『中国人、犬を飼う』           佐藤 美和子

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 最近、「中国もずいぶん変わったものだなぁ」と思った小さな出来事がありま
した。
 私は大の動物(哺乳類限定)好きなのですが、特に犬が大好き!中国に来てか
らも、飼いたくて飼いたくて仕方がないのですが、いつ本帰国する事になるかも
知れず、まして旅行や帰省するときだって困ってしまう・・・・・ということで、
泣く泣く指をくわえて我慢しています。
そこで、自分では飼えない代わりに、ときどき夜9時過ぎにマンションの敷地内
を散歩することにしています。というのも、ここ5年ほどで犬を飼う人が急激に
増えており、また夜行性人間の多い広東省ではそんな遅い時間に!涼みがてら、
犬の散歩をしているからなのです。

 ウチのマンションでは、やはり小さくて世話のしやすいチワワや中国原産のシ
ーズーが一番人気のようですが、ここ数年でそりゃもう犬の万国博覧会?!とい
うほど、多種多様の犬種が見かけられるようになってきました。100平米以下の
マンション暮らしなのに、レトリーバーやコリー、ボクサーといった大型犬を飼
っている人もいます。昔は、中国で愛玩犬といえばシーズーくらいしかいなかっ
たんですけどね~。

 で、私はいろんな犬の中でも、特に自分が実家で飼っていたミニチュア・シュ
ナウザーという、眉と髭がもしゃもしゃしたドイツ原産の犬に目が行ってしまい
ます。先日は色の濃淡がきれいな美人ミニシュナちゃんに出会い、側にいた飼い
主さん夫婦にお願いしてナデナデさせてもらいました。その飼い主さんともイヌ
話で盛り上がったのですが、中国人のペットに関する感覚が、以前とはものすご
く変わってるー!とひそかに驚きました。

 10年余り前、とある中国人家庭を初訪問したときのことです。そのお宅では、
シーズー犬を飼っていました。私はご挨拶もそこそこに大喜びでシーズーとじゃ
れ合っていたのですが、ふと気付くとシーズーと私、驚き顔の飼い主一家に取り
囲まれているのです。はじめは私も飼い主が何に驚いているのか理解できなかっ
たのですが、どうやら私に懐く飼い犬の様子を見てビックリしているらし
い???初対面の私に心を許してゴロンとひっくり返り、お腹を見せて甘えるそ
んな飼い犬のはしゃぎっぷり、初めて見たんだけど!いったい、あなたは何をど
うしたの?!と尋ねられました。

 当時、中国の都市部では犬を飼う事は厳しく制限されており、登録費などかな
りのお金を積まないと、許可が下りませんでした。なので、その頃はどちらかと
いうと動物が好き!というより、「犬を飼う=裕福な家庭にしかできない=お金
持ちのステイタス」、と考えるタイプの飼い主が多かったようです。しかも、『犬
の飼い方』なんて教則本も売っていません。そこのお宅でも、父親が政府関係の
役人で裕福だからと飼いはじめたはいいが、どういう風に世話してどう可愛がれ
ばいいのか、まったく知らなかったそうです。機械的にご飯を与えて散歩させる
だけでは、そりゃまぁ、それなりにしか懐いてくれませんよね・・・・・。

 ところが今では、もしかしたらウチのマンション内だけのことかもしれません
が、散歩中の飼い主同士で声を掛け合っておしゃべりしたり、犬の飼い方・しつ
け方情報を交換していたり、いろんな犬種について薀蓄を語り合ったりしている
んです。そのときはたまたま私たちのそばを白いモコモコ犬が通りがかったので
すが、それが「比熊狗=ビション・フリーゼ」という比較的珍しい犬種だと知っ
たほかの飼い主たち、うわー、比熊狗って初めて見たよ!一度触ってみたかった
んだー!などと、盛り上がっているんです。その比熊狗、ここ広東省ではイヌ一
倍モコモコの毛が暑くてかわいそうだからと、飼い主にはさみでジャキジャキに
毛を切られていて、かなり貧弱で見る影もなかったんんですが・・・・・まぁイ
ヌ本人が涼しければいいのかな?

 ちょっと前まで、中国では犬といえばほとんどシーズーだったためか、日本の
ようにさまざまな犬種名を知っている人は極めてまれでした。『動物奇想天外』
や、『ポチたま』なんて番組もありませんしね~(笑)。驚いた事に、自分の飼い
犬の犬種すら知らない人がいたり(実家だという農村家屋の写真を見せてもらっ
たら、パグ犬が写っていたのでペットかと尋ねると、え?そんな名前の犬なの?
知らなかったよ、ただ家の外庭で飼ってるだけだし~との返事でした・・・・・
これはこれで、瑣末な事にはこだわらない大物人物だなぁと思いますが)、マル
チーズのことを「食べてもお腹一杯にならない犬」と表現する人がいたりするほ
どなのです。これも私の知人のエピソードなのですが、きっとその人にとって犬
の区別とは、満腹になる=大型犬、腹八分目=中型犬、食べたりない=小型犬、
の3種類くらいしかないのでしょう・・・・・。それが今では、日本でもそれほ
ど有名ではないビション・フリーゼを知っているとは、驚きです。

 近頃では飼い犬を猫っ可愛いがり?するあまり、スーパーやデパートへの買い
物はモチロン、困った事にレストランにも平気でつれて入ってくる人が増えまし
た。犬好きな私ではありますが、レストランはさすがに不衛生なので、ちょっぴ
り眉をひそめてしまいます。

 もちろん、こうしたペットの飼い方・付き合い方の変化は、同じ中国でも都市
部と農村では全然違うと思います。特に深センを含む広東省は、もしかしたら
少々特殊な部類に入るかも知れません。というのも、町にこれだけさまざまな純
血種の犬たちが溢れているのは、香港から密輸入されてきて広まったからなので
す。酷い業者になると、香港で入手した子犬に睡眠薬を注射して眠らせ、小さな
靴箱などに入れて税関を通過してくるのだとか。そんな噂は以前から耳にしてい
ましたが、欲しい犬種があるなら香港からそうやって密輸入できるから、どんな
珍種でも入手してあげるよ~と実際にペットショップのオーナーに言われ、あの
噂は本当だったのか・・・・・と嫌な気分になったことがあるのです。昔は犬を
飼うだけでステイタスだったのが、ペットを買う人が増えた近頃では、人とは違
う珍しい犬種を!という飼い主が増えているみたいです・・・・・。

 ところで、最初に出てきたうちのマンションのミニシュナちゃんですが、美人
だけどちょっとおデブちゃん?と思っていたら、なんとお腹に赤ちゃんがいると
のこと。私の犬に対するメロメロぶりを見た飼い主さんに、
 「あと1ヶ月弱で生まれる予定だから、ウチに子犬を見においで。もし飼いた
いなら一匹、譲ってもいいよ」
なーんて言われ、嬉しくてその場で飼い主さんと携帯番号の交換をしちゃいまし
た。
 キャー困った、子犬なんて見てしまえば絶対欲しくなるのは必定。飼うとなれ
ば、輸出入手続きの煩雑さから、本帰国はほぼできなくなってしまいます。2年
前に改訂された農林水産省の新検疫制度によると、中国からはなんと最低でも帰
国の半年前から手続き準備を始めなければ、ペット連れ帰国はできないのですよ、
トホホ・・・・・。
 可愛い子犬を我が家に迎えて中国永住決定か、ペットは諦めて帰国や旅行にい
く自由を優先するか。あと1ヶ月ほど、悶々と悩む事になりそうです。
                                          
(筆者は中国深セン在住日本語教師)

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