【海峡両岸論】

「冷たい平和」はさらに続く~台湾優先度低く、蔡も自制

岡田 充

 台北の天候は不順だ(写真1)。特に3月は雨がじとじと降って寒い日が続いたかと思うと、突然かっと晴れて夏日になる。その3月初め、台北に行った。昨年5月に誕生した蔡英文政権の大陸政策と両岸関係の取材が目的である。北京では中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)が開かれ、李克強首相が5日「台湾独立の分裂活動を食い止める」と、強い調子で台湾独立を非難したばかりだった。台北では、政府系シンクタンクのトップをはじめ、陳水扁政権時代の高官や国民党関係者らに話を聞いた。
 蔡政権誕生から約10か月、大幅に関係改善した馬英九前政権とはうって変わり、政府間対話と窓口機関の対話は中断し、大陸観光客の数も減って関係は停滞している。この間、トランプ米政権の誕生によって両岸を取り囲む大環境の不確実性が増した。結論から言えば(1)北京と台北はともに自制を保持しており、李登輝、陳水扁時代のような軍事的緊張を伴う対抗関係にはならない(2)学者・シンクタンクの交流は継続し、双方の意思疎通は図られている(3)協調を欠いた相互不信の「冷たい平和(Cold Peace)」の継続―の3点にまとめられる。

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  写真1 小雨をついて行われる萬華にある廟の行事(12年3月 筆者撮影)

◆◆ 朝鮮は「救星」と国民党関係者

 こうした結論に至る背景はいろいろだが、北京にとって台湾問題の優先度(プライオリティ)は高くないこと、大陸への露骨な挑発を避ける蔡政権の自制の二点が最も大きな要因である。ここではこの論点を中心に両岸関係を展望したい。

 「朝鮮半島は台湾にとって“救星”(救いの星)」と言うのは国民党関係者(本土派)。「金王朝」を形容するような「二字」の意味を最初は測りかねたが、説明を聞いてすぐ納得した。国共内戦に勝利した共産党は1949年、中華人民共和国を成立させた。台湾武力統一は毛沢東ら指導部にとり喫緊の課題だったが、翌年の朝鮮戦争勃発で頓挫した。内戦に敗北した国民党政権をいったんは見限ろうとした米政権は、米ソ冷戦が始まると台湾と朝鮮半島に「反共防波堤」の戦略的任務を与え、蒋介石政権は生き延びた。一方、北京にとって台湾問題は「内政」から、対米関係の中心的な「外交」課題になった。後に紹介する許信良氏(「アジア太平洋平和研究基金会」会長)が「歴史に遺留された台湾問題」と言う「歴史」はここに始まる。「救星」とはもちろん、朝鮮戦争によって台湾が共産化を免れたという意味である。

 それから70年近く経った現在、中国は米国に迫る大国として台頭した。トランプ大統領は、蔡英文と電話会談して「台湾カード」をちらつかせたが、習近平・国家主席との電話会談で「一つの中国」の従来政策に戻る方針を確認し「元のさや」に収まった。米国にとって台湾問題の比重が軽くなる長期傾向に変化はないと言っていいのではないか。
 一方、北朝鮮による核・ミサイル開発の格段の進展で朝鮮半島問題の比重は増している。米中にとってアジア太平洋地域のホットスポットは台湾ではなく、朝鮮問題になっている。トランプ政権と「新型大国関係」構築を目指す北京にとっては、北朝鮮問題は自国の安全保障に直接かかわる重要課題であり、うまく処理すれば米中協調の演出につながる。

◆◆ 強硬発言の意図は?

