海外論潮短評(89)

よりましな国連開発目標を設計する 

-守られる国際公約を-

                               初岡 昌一郎


 アメリカの国際関係専門誌『フォーリン・アフェアーズ』2014年11/12月号に、上記の論文が掲載されている。国連や国際機関の場で、文句は付けられないが、手の届かない目標をやたらに沢山掲げる傾向を筆者は批判している。特に熱意が薄らいできている開発協力を今後推進するためには、加盟国やNGOなどが実現に強い関心を持つ課題の選択が重要だ。そこで努力を国際的に集中させることができ、かつ成果を具体的に評価し得る行動目標に絞り込むよう、国連に対して提言されている。網羅主義を廃する、このような選別的アプローチは、政党や労働団体の行動目標策定にも有効であろう。この論文の要旨を以下に紹介する。

 筆者は新進気鋭の国際開発問題専門家で、コペンハーゲン・ビジネススクール助教授兼「コペンハーゲン・コンセンサス・センター」所長のビョルン・ロンボルグ。彼には世界的な環境問題についての著作もある。

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拡散傾向にある国連の課題設定作業
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 国連はこれまであまりにも沢山のターゲットを設定し、多数の宣言を採択してきた。その一例。よく知られていないが、2014年が国連「国際家族農芸年」および「国際結晶学年」であり、「道路安全のための10年」の最中にある。このようなイニシアティブは善意によるものとしても、ほとんど結果につながっていない。

 1950年から2000年までの50年間に、普遍的基礎教育に関して少なくとも12本の国連決議が採択された。1961年には、いわゆる「アジスアベバ・プラン」が、向こう20年間にアフリカで初等教育を「普遍的義務的かつ無料化」とすることを公約したものの、20年後、約半数の子どもが依然として就学していなかった。

 男女平等から世界平和に至るまでの多数の努力目標が同様な賞賛すべき成果を約束したが、実現されることはなかった。だが、2000年には注目すべきことがおきた。国連が高尚な理想を掲げるだけでなく、より具体的なことをいくつか実現する方向に踏み出したからである。

 2000年の国連ミレニアム・サミットには、100人の国家元首と47人の首相がニューヨークに参集した。これは世界的指導者による史上最大の会議となった。この会議は、後に「ミレニアム開発目標」(MDG)といわれる、野心的で簡潔な行動リストを採択した。貧困削減、疾病との闘い、子どもの就学など具体的な9項目で、2015年末までに達成されるべき目標が設定された。

 それ以来、国際機関、各国政府、民間財団などが何兆ドルもの基金によってこの目標を支援し、多くの成果が達成された。世界の飢餓人口を半減する公約が最大の焦点であった。全目標の起点となった1990年では、開発途上国人口の約24%が飢えていた。2012年には、この数字が約15%に下がっていた。2015年末には12.2%になることが見込まれており、わずかに目標を下回るだけとなりそうだ。

 デッドラインが近づくにつれ、次の15年間で国際的になすべきことに議論が向けられている。民間国際救援活動の指導的立場に立つビル・ゲーツなどは、現在のMDGを基本的に引き継ぐ、「ミレニアム開発目標㈼」を提唱している。他の多くの人たちは、もっと多様な課題を取り上げるように主張している。既に1,400件の要望や勧告がさまざまな会議や団体から出されている。

 今後15年間に25兆ドルの支出を見込む開発目的についての明確な合意が無ければ、目標は単なるPR活動向けに止まり、著名人が動員される派手な宣伝活動に終わる。

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目標を如何にして到達可能なものに限定するか
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 現行のMDGは、当時のアナン国連事務総長の下で少数の側近補佐官の手によってまとめられたものであり、公開的討論や加盟国政府の参加はほとんどなかった。アナンとその幕僚は世界首脳が原案骨子に調印するのを待ち、国際通貨基金、世界銀行、OECDのテクノクラートたちと共に、舞台裏で具体策を大急ぎでまとめ上げた。これにより、8目標と18項目の具体策という、すっきりとした最終案が出来上がった。

 時がたつにつれ、キャンペーン出資者たちは9項目を事実上無視、行動目標を残る7項目に絞ってきた。これは理由のあることであった。貧困者を半減するという目標は世界的な価値のあるものであったが、他のものはそれに匹敵する意義を持っていなかった。

