■ 【書評】

「戦争依存症国家アメリカと日本」吉田健正著 高文研刊 1500円

  • 根拠のない「沖縄基地問題で日米関係に危機」説-- 吉沢 弘久
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  本書は、題名から想像されるような国家アメリカの性格分析や日米関係につい
ての本質的解明論ではない。
 
  沖縄の普天間基地移設問題に関って米国側の深刻な財政事情、米国の世界規模
の軍事戦略と在日米軍・米軍基地の位置づけ、とくに在沖海兵隊の「抑止力」の
現状とグアム移転の背景、米国政府の代弁者の意見のみを報じて「日米同盟の重
要性」の世論作りをしている日本の主要メデイア(沖縄タイムス、琉球新報など
沖縄のメデイアを除く)、

 公表・実施中の米軍事戦略の変革、日米間の交渉と結論、米国世界軍事戦略の
変更とグアムのハム基地化の実態を取上げ、それらに関するメデイアや関係専門
家等の記事発言、関係する統計などの「客観的事実と信頼できる記録に即し
て」(本書あとがき)書かれた在沖海兵隊のグアム移転計画の現状報告と日本政
府とメデイアへの痛切な批判書である。

 著者が今年の2月に、メデイアが触れなかった米軍作成の米軍「グアム統合計
画」実施のためのグアム「環境影響評価案」(昨年11月公表)を国民に知らせる
必要があると考え緊急に出版した「米軍のグアム統合計画-沖縄のグアムに行く
」(高文研)に引続き、この評価案が最終決定となり実践に移されつつある現実
が、メデイアの「遅れ」ばかりを報じているのに反し進行していることの報告書
でもある。
 
  本書は、まず「Ⅰ 米国で沸き起こる軍事費削減の声」を採り上げる。2010年
1月にオバマ大統領が景気回復の観点から連邦政府歳出の3年間凍結を提唱した
が、軍事と国土安全保障の予算は、年々増え続けている。民主党の大物バー
ニー・フランク下院議員(下院金融委員長・斎藤勁議員が7月訪米の際に会見し
た)をはじめ共和党議員にも「軍事費大幅削減」を主張する声が大きくなって来た。

 ゲーツ国防長官やマイク・マレン統合参謀本部議長も「国家の最大の脅威は国
の債務だ」として軍事費膨張に警告を発している。『貧困大国』の進行が深刻だ
からである。しかしこんな声にも拘らず、軍需産業の圧力をとめ切れない、アメ
リカの現実が語られている.
 
  「Ⅱ 軍事超大国の実態」で著者は、普天間基地・在沖海兵隊移転計画が起き
たアメリカの世界的軍事態勢変革(トランスフォーメーション)について述べる。
世界各国の軍事費総額の43%を占めるアメリカは、冷戦終結時には下がった軍
事費を2001年の同時テロ以降右肩上がりに逆転させ08年には7000億ドルと史上最
高になり増加をその後も続けている。

 在日米軍が所属するハワイに司令部を置く太平洋統合軍は、北は北極海から南
は南極海までの地球表面の約半分、中国、台湾、韓国、北朝鮮など東アジアやイ
ンド、インドネシア、太平洋島嶼国の36カ国世界人口の半数の地域・海域を担当
しているが、2000年の同時テロ以降、太平洋地域も「殺人兵器を分散できるなら
ず者集団・過激派集団の脅威に対応できる」ように変革しようとしている。

 2005年に日米両政府が調印した「日米同盟:未来のための変革と合意」(ATAR
A)は、この変革の一環のもとに行われたことは言うまでもなく、「日米同盟」
が「『地域及び世界』における『共通の戦略目標』を果たすための2国間協力と
なり、対象範囲が日本と周辺地域から世界全体に拡大させた、日米安保体制の国
民には気づかせないように行おうとする重大な変更・変質の「合意」であること
を、著者は強く指摘している。
 
  「Ⅲ 米国政府の代弁者たちと大メデイア」では、日本のメデイアが、「軍事
費膨張の影でアメリカ国民生活が脅かされていることや、米国における沖縄報道
や、沖縄基地解決を呼びかけるさまざまな団体の動きを伝えない」で、「日米(
軍事)同盟や在沖米軍の重要性を強調する米国の『知日派』の意見だけを伝える
」と指摘する。
  『知日派』とは、寺島実郎(三井物産戦略研究所)が「日米安保で飯を食べて
いる人たち」と言ったブッシュ政権下のアーミテージ元国務長官、
マイケル・グリーン戦略国際問題研究所上級顧問、トーマス・シーファー元駐日
大使、96年に日米特別行動委員会(SACO)報告に携わったカート・キャンベル元
アジア太平洋国防副次官補らである。

 また、日本のメデイアは、「普天間基地移転先は作戦上からグアムは考えられ
ない」(読売新聞)、「日本の安全保障を『深化』させるため日米合意を遵守せ
よ。」(読売新聞)、「中国を国際主義的な世界秩序に組み込むため・・抑止力
維持に向けての日本の役割、沖縄の海兵隊の使命と役割の再定義が必要」(朝日
新聞)、「給油の継続といち早い普天間基地移設の実現ができなければ、日米同
盟は緊急事態に対応できなくなる」(日本経済新聞)。

