【北から南から】中国・深セン便り

『ショートショート・5』

佐藤 美和子


◇ 3月初旬のことです。実家の母との電話中、
 「ねぇ、春節ってまだ終わってないの?」
と訊ねられました。2015年の春節休暇は、大晦日にあたる2月18日から24日までの7連休ですので、3月に入ったその頃は当然、春節気分ももうすっかり抜け落ちた頃です。もちろん終わっているけど、どうかした?と訊ね返すと、
 「週末に関東方面へ旅行してきたんだけど、どこに行ってもびっくりするくらい中国人観光客だらけでね。でも春節休暇が終わっているのなら、平日なのに、なんであんなに沢山の人が海外旅行に出かけて来られるの?」

 うーん、なんでだろう? 私自身よくわからなかったので、中国人の友人たちに質問してみました。
 「あぁ、その人たちの大半は、まぁ公務員でしょうね。あの人たちは、日本のまじめな公務員とは色々と違うから……」

 アッサリ答えがわかりました。どうやら中国の公務員、一般企業勤めと違って自由に休暇が取れちゃうようです。しかし、その回答の言外に、中国の一般市民が自国の公務員をどういう目で見ているのかがひしひしと伝わってきて、勉強になりました(笑)。

◇ 中国人の友人とチャットをしているとき、この日本語の意味を教えてくれないかと、日本語の文章が書かれた写真を送信してきました。

 『現在、多くのお客様よりご予約のお電話を頂いており、お電話が大変つながりにくい状況となっております。多くのお客様にご迷惑をお掛けいたしますことを、お詫び申し上げます。今後とも変わらぬご愛顧を賜りますよう、お願い申し上げます』

 大意を中国語に訳してチャットで返信し、ところでこれって何なの?と訊ねました。
 曰く、彼女の友人が近く子連れで日本旅行に行く予定なのだが、子どもにいろいろ経験させるため、ミシュランガイドで星を取ったお寿司屋さんに予約を入れようとして、この文言にぶちあたったらしいとのことでした。

 それってもしや……とネット検索してみると、ビンゴ! 昨年、安倍首相がオバマ大統領を招待したというミシュラン三ツ星のお寿司屋さんのホームページに、一言一句違わない同じ文章がありました。

 日本でも当時、首相の寿司屋接待のことは随分話題になっていたようですが、こちら中国でもオバマさんはお寿司を残したらしいだの、超高級寿司店で馴染み客には外国人セレブも多いようだとか、かなり熱心に取り沙汰されていました。そのお寿司屋さんについての情報もネットに詳しく流れたため、以来、中国人客が殺到するようになったと聞いています。お寿司が好きで味わってみたいというより、オバマ大統領が食べたというあの店の寿司を食べてみたい!という感じですね。中国人も、案外ミーハーだなぁ(笑)。

 ところで安倍首相はというと、いつどこで何をしても、その言動は逐一中国の報道機関やネット民による激しい批判の対象となっています。ネットというツールが発達したせいもあるでしょうが、同じく中国人から常に槍玉に挙げられていた小泉元首相より、非難や中傷はいっそう過激化しているように感じます。

 別に安倍首相をかばう訳ではないのですが、
「オバマさんも食べただろうけど、でも安倍さんも一緒にそのお寿司を食べたんだよ? あなた達が大嫌いな安倍さんと同じお寿司を食べることになるのは、構わないの?」と、すごーくツッコんでみたいのをこらえ、高級レストランは子どもお断りの店もあるから、一応確認したほうがいいよ……とだけアドバイスしておきました。

 そうそう、子どもに経験させるためと言えば。
 子どもを中国の現地校に通わせている人から聞いたのですが、一部の学校では長期休暇中の海外旅行ブーム、どんどん過熱化しているのだそうです。休暇明けの宿題に、どんな風に休暇をすごしたか作文を書かせる教師が多く、海外旅行体験について書いた子どもたちばかりが高得点をつけてもらっているんですって。学校への寄付金や担任への付け届けを期待して、保護者の経済力を推し量るために、わざとそんな宿題を出す教師もいるんだとか。

