■【【北から南から】

英国・コッツウォルズ~『英国の子育て・教育』(2)~  小野 まり

   「初めての日本人入学生」
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 日本から英国の公立小学校へ転校する場合、まず最初にしなくてはならないこ
とは、引越し先の通学圏内にある学校探しです。英国では日本のように児童だけ
での通学は許されていません。イングランドでは12歳まで、ウェールズでは14歳
まで、そしてスコットランドではなんと16歳に至たるまで子供ひとりでの通学や
お留守番はご法度です。つまり登下校の送迎は保護者の役目になります。

 そのせいかもしれませんが、就学児童が事件に巻き込まれることは非常に稀
で、ある年の統計では子供にとって安全な国として、世界で2番目という評価も
あるそうです。確かに、幼い頃から「鍵っ子」などという概念はまったくなく、
子供ひとりでのお留守番がばれるようなものなら、ご近所さんから警察に通報さ
れ、保護者は「児童虐待」として訴えられるのを覚悟しなくてはなりません。

 もちろん、地域によってはスクールバスなどが整備されている学校もあります
が、大概はセカンダリースクール(中学校)から。従ってこの通学圏内というの
は、親自身が毎日送り迎えするこを想定し、さらに放課後も親の管理下におかな
ければならず「共働きの家庭は一体どうしているのだろう・・・。」と当初は疑
問に思ったものです。

 ともかく通学圏内の学校を調べて、良かれと思えば地域の教育委員会ではな
く、その学校の学校長宛に入学希望の手紙を直接出します。受け入れOKの返事を
頂ければ問題ありませんが、評判のいい学校の多くは定員一杯で地元のイギリス
人の子供たちさえウェイティングリスト(順番待ち)だったりします。

 英国の公立校の1クラスの定員は最大30名迄と決まっています。たとえ1名でも
オーバーすることは許されず、そのへんは徹底しているのですが、逆に希望する
地元の小学校へ入学できずに越境入学を余儀なくされる家庭も少なくありませ
ん。そのため希望の学校へ入学できなかった、または自分たちが良かれと思う学
校が見つからなかった保護者たちが結束してフリースクールを作ったり、家庭内
での教育を選択することもあります。

 我が家の場合は、英国西南部のグロスターシャー・・・と言っても、すぐにピ
ンと来る方は少ないと思いますが、ロンドンからは車でも電車でもおよそ2時間
ほどの距離にある行政区域で、近年では北西部にある湖水地方に次ぐ人気の観光
地、コッツウォルズの西側に位置する地方都市と説明したほうがわかりやすいか
も知れません。そのグロスターシャーのチェルトナムという街の外れにある、民
家が50軒あるかないかの小さな村の小学校から転入許可を得て、2002年9月に晴
れて転校することになりました。

 英国の義務教育は日本よりも早く5歳から始まります。息子も日本では小学2年
生でしたが、転校の際は現地校の第3学年に入ることになりました。学年度の始
まりは夏休み明けの9月から。始業式などないのかと思っていたら、入学式も卒
業式もないことが後からわかり、何とも味気ない学校生活だと気落ちしました。

 さて、登校初日は軽くご挨拶程度のつもりで出向いたのですが、校長先生が
「お迎えは午後の3時でいいですよ。」と何の書類のやり取りもなしに、そのま
ま現地校での初日を迎えることになりました。我が家は企業人としての駐在派遣
などではなく、自力での英国移住でしたので、よくよく考えてみたら息子に事前
にアルファベットもろくに教えていませんでした。何しろビザの取得や日本の仕
事の整理やらで、そこまで手がまわっていなかった!というのが、実際のところ
でした。

 そうなると、被害者は息子と、息子を託された小学校です。初日にお迎えに行
くと、クラス担任の先生がつかつかと歩み寄ってきて「息子さん、英語が話せな
いのですね・・・。」と、笑顔のなかにも困惑を秘めた顔。そういえば、学校へ
の転入願いの手紙は知り合いのイギリス人が代行してくれ、きっとその手紙に
は、「日本人」と書いてあっても「英語が話せない」とは書いてなかったに違い
ないと、気がつきました。

 いやいや息子どころか、私ら両親もろくに話せないことがわかったときは、あ
との祭。なんと息子の転入は、学校創立以来初めてのマイノリティー(少数民
族)の受け入れだったのです。さらに近辺には日本人はおろか、アジアやその他
の人種が一人もいない、純粋なイギリス人集落。世界市場を席巻しているソニー
やトヨタのお膝元に住む日本人が、まさか英語をまったく話せない人種だとは、
私たち家族と遭遇するまで先生方も思ってもみなかったようでした。これは学校
側にとっても大きなカルチャーショックだったと思いますが、私たちにとっても
同様でした。

 とはいえ、1800年代から移民を受入れてきた歴史のある英国。英語の話せない
児童への対応は、全校生徒100名満たない小さな分校のような小学校でも迅速で
した。校長先生は早速グロスターシャーの教育センター(日本の教育委員会と類
似した組織)が運営するEMAS(エスニック・マイノリティーズ・アチーヴメン
ト・サービス)に連絡し、息子のために英語補習教師の派遣を依頼。1週間も経
たないうちに、その後お世話になるEMASの派遣教師が、息子との顔合わせのため
来校してくれました。

 EMASは英国各地の行政機関に所属しているサービス機関です。英語を母国語と
しない英語圏以外の子供が学校に転入してきた際、授業についていけるよう特別
英語補習授業を行います。現在英国における移民の割合はおよそ9%。大都市圏に
なるとその割合はぐっと増え、ロンドンにいたっては49%という数字がでていま
す。まさに多民族国家ですが、そこで実際に行われているバイリンガル教育につ
いては次回に紹介したいと思います。
 
  (NPO法人ザ・ナショナル・トラストサポートセンター代表・英国事務局長)

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