 こう書くと「台湾を軽視し過ぎてはいないか」との反論が出るかもしれない。例えば、国務院台湾事務弁公室の張志軍主任は3月6日「台湾独立を目指す道の行き着く先は統一である。この統一は大きな代償を払う」と発言し台湾では大きく報道された。「武力統一」をにおわす威嚇と受け取られたからである。全人代開催中には、もう一つの発言も注目された。北京大学台湾研究院の李義虎院長(写真2)が、台湾統一に向けた「国家統一法」の制定が全人代で議論されていると述べた。いずれも日本の新聞も3段程度の扱いで報道した。

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  写真2 北京大学台湾研究院の李義虎院長/中央社

 二つの発言を台湾側が大きく扱ってくれたことで、北京の「威嚇効果」の狙いは十分達成されたというべきだろう。「強硬発言」の意図は、次のように読み込みたい。中国共産党はことし秋に第19回党大会を開く予定。台湾統一は、習近平の「中国の夢」と「中華民族の偉大な復興」に欠かせない大目標である。帝国主義に侵略され、半植民地化された国土の「統一」は、建国理念そのものと言ってよい。5年に一度の「節目」に、分断統治状態が続く台湾との「現状」を肯定するわけにはいかない。是が非でも台湾統一を強調しなければならないのだ。それに付け加えれば、張発言はあくまで「独立しようとするなら」との前提条件付きである。蔡英文はずっと「現状維持」を主張している。
 「国家統一法」の制定が議論されているのは事実だろう。例えば2005年3月の全人代で採択された「反国家分裂法」の制定時にも、「国家統一法」が議論されたと伝えられた。しかし台湾統一を法律で規定すれば、政権の手足を縛る強いストレスになる恐れがある。分断統治状態の現状を認めることは「不作為」という違法の疑いを招く。そこで制定されたのが「反国家分裂法」だった。独立するなら「非平和的手段」をとると規定していることから「武力行使法」と読み込んだメディアが多かった。しかしきちんと読めば「現状維持法」であることがわかる。独立しない現状のままであれば「武力行使しない」と解釈できるからである。胡錦濤時代にレールが敷かれたこの現状維持路線は、2012年にスタートした習近平時代になってからも修正・変更した発言はなく、継続していると見ていい。反国家分裂法の詳細については稿を改めたい。

◆◆ 「憲法」でレッドライン踏まず

 続いては蔡政権側の事情。蔡総統の総統就任演説(2016年5月20日)以降の経緯をおさらいする。演説で蔡は「新政府は中華民国憲法と両岸人民関係条例およびその他の関係条例・法律に依拠して両岸事務を行う」と「中華民国憲法」の順守を明言。北京が強く要求する「一つの中国」に関する「92年合意」については「1992年に若干の共同認識と了解が達成されたという歴史的事実は尊重する」と、ぎりぎりの譲歩姿勢を見せた。「憲法」「92合意」に付け加えると、対中政策の「作法」として彼女は「意思疎通、挑発せず、不測の事態回避」(溝通、不挑釁、不會有意外)」を挙げている。
 就任演説に対し北京は、国務院台湾事務弁公室が声明を出し「『92合意』とその核心的含意を明確に認めていない。不完全な答案だ」と批判した。その一方「(蔡氏は)中台は92年会談で若干の共通認識に達し、現行規定(筆者注 中華民国憲法を指す)と関係条例に依拠して両岸事務を処理すると述べたことに注意している」と敢えてコメントし、憲法と両岸人民関係条例に触れたことを「それなりに」評価したのである。習近平は16年11月1日、国民党の洪秀柱主席との会談で、「92年合意」の堅持や、「台独」に断固反対を強調したが、蔡への個人攻撃は控え続けている。

 許信良氏は筆者とのインタビューで「中華民国憲法と両岸人民関係条例は、民進党内の最大公約数。大陸側も問題視できない」と述べ、これが「レッドライン」を踏まず、自制の根拠になっていると説明した。蔡からすれば、就任演説はぎりぎりの譲歩であり、民進党の党是からして「一つの中国」「92合意」をそのまま認めるわけにはいかない。停滞する両岸関係を突破する術は手元にはない。

◆◆ 内政に傾注、低迷の支持率

 蔡政権は発足以来、内政に傾注してきた。具体的には(1)教職員や軍人など公務員退職者に手厚い年金の改革(2)「一例一休」制度と呼ばれる労働時間短縮・週休二日制導入(3)福島周辺4県の食品輸入開放(4)同性婚容認の法改正―などである。両岸政策にはほぼ手を付けていないといってよい。