 そして子どもたちに作文を発表させたり、掲示板に貼ったりするものだから、クラスの誰がどの国へ行ったかが周知されることになり、海外旅行に行かないとうちが貧乏だと思われて恥ずかしい! 作文が書けない! 国内旅行くらいじゃ、先生に良い点がもらえない! などと、親は休暇のたびに子どもに泣き付かれる事態に発展しているんですって。

 子どもに泣き付かれた保護者たちは、わが子一人が学校で恥をかいては大変と、無理をしてでも海外旅行へ連れて行く羽目に……。

 我々日本人だって、「友達みんな夏休みに旅行行ってるんだよ、うちも行こうよー!」などと親にねだった経験のある人は多いはずです。しかし、みんなとは誰と誰なのかと問い詰められて、結局一人か二人しか挙げられなかったり、もしくは「うちはうち! よそはよそ!」であっさり撃沈するのがオチですよね。
 ところがここ中国では、本当に「みんな行ってるよ!」→「よしきた、わが家も行こう、遅れてはならじ!」となってしまうようで……うーん、色々とすごい国だ。

 ちなみに、この話を教えてくれた知人宅では毎年夏休みに日本へ帰省するので、それが一種の海外旅行と看做されているのか、中国人保護者たちの海外旅行競争には巻き込まれずに済んでいるそうです。

◇ ある冬の寒い日に中国人の友人宅でトイレを借りたところ、ウォシュレットが設置されていました。ウォシュレット付きのトイレを久しぶりに使ったけれど、冬場は便座が温かいのってやっぱりいいねぇ、お尻が冷たさにびっくりしないもの。と友人に言うと、
 「あら、タオバオ(淘宝網。中国最大のショッピングウェブサイト)で、けっこう安く売ってるわよ。安いのだと、300元台(現在のレートで6000円弱)からあるし」

 ところがそれを聞いていたもう一人の中国人の友人が、即座にこう切り捨てました。
 「駄目よ! 欲しいなら、日本に一時帰国したときにでも買ってきなさい。安い中国製だと、火を噴くわよ!」

 そういえば、そんなニュースがありました。漏電が原因なのか、便座がヒートアップしすぎて発火・爆発し、下の便器本体も割れたのだとか。その後も、某日系メーカーが部品の一部を日本製から中国製に切り替えたところ、接触不良による発火事故多発、という報道もありました。

 友人宅でそんな話をした数ヵ月後の春節期間中、中国人観光客が日本でウォシュレットを爆買い、というニュースを目にしました。ためしにタオバオのサイトを覗いてみると、安いものでは本当に300元台から、高いものだとなんと万とつくものまでありました。人気は2000元前後(約4万円弱)の価格帯のようです。つまり中国でだって、これだけメーカーも種類も豊富で、ネットショッピングで簡単に買えるのです。それでも、中国製を買っては駄目だと私に忠告した友人のように考える人が一定数いて、そんな人たちがわざわざ日本で買ってくるのでしょうね。

◇ 中国には関係のない話題ですが、ウォシュレットつながりで昔話を一つ。
私の実家、80年代中ごろから自宅にウォシュレットがありました。当時はまだ、個人宅に設置している家庭はさほど多くなかったように思います。

 ある時、わが家の訪問客の一人がこっそり告白してくれました。
 「お宅のお手洗い、ウォシュレットがついているでしょう? 実は使い方をよく知らなくて、この洗浄ってボタンは何かしら?と興味本位で押してみたら、ぴゅーっとお水が飛び出してきて……。便座に座っていなかったから、お水はまっすぐ伸びて、トイレの床やドアを水浸しにしちゃったの。慌ててトイレットペーパーで拭いてきたけれど、ごめんなさいね」

 そこでうちの両親、時々トイレの長いお客さんがいたことに、はたと気付いたそうです。もしかしたら他にも、水を飛ばしちゃってわが家でトイレ掃除をする羽目になった人がいたのかも?! すぐに、ウォシュレットを買ったときに付いていた使用説明のシールを、トイレの壁に貼りましたとさ(笑)。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)