【コラム】
酔生夢死

「戦狼外交」

岡田 充

 尖閣諸島(中国名、釣魚島)で、中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する事件が起きてから9月7日でまる10年。当時は、この漁船の行動を「中国のスパイ工作船」「実効支配強化が目的」などとまことしやかに報じられたが、実は「酔っ払い船長」による「偶発事件」だった。

 10年後の今年も中国公船活動について、居丈高な外交を意味する「戦狼外交」と決めつける言説が流行している。しかし、米中の戦略対立が激化する中で、中国は日中関係を重視しており、「戦狼外交」とみるのは実相を見誤らせる「ミスリード」である。
 「戦狼外交」とは、もちろん中国当局が自称しているわけではない。中国軍の特殊部隊の活動を描いた中国アクション映画「戦狼」(Wolf Warrior)がその由来とされる。習近平政権登場(2012年)以来の中国の「高圧的な外交」の代名詞としてすっかり定着した。

 日本ではこの春、中国公船が日本の漁船を追いかけまわしたとして、「強硬姿勢」の見本のように伝えられたが、中国からすれば、そんな見立ては全くの「心外」。事実、コロナ禍を理由に習近平・国家主席の国賓訪問延期が決まった後の対日姿勢は、「強硬」には程遠い「気遣い」が感じられる。

 「気遣い」の例を挙げる。第1は、尖閣周辺での禁漁が解禁された8月16日以降、中国漁船が尖閣領海に入る動きは一切見せていない。2018年8月には200隻近い中国漁船が押し寄せたことがあったが、今年は中国当局の「抑え」が効いているのだ。日本政府は、大量の中国漁船の「領海侵入」が懸念されると警告してきたが、全くの「空振り」に終った。

 第2は、次期駐中国大使として日本政府が中国にアグレマン(同意)を求めた垂秀夫・前外務省官房長に、中国が同意を出した。中国モンゴル課長や駐中国公使を務めた垂氏は台湾と太い人脈がある上、高い情報収集能力を中国側が警戒し「同意しないかも」という観測も。
 大使人事については相手国のアグレマンが出てから報道するのが通例。日本政府筋が事前にリークし、「嫌がる」とみられた中国側の反応を探ろうとしたようだ。中国の同意もまた対日関係を冷却させないようとの配慮を感じさせる。

 第3は「戦狼外交官」のニックネームで呼ばれる中国外務省の趙立堅・副報道局長が、安倍晋三首相の退陣表明の翌8月29日に、異例の談話を発表した。談話は、日中関係の推進で両国が合意に達したとし「安倍首相がそのために行った重要な努力を積極的に評価し、迅速な(健康)回復を願っている」」とねぎらった。

 中国は、習氏の国賓訪日が白紙にならない限り、「ポスト安倍」政権でも、対日重視政策を継続するはずだ。「ミスリード」から対応を誤る危険だけは避けたい。

画像の説明

  「戦狼外交官」趙立堅氏~中国外交部HP

 (共同通信客員論説委員)

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