 政権支持率(満足度)を定点観測しているTVBSの調査によると、就任8カ月に当たる今年1月の調査では、支持28%に対し不支持は47%と支持率は低迷。昨年6月の就任1か月後の調査では「支持47%」「不支持28%」だった。しかしその後支持率は下降し、就任半年後の16年11月には26%と三割台を切ってきた。不支持が多い理由は週休二日制の導入によって、消費者物価の大幅上昇を招いたことなど、上向かない経済への不満が多い。福島など4県の食品輸入の開放は反対が圧倒的に多いし、同姓婚容認については賛否が40%前半でほぼ拮抗している。先の国民党関係者は「民進党の大きな支持基盤のキリスト教長老教会の反対は政権への打撃が大きい」とみる。
 年金改革に手を付けると、既得権益者の不満を誘う一方、世代間矛盾を招きやすく日本を含めどの国でも簡単ではない。許信良氏は「改革が立法院を通過すれば問題は解決する。内部の重大改革が一段落した後、大陸問題の処理に当たる」と期待を込めて言う。両岸政策に関する新しい調査はないため、昨年8月末の調査を参考までに引用すれば、支持36%に対し、不支持43%とやはり不支持が上回っている。
 緑陣営側からも蔡の政権運営の手法に批判の声が聞こえる。陳水扁時代の元政府高官は「彼女は人の意見を聞かない悪癖がある。陳は子飼いの“チルドレン”を溺愛して自滅するのだが、それと似ている」と批判した。例えば、官房長官の総統府秘書長の林碧炤(国際政治学者・元政治大学副校長)は就任後5カ月で辞任した。その後は若手の劉建忻副秘書長が代行したまま、新秘書長は任命されていない。元政府高官は劉建忻を蔡の「チルドレン」と見立てている。

 両岸関係を総括しよう。台湾問題を、北京と台北の両岸関係だけからとらえるのは正しくない。両岸の平和と安定は米中、米台、日中、日台という重層的な二国間関係の中で、台湾問題の緊張リスクを低減させてきた。日台関係でいえば、2011年の「投資協定」と13年の「日台漁業取り決め合意」は、両岸関係が良好だったからこそ実現できたのである。関係が悪化すれば、北京が横やりを入れる恐れは十分ある。その意味で、良好な中台関係は東アジアにおける共通利益の鍵の一つである。
 北京は決して台湾統一を急いでいるわけではない。経済成長の勢いが鈍る中、政策プライオリティは共産党一党支配の継続に向けた安定の確保にある。そして対外関係では、不確実性が拭えないトランプ政権下の対米関係である。中米関係と中日関係の「副次的変数」としての台湾問題は、蔡政権が挑発に出ない限り政策優先度は依然として低い。習近平から台湾問題を国際政治で焦点化させる可能も低い。1年以上も前に書いた両岸論第62号「中国、緊張回避し安定維持へ」(16年1月20日)[注] と、結論が変わらないのはあまり面白くない。あるいは、思考が空回りする脳の老化のせいだろうか。

[注]両岸論第62号「中国、緊張回避し安定維持へ」(16年1月20日)(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_64.html

◆◆ 許信良氏インタビュー

 政府系シンクタンク「アジア太平洋平和研究基金会」会長に就任した許信良・元民進党主席(75)(写真3)に3月8日、台北でインタビューした。許氏は、①新たな政治用語が見つかれば、習・蔡トップ会談も可能、②中華民国憲法と両岸人民関係条例は民進党内の最大公約数。大陸側も問題視できない、③大陸の学者とシンクタンク交流は水面下で継続し、意思疎通は図られている、④両岸は将来的には欧州連合(EU)のような、現行制度を維持したまま緩やかな統合をすべき―などの考えを明らかにした。

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  写真3 許信良・元民進党主席(筆者撮影)

