【コラム】
フォーカス:インド・南アジア(23)

インド連邦議会下院総選挙~インド人民党圧勝・第2期モディー政権発足

福永 正明


<一>

 インド連邦議会の第17回下院(Lok Sabha)総選挙が終了、インド人民党(BJP)が圧勝し、ナレンドラ・モディー首相による第2期政権が発足した。
 18歳以上男女のインド国籍の有権者は9億人とされる。全土での平穏に投票を実施するための選挙業務、治安警備を理由として、投票は4月11日~5月19日に7回に分けて行われた。
 下院総定員は543名だが、543の小選挙区から選出されるのは542名(1名は大統領指名による特別枠となる。だが、1人の候補者は2選挙区で重複立候補することが認められており、主たる選挙区で落選しても他の選挙区で当選という事態も生じる。

 全選挙区での投票は、電子投票機器(Electronic Voting Machine、EVM ) を利用し、5月23日に全国一斉に開票、結果発表された。
 1ヵ月以上続く選挙活動と投票期間のため、連日各種メディアが出口調査を公表し、各党参加の討論番組も連日続いた。そして2019年酷暑期、インドは「選挙に熱狂」、次の「政権指導者」を決めた。

<二>

 2014年の第16回下院総選挙から5年間、モディー首相の率いるBJP政権をどのように評価するか、が今回総選挙の最大争点であった。つまり、「メイク・イン・インディア」(インドで作ろう)との「外国や財閥系大企業と組んだ先端技術を活用した世界で戦える工業化」は、IT関係企業やサービス企業を中心に大きな期待があり、それなりの成果は遂げてきた。しかし、2017年秋に強行された高額紙幣切り替え措置(1日で1000ルピー紙幣の使用停止と全額預金預け入れ、そして各人一定額のみの新紙幣引き出し)は、汚職追放とデジタル取引(スマートフォンでの電子取引)拡大をめざしたが、成果は大きくなかった。

 こうしたなか、政府関係者と巨大財閥との悪しき密着が問題となり、個人的関係が優先する政策運営にも疑問は生じていた。例えば(日本も同じようであるが)、新政策を決定する審議会や委員会に、その分野の企業トップを参加させ、政策決定をリードさせる。つまり、経済界を守り拡大する経済政策が重点的に進められた。そうしたなか、財閥指導者たちの報酬は異常に引き上げられ、まさに「富める者はさらに富む」社会となっていた。海外企業向けの大工業団地が建設され、自動車、家電製品(クーラー、テレビなど)、コンピューター関連産業が成長、さらに金融、不動産、サービス業も成長した。

 だが、青年を中心として失業率は、高止まりしている。人口増加が続くことも理由ではあるが、人口100万人を超す大きな都市で、特徴ある産業がないところも多い。失業率の上昇は、人びとの暮らしと直結する問題であり、モディー政権の対応はやはり後手に回っていた。

 さらに、小農や土地なし労働者、都市在住下層民の生活は、過去5年間で一段と悪化した。それは、子どもの貧困率の上昇だけでなく、子どもの飢餓率の上昇として現れ、社会を仰天させた。特に、総人口の80%が居住する農村地域の疲弊は厳しく、「誰も農業に従事せず、村から人が離れる」逃散が起こっている。
 1970年頃から農業を支え、子どもたちを都市へ送り出していた小地主層の人びとが高齢化し、村を離れた。かれらは、土地は持ちながらも「農業後継者」がおらず、かつて労働力として頼った最下層の土地なし労働者たちは、すでに村から出ていた。デリー、ムンバイなど大都市では、農産物の質が向上し、あたかも農業は活発であるかのような印象を受ける。しかしこれは、大都市近郊大型農園が商業作物を高度な技術を利用して生産しているのであり、圧倒的な農村の人びとの生産品が届いているのではない。

 第1期モディー政権の特徴は、2004年から10年間のインド国民会議派(コングレス党)の政治、いや1947年の独立から過半を指導したコングレス党の諸政策を打破し、新しい行財政改革、教育社会改革をめざしていた。
 しかし、例えば税制については、中央政府が定める税と各州が定める税との整合性がなく、産業界には州ごとの税制対応が強いられていた。5年任期の最後には、なんとか中央と州との税制改革は実現したが、中央と野党による州政権との関係調整は、非常に大きなロスとなった。

 BJPは、ヒンドゥー教をインドの国教とし、ヒンドゥー教による国造りをめざすヒンドゥー主義の団体(民族義勇団、RSS)に支持されている。あるいは、理論構築を行うRSS、その政治実行を担うBJPという関係にある。この5年間では、ヒンドゥー教で聖なる動物とされる牛の扱いについて、異常なほどの活動が続いた。牛を賞賛するような活動のみならず、「牛を食べた疑いのある者(異教徒だけでなく、ヒンドゥー教徒も)を集団リンチする。あるいは、各地のBJP州政権が「牛食禁止」も、独断的に決めた。

 こうしたなか、最も重大であるのは、最大宗教ヒンドゥー教徒による、あるいはRSSとBJPによる、異教徒(イスラーム教、キリスト教、仏教)や最下層民への、差別的暴力的な抑圧であった。各地でヒンドゥー教徒青年たちによる、異教徒のリンチ事件が続発、また女性や子どもへの暴行事件も続発した。

 さらに、財閥系大企業が広告料でメディアを管理するだけでなく、メディア企業買収を続け、今ではインドの主要メディアはほぼ新興のBJP政権支持の財閥系となった。そのため、モディー政権に関する悪評、政権に不都合な記事は掲載されず、「夢のような世界」となっていた。メディア関係者、記者への攻撃、襲撃事件も続発、過去に比較的自由で優れた言論活動の場とされてきた各種メディアも、沈滞した。かろうじて、SNSでの意見交換、NGOニュースレター、地方言語紙が、「危機に直面するインドの言論の自由」を憂い、対政府の厳しい批判や意見を展開していた。

