【コラム】
槿と桜(53)

ああ複雑――家族の呼び方

延 恩株

 核家族と呼ばれるのは「夫婦とその子供だけ」「夫婦だけ」「父子あるいは母子」だけで構成される家庭のことを言います。日本の核家族の世帯は、すでに2005年頃に日本の世帯の80%以上が核家族となっているようです。しかも日本では、今や核家族から単家族、つまり一人世帯に移行しつつあるとまで言われ始めています。

 一方、韓国はどうでしょうか。テレビドラマなどを通してみる韓国の家庭では、夫婦とその子どもだけでなく、夫と妻のそれぞれの親、兄弟姉妹、さらには祖父母、甥や姪まで登場することがよくあります。でも実際には日本と同様に核家族化が進んでいて、2010年頃には核家族形態が80%を超えてしまっています。
 ただ日本と異なるのは、家族、あるいは一族のつながりが、まだまだかなり濃密だと言えることでしょう。精神的なつながりは言うまでもなく、経済的にもお互いに支え合おうとします。ですから何か事が起きれば、やや大げさに言うと、親戚中に知れ渡って一族郎党が集まるなどということもあり得ます。日本でこうしたことが起きるとすれば、身内の結婚式やお葬式のときぐらいなのでしょうか。

 一族の繋がりが濃密なことを証明するのが、韓国で2大国民的行事となっています「正月」(설날 ソルラル)と「秋夕」(추석 チュソク)です。どちらも旧暦で行われますから、「正月」は太陽暦の2月頃ですし、「秋夕」は9月頃です。「秋夕」は一年の収穫と健康を先祖に感謝する行事で、日本では中秋のお月見をする時期に重なります。
 この2大国民的行事では、当日を挟んで3日間が祝日と国が定めているほどですから、韓国人にとっていかに大きな行事なのかがおわかりいただけると思います。そのため、普段は離れて生活していても、このときばかりは家族と過ごそうと、多くの韓国人に民族移動(帰省)が起こります。両親の兄弟や自分の兄弟姉妹が多ければそれだけ集まる人が多くなりますし、身内で結婚している者がいれば、なおさら人数は増えます。

 そして日本でもかつてはそうだったようですが、結婚した女性は夫の家の家族の一員になりますから、「帰省」と言えば、夫の実家に行くことになります。この2大国民的行事のときに既婚の女性が自分の実家に「帰省」することは、特別な場合を除いてありません。この「嫁」の立場にある女性には、ソルラルとチュソクの日々は精神的、肉体的疲労がかなり重なることになってしまいます。

 さてそこで今回のテーマです。
 「嫁」の立場で「帰省」すれば、多くの親戚の人たちと、顔を合わせ、いやでも話をすることになります。そのとき相手をどのように呼ぶのか(呼びかけるのか)で頭を悩ませることになります。何よりも相手が一族の中でどのような人間的繋がりにある人なのかを知らないと、その人に違和感を与えずに、声を掛けることは難しくなります。それと言うのも、家人の呼び方が日本よりずっと複雑だからです。
 ですから、もし日本人の女性の方が韓国人の男性と結婚した場合には、相手の呼び方(呼びかけ方)はかなり難物になるはずです。韓国人の私でもときどき親戚の相手をどう呼んだらいいのかわからなくなるのですから。

 日本はその意味ではとても簡単です。夫の両親は「お父さん・お母さん」、夫の兄弟は自分より年上であれば「お兄さん・お姉さん」、年下であれば、名前で呼べばいいでしょうし、甥・姪も名前で呼べば済みます。両親の親がいても「お爺さん(ちゃん)・お婆さん(ちゃん)」で問題ありません。
 でも韓国ではそれでは済まないのです。言い方を換えますと、呼びかけ方を聞いただけで、相手の人がどのような人間関係にあるのかがわかることになります。日本でも「お父さん・お母さん」と書いたり、「お義父さん・お義母さん」と書いたりします。これですと前者が実父・実母、後者が義理の父・母とわかります。でもどちらも発音すれば「おとうさん・おかあさん」ですから音だけでは判断つかないわけです。

 韓国も日本と同様に核家族化が進んでいることは冒頭に触れましたが、今回は核家族のなかでの相手の呼び方だけに止めて紹介することにします。それでも日本よりずっと複雑なことがわかっていただけるでしょう。夫と妻、そして子どもは上は男の子、下は女の子という家庭を想定しています。先ずは夫婦の間での呼び方です。

○妻(아내 アネ)が夫(남편 ナムピョン)に呼びかける場合。
 一般的なのが「여보 ヨボ」か「당신 タンシン」です。日本語の「あなた」でしょうか。ただし「タンシン」は使い方(言い方)によっては、日本語なら「あんた」となって喧嘩のときなどにも使いますから要注意です。夫を立てて呼ぶときには「서방님 ソバンニム」で、「旦那様」になるでしょうか。ちょっと時代劇的にもなりますが、現在でも使わないわけではありません。最近は〝友だち夫婦〟のようなつながりからか、通常は年上の親しい男性を指す「오빠 オッパ」を結婚後も使う女性が増えているようです。