 「習・蔡トップ会談」や「EU型の統合」という展望を「あり得ない」と一笑に付してはならないと思う。トランプ登場とブレグジット後の世界は、冷戦期とポスト冷戦期のパラダイムがもはや通用しない構造変化をもたらしている。民進党の初期時代を担った許氏は単なる「独立派」の政治家ではない。かつては国民党の桃園県長として同党の歴史をよく知り、英国留学中には、毛沢東など共産党イデオロギーに傾倒したことがある。一見唐突にみえる彼の展望を、新しいパラダイムの刺激にしたい。

◆◆ 蔡習会談は可能

 許氏は桃園県出身の客家。1989年、亡命先の米国から福建省経由で台湾に戻り逮捕された。その後特赦され民進党の活動に参加、当初は党綱領に「台湾共和国」を盛り込むよう主張するなど台湾独立傾向が強かった。二度にわたって民進党主席を務めたが、2000年の陳水扁政権誕生後は逆に民進党批判を強めた。2013年には欧州連盟(EU)に倣って中国議会の創設を提言する著作『台湾は今何を成すべきか』を発表した。中国大陸にはシンポジウムや学術・文化交流で何度も訪問し、台湾工作の最高責任者を務めた賈慶林・前人民政治協商会議主席や故汪道涵氏らと会談している。

(両岸関係の将来に楽観的だが)
 ―習近平にとって2015年11月の馬英九とのトップ会談は必要だった。両岸関係では必ず前任者を超えなければならない。胡錦濤は国共トップ会談をした。国共トップが再会談しても突破にはならない。目的は、馬に会うためではなく蔡に会うためだった。大陸は台湾の情報全体を把握しており、習も台湾をよく知っている。私は蔡に対し我々は過剰な反応をすべきではないと言った。なぜなら彼らの目的は選挙介入ではないからだ。シンガポール会談で習は、これを今後の指導者会談の枠組にしなければならないと公に言ったし、馬もそう言った。明確なことは今後の両岸指導者会談に道筋をつけたことにある―
 ―蔡習会談も同じだ。問題は大陸にあるのではない。蔡が希望するかどうかだ。習にとって(今年秋に予定される)第19回党大会は既に問題ではない。19大の権力問題は解決済みだ。一個の儀式に過ぎない。92年共識や一中原則は国民党と大陸が受け入られる政治用語だった。しかし民進党は受け入れられない。問題は大陸にあるのではなく、民進党側にあるという意味だ。これは政治用語の問題に過ぎない―

◆◆ 受け入れ可能な共通言語

 ―民進党時代になり両岸関係は停滞している。行き詰まり継続は良くない。しかしこの問題は解決できる。極めて小さい問題であり、表面的な問題に過ぎない。外交用語の問題であり、双方が受け入れ可能な共通言語をどのように見つけるかにすぎない。両岸の往来にそれ以外の困難はなく、残された問題は共通言語だけ―
 ―李登輝時代のような密使は存在しない。この基金会の仕事は大陸との往来であり、大陸のシンクタンクなどと交流している。この組織からも常に大陸に行っている。学者交流は公開されていないが、蔡政権になってからも多くの往来がある。―

 台湾には国家安全系統の政府シンクタンクとして兩岸交流遠景基金會とアジア太平洋平和研究基金会の二つがある。馬英九時代、両組織の会長は趙春山氏(現顧問)が兼任していた。政権交代に伴い16年8月の理事会で、日米シンクタンクの交流を進める遠景基金会の会長に陳唐山・元外交部長が、両岸交流を進める平和研究基金会会長に許氏が就任した。政権交代によって会長以下上から3~4名は入れ替わったが、大半の職員は留任している。

