【書評】

『亡国の安保政策——安倍政権と「積極的平和主義」の罠』

柳澤協二/著  岩波書店/刊(2014)  定価1400円+税

藤生 健

 直近の報道によれば、安倍内閣は集団的自衛権の行使容認に向け、憲法解釈変更に関する政府方針に「自衛権」とのみ記述する案を検討しているという。「個別的」とも「集団的」とも記載しないことで、自衛権を「日本の存立のために必要な措置を講じる権利」と位置付け、実質的には集団的自衛権へと拡大していく狙いのようだ。公明党に対する政治的譲歩という側面もあるだろう。また、安倍総理は具体的事例を挙げながら説明する方針も示しているが、事例に挙げられなかった事象が起きた場合はまたぞろ解釈変更することになるのだろうか。
 そもそも、集団的自衛権は自国が攻撃を受けていないケースで、他国を守るために行使することを前提としており、「集団的自衛権が行使できないと自国が守れない」という具体例をひねり出すこと自体、相当に無理がある。

 日本国憲法第9条は第一項に「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とあるが、本項は「(個別的)自衛権を放棄したものではない」というのが従来の政府解釈であり、同時に同第二項の「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」については、「自衛隊は自衛の範囲を超えない最低限度の実力であって、憲法に記載される戦力には該当しない」という解釈がなされてきた。

 その結果、定数16万人弱の陸上自衛隊、艦艇47隻の海上自衛隊、航空機340機の航空自衛隊という「実力」を有しているのが現状だ。
 憲法第9条の下において認められる自衛権の発動としての武力の行使については、政府は従来から、

㈰ わが国に対する急迫不正の侵害があること
㈪ この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと
㈫ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

の三要件の全てに該当する場合に限定していた。その帰結として、自衛権発動による武力行使に必要最小限の「実力」として自衛隊が認められ、憲法9条に規定される「戦力」に該当しないという見解が取られた。この段階でも相当に恣意的な解釈がなされているわけだが、それでも何とか外交上の努力と自制がなされ、数十年にわたって自衛権を行使することなく、かつ自衛隊が他者を殺傷することもなく凌いできた。

 ところが、湾岸戦争を受けて1991年に海上自衛隊がペルシャ湾に派遣され、同92年には陸上自衛隊がPKOでカンボジアに派遣された。これらは(個別的)自衛権の行使ではなかったが、今度は「武力行使ではない」という新たな解釈をもって容認され、今日ではイラクのような実際の戦場に派遣される他、ソマリア・ジプチのように海外で基地建設までされるようになっている。この次に「海外で武力行使できる権利」が要求されるのは自然の流れだったと言える。
 ところが、現実には何のために集団的自衛権が必要なのかという肝心の点について、自民党も政府も十分に説明できないまま、検討ばかりが進んでいる。

 本書は「集団的自衛権が認められなければ自国が守れなくなっている」とする政府・自民党の説明に対して、彼らが挙げている根拠の一つ一つについて解説と論考を加えつつ、現行体制で十分に対処できていると反論している。
 著者の柳澤氏は防衛官僚として長いこと安全保障政策に関わり、小泉内閣から麻生内閣までは内閣官房副長官補として自衛隊のイラク派遣やインド洋派遣の実務を担っており、その当事者による問題提起と反論であるだけに具体的かつ説得力がある。

 柳澤氏の解釈によれば、アメリカによる対テロ戦争が同盟関係のグローバル化を促進させ、その結果として「同盟のコスト」が増大して、日本もまた従来の基地負担や経費負担以上のものが要求されるようになり、それにどう応じるかということが問題の発端となっているという。日米安保を解消するという選択肢が無い以上、同盟の維持コストを減らすか、増大した負担に見合う利益を享受するかの二択となる。前者が民主党鳩山政権の方針で、米軍基地の移設による基地負担の軽減と東アジア共同体構想による安全保障リスクの軽減などが提唱されたが、具体化されぬまま潰えた。これに対する後者の路線こそが現安倍政権の戦略で、アメリカとの軍事的双務性を積極的に追求することで「大国としての日本」を「取り戻す」というパワーポリティックスがそれだ。

 ところが、現状の日本にはそれを実現する力は無く、アメリカがその路線に同意することも無く、日本の国益にも反しており、実現可能性の無い国家目標を追求しているのが、安倍政権による「亡国の安保政策」である、というのが本書の主旨になっている。

 本書は専門的な分析や抽象的な議論に陥りがちな安全保障問題について、具体的な例示を挙げながら分かりやすく解説している。集団的自衛権の議論に際して一般的な対論として「すぐに使える」という点で有用であることは確かだが、その反面、本文が88ページで残りを対談で埋めてしまっており、内容の深みや厚みという点で物足りなさは否めない。また、岩波書店たるもの創業者の高潔なる理念を忘れることなく、タイトルの品位にも十分留意していただきたいところである。

 (評者は東京都在住・評論家)