【コラム】風と土のカルテ(104)

「社会を癒す」政策の貴重なモデル

色平 哲郎

 激動の2022年が幕を閉じ、新たな年が始まろうとしている。
 ロシアのウクライナ侵攻、安倍元首相銃撃事件、急激な円安に物価高と22年は激しく揺れた。
 医療界では、やはりコロナ禍だ。
 春先の第6波で感染力の強いオミクロン株がまん延し、やや弱毒化したとはいえ、
2月22日には1日の死亡者数が277人を記録した(厚生労働省サイトによる)。
いったん感染は収まったかに見えたが、夏の第7波で急拡大。
9月2日には死亡者数が347人まで増えた。

そして第8波が拡大している現在、報道によると12月27日の死者数は438人となり
過去最多を更新した。
医療現場のひっ迫は避けようがない雲行きだ。

この危機的状況に対し、政府有識者会議・新型コロナウイルス感染症対策分科会の
尾身茂会長は
「今は基本的には社会を少しずつ回そうということですよね。
感染抑制だけを目的にするという時代も過ぎましたよね。
(今までの知見を)十分活用して自主的に努力してください」
(12月9日)とコメントした旨、報じられている。
経済活動の維持を含めて社会全体でコロナ禍にどう対処するか。
「社会を癒す」という大きな観点での対策が急務だ。

子どもを核としたまちづくり

この「社会を癒す」視点で国内の取り組みを眺めると、目を引く自治体がある。
人口約30万人の兵庫県明石市だ。
同市の泉房穂市長は、10月に市会議員に対して
「問責決議案なんて出しやがって。選挙で落としてやる」と発言し、
その責任を取り、23年4月の任期満了をもって、今後は選挙に立たないと表明した。

首長の暴言は許されない。
 しかし、泉市長の市政における実績は群を抜いている。
まず、「子どもを応援しない国に未来はない」という信念のもと、
独自の「5つの無料化 (医療費を高校3年生まで全員、保育料は第2子以降の全員、
オムツは満1歳まで宅配、中学生の給食費、公共施設の利用料)」を実践。
子育て世代が明石に移り住み、同市は10年連続人口増、市税は8年連続アップ、
2010年に1.48だった合計特殊出生率が2020年は1.62に上昇、来街者は7割増(2015から2018年)と、経済の好循環が生じている。
子ども医療費の無料化は、明石市から近隣の自治体に広がった。

 泉市長はコロナ対策も迅速だった。
 第1波が広がり始めた2020年4月、市長は、商店街 や市内各所を歩き回って
市民の苦しみを聞き取り、多くの権限を持つ国よりも早く、生活支援策を打ち出した。

 個人商店には上限100万円の家賃の緊急支援、ひとり親家庭には児童扶養手当に合わせて5万円×2回を支給、高校進学奨学金は給付型として66万円、赤ちゃん応援で10万円の給付、こども食堂からのテイクアウト・デリバリーの支援、学費が払えない学生には上限100万円の緊急支援と、4月以降矢継ぎ早に手を打っている。

 こうした緊急支援が可能なのは、市の財政が安定しているからだ。
土木関連の公共事業費を大幅に削り、市民生活を中心とした部門に付け替えた。
市の貯金ともいえる基金(財政、減債、特別会計等財政健全化基金)残高は、
2012年度の70億円から21年度には121億円に増えている。

 「権限はなくても責任を果たす」と泉市長は標榜し、医療体制も強化した。
 病床は市民病院をフル稼働させ、民間病院の協力を得て6倍に増やす。
市の担当職員も5倍程度に増やしている。

 泉市長が築いた「明石モデル」は、ほかの自治体でも真似できるだろう。
 日本が少子高齢化と経済の長期停滞の長いトンネルから抜け出すためのモデルではなかろうか。
 子どもを核としたまちづくりに日本の未来が託されている。

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2022年12月29日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/202212/577994.html

(2023.1.20)
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