◆◆ 憲法がコンセンサス

 ―蔡総統が中華民国憲法と両岸人民関係条例に基づき、両岸関係を処理すると提起したことで問題は起きていない。大陸にとっても問題はない。残ったのは受け入れられる政治用語だけ。その政治用語は分からないが、必ずあるはずだ。大陸側も周志懷(1956年)前社会科学委台湾研究所所長(現全国台湾研会副会長)ら学者を通じて、「92共識」でなくても良いと言った―
 ―陳水扁の最大の問題は、両岸に常にトラブルを引き起こすことだったが今は違う。大陸も蔡がトラブルを起こさないことは知っており、彼女も中国大陸が受け入れられないやり方はしない。蔡は非常に慎重に両岸問題を処理しており、基本原則は中華民国憲法と両岸人民関係条例に基づくということだ。だから中国大陸も難癖をつけられない―

 蔡氏は2015年、米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)での講演で「中華民国憲法体制の維持」を表明した。これに対し王毅・外交部長は2016年2月25日、やはりCSISで「蔡氏が、大陸と台湾は共に一つの中国に属することを基本にする彼らの憲法体制の条項受け入れを表明するよう期待している」と「一中憲法」順守を求めた。北京に心理的準備のなかった陳時代と異なり、両岸交流は進み民進党政権下でも、事実上の政策擦り合わせが可能になった。
 両岸人民関係条例とは、両岸交流に伴う法律上の問題処理のため1992年に制定された条例。台湾と大陸の呼称を「中華民国の台湾地区と大陸地区」(一中両区)と表現し、中華民国という「一中」を前提としているから「これに従う」と言えば「一中」を認めたともとれる。

 ―党内にはさまざまな意見があるものの、受け入れられる一つのコンセンサスがある。それが中華民国憲法と両岸人民関係条例だ。最大公約数の法律だ。党内には憲法を変えるべきと考える意見があるが、変えるのは簡単ではないことを知っている。変えれば民進党内部のみならず、台湾社会全体に大きな動揺を引き起こす―
 ―台湾指導者は必ず憲法を順守しなければならない。憲法修正の必要があっても、まず守らねばならない。それが民主国家であり民主政治だ。基本的には憲法に依拠して内外の問題を処理するのが最大のコンセンサスだ。そうしなければ内乱になる。無政府状態、革命状態になるだろう―
 ―両岸関係の行き詰まりは、経済関係に及んでおり、政権は必ず処理しなければならない。まず観光客に影響しており台湾への圧力は大きい。昨年5月20日の就任から今日まで、蔡政権の主要な関心事は台湾内部の改革、つまり年金改革などだ。これがすべて内部の大きな衝突を招いてしまった。改革が立法院を通過すれば問題は解決する。台湾は民主社会で、反対勢力は街頭に出てデモをするが、これは為政者には大きな厄介ごとだ。内部の重大改革が一段落した後、まず大陸問題の処理に当たるよう希望している―

◆◆ 米中関係、安定には長時間

 ―両岸関係は、国際政治の大環境の影響を受ける。最初は中米関係だ。トランプ誕生以後、世界はそれを見守っているが、(トランプがどう出るのか)誰も知らない。日本も同じだろう。トランプ登場後の国際政治で最重要なのは不確実性にある、彼個人も考え方も不確実だ。これが世界中で圧力になっている―
 ―大陸から言えば、両岸関係は中米関係の影響を受けて欲しくない。内部の問題であり自分で解決するということだ。中国と米国の関係は80年代の米日関係と同じく、貿易赤字が膨張し過ぎたことにある。ただこの問題の解決は簡単ではない。80年代の日米関係と異なるのは、当時は日本に円切り上げを迫ればよかった。日本に米国の資産を買わせたが、それは日本にとって良くない結果(バブル経済のことか)になった―
 ―中国は日本の経験を参考にするだろうが、ただ一中原則を承認すれば解決するという問題ではない。二番目はスーパーパワー同士の衝突だ。オバマはアジア回帰の中で中国に傾斜したものの対抗関係になった。南シナ海がそうだ。二つの超大国の問題を解決するには4年ではなく1世紀かかる。トランプは価値観や民主制度を重視していない。経済上の矛盾と、軍事、政治上の潜在的衝突は、イデオロギーや価値観より重要だということだ。中国が民主国家だとしてもこの衝突は起きる―