 中には特定の利益集団や一定の国だけを対象にした項目があったし、大気汚染項目は世界最大の挑戦である屋内空気汚染問題を取り上げていなかった。ほぼ30億人が薪や動物のフンで料理を行っており、その煙害が13人の死亡中1人の割合で死因に繋がっている。雇用とか自由貿易上の項目には、より複雑で、意見が単純にまとめられないものがあった。

 しかしながら、拠出金の大部分が振り向けられた9項目に関しては、目覚ましい前進が見られた。当時、開発途上世界の43%の住民が1日1.25ドル以下の収入で暮らしていたが、目標年の5年前の2010年には、この割合を半減させるという目標が達成された。1990年には途上国人口の約30%が安全な飲料水にアクセスできなかったが、2008年までにそれを15%に半減させる目標が実現した。2015年末には11%になるはずである。乳幼児死亡率も大幅に下がった。

 幾つかの目標は達成にほど遠い。2015年末までに児童の完全就学の達成見込みは立っていない。100%という目標は本来無理なもので、仮に達成可能なものであっても、それには不可能に近いコストがかかる。それでも、1990年に途上国における初等教育修了者が10人のうち8人以下であったのが、今は10人中9人となっている。

 もちろん、これらの成果は国際協力や援助だけによるものではなく、関係国の国内的努力が決定的であった。しかしながら、国際援助の焦点が保健衛生、環境、教育に集中することによって、この分野でみるべき成果が得られたことを評価すべきである。MDGの採択が、各国政府に新しい関心と方向付けを与え、援助拠出額の3割以上の増加に反映した。

 しかしながら、冷戦が終わり、また先進国が不況と財政難に直面するにつれ、援助に対する需要が増えているにもかかわらず、各国はその援助予算を縮小する傾向にある。それだけに、次の目標期間においては資金のさらなる有効活用が求められている。

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混乱し、拡散する将来目標の設定作業
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 2015年には、2016年から2030年までの次期MDGを起草するために、向う一年間、政府、国際機関、NGOが複雑な作業を行うことになる。不幸にして、「持続的開発目標に関する国連公開作業グループ」による新リスト起草努力は、各国や利益集団が膨大な要求の山に埋没させられている。このグループは70ヶ国の代表よって構成されており、2014年半ばまでに212項目に上る散漫な目標が提案された。

 作業参加者はドラマティックな削減が必要だと認識しているのに、どの国も自分に有利な項目を撤回せず、項目を複合的にして膨らまし、さらに多重的なものにまとめる方向を選んでいる。このような作業は極めて浅薄なものだ。

 同委は43項目に減らしたが、字数にすると僅か20字を削っただけで、原案字数は4369字となった。これに比較して、現行MDGは9項目の最重要課題に絞り、僅か139字で書かれている。これにより、世界中に強いメッセージを送るのに成功し、反響を生み出した。

 提案されているターゲットは、野心的なもの(例、結核とマラリアの根絶)から末梢的なもの(例、持続的なツーリズムの推進)まで、さらには不可能なもの(例、すべての人が購入できる住宅の提供)までに及んでいる。

 原案は全ての人にあらゆることを保障しようとしている。例えば、就学前教育・小中学教育の無料化を保障する項目は、次のように述べている。「すべての学習者は持続的な開発を促進するのに必要な知識とスキルを習得する。なかでも、持続的な開発と持続的なライフスタイル、人権、男女平等、平和と非暴力文化、グローバル市民権、文化的多様性、持続的発展のための文化的貢献の理解と推進を図る教育を通じて、その目的達成をはかる」

 現行のMDCが成果を上げているのは、まさにそれが目標範囲を絞っているからである。次期の目標が成功をおさめるためには、現在提案されている項目のほとんどを削除し、もっとも効果を上げ得る目標に資金を集中させるべきである。

 わが「コペンハーゲン・コンセンサス・センター」は、トップ・エコノミストの協力を得て、もっとも重要な課題を次期の国際的開発協力目標として提案する作業を行っている。その中で、最重要分野として、以下の4項目を提案している。(1)禁煙(タバコ管理枠組み条約の実施強化)、(2)幼児教育(すべての子どもに幼児期の発育ケアと初等教育就学前教育を)、(3)性と出産にかかわる健康(2030年までに、すべての国の家族計画と保健制度においてリプロダクティブ・ヘルスに対する万人のアクセスを確保)、(4)金融サービス(開発途上国において零細・中小企業と個人が妥当な与信と金融・送金サービスにアクセスできるようにする)。