 また、RSSとBJPは教育や研究機関への介入を強め、特に国立大学や研究所の運営に大きな影響を及ぼし、またインド現代史を中心とする教科書の書き換え、すなわちヒンドゥー教主義による歴史修正も進んだ。

<三>

 BJP政権に対して挑むのは、インド独立、さらに独立後の政治を動かし、2004年から10年間政権を担当(マンモーハン・シン政権)した、コングレス党を中核として、地方中小政党を統合した統一進歩同盟(UPA)であった。コングレス党は、インド初代首相のジャワハルラル・ネルーの一族を指導者とし、ネルーの長女インディラ・ガンディー元首相(暗殺)、その長男ラジーブ・ガンディー元首相(暗殺)を輩出してきた。過去20年は、ラジーブ・ガンディー元首相夫人ソニア・ガンディーがコングレス党総裁となり、引継ぎ役、あるいはマンモーハン・シン政権の裏の政策決定者となっていた。

 2014年総選挙から、ラジーブ、ソニア夫妻の長男であるラフール・ガンディー氏が党事務総長、総裁となり党運営をけん引してきた。だが、BJPおよびRSSによる多角的な政策、莫大な費用での宣伝戦に押し込められ、コングレス党は衰退の道を進んでいた。
 そこで今回の総選挙対策として登場したのが、ラフール氏の姉で祖母のインディア元首相に似ており、かねてから国民的人気のプラヤンカさんであった。プラヤンカさんは、年若くして結婚し、ネルー・ガンディー家の後継者とはならず、政治の表舞台に立つことはなかった。しかし今回は、弟のラフール総裁のもと、北インドの選出議員最大数(80名)のウッタル・プラデーシュ州東部地域選挙責任者として登場した。

 コングレス党をはじめてとしてNPAは、BJPモディー政権が「人びとの暮らしを無視している」、「富める者、強い者の政治」など批判を続けていた。だが、今日のインドをつくり出したのが、ネルー・ガンディー家ではないか、との批判や意見に反論することはできないままであった。

<四>

 5月23日、全国一斉に開票結果が公表された。開票開始直後に報じられたのは、出口調査結果同様に、モディー首相率いるBJPが大勝となった。
 BJPは、2014年の総選挙での結果を上回る単独303議席、「国民民主同盟(NDA)」 連立として348議席を獲得した。BJP単独では、下院議席数543の過半数を上回る議席獲得を達成、圧勝となった。
 最大野党のコングレス党も議席数では若干伸長したが単独で52議席、UPA連立でも98議席を獲得しただけであった。特に、ネルー・ガンディー家の地盤である選挙区から立候補したラフール総裁が落選、かろうじて立候補者は2選挙区登録できる制度で当選し、議員としては残ることができた。コングレス党は、惨敗であると言える。

 今回のBJPの大勝は、モディー首相とBJPアミット・シャー総裁の連携した強いリーダーシップとカリスマ性であったとされる。それは現地の人びとが、「モディー首相は、何かをこれからもやってくれる」との、大きい期待の言葉からも明らかであった。
 前回の2014年選挙でBJPは、ヒンドゥー教の国家としての発展、さらにコングレス党を中心とする政治家たちの悪質な汚職の撲滅を前面に押し出したキャンペーンを実施した。
 今回の選挙は、過去5年間の政権成果を問い、特に2019年2月のテロ対抗策として強行したパキスタン支配地域空爆などでの強い指導者像を全面に押し出した。

 ところでBJPは、2018年12月実施の州選挙において、大敗北した。すなわち、BJPが協力な支持基盤を有する北インドの「ヒンディーベルト」と呼ばれる、ヒンディー語を主要言語とする州で敗北した。ラージャスタン州、マディヤ・プラデーシュ州、チャッティスガル州で敗北、モディー政権への批判、BJPの勢力低下が大きいと判断されていた。
 これに応じてBJPは、半年間で勢力回復を図ったことになる。これは宣伝力の強化、さらに新州政権を徹底批判するなど、激しい攻撃を続けた。そして今回の総選挙でこれらの州においてBJPは大勝した。現地有識者は、「州政治と国政への有権者の投票行動の違い」を強調するが、短期間にBJPが支持を回復したことには疑念が残る。

 さてこの総選挙での次なる特徴は、左翼勢力の衰退である。長年の歴史を誇る共産党や左派勢力は、議席を大きく負け越した。共産党が長年州政権を握ってきたコルカタを首都とする西ベンガル州では、ママタ・バネルジー州首相が率いる地域政党「草根の会(TMC)」が、長年の共産党政権を破り政権を樹立していた。TMC34議席22議席に負け、BJPは2議席から18議席に大躍進した。こうしてBJPは、全国的な勢力を確保したといえる。

<五>

 5月末、第二次モディー政権が樹立された。閣僚名簿では、BJPを勝利に導いたアミット・シャー総裁が内相として閣僚となり、BJP重鎮で元総裁のラージナート・シン内相が国防大臣となった。
 最も注目されたのは、外務次官を務めたジャイシャンカール氏(S. Jaishankar)が外務大臣に就任したことである。駐中国、駐米大使を歴任、駐日本大使館公使も務めた同氏は、モディー政権の新しい外交の顔として活躍が予想できる。パキスタンを含むインドの近隣外交、対中関係、そして対米日外交など、停滞していただけに今後が注目される。
 インドの現状、新政権の課題、さらに民衆の生活などについては、次号で紹介したい。

 (大学教員)

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