【コラム】中国単信(40)

「留学生30万人計画」実現のために

趙 慶春
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 かつて「留学生10万人計画」を提起したのは、中曽根首相(当時)だった。1983年のことで、今から36年前だった。この留学生とは送り出しではなく、受け入れ留学生であり、2000年までに10万人を目指していたが、目標達成は2003年で、当初の計画より3年遅れたことになる。

 達成が遅れた理由はいくつか考えられるが、最大の理由は入国管理面での規制緩和政策のブレだったと言えるだろう。つまりこの期間、入国に対する規制が緩和されたり、厳しくされたりと、その政策が一定せず、厳しくなれば当然、留学生数の伸びに影響したからである。

 そして現在は2008年に福田首相(当時)によって提起された「留学生30万人計画」が進められており、2020年での達成を目指している。独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の「平成27年度外国人留学生在籍状況調査結果」によると、2015年5月1日現在の留学生数はおよそ20万8千人である。前年比ではおよそ2万4千人、13%増となっている。
 この数字をどう見るか、意見が分れるところだろうが、JASSOの調査結果には以下のような報告も掲載されていて、なかなか興味深い。

  大学院          41,396人  1,417人( 3.5%)増
  大学(学部)       67,472人  1,607人( 2.4%)増
  準備教育課程       2,607人   410人(18.7%)増
  日本語教育機関    56,317人 11,347人(25.2%)増
  専修学校(専門課程) 38,654人  9,427人(32.3%)増

 留学生数は全般的に増加傾向を示している。ただ一般的に「外国人留学生」というと大学や大学院に入学した留学生だけを思い浮かべがちだが、そうでないことがわかる。それどころか大学院と大学(学部)へ入学した留学生の増加率はそれぞれわずか3.5%、2.4%に過ぎない。つまり留学生は前年度比、およそ2万4千人増加しているが、大学、大学院への入学者増は合計約3千人で、その他は別の教育機関への入学者である。

 このうち「準備教育課程」とは、日本の大学へ入学するには外国で学校教育として12年の教育課程を修了していることが要件となっているため、それを満たさない国からの留学生に対して、大学に入学するための準備教育を行う課程のことである。これを修了するとともに18歳に達していれば、大学入学資格が与えられる。ただ、この教育課程を修了した留学生すべてが大学を受験するとは限らないことは言うまでもないだろう。

 日本語教育機関とは、一般的には日本語学校と呼ばれるもので、日本語が不自由な外国人が1~2年間学ぶが、修了後は大学のほか、専門学校や日本での就職を選択する者もかなりの数に上る。専修学校とは、いわゆる専門学校で、留学生は大学への進学を選択しないのがほとんどで、日本での就職や帰国して学んだ知識を生かせる職業に就くことになる。

 このように、留学生イコール大学生乃至は大学院生ではない。筆者の経験からでも、海外で開催される、日本の大学紹介と入学説明会を兼ねる留学フェアなどでは、大学より専門学校や日本語学校のブースに長い列ができるのが珍しくない。日本語学校希望者は、まずは日本語学習から始めようと考えている若者たちであり、専門学校のブースに並ぶ留学希望者は、その多くが何を学びたいのか、非常に目的意識が明確である。
 たとえば日本へ行ってアニメや漫画を勉強したいという声を留学フェアで何度も耳にしたが、日本は文化的には世界に先駆けるアニメ、漫画大国なのに、この要望に応えられる大学はごく少数に留まる。むしろ専門学校に多いことを彼らは知っているのである。

 日本の大学総数は2015年現在、799校、そのうち約45%が定員割れを起こしていると言われている。しかも18歳人口は減り続け、1992年の205万人をピークに、ここ数年は120万人程度で、2018年からは再び減少し(2018年問題と言われている)、31年には100万人を割ると予測されている。
 それだけに日本の大学が留学生誘致に力を入れるのは当然とも言えるだろう。外国人留学生の確保は大学の経営を左右するほどになってきており、その重要さはさらに増していくはずである。そして現地の若者たちは、日本文化や日本語、さらに留学終了後の日本での就職に強い関心を持つため、留学フェアなどには非常に多くの留学希望者が参加してくる。日本への留学希望者が依然として増加傾向にあると言えるのである。

 ところが「留学生30万人計画」では、日本が世界に開かれた国として、人的交流の拡大を促すためにも留学生受け入れは重要とされているにもかかわらず、掛け声に比べて政府の具体的な方策となると、まだまだ積極性が欠けているように見える。また大学に限れば、留学生受け入れ対策は一部の大学を除いて、積極的、且つ大胆な方針を取っているところは少ないようである。たとえば日本政府は率先して大学や高等教育機関を積極的に海外へ進出させる施策は採ろうとせず、いわば〝あなた任せ〟のように見受けられる。
 アメリカなどは中国の留学生市場の大きさに目をつけて、アメリカの大学が積極的に中国へ進出している。学生募集や宣伝のための出張所どころか、中国の大学や関連組織と連携して単科大学や総合大学まで設置することも珍しくない。

