【ポスト・コロナの時代にむけて】

「成長の限界」から限界の成長の半世紀 ― ローマクラブ報告再考

初岡 昌一郎

* ローマクラブ報告の時代背景

 1972年に『成長の限界』と題するローマクラブ報告書が公刊され、日本でも論壇の話題となった。このクラブはイタリアの一部財界人が中心となって1970年に設立され、スイスに本部を置いた民間団体である。このクラブが「人類の危機に関するプロジェクト」を組織し、その委託に応じてアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)デニス・メドウズ助教授を主査とする若手チームが作成したのが、『成長の限界』と題した報告である。

 当時世界と日本は60年代以降の高度成長期にあって空前の経済的な繁栄を享受していた。60年代後半からは極めて楽天的な「未来論」や「未来学」が流行していた。72年にはニクソン訪中が世界を震撼させ、それに続く田中首相・大平外相の日中首脳会談によって国交正常化が行われた。長い間の悲願であった沖縄祖国復帰もその春に実現した。一般人の海外旅行が自由化され、日本人がどっと海外旅行に走った時代でもあった。その頃「もはや戦後ではない」との言葉が流行るようになっていた。経済成長を背景に、支配層の中に新たな「大国主義」的傾向が芽生えてきた。

 こうした楽観的な風潮に冷や水を浴びせたのが、翌1973年に発生したオイルショックであった。これによって成長の限界が可視化され、資源と環境の問題がクローズアップされた。このころ深刻な問題となりつつあった公害問題がより広い次元でとらえられ、より根本的な環境問題として広く議論されだした。それまでの経済的な議論の中では、「環境の制約」が意識されていなかったことを振り返ると、ほとんどのエコノミストがいかに視野狭窄の甘い経済長論を繰りかえしていたかに驚かざるを得ない。
 オイルショックは比較的短期間に終わり、その後にバブル経済の時期が続く。バブル崩壊後も、依然として経済成長優先論が幅を利かしている。政府もそれを目的とする財政金融政策をとり続け、今や非現実的となった政策目的のために補助金や助成金を注入しているが、それらの資金の多くは国内外での資産投機や課税逃れの資産隠しに利用され、所得格差の拡大につながっている。

* ローマクラブ報告の予測が浮き彫りにした環境の制約

 1960年代後半より日本の労働組合で国際関係を担当していた私は、1972年に国際郵便電信電話労連(PTTI)の専従スタッフとなり、多数の国際会議に参加する機会を得ていた。労働組合関係だけでなく、政労使代表で構成するILOの諸会議、日米下田会議など民間団体の国際会議にもよく出席していた。その会議舞台裏でよく耳にした「パーティジョーク」には、エコノミストを揶揄したものが多くあったことを記憶している。「経済学は過去から現在を予測(解説)することは得意だが、現在から未来を予測することは無力」、「山登り中に雷に遭遇したら、エコノミストと繰り返すとあたらない」、「エコノミストの予測の当たる確率は、インド人の占い師が水晶球を見ての予言より低い」、「経済予測が本当にわかっていたら、人には教えないはず」、「威勢のいい景気上昇論者は歓迎されるが、先行き悲観論者にはマーケットがない(需要がない)」等々。

 楽観的な予測の多数は当時の風潮に迎合するもので、新産業の将来や技術の無限の可能性を過大評価し、それらを制約する諸条件を考慮していなかった。ローマクラブ報告がある種のショックを与えたのは、報告の作成者たちが経済成長は経済外の諸要因によって厳しく制約されているという複雑系思考から将来予測を行ったことだ。彼らは、6項目のパラメーターの研究とその相互関係から成長予測を行うという、困難な仕事に挑戦した。彼らの総合研究の主柱は、以下の6項目である。

 ・人口
 ・工業生産
 ・サービス生産
 ・食糧生産と土壌の保護
 ・汚染と環境
 ・再生不可能な資源

 ローマクラブ報告の慧眼は、成長と持続的経済にとって汚染と環境破壊が最大の危機を招くと結論づけたことだ。それに加えて人口の膨張(安定化の目途を世界人口75億人としているが、今日すでにその線を越えている)、食糧生産と土壌の流出にも警告を発している。報告は、21世紀中に成長の限界に達し、2020-30年ごろにその前兆が立ち現れるとみていた。この報告は、適切な回避策がとられない場合の危険を予測したものであるが、大枠のところ、その指摘は今日的な意義を増しているように見える。この報告の結論で今日も生きている点は、均衡のとれた低成長が最も現実的とみていることである。

 目指すべき将来社会は技術革新を生産拡大だけに利用するのではなく、環境や資源の保全に活用し、バランスの取れた持続的な成長を目指すことであった。具体的な例として、次のような提言をしていた。

 ・廃棄物の回収、汚染の防除、不要物の再利用
 ・資源の枯渇を回避するためのリサイクル技術
 ・製品の寿命を延ばし、修理を容易にする製品開発
 ・化石燃料による汚染防止のために、太陽エネルギーなど自然エネルギーの利用
 ・生態学的な相互関係を十分に理解した自然保護的な害虫駆除

 環境や資源の保護の面では優れた提言を先進的に行っていた。その反面、この報告は農業については緑の革命などの技術主義的な解決に疑問を呈するにとどまり、あまり踏み込んでいない。当時は、食糧不足は局地的な災害や天候不順によるもので、食糧不足が構造化するとは考えられていなかった。人口についても、適切な避妊に言及するにとどまっている。その後の国際的な研究や国連開発報告等は、避妊よりも、女性の教育と経済的自立能力の向上、そして権利の平等と社会的進出が、最上で最も効果的な人口抑制につながることを明らかにしている。これは先進各国の歴史的な経験と一致している。

