【コラム】
風と土のカルテ(75)

「強欲」企業へのペナルティーは妥当なものか

色平 哲郎

 新しい医薬品や医療技術の多くが米国から日本に入ってくる。米国社会で起きている現象が日本に伝わることも珍しくない。しかし、米国を反面教師とし、絶対に真似をしてはならないこともある。医療保険制度は、その最たるものだ。
 また、今回紹介する「オピオイド危機」も現在の日本では起きそうにないが、一部の米国企業の「強欲」さを知る上では重要なケーススタディーになるだろう。

 ベス・メイシー著、神保哲夫訳『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』(光文社、2020)によれば、米国ではオピオイドの過剰摂取により累計で40万人もの人が命を落とし、400万人が依存症に苦しんでいるという。患者の多くは白人労働者層だ。

 オピオイドの象徴といえる癌疼痛治療薬オキシコンチン(一般名オキシコドン)がFDA(米国食品医薬品局)で承認されたのは1995年末だった。開発したパデュー・ファーマ社は、炭鉱の閉山で賑わいが失せたアパラチア中部地域などに「売り込み」のターゲットを絞る。

 閉鎖した工場やドラッグストアが多い地方都市は障害者登録が増えており、鎮痛薬の需要が見込めた。障害者登録をした人の薬剤購入には公費が投入される。つまり「失業者階級」を狙ったのだ。その販売攻勢を『DOPESICK』は次のように伝える。

 「パデューはまず、データマイニング会社のIMSヘルス社から購入した情報を基に、マーケティングの影響を受けやすい医師を選び出し、彼らに狙いを定めるとともに、競合他社の鎮痛剤を多く処方している医師を探り出すことに力を注いだ。(中略)営業担当者たちは購入の見込みが高い医師の元へは、オキシコンチンのロゴ入り壁時計などのノベルティを持参して、頻繁に現れた。彼らの接待攻勢は半永久的にスヌーズが設定されている目覚まし時計のように正確で、絶え間なく行われた」(同書p.49〜50)。

 食事にバカンス、プレゼントの「接待攻勢」が続き、腰痛や変形性関節症、外傷、精神的外傷に起因する疼痛など、癌以外の症状にも安全に投与できると喧伝され、患者に処方されていった。

●350億ドルを売り上げたが、、、

 日本では、今のところモルヒネやフェンタニル、オキシコドンなどのオピオイドは「医療用麻薬」に分類され、使用は厳格に管理されている。医師が医療用麻薬を使うには麻薬施用者免許を取らねばならず、麻薬処方箋が必要で、薬剤によっては製薬会社の e-learning の受講も義務付けられている。患者とは確認書を交わす必要があり、オピオイドの使用量は多くはない。『DOPESICK』では、日本はオピオイドが実際に必要とされている量の15.5%しか処方されていないのに対し、米国は229.65%、カナダに至っては312.55%もの過剰な処方が行われているとする『Journal of Pain & Symptom Management』2014年2月号の記事を紹介している。

 パデュー社のオーナー、サックラー家は、全米各地の州や郡、連邦政府から損害賠償の訴訟を起こされた。パデュー社は、オキシコドンで現在までに350億ドル(約3兆8,500億円)を売り上げたとされる。昨年9月、パデュー社が連邦政府や州、郡との間で交わした和解案は、同社が破産申請し、公益信託を組成するというもの。公益信託を通じて向こう10年間、オピオイド依存症の治療薬の売り上げから120億ドル(約1兆3,200億円)を依存症支援や治療に充てる。

 オキシコドンなどの販売で資産が130億ドルにまで増えたサックラー家が払う賠償金は30億ドル(約3,300億円)に抑えられたという。「強欲」へのペナルティーとしては軽過ぎるのではなかろうか。

 (長野県佐久総合病院医師・『オルタ広場』編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2020年7月31日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
  https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/202007/566535.html

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