【書評】

『多数決を疑う——社会的選択理論とは何か』

    坂井 豊貴/著  岩波新書  定価720円+税

松永 優紀


 2014年12月の第47回衆議院議員総選挙は、過去最低の52.66%の投票率を記録し、76%もの議席を獲得した自民党の得票率はわずか48%に過ぎなかった。すなわち、(仮に投票しなかった人がいずれの政党も支持していないとすると)全国民の25%の支持しか得ていない自民党が圧倒的な議席数を有していることになる。低い投票率が民主制にとって問題であることは言うまでもないが、全体から見て必ずしも多数からの積極的な支持を得ていない政党が圧倒的な議席を有することは問題ないのだろうか。また、「1票の格差」問題が取り沙汰され、1票の価値を平等にするために定数是正などが必要だという意見も少なくない。
 そうした中にもかかわらず、多数決という方法そのものは、いわば自明視されている。確かに学校の学級委員や生徒会、会社の株主総会(持ち株数により議決権数が異なる)、国会など、社会のあらゆる場面で当たり前のように多数決は用いられている。このように多数決が一般的になったからだろうか。民主制において選挙の役割が極めて重要であるにもかかわらず、多数決を何の違和感も疑問も持たずに採用しているのは、著者の言葉を借りれば「文化的奇習」であると確かに言えそうだ。

 本書のタイトルは、ずばり「多数決を疑う」だ。「自分たちのことを自分たちで決めるためには、どうすればよいのか。これは思想的な問題であると同時に、技術的な問題である(はじめに)」。本書で扱う、技術的問題とは「社会的選択理論」のことである。この理論は、個人の集合としての社会の選好の集計方法およびルールの決め方などの解明を目指すものである。最も有名なものは、(本書でも紹介されているが)「アローの不可能性定理(「二項独立性と満場一致性を満たす集約ルールは、独裁制のみである」)」であろう。
 著者は、多数決の問題点として、多数決が「自分たちの意見を細かく表明できない・適切に反映してくれない」ために、有権者が無力感を感じているのではないかと指摘して、それ以外の集約ルールを考える必要があるという。そして、理論の発展過程を追いながら、ボルダルール、コンドルセ・ヤングの最尤法などを、平易な言葉と簡単な例を用いて説明していく。しかし、トレードオフ(こちらが立てばあちらが立たない)の問題が生じるため、あらゆる基準を満たす完璧な集約ルールは存在せず、それぞれを有効に使う場面と方法があることを示唆する。
 民主制が「自分たちのことを自分たちで決める」制度である以上、自分たちの真の集合的な意見を知るためには、あらゆるルートでの懸命な努力が常に求められ続ける。これには市民社会からのインプットという方法もあるが、いま一つ、選挙制度の在り方を見直すための社会的選択理論にもとづく議論が重要である。本書は、まさにそのための格好の入門書だといえる。

 (評者は法政大学大学院生)


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