【アフリカ大湖地域の雑草たち】(35)

ケニア警察の海外派遣は違憲である

大賀 敏子
 
 I ケニアとハイチ
 
 耳をそばだててしまった
 
 「ケニア警察の海外派遣は違憲である」
 2024年1月26日、ケニア裁判所(ミリマニ法廷)ムウィタ裁判長(Justice Enock Chacha Mwita)の判決だ。自衛隊の海外派遣をめぐる日本の憲法解釈論をつい連想し、耳をそばだててしまった(Aukot & 2 others v National Security Council & 5 others; Law Society of Kenya (Interested Party) (Petition E389 of 2023) [2024] KEHC 336 (KLR) (Constitutional and Human Rights) (26 January 2024) (Judgment))。
 
 国連安保理決議
 
 2023年10月2日、国連安保理は、ハイチ(カリブ海の一国)に対し加盟国が多国籍部隊を派遣することを認める決議S/RES/2699 (2023)を採択した。提案国はエクアドルとアメリカ、賛成は13ヶ国(非常任理事国の日本を含む)である(中国とロシアが棄権)。
 多国籍部隊とはMultinational Security Support (MSS) mission with a lead countryで、任務は、ハイチ警察を助け、治安回復を図り、選挙ができる環境をつくることだ。とある一国が主導し複数の国が参加する。決議文に明言されてはいないが、主導する国とはケニアだという共通認識あっての決議だ。先立ってケニアは、警察官を1000人規模で派遣してもよいと表明しており、このため、ガイアナ、ハイチ、ジャマイカとともに、関係国として安保理に出席(投票権なし、発言権あり)していた。資金は加盟国の任意拠出で賄う。これも明言はないが、主にアメリカからの拠出が期待されている(写真)。
 MSSは平和維持活動(PKO)ではない。PKOなら、国連事務総長が加盟国の軍隊を束ね、制度上指揮するので、安保理決議が必要だ。これに対し、MSSは国どうしの協力活動であり、安保理決議がなくてもできる。わざわざ安保理に諮られたのは、ハイチ情勢がそれ以前も安保理の懸案事項だったためだが、ケニアにとっては、決議があれば国際的なお墨付きにもなる。
 なお、2010年ハイチ地震後の支援には、日本の自衛隊もPKOに参加した。
 
画像の説明 
 ハイチ、アメリカ、ケニア各代表(ニューヨークで)
 Source: The New York Times, 2 October 2023 (Mr. Henry, left, Secretary of State Antony J. Blinken and Alfred N. Mutua, the Kenyan foreign minister, during a meeting in New York September 2023. Credit...Pool photo by Bing Guan)
 
 アフリカ人は古くからグローバル
 
 ハイチは、アフリカ奴隷の子孫による、史上最初の独立国である(1804年)。「奴隷制、植民地主義、サボタージュ、無視という苦い遺産にはかり知れない苦しみを味わっている」のだから、ハイチを支援しようと訴えたのは、国連総会でのケニアのルト大統領演説である(National Statement by the H.E. William S. Ruto PhD, C.G.H, President and Commander-in-Chief of the Kenya Defence Forces addressing the 78tth session of the United Nations General Assembly, 21 September 2023、パラ18)。
 アフリカ人は、いまのようなグローバル化が言われるはるか前から、グローバル化していた。
 
 II 違憲判決
 
 国防軍なら合憲、警察は違憲
 
 決議採択の数日後(10月6日)、ケニア国内のグループが、このような政府の動きは違憲であるとして裁判所に訴えた。これに対して出されたのが冒頭の判決だ。簡単に言えば、国防軍の海外派遣は合憲だが、警察のそれは違憲だという趣旨だ(註1)。
 ケニア憲法は、国家安全保障会議(大統領以下関係閣僚などが構成)、国防軍、ケニア警察をそれぞれ設置している。憲法は、安全保障会議に、国防軍の海外派遣(deploy national forces outside Kenya)を決定する権能を与えている。ただし、議会承認が条件だ(第240条第8項)。実際ケニアは、PKO、アフリカ連合(AU)などの仕組みに活発に派兵してきた。
 これに対し、警察は「forces」ではなくサービスである「The National Police Service is a national service and shall function throughout Kenya」(第243条第3項)。このため、安全保障会議にその海外派遣を決定する権能はない(判決パラ162)。
 もっとも、警察法では、あらかじめ結ばれた相互協定を前提に、警察官の海外派遣を想定(第107条、108条、109条)しており、実績もある(南スーダン、ソマリアほかAU下で)。ところが、ハイチとはこのような協定は結ばれていなかった。
 
 (註1)原告はEkuru Aukotほか2名。
 被告は、国家安全保障会議(構成員は、大統領、副大統領、国防大臣、外務大臣、内務大臣、検事総長、国防軍司令官、インテリジェンス・サービス長官、警察庁長官(憲法第240条))、国家警察庁長官、内閣官房内務大臣、国会議長、検事総長、ウィリアム・サモエイ・ルト(大統領)。
 ケニア法律協会(Law Society of Kenya)が関係者として加わった。
 
 国際協力は栄誉です
 
 判決はこう言う。
 「ケニアにとって、ハイチMSSミッションを主導するとオファーすることは、間違いなく大きな名誉である。同様に、ケニアには国際的義務の一環として、ハイチを支援する国々に加わる義務もある。ただし、そのような活動は憲法と法律に適合していなければならぬ」(判決パラ160)
 判決が示した違憲の趣旨は、つまり、手続き上の瑕疵であった。
 