 これらに次ぐ重要なものして、以下の4分野を提起している。(1)輸出(最貧開発途上国のグローバル市場での輸出比率を2030年までに倍化させる目標)、(2)児童労働(児童兵士の禁止を含め、最悪の形態の児童労働を2030年までに廃絶させる)、(3)男女平等(政治、経済、公共などあらゆる分野での意思決定と指導的役割に女性が参加する機会の平等)、(4)気象変動災害(自然災害に対する対策と対応能力をすべての国で強化する)。

 これらの提案は、よりシャープで短い目標リスト作成に向けて作業をより効果的なものにすることを目指すものである。しかし、最終的な結果は政治によって左右される。例えば、開発途上国の指導者は社会不安を恐れ、化石燃料への補助打ち切りによって他の社会的サービスを拡充することを躊躇する。先進国の指導者は、資金はかかるが、人気の高い再生可能エネルギーへの投資を削減するのを躊躇する。あらゆる国の指導者は、マラリア対策やエイズ対策に援助資金を振り向けるのに熱意を示さない。

 冷静な分析と評価が不毛な目標を効果的な目標に差し替えることができれば、そのインパクトは巨大なものである。それによって、何百億ドルもの資金を何倍も有効に活用でき、数千億ドルの価値のある効果を発揮させうる。何兆億ドルもの資金が総体的に動員されるプロジェクトでは、僅かな調整でも大きな相違を生むことになる。

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■ コメント ■
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 北欧諸国は開発途上国に対する国際協力と援助の最先進国であり、国連の援助額目標であるGDPの0.7%拠出を達成している数少ない国である。しかも、その援助は人道支援と人間開発目的に集中しており、日本のように外交戦略に従属させられた「戦略的」(自国の利益優先)援助の対極に立つものである。

 北欧的なアプローチは、理想主義的であると同時に、極めてプラクティカルなものである。例えば、今後15年間の国連キャンペーン目標の第一分野に「禁煙」が挙げられていることに、これがはたして「最重要課題なのか」と疑問を持つ人が多いだろう。評者も「これが一番目」とやや違和感を持った。しかし、近年、禁煙運動が先進国で定着したために、国際たばこ企業は規制の無い開発途上国市場をますますそのターゲットにしている。これが、途上国において屋内空気汚染による病害と死亡率を高める一因という現実を理解しなければならないだろう。

 「コペンハーゲン・コンセンサス・センター」が提案している最優先4分野は、何が国際的に重要課題であるかという一般論ではなく、国連キャンペーンが今後15年間に動員しうる、かぎられた資金(その調達可能額も課題設定のアピール効果によって大きく左右される)の有効活用という観点から理解されるべきものである。これらの分野の課題は、一般的な重要性というよりも、一般大衆が幅広く参加でき、その過程でエンパワーメント(職業的能力開発だけでなく、人間安全保障を自ら獲得できる能力の伸長)を促進することが可能という視点から選択されている。

 こうした重要な作業は現在国連を中心に進められており、当然日本も参加し、重要な資金拠出国になることが期待されているはずである。しかし、政府の発表はなく、全くジャーナリズムの報道や解説の対象として取り上げられていない。ジャーナリズムが取り上げるのは出来事中心であり、結果が出た時点だけに限られている。しかも、ほとんどの記事は政府発表に基づくだけのものというのでは、とても国際的な動向を的確にフォローできるものではない。

 日本では、残念ながら旧態依然の国家中心的国際関係論が幅をきかしている。根幹の問題は、軍事と外交が「天皇の大権」に帰属するものとされ、国会での議論が禁じられ、情報開示も行われなかった戦前憲法の政治文化が、今も根強く残っていることにある。この傾向に、“機密”情報保護法の成立によって拍車がかかり、軍事と外交、国際援助がますますブラックボックス化することが心配だ。

 軍事と並び、外交と国際援助が国会の議論でも隠蔽され、少数の指導者とエリートの企業癒着による特権的領域にますますなっている。マスコミは他の国の腐敗を面白げに報道するだけでなく、自国の闇にも切り込んでもらいたい。

 (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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