* 高度成長と技術過信の否定とバランスのとれた世界像の提示

 ローマクラブ報告の特徴と先見性は、当時横行していた高度経済成長持続幻想に冷水を浴びせた。高度成長期が長い歴史の中ではほんのブリップ(一瞬)にすぎなかったことは、今では常識になっているといっても過言ではないだろう。成長を限界づけているのが、第一に汚染と環境。これに異議を唱える人は少ない。さらに、資源の枯渇、人口の増大、農業と食糧の制約があることにも、その度合についての認識に相違はあっても、否定する人は少ない。この限界を突破する原動力が技術とみる楽観論は失速した。

 ローマクラブ報告は未来ビジョンを示すことには慎重で、均衡がとれた安定的な成長が世界にとって望ましいと控えめに述べている。現在の世界でまだ信じられている神話は、「成長がより平等な社会をもたらす」という俗流経済学の主張である。これをローマクラブ報告は否定している。成長を通じての不平等の解消や不公平の是正は神話だと断言している。発明や技術革新によってもたらされた生産の拡大と生産性の向上は人口と資本の増大に吸収されており、その結果、混雑と環境の悪化、社会的な不平等が拡大した。 しかし、こうした経済的な成果を「生活水準の向上、余暇の増大、人々の生活と環境改善に結びつけることができるものだとも指摘している。

 「報告」は、バランスのとれた状態とは革新を窒息させるものではないと強調している。「成長によって引き起こされる多くの問題と闘うことから解放された社会では、より多くのエネルギーと創意が、他の問題を解決するのに使うことを可能にする」とみている。「革新と技術開発を選好する社会、平等と正義の上に立つ社会は、我々が今日経験しつつある成長の状況よりも世界的にバランスの取れた状態においてはるかに発展の可能性が大きいと信じている」

* 以後の半世紀で成長の限界が限界の成長に

 ローマクラブ報告発表以後、世界の工業・サービス生産は飛躍的に発展した。特にIT技術の長足な発展は経済と社会を大きく変化させている。情報経済の情報化傾向はさらに加速化することが必至と見られている。

 その一方で、世界人口は1972年当時の38.5億人から2020年5月の推計では、77.9億人に倍増している。人口の増加率は鈍化傾向にあるものの、国連の人口予測では2050年には92億人になる。地球の許容できる人口の限界は100億が目安とみられていたが、その線は2060年代に確実に突破されるだろう。問題なのは人口の数的な膨張だけではない。今日の新生児10人のうち9人が開発途上国で誕生している。その子たちの多くは貧国の中で生まれ、十分な栄養や教育機会を保障されていない。彼らは貧困の罠から脱出困難な状況に置かれているだけでなく、変動や危機に際して真っ先に犠牲になりやすい。しかも、人道上の危機は潜在的に拡大の一途をたどっている。

 環境の汚染はこの半世紀も継続され、疑いもなく悪化している。その多くは、無責任で無規制な経済活動によるものである。ゴミは増加し続けており、その3分の2から8割は産業ごみである。ごみの多くは未処理のまで廃棄・投棄され、究極的には海に流れ込む。それだけでなく、ごみ処理として一番安上がりな海洋投棄は増勢の一途をたどっているとみられる。海洋汚染は大問題で、このままでは海から生物が消え、死の海になることも憂慮されている。消費者がリサイクルや選別回収に努力することは必要かつ貴重な努力ではあるが、その徹底だけでは問題の根本解決にほど遠い。製造者責任を徹底し、違反者には厳しい処分を課すほかに妙手はない。

 農業と食糧生産の前途にも黄信号が点灯している。幸い今日まで、食糧危機は一時的かつ局地的であった。だが、その危機をカバーできた大きな要因であったアメリカの穀物余剰がもはや将来あてにできなくなっている。それに代わりうる能力を持つ国はない。今回のコロナ危機でマスクや基礎的な医療欧品の不足が一部で社会的なパニックを招いたが、食糧不足の兆候が表れた場合、マスクやトイレットペイパーの買い占めとはレベルの全く違う、深刻な社会不安が瞬時グローバルに拡散するだろう。世界的な食料の安定供給のためには、生産者がおおむね価格決定できる工業製品とは違い、農業生産者が自らの生産物価格を安定的に決定できるシステムが、考案・導入される必要があるのではないか。いずれにせよ、食糧の国際的なサプライチェーンは極めて脆弱であり、いかなる国も自国民に対する供給を優先するので、各国で自給率を高める努力が見直されそうだ。

 ローマクラブ報告のパラメーターの中では問題視されていなかった、水資源、特に安全な真水の供給確保が将来の重要課題となってきた。従来、水不足は、アフリカの亜サハラ砂漠地帯の諸国、中東や中央アジアの乾燥地帯諸国など、一部地域の問題とみなされてきた。しかし、気候変動や工業化による水需要の拡大、それらよりさらに大きな要因としては大規模な森林喪失のために乾燥化が進み、水不足を経験、あるいは心配する国が近年増加している。特に、工業と人口の両面で超大国である、中国、インド、アメリカの水不足が深刻化する兆候が明白に現れており、将来の危機がこのままでは不可避である。

 ローマクラブ報告から半世紀を経た今日、「成長の限界」は「限界の成長」へと転化した。この構造的な課題への挑戦が「ポスト・コロナの社会」の主要な課題となっている。低成長時代にはそれにふさわしい経済思想が必要になる。そして、それにふさわしいライフスタイルと価値観の転換も求められる。

 (姫路独協大学名誉教授、元国際郵便電信電話労連東京事務所長)

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