともに魚釣島の「海域調査」という“挑発行動”を展開した。
 思い出すのは、石原が10年前の演説で「日本の漁船が行くようになったら、外国の船が追っ払える」という発言だ。しかし石原氏の希望とは逆に、実際は「追っ払える」どころか「追いかけ回されている」のが実情。海洋での日中実力差が投影されている。

 石原を弔問した岸田文雄首相は「存在の大きさを痛感」と述べ、ジャーナリストの田原総一郎氏は「ぶれない政治家」(「朝日」2月1日)と持ち上げた。だが尖閣問題では、「ぶれない」どころか実際は「ブレブレ」だった。
 「都有化発言」の3年前、母校の一橋大学時代の同級生だった中国人研究者との対談で、「主権棚上げ、共同開発」を主張する研究者に対し、石原は「『主権棚上げ、共同開発』の意見に賛成する。~中略~ 主権争いで戦争になるようなことは避けなくてはならない」(日中科学技術文化センター会報「きずな」2009年夏号)と述べていたのだ。

 歴史に「もし」は禁句とされるが、石原挑発がなければ尖閣問題が日中間に刺さった「抜けないトゲ」にはならなかっただろう。国交正常化50周年のことし、「反中翼賛世論」が日本を覆う現状を振り返ると、日中関係を損なった石原挑発は「万死に値する」。

画像の説明
  2012年 米シンクタンクで演説する
    石原慎太郎東京都知事(NHKニュースから)

 (共同通信客員論説委員)

(2022.2.20)
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