 日台交流の窓口機関の「交流協会」は、17年から「日本台湾交流協会」に名称を変更した。カウンターパートの台湾側「亜東関係協会」も「台湾日本関係協会」に名称変更する予定。3月25日には、赤間二郎総務副大臣が、日本台湾交流協会が主催する台北の食品・観光イベントの開幕式に出席。1972年の日台断交以来、副大臣級が公務で台湾を訪問するのは初めて。蔡政権との関係を重視する安倍政権の官邸の意向とみられる。

 ―台日関係を主導するのは台湾ではなく日本だ。日本が同意しなければ台湾が一方的に主張してもどうしようもない。トランプ政権は世界情勢を混乱させ、日本も中国も対米戦略を模索している。個人的には安倍首相を敬服している。安部もトランプが当選すると思っていなかっただろうが、当選後は極めて積極的にトランプ個人関係と政府関係を構築しようとしている。世界の指導者の中で最も積極的だろう。トランプにTPP放棄を思いとどまるよう勧めた。だから安部の積極性に敬服している―

 筆者は1990年11月、許氏と東京で食事をしながら懇談したことがあった。許氏を紹介してくれたのは故戴国輝・立教大教授。戴は李登輝政権の末期、李に請われて総統府国家安全会議の諮問委員に就任したが、その後袂を分かつ。許は11月10日に東京で開かれた社会党、社民連主催の民進党との初シンポジウムに参加するため謝長廷・立法委員(現駐日台北経済文化代表処長)らとともに来日。シンポ終了後の91年初、社民連の田英夫・参院議員の案内で、大阪経由で中国を初訪問した。

◆◆ 主権超え中国議会の創設を

 ―台湾と中国大陸は、条件が違うから欧州連合(EU)と全く同じというわけにはいかない。私は当時(2013年)台湾と大陸がそれぞれ主権を堅持すれば問題は解決しないと説いた。中国はますます強くなり、台湾を圧倒し台湾に問題解決を迫るだろう。両岸がこの問題を解決しようとするなら、どんな方式であれ台湾に比較的有利な内容でなければならない。そこでEU方式を主張したのだ。ドイツもフランスも内政は以前と同じ。EUは新しい国家だが(加盟国は)従来の国家政治体制を変えていない―
 ―EUには欧州議会があり、加盟国は選挙で代表を選ぶ。欧州議会の決議は各国が参考にすることができるだけで拘束力はない。しかし政治的で象徴的な役割がある。そこで、我々は欧州議会と同じような中国議会を作るべきと北京で提案した。台湾人の祖先は中国大陸から来たのだから、例えば古都、西安に中国議会を作る。議員数など細かい話は、みんなで討論すればよい。その下では第一に台湾の現状を変えないこと。双方の体制を維持したまま、欧州議会のような中国議会を作る。何でも話し合えるし民意を反映できる。ただし決議は法的効力を持たない。両岸の現体制を変えずに済むなら、歴史が残した政治問題の解決のみならず、大陸の政治発展にも有益だ―
 ―(台湾の若者は受け入れる?)英国はEUを離脱したが、英国の若者はEUを支持している。台湾の若者について言えば、台湾体制を変えず現状を維持しながら、中国大陸と一種の妥協をして政治問題の解決をするならいいのではないか。主権国家は数百年の歴史がある観念で現在も極めて強い。しかし人類は第二次大戦後、主権国家を超越して発展をしてきた。EUはその好例だ。グローバルな問題の解決には、国家主権を放棄しなければならない。地球温暖化問題のパリ議定書、京都議定書などがそうだが、全世界の参加を促し主権を制限してグローバルな問題を治めなければならない。人類は必ず主権国家の観念を超越して共同の問題を処理する必要がある―

 (共同通信客員論説委員・オルタ編集委員)

※この記事は海峡両岸論(第77号 2017.04.02発行)から著者の承諾を得て転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。


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