【コラム】槿と桜(110)

オンドルとは

延 恩株

 これから寒い季節を迎えます。日本で暖房器具といえば炬燵(こたつ)や石油、ガス、電気などのストーブ、そしてエアコンを思い浮かべる人が多いだろうと思います。でも、韓国人はおそらくオンドル(온돌 温突)と答える人が多いでしょう。
 日本ではあまりなじみのない言葉ですが、床暖房といえば理解できると思います。最近の日本の住宅でも取り入れら始めてきていますし、簡易の床暖房と言える電気カーペットなども普及していますから決してなじみがないわけではないでしょう。
 でも、日本ではオンドルは歴史的に人びとの生活に根づくことはありませんでした(飛鳥時代、朝鮮半島から日本に渡来した人びとはオンドルを使ったと言われています)。そこで、先ず、オンドルそのものについて簡単に説明します。

 オンドルは朝鮮半島や現在の中国東北部で見られる暖房方式ですが、朝鮮半島と中国東北部ではかなり大きな違いもあります。「オンドル」は朝鮮半島での言い方で「温」は〝暖める〟「突」は〝石〟という意味です。中国東北部では炕(Kang カン)と呼んでいます。
 「オンドル」は床全体を暖めるため、部屋全体が暖かくなるのに対して、「炕」は基本的には寝る場所だけを暖めます。韓国人は部屋では床に腰をおろすのが一般的で、その点は日本と同じです。現在では椅子の生活もずいぶん浸透してきていますが、冬の寒い季節は床に座る人が増えます。それはオンドルがあるからで、足腰全体が温まるからです。ちなみに中国の室内では床に直接、座る生活はほとんどなく、椅子などに腰かけるのが一般的です。そのため韓国では部屋全体を暖めるオンドルとなり、中国では部分的に暖めるカンとなりました。
 オンドルは日本とは比べものにならないほど寒い朝鮮半島の冬を乗り切るために考え出された暖房方法で、本来は料理の煮炊きを竈(かまど)でしていた時代にその竈から出る熱や煙で台所が暖められることがヒントになったものです。薪などを竈で燃やせば煙が発生します。その煙は家の外に出さなければいけないわけですが、その煙を部屋の床下を通してから外に排煙することで、火と煙の熱を利用して床下から温めることを朝鮮民族の祖先は考えついたのです。オンドルがいつ頃から利用され始めたのか明確ではありませんが、高句麗時代(紀元前1世紀~668年)にはあったことが遺跡などからわかっています。
 
 オンドルが出現した当初は「クドゥル」(구들)と呼ばれていて「焼いた石」あるいは「火が通る通路」といった意味です。竈の火が熱源ですからまさに「火が通る路」で、日本のように木材を主材料とした家屋では火災の危険が伴いますから不向きなのは言うまでもありません。韓国でもオンドルを備えるために建物の基礎や壁には石や壁土が用いられるようになり、それが朝鮮半島での家屋形式の基本形の一つになったと言われています。
 オンドルは家の床下に石で作ったトンネル上に薄い板状の石をのせて土で塗り固め、さらに油紙を張ってその上に床板を敷きます。また部屋の入口は少なく、窓は小さくして、大きな部屋を作らないことも家の構造での基本形の一つになりました。
 なお、「オンドル」と呼ばれるようになったのは、朝鮮王朝時代(1393-1897)になってからです。
 
 オンドルは竈の火の熱と煙で床下を暖めるため、プオク(부엌 釜屋(台所))は人びとが座る部屋より低い位置に作って、床下に煙が流れ込みやすい構造になっていました。
 そして当然ですが、オンドルで温められる部屋は竈に近い(台所に近い位置)場所ほど暖かいため、台所に近いところが上座とされていました。
 さらにこれまでのオンドルの説明からわかりますように、構造的に2階以上の床を暖めるのはかなり難しいことになります。こうして平屋建てということも家の構造としての一つの基本形となりました。
 また、家具は床が暖かくなるため木材に狂いが生じやすくなるためと、暖房の効果を上げるために「足つき家具」が多く使われるようになりました。それは現在でも変わっていません。ついでに言いますと、床が暖かいため座布団や布団が日本に比べて薄めです。
 
 それでは、なぜ朝鮮半島ではオンドルが冬場に欠かせない暖房装置となったのでしょうか。その理由は気候風土にあります。
 日本も韓国(朝鮮半島)も春夏秋冬、四季の変化があり、夏は暑く湿気が多く、冬は乾燥して寒いという気候です。ただし、日本は周囲を海に囲まれているため、冬場でも比較的温暖ですが、韓国(朝鮮半島)は大陸性気候のため夏と冬の温度差が大きく、たとえば冬のソウルではマイナス10度前後は珍しくありません。現在は11月ですが、ソウルでは朝晩は零度前後ですし、日中でも10度を上回ることはあまりありません。
 そのため、日本の住宅は窓を大きくしたり、家の中を風通しよくしたりする構造になっている場合が多く、韓国では冬場の寒さからどのように身を守るのかに重点が置かれているため、外からの冷気を防ぎ、部屋の暖かさを逃がさないことに重きが置かれています。大雑把な言い方になりますが、韓国(朝鮮半島)では冬場の寒さに、日本は夏場の湿気に耐えられる家の構造になっているのです。
 
 竈での煮炊きには最初は薪が用いられていましたから部屋を暖める目的でも薪を燃やしていました。そのため、薪の需要が増えて樹木の伐採が急速に進んで、山の樹木が失われていってしまいました。そこで1960年代からは薪から石炭や練炭(石炭や木炭などの粉を固め、蓮のように穴がいくつもある円筒形の固形燃料)へと変わっていきました。
 また、夏場はオンドルを使いませんから竈で煮炊きをすると床が暖かくなってしまうため、夏場だけオンドル形式になっていない竈で煮炊きをする必要がありました。
 さらにオンドルは作るのに手間がかかり、温度の調節が難しく、暖かくなるまでに時間がかかりました。それでも現在、韓国でオンドルが歓迎されているのは、何よりも足元だけでなく寝転べば全身が暖まり、室内の空気が汚れず、静かで場所を占領することがないなど優れた点が多くあるからです。
 
 現在、韓国の都市部では中高層のマンションやアパートが圧倒的に多く、上記のように伝統的なオンドルを備えることができなくなりましたから、それに代わって温水によるオンドルが普及しています。正確に言えば、もはや「温める石」の意味である「オンドル」ではなく、日本でも見られるようになった床暖房と言えるものです。床板の下に銅やプラスチック製のパイプを張り巡らせて、電気やガスで温めた温水を巡回させ、部屋を暖める方式で、温度調節などもできます。
 もちろん、一戸建ての家では温水床暖房ではなく、伝統的なオンドル形式を用いているところも少なくありませんが、その燃料は灯油やガスに切り替わっています。それらの家をよく見ますと、どこかにそれぞれの家の作りにマッチした煙突が地面から突き出ているはずで、これも韓国(朝鮮半島)の家屋形式の一つと言えるでしょう。
 
 韓国には「배부르고 등 따뜻하다」(ぺプルゴ トゥン タトゥタダ)という言葉があります。「満腹で背中が暖かい」という意味ですが、〝生活が十分に満ち足りている〟ということを表しています。この「背中が暖かい」は寒い冬のオンドルの暖かさかを指していて、まさに生活感覚から生まれた実にぴったりな表現だと私は思っています。
 
大妻女子大学教授

(2023.11.20)
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