 また中国に限って言えば、現地での日本語能力検定試験の人気は高い。ところが日本は人数制限を設けていて、受験できない人びとが入試開催都市で続出しているにもかかわらず、一向改善されていない。国外における日本語の裾野を広げ、海外で日本を発信する重要な基盤とするためにも、日本政府は希望する受験者は全員が受験できるように支援したらどうだろうか。受験者の人数制限には、おそらくコスト面や手続きなどでの問題があるはずだからである。

 日本語教育では日本語学校に〝あなた任せ〟状態にするのではなく、政府が海外での日本語教育に積極的に乗り出すべきだろう。わざわざ来日して日本語を学ぶより自国で学習する方が、経済的負担は格段に軽減されるうえ、現地での日本語、日本文化の理解者をより増やし、日本という国の発信力を向上させることにつながるはずだからである。そして忘れてならないのは、こうした戦略はアジアを中心に立てられるべきだろう。
 「留学生10万人計画」が進められていた期間とほぼ同じ、2005年までの約20年間に中国、韓国からの留学生数が18.6倍に伸びた事実、その後もこの2カ国が留学生数では上位を占め、最近では東南アジア諸国からの留学生がトップ10位までを占めるようになっている事実が、こうした戦略の正しさを示しているのではないだろうか。

 東南アジアからの留学生が増えてきているのは、日本への関心度の高まりとともに、経済的な発展と、高等教育への要求が増え、留学経験が就職に有利といった理由が考えられる。日本政府にとってもチャンス到来と言えるだろう。世界中で中国語教育を展開している「孔子学院」に倣えと言うつもりはないが、海外で大規模な日本語教育を展開するとなれば、どうしても一国の政府が中心となって、推進や支援をすることが必須となる。

 日本語教育だけでなく、国による海外文化事業助成もさらに積極的に進める必要がある。文化的な出版への助成、日本の芸術・芸能を世界に向けて発信すること、国外からの日本企業へのインターンシップ生受け入れ助成、人的交流、イベントの推進支援、そして何よりも留学生増を促すには国費留学生だけでなく私費留学生への奨学金支援制度の拡充が必要である。

 そしてもう一つ留学生増を促す要因は、すでに述べたように入国管理面での規制緩和策をどれだけ推進できるかにかかっている。日本の大学はアメリカなどの大学と異なって、留学生は事前に奨学金を確保して来日できるのはごく少数である。これだけでもかなり競争力が落ちる。こうした状況に対抗できる有効手段となれば、来日手続きの簡素化や日本での生活面での安全性などだろう。

 すでに「留学生10万人計画」で入国管理面での規制緩和が有効であったことは実証済みであり、この面での政府主導の取り組みが是非とも必要である。確かに規制緩和は不法入国・不法滞在防止のためには慎重に行わなければならないが、留学生に限って、大学と連携し共同管理で入国後のフォローシステムさえ確立できれば、更なる規制緩和、簡素化は可能である。

 最後に、現在の大学教育システムを大胆に変えることになるが、留学生を含む学生の単位取得の大幅な自由化を提案したい。たとえば大学と専門学校との連携による単位取得の仕組みである。これはすでに文科省が認めているのだが、実際にはあまり活用されていないのが現状である。もちろん大学間での単位互換制度も実施されているが、これも活発とは言えないのが現状だろう。理由は物理的に履修しにくいという理由が大きいと考えられるが、留学生に限ってはかなり大胆に有効活用できると見ている。

 たとえばA大学の専門科目に惹かれて入学したが、B大学の教養科目を履修したい。あるいはC大学の一部の科目が魅力的、さらにD大学のある科目が有名でどれも履修したいという欲張りな希望を実現させる履修方法を、大学間で取り決めたらどうだろうか。つまり留学生に限るのだが、大学の枠を取り外して、いくつもの大学の授業を自由に履修できるようにする。留学生は履修した科目と単位数に応じて、受講料を受講した大学に支払う。卒業証書は履修科目数と科目名と大学名を明記した上で、籍を置いている大学名で与える。
 さらに早期卒業も認めると同時に単位積み立て方式を採用し、修業年限を定めず、学習機会を自由化するといった柔軟な対応が可能となれば、外国人社会人には大変魅力的な留学方式になるのではないだろうか。

 このような制度改革がすぐに実現するとは思わないが、大学淘汰時代を迎えようとしている日本にとって、留学生誘致はすでに個々の大学のレベルを超え、国の課題になっていると言える。官民共同で積極的に取組まなければならない時期がもうそこまできている。

 (女子大学教員)


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