【コラム】酔生夢死

「国際社会」ってなんだ?

岡田 充


 「これって、チョーやばくね?」。バスの座席の若者が、隣の友達にスマホ画面を見せながら聴く。横目で覗くと画面にはジャケットの写真。「このジャケット、格好悪くない?」と、否定的に使っていると思いこんでいた。辞書にも「やばい」とは「危険の意の隠語」(岩波広辞苑)とある。しかしネットの「日本語俗語辞書」によると、1990年代に入り「凄い。のめり込みそうなくらい魅力的」など、肯定的な意味でも使われるようになった。

 そうだったのか。最近は否定形では使われず「あすこのラーメン、めっちゃヤバイ」など、絶賛するときに使われる。言葉は生き物であり、時代によって意味が変化しても不思議じゃない。定義は百八十度違うにせよ、前後の脈絡から判断すれば理解は可能。「曖昧にして便利」な言葉だ。

 本題に入る。「曖昧にして便利」な言葉を使うのは若者だけではない。国際報道でメディアがよく使う「国際社会」もそのひとつ。北朝鮮が核実験と弾道ミサイル発射を断行すると、わが首相は「国際社会と緊密に連携して制裁」と述べ、TVコメンテーターは「国際社会は北のミサイル発射を阻止できなかった」と分析する。

 国連は北朝鮮に対し制裁しているから、大半の国が反対しているという意味では「国際社会」は分かりやすい。だがその意味を細かく分析すると、首相とコメンテーターとでは異なる。米日韓三国が以前より厳しい措置をとるよう主張するのに対し、中国は北の体制崩壊につながる厳しい制裁には反対している。首相が使う「国際社会」とは「米国と韓国」を指していると想像できる。一方コメンテーターが使った国際社会は、「北朝鮮に最も強い影響力をもつ中国が阻止できなかった」という意味で「中国」を指している可能性が高い。

 米国も中国も、政府報道官は「International community」「国际社会」を好んで使う。いずれも自国の主張の正しさを「権威づける」ため「国際社会」という、曖昧で実態のない意味不明な言葉を使う。複雑な例を一つ挙げる。写真を見て欲しい。中国政府が設立した「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)についての画面である。ある中国嫌いの団体が、YouTube にアップしたテロップは「国際社会、中国に激怒」と大書している。

(写真)画像の説明

 AIIBには「主要7か国」(G7)の英国をはじめフランス、ドイツ、イタリアなど57か国が加盟する。「主要国」で未加盟なのは日米の二か国だけである。すると「国際社会が激怒」の「国際社会」とはどの国を指すのか。単純に考えれば「日米」と思われるが、普通の感覚では、AIIB問題で孤立しているのは日米両国のほうだ。これを「国際社会」とするのはちと無理がありゃしないか。だからこの言葉は曲者なのだ。「国際社会って言葉、メッチャやばくね!」。もちろん否定語として使っている。

 (筆者は共同通信客員論説委員・オルタ編集委員)


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