【新刊紹介】

「満蒙開拓民」の悲劇を越えて

初岡 昌一郎

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          大類善啓編著
          批評社(2024年6月)

 あらゆる戦争は無残で理不尽な死を想像を絶する形とスケールでもたらす。近代戦争が兵士間の戦闘を遥かに超えて国民全体を動員する総力戦になるにつれて、戦争は社会的経済的な犯罪の側面を拡大し、非戦闘員である一般市民の犠牲が飛躍的に増加した。一般市民の中でも、最大の犠牲者は自らを守ることのできない子ども、病弱者、高齢者、そして夫の不在により家庭責任を一身にになう女性などの社会的経済的な弱者であった。

 現在、ウクライナ戦争とイスラエルによるガザ侵攻に伴う一般市民の被っている犠牲と悲劇が大々的に報道されている。そのようなときに脚下照顧することは時宜を得ている。第二次世界大戦中の日本人にとって最大悲劇の一つでありながら、十分に解明されておらず、歴史の光をあまり照射してこられなかった満蒙開拓民の悲惨な犠牲について、関係者が真相の一端を語る報告が上梓されたことは意義深い。その表紙の帯書は、次のように本書の性格を雄弁に述べている。

 「開拓」という名によって、<新天地、満州>へ渡った人々が遭遇した悲惨は、飢えと寒さ、そして発疹チフスで死屍累々、白骨の山に象徴される。苦難を越えて生き延びた人々の貴重な現代史の証言集である。

 本書の優れているところはその「悲劇をこえて」、日本の不条理な満州侵略による多大な被害と犠牲にもかかわらず、被害者であった日中両国の草の根の人びとの中から、犠牲者の遺骨を集めて供養する動きが生まれ、それを「中国の日本人公墓」建設として結実させたことだ。
 敗戦後に示された新中国民衆の行為に助けられて、草の根から生まれた遺骨収集と供養墓の建設に、友好親善の視点から光を当てた本書は、日中関係がギクシャクし始めて、きな臭い匂いさえ漂いだした昨今、特に注目に値する。国際関係を政府間関係としてだけではなく、国境を超えた民衆レベルの目で捉え直し、日中関係を打開することが東アジアと世界全体の平和のために求められる今、本書が示唆していることはとても貴重だ。
 本書に詳述されている日本人公墓がハルピン市郊外の方正県に建設されたのを契機として、中国における日本人の加害と被害の実相を伝えるために、2005年に「方正友好交流の会」が設立された。編著者として本書の主要な部分を執筆している大類さんは、同会理事長として会報『星火方正』を編集してきた。この会報は「満州開拓民」の実相を追求する歴史的記録を毎号継続的に満載しており、貴重な文献である。
 大類さんはジャーナリストとして働き、のちにフリーライターとして独立した人で、達意なその文章は非常にこなれており、実に読みやすくポイントを描写している。彼には、日中関係をはじめ、エスペラント語史や趣味のタンゴなどの多様なテーマについて多数の著作があるが、なじみのないテーマや難解な問題を読者に納得的に理解させる彼の才能には、一読者として常に感服している。

(2024.7.20)
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