○妻が夫以外の人に夫のことを言う場合。
 「남편 ナムピョン」。これは「夫」の意味ですから、日本でも「夫が~」と奥さんたちがよく言いますので、同じ使い方です。「신랑 シンラン」。これは漢字で表記すれば「新郎」です。日本では結婚式のときに夫となる男性をこのように呼びますが、日常生活では使いません。でも韓国では中年ぐらいまでの奥さんなら使っています。そのほかには「바깥양반 パッカッヤンバン」や「그이 クイ」などとも言います。ところが子どもがいる場合には、「애아빠 エアッパ」という言い方をすることが多くなります。「子どものお父さん」といったニュアンスでしょうか。さらに親に向かって言う場合(義理の両親も含めて)は、「애아빠 エアッパ(애아범 エアボム)」「그이 クイ」となります。

○夫が妻に呼びかける場合。
 これは妻が夫に呼びかけるときと同じで「여보 ヨボ」か「당신 タンシン」です。

○夫が妻以外の人に妻のことを言う場合。
 「아내 アネ」。これは「妻」の意味ですから、日本と同じで「うちの妻が~」などと使います。「집사람 チプサラム」もよく使われます。「집 チプ」は「家」、「사람 サラム」は「人」の意味ですから、日本で「家内」と呼ぶのとよく似ています。「와이프 ワイプ」は英語の「wife(ワイフ)」を韓国語の発音にした言い方です。日本の方が使っているのを耳にしたことがありますが、あまり多くないようです。そのほか「안사람 アンサラム」や「처 チョ」などとも言います。
 ただし実際の会話では、自分が使う言い方(どの呼称でも)の前に「제 チェ」あるいは「우리 ウリ」をつけます。「私の」という意味で、日本でも「うちの夫」「うちの妻」などと言いますから同じです。ただし日本語と異なるのは、相手が目上の人だった場合は「チェ」で、同等か目下の人には「ウリ」というように使い分けがあって、言い方を間違えると常識を疑われることになってしまいます。
 子どもがいる場合は「○○엄마 ○○オンマ」と○○に子どもの名前を入れて言います。また両親(義理の両親も含みます)に向かっては、「집사람 チプサラム」と言います。

○両親が子どもに声を掛ける場合は、たいてい名前で呼びますから、これは日本と同じです。また子ども以外に自分の子どもを言う場合も、やはり名前です。

○子どもから両親を見た場合
 父 「아버지 アボジ」あるいは「아빠 アッパ」
 母 「어머니 オモニ」あるいは「엄마 オンマ」
 妹 「여동생 ヨドンセン」(上の男の子から)
 兄 「오빠 オッパ」(下の女の子から)
 父の父 「할아버지 ハラボジ」
 父の母 「할머니 ハルモニ」
 母の父 「외할아버지 ウェハラボジ」。
 母の母 「외할머니 ウェハルモニ」。
 日本では父方も母方もどちらも「お爺ちゃん」「お婆ちゃん」で済むのですが。

○妻が夫の両親を言う場合。
 夫の父(舅)「시아버지 シアボジ」と言います。ただし、直接の呼びかけには「아버님 アボニム」と言います。
 夫の母(姑)「시어머니 シオモニ」ですが、やはり直接の呼びかけには「어머님 オモニム」と言います。

○夫が妻の両親を言う場合。
 妻の父 「장인 ジャンイン」。ただし、直接呼びかけるときには「장인어른 ジャンインオルン」あるいは「아버님 アボニム」と言います。
 妻の母 「장모 ジャンモ」。ただし、直接呼びかけるときには「장모님 ジャンモニム」あるいは「어머님 オモニム」と言います。
 日本ではそのまま「妻の父」「妻の母」と言う方が多いのは、そのほかには「義父」「義母」と言うしかないからのようです。

 核家族内の呼び方だけでしたら、この程度で済むかもしれません。でも実際に生活していきますと、親戚付き合いは日本のようにあっさりしていませんから多くの関係者(身内の人)とのお付き合いが避けられません。それだけ異なる呼称があるわけですが、頭が混乱してくるのは明らかですので、今回は核家族の範囲に止めて紹介しました。
 それにしても、身内の呼称があまりにも多くあることに、それでいて夫を「ソバンニム」と呼ぶ一方で、結婚している義弟も「ソバンニム」と呼びますから、外国人からすると、とにかく複雑で、混乱するの当然かなと、この文章を書いていて、あらためて思わずにはいられませんでした。

 (大妻女子大学准教授)

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