■ 年頭提言

「日本沈没を防ぐ」年               久保  孝雄

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 昨年のこの欄で、「今年は世界も日本も"大いなる転換の年"になるだろう」と
書いた。事実、国際情勢には大転換が起こり、今も進行中だ。しかし、国内情勢
は大転換への機が熟しているにもかかわらず転換しきれず、閉塞感が深まり、政
治的自壊作用さえ起き始めている。ブッシュに変えて、史上初の黒人大統領を選
んだアメリカ社会のダイナミズムに比べ、日本の転換能力の低さに改めてため息
が出る。


◇◆構造転換する世界


 世界構造の大転換は、何よりもパクスアメリカーナ=アメリカ一極支配が終わ
ったことに現れている。それはまず軍事的覇権が崩壊したことだ。世界の軍事費
の半分を占める比類なき軍事力で世界を威圧してきたアメリカは、アフガニスタ
ン、イラクへの大義なき戦争を6年も続け、莫大な犠牲と災厄をもたらしながら
、いずれも「勝利」できないまま戦争仕掛け人のブッシュはまもなく退陣する。

 昨年9月16日、国連議長に就任したニカラグア代表は「アメリカは戦争中毒の
国だ・・・イラクで120万人も殺している」と激しくアメリカを糾弾し、アラ
ブ、中南米に高まる反米感情を代弁していた。アメリカはアフガニスタンでタリ
バンの抵抗に手を焼き、パキスタンへ越境攻撃したが、多数の民間人を殺傷した
ためパキスタンの反米感情をかき立ててしまった。さらにイラクから兵力を削減
し、アフガニスタンに増強しようとしているが、現地の英軍司令官は「われわれ
はタリバンに勝てない。交渉に移るべきだ」と言っているし、アフガン派遣を命
じられたフランス軍基地では命令拒否が起きるなど、アフガニスタン戦略も行き
詰まってきた。

 さらに、アメリカが世界中で推し進めてきた新自由主義=市場原理主義が本国
アメリカで破綻してしまった。一昨年のサブプライムローン問題に端を発したア
メリカの金融危機は、昨年はさらに拡大し、ウオール街の主要な金融機関が相次
いで破たんの危機に瀕し、金融恐慌の様相を呈してきた。危機は実体経済にも波
及し、アメリカ産業の象徴であるビッグスリーの経営危機が破たん寸前にまでき
ている。アメリカ発の金融パニックは世界に飛び火し、世界同時不況を引き起こ
している。シラク仏前大統領顧問のエマニュエル・トッドは「米国の腐りきった
金融業界は、世界中に何の価値もない証券を売りまくった。人類史上これに匹敵
するひどい詐欺があっただろうか」と述べている。


◇◆世界は脱アメリカ、脱新自由主義の時代へ


 ドイツの蔵相は昨年9月25日の議会証言で「今回の金融危機によって、アメ
リカは超大国の地位を失った。アジアと欧州に新しい極が台頭する。アメリカが
元の地位に戻ることはない」と言明し、サルコジ・フランス大統領も「ドルは基
軸通貨に値しなくなった」と述べ、新しい国際通貨体制の創出に言及している。
  パクスアメリカーナの崩壊は、いかに強大な軍事力をもってしても、テロは無
くせないし、国際紛争解決の手段にはなり得ないこと、新自由主義=市場原理主
義は資本主義の暴走を招き、経済と社会に破壊的打撃を与え、資本主義の命とり
にさえなりかねないことを示した。

 こうして、新しい年の世界は脱アメリカ、脱新自由主義の時代を迎える。洞爺
湖サミットにBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)が招かれ、金融サミッ
トがG20で開催されたように、今やアメリカが世界の中心ではなくなったばか
りか、G中心の時代でもなくなってきた。世界はG7からG20の時代に移り
つつあるのだ。ドイツ蔵相は「アジアと欧州に新しい極が台頭する」と予測して
いるが、脱アメリカの世界はEU、BRICs、USAなどに多極化していくことになる

 日本は多極化する世界で、どうやって存在感を示していくのか。あと数年で
「アジアNo.1、世界No.2」の地位は日本から中国に移る。折からの経済危機
の中で、セーフティネットをぶっ壊した小泉改革がもたらした社会の荒廃が広
がっている。世界が激しく構造転換を遂げ、日本社会が崩壊の危機にあると
き、世界認識も、時代認識も浅薄なリーダーシップの下では、日本は確実に存
在感を失って沈没してしまう。「日本沈没」をどう防ぐのか、今年私たちは正
念場に立つ。
    (この稿は久保氏が理事長の参加型システム研究所機関誌新年号に
     載る予定の原稿を転載させていただきました。)
        (筆者はNPO法人・参加型システム研究所理事長)

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