 「沖縄に駐留する海兵隊は自己完結型の軍隊で・・他の軍隊の協力を受けずに
活動できるので日本は安全」(NHK)などの意見・記事を掲載して『知日派』と
一体になって「同盟進化」の重要性を説きながら、沖縄のメデイアが毎日、毎週
報道している在沖米軍基地のマイナス面―米兵の事件・事故、米軍機の事故の危
険性や騒音、演習中の被弾事故、普天間基地の移転問題、汚染―や、県民生活よ
りも米軍を優先する日米地位協定と日本政府の対応に関する記事はまったくと言
ってよいほど無視している。

 著者は、これらの事実や、沖縄の米軍基地に関する世論調査でも全国対象のも
のと沖縄県民対象のものとの結果の著しい違いがあることを示し、沖縄と本土の
「温度差」が広がりを「日本本土による沖縄差別」と指摘している。その上で、
4月25日の沖縄県民大会がロイター、AP、AFP、共同(英文)で世界中に伝えられ
たことや北米の市民団体「沖縄ネットワーク」の活動や「日本国民への連帯メッ
セージ」を発表した民主党下院議員などを紹介している。
 
  「Ⅳ 在沖海兵隊は本当に抑止力なのか?」では、2009年には在沖米軍2万461
1人のうち海兵隊が1万4958人で陸軍1761人、海軍1217人、空軍6676人を大きく上
回る在沖米軍の中心となっているが、海兵隊は、はじめから日本防衛の『抑止力
』として戦略的に置かれたわけでもなければ、日本政府が重点配備を要請した事
実もない、という歴史が述べられる。

 海兵隊は侵攻部隊であり、在沖海兵隊は三つのアメリカ海兵隊のうち唯一の海
外配備の遠征軍で、太平洋地域全体の非常事態に即応する前方展開軍で、海兵隊
の性格から見ても、日本防衛が主要任務ではない。

 しかも、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク攻撃の際も、空軍による空爆と海軍
による艦砲射撃が最初であり、海兵隊が最初に駆けつけるという戦術は採られた
験しがない。さらに、兵器のハイテク化により北朝鮮、中国、イランなどの動き
は事前の察知できるし、イラク、アフガニスタンで使われているような無人爆撃
機など最新のハイテク兵器が他の国の軍事行動を抑制する「抑止力」となってお
り、「海兵隊抑止力論」は時代錯誤である、と著者は指摘する。

 そして、「在沖海兵隊は第2次大戦の遺物」として在沖駐留不要論を説いたフ
ランク下院金融委員長やジョージ・パッカード米日財団理事長、米国のシンクタ
ンクのプログラム・デイレクターを勤めるカール・ベイカー、マイク・モチヅキ
ジョージタウン大学準教授、チャルマール・ジョンソン日本政策研究所長などを
紹介している。

 つづいて著者は、普天間基地が世界一危険な基地であることを述べ、2004年8
月の沖縄国際大学の大型ヘリ墜落事故に際して米軍が民間地の現場を封鎖し日本
の警察官や行政官をシャットアウトした事実、人口密集地の低空飛行を規制する
航空法や航空機騒音防止法も米軍のは適用されない現実が、日米地位協定の本質
を表しており、米国内であればこんな危険な状態の空軍基地はすぐに廃止となる
と説明している。著者はこれらの事実を紹介して「日本の政府・軍事専門家・
メデイアはなぜ沖縄にこだわるのか」と問いかけている。

 「Ⅴ 在沖海兵隊グアム移転 その戦略的背景と現状」では、在沖海兵隊のグ
アム移転計画は、日米間の交渉の産物ではなく、アジア太平洋地域の米軍再編計
画から出てきたものであると指摘する。さらに、グアムの基地整備や新施設建設
の費用を日本がアメリカより多い6000~7000億円を負担し、加えて辺野古新基地
建設には1兆円近くかかる2006年の日米合意「ロードマップ」は多くの問題点を
含んでいるが、国内での議論がほとんどなしに再確認してしまった(2010年5月
の日米合意)。

 グアムは、アメリカの世界軍事戦略のアジア太平洋地域のハブ基地として、条
件的にも地理的に最も適している。日米両政府は、06年のグアム移転合意を受
け、グアムのハブ基地化に必要な費用を09年、10年度予算に計上している。

 そして2009年11月に米海軍施設本部が公表した環境影響評価(アセスメント)
案は、グアム政府、グアム住民、連邦政府機関などの意見を汲み入れ多少の再検
討事項を残し最初と大筋変わらない最終決定で、この9月末には基地建設工事が
始まる。日本からインフラ整備に充てる日本政策金融公庫からの出資もあるが、
それに対するアメリカの増額要求やアメリカの返済計画のないままの協定があっ
て計画は進行中である事実も指摘される。

 「建設ペースの調整」と「軍隊移転速度の緩和」により、急激なグアムの人口
増を避けるための完了予定の遅れの計画を、日本のメデイアはあたかも日本の所
為かのごとく報じている。

 日本が米国より多く負担する海兵隊移転費の行方を一切検証しないし、融資の
返済計画がつくれないことや不条理な負担増要求について疑問を呈することもし
ない日本のメデイアに著者は強い憤りを表し、「米国が自国の策定した世界戦略
のもとづいて字国領のグアムに拠点基地を建設するのに、他国の日本が米国以上
の資金を支出することのおかしさを問うたメデイアもなかった」と著者は述べ、
「日本の主要メデイアは、いったい、どこへ顔を向けているのだろうか。

 これでは日米同盟は米国の意のままに漂流するばかりである」と鋭く追及して
いる。 この書を読んで私自身も、著者とともに政府とメデイアに対する憤りが
新たになってきた。

              (伊達判決を生かす会事務局長)

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