【コラム】
風と土のカルテ(72)

「新冠病毒」とインフォームド・コンセント

色平 哲郎

 4月半ば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に対する緊急事態宣言が全国に拡大された。日々、感染者、死亡者ともに増え、様々な情報が氾濫している。

 言うまでもなく、医療の現場は、どのような疾病であれ、時の流れとともに変化が生じ、それに対応して治療法も変わる。昨日決めた方針が、今日の患者さんの容体に応じて修正されることは珍しくない。極論すれば「診療とは変化の連続」である。今回の COVID-19への政府の対応も、1月の国内第1号患者の発生から2月のクルーズ船内の感染まん延、安倍首相の全国一斉休校要請、3月の東京五輪1年延期の発表、そして4月の緊急事態宣言と、折々に変化してきた。
 変化自体は必然だろう。問題は、変化に関して、国民へのインフォームド・コンセント(説明と納得)が成立していないことだ。

 事態が深刻になるにつれ、政府は国民に活動の自粛を促し、事業者へ休業を要請し、強い「痛み」を求めるようになった。当然、痛みを強いられる側は、いつまで痛みに耐えなければならないのか、痛みをどう和らげてくれるのか、仕事を失っても生活が続けられる保証はあるのか、といった切羽詰まった状況に追い込まれる。
 ところが、痛みの解消に向けた切実なメッセージが政府からなかなか伝わってこない。「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」の補正予算を見ても、今、国民が直面する困難を乗り越えるためのお金の投じ方とは思えない。

 例えば、新型コロナ収束後の観光、飲食、イベント需要などの喚起を目的としたと「GoToキャンペーン(仮称)」に1.6兆円かけるという。このキャンペーンでは、観光の場合、旅行業者などを経由して期間中の旅行商品を購入すると、代金の半分相当のクーポンなどが付与されるらしい。インバウンドの落ち込みを「V字回復」させる秘策のようだが、困っているのは旅行や飲食関連の業界だけではないのだ。

●際立つ「共生型」の女性リーダー

 今、国費は、生命を守ることを最優先に投じてほしい。休業や解雇で明日の生活がどうなるか分からず精神的にも肉体的にも追い込まれている人たちを救う、東京を筆頭に医療崩壊が起きている現場に一刻も早く個人防護具を行き渡らせ、医療従事者の「院内感染」リスクを低減させる、感染者の増加を見越したPCR検査の拡大、軽症者用のホテルその他の施設の確保、感染状況のモニタリングに投じる、そして幸運にもいったん収束したとしても、来るべきパンデミック第2波に備え人材と資材、設備確保のために投じる──。そうした対策が急がれる。国民の大多数が見えない血を流している。それを止めることが先決だ。

 世界の指導者を見渡すと、国民とのインフォームド・コンセントがうまくいっているのは、女性リーダーたちのようだ。ドイツのメルケル首相のメッセージは、感動を呼んだ。一部の国境閉鎖という強硬措置についても、「旅行や移動の自由を苦労して勝ち取った私のような者にとって、こうした制限は絶対に必要な場合にだけ正当化されます」と述べた(毎日新聞、4月10日)。

 牧師だった父の転勤で、生後間もなく旧東ドイツに移住し、移動を含む様々な自由が制限された中で育ったメルケル首相ならではのスピーチに、ドイツ国民は真摯に耳を傾けた。

 台湾の蔡英文総統は、早期に中国からの入境を制限し、感染を抑えた。4月1日には、英語で「地球市民」という言葉を使い、台湾が自らの役割を果たす準備ができていることを明言した上で、余剰マスクやその他の必需品を「新冠病毒」(新型コロナウイルス)の打撃を受けている同盟諸国の医療従事者たちに寄付する方針を示した。

 メルケル首相、蔡英文総統のスピーチは、いずれも国民の強い支持を集めているという。COVID-19は、新しい共生型の女性リーダーを引き上げている。

 (長野県佐久総合病院医師・『オルタ広場』編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2020年4月29日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/202004/565317.html

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