 門前払いしない
 
 判決をさらに見てみよう。議会の関与についてである。
 事案は議会審議中だった(10月13日、安全保障会議から議会へ送付)ところ、被告(政府側)は、裁判所は干渉を控え、議会審議の結果を待つべきだと反論した。ケニアが主導するという了解あっての安保理決議だと上述したが、確かに政府は、国内でも国外でも、警察派遣を「前向きに検討する」「つもりだ」と言っただけで確約はしていなかった。
 これに対し、裁判長はこう言い切った。議会は議会でハイチへの警察派遣を承認するかどうか審議をすればよい。一方、憲法解釈は、裁判所の仕事(判決パラ83)であり、「裁判所は憲法によって政府の行動をチェックする権能を与えられており、国家機関の活動を法の範囲内に保つことは裁判所の厳粛な義務である」(パラ84)。
 ひとまず門前払い判決もありえただろうが、裁判官はそれを選ばなかった。
 
 踏み込んだ裁判官
 
 このような踏み込んだ姿勢を示すにあたり、判決はわざわざ海外の判例を引いた。
 ナミビアでの2000年・1994年判決―憲法は有機的インストゥルメントである……国の理想と望むところを表明し達成するなかで、創造的かつダイナミックな役割を果たすように、幅広く、自由に、目的を持って解釈されなければならない(判決パラ133)。
 インドでの1982年判決―憲法は永続することを目的とした有機的な文書であり、その規定は、とある政府がとある時点でどう行動するかという観点ではなく、憲法制度の目的とゴールを考慮して解釈されなければならない(判決パラ134)。
 
 III ケニア司法
 
 2010年憲法と司法改革
 
 ケニア裁判所は、これまでも政府に対し、はっきり目に見える影響を与えてきた。わかりやすい例は、過去3回の大統領選挙だ。いずれも結果の是非をめぐり裁判所に持ち込まれた。合法との裁定もある一方(2012年と2022年)、2017年の裁判所は再選挙を命じ、全国でやり直し投票となった。
 現行憲法は2010年8月の国民投票を経て制定されたもので、機能的な三権分立と説明責任が重視された、進歩的な憲法であると評価が高い。憲法制定に続き司法改革がさかんに進められた。透明性が高く、効果的で、説明責任のある司法を目指し、法務官の採用評価、裁判記録の管理など司法実務のあらゆる面にメスが入れられた。裁判所の積極性は、これらの経緯と無縁ではない。
 ケニアが独立時の憲法を大幅に改定し、統治形態をつくり直さざるを得なくなったのには、明確なきっかけがある。2007年選挙後のクライシスだ。結果の是非をめぐり全国で混乱が起き、犠牲者は少なくとも1000人、国内避難民は数十万人を超え、独立以来最悪の混乱と言われた。
 
 ワイフが反対して
 
 「ある人が所有する土地を売ろうと誰かと約束をした。ところが帰宅したらワイフの反対にあって、売れなくなってしまった、みたいなもの」
 裁判所に「待った」をかけられた大統領を揶揄して、親しいケニア人がこう言っていた。権力者が困る様子は、庶民にはジョークのネタになる。
 大統領だけではない。今回ばかりは、外務省、ニューヨーク国連代表部も頭を抱えたことだろう。ちなみにケニア国連代表は、2年前、アフリカ史を引きながら、ウクライナでのロシアを非難する演説で知られたキマニ大使である(註2、2022年3月オルタ広場拙稿)。
 
 (註2)ウクライナ危機でアフリカが見せた“怒り”のスピーチ 世界中で大きな反響(2022年3月3日) - YouTube
 
 IV 国内問題にとどまらない
 
 いまだ派遣されず
 
 これを書くいま(2024年4月10日現在)、MSSはまだ派遣されていない。原因はケニアの事情ばかりではない。
 ケニア議会は警察派遣にゴーサインを出した(2023年11月)(Daily Nation 2023, “Not police, not guns: Here is how Kenya could help Haiti” 24 November 2023)。さらに、警察法が要求していたハイチとの相互協定の調印もなされた(2024年3月1日)。ハイチのアリエル・アンリ首相によるケニア訪問中のことだ。ところがその帰路、首相自身が辞職に追い込まれてしまった。ハイチは大統領制であるが、モイーズ大統領が現職で暗殺(2021年7月)されたうえ、選挙ができずに議会が開けない状況であると伝えられる。
 原告の代表であるEkuru Aukotは、法律の専門家で、憲法草案作りにも係わったという。2017年の大統領選挙に先立ち、いっとき対立候補と目されていた。政権を相手に法律論を挑んだのには政治的動機も多々あっただろう。
 しかし、一連の出来事にはケニアの国内政治を超える意味があるように思う。
 
 国連から見ると
 
 あまり伝えられていないことだが、国連事務局から見るとどうだろう。ハイチ情勢が改善しなければ、それ自体がまず大問題だが、同様に深刻なのは、安保理が決議を上げても実行されないということだ。
 判決では、ケニア法律協会(関係者として訴訟に参加)の次のような主張が記されている。「安保理決議2699(2023)は警察官派遣の根拠にはならない。なぜなら当該決議はケニアを国際法上の義務でしばるものではないから」(判決パラ59)。さらに、安保理決議は(一般論として(筆者註))ケニアを拘束しない、安保理決議(276(1970))にかかわらずナミビア統治を継続した南アに例を見るとおり(判決パラ65)ともある。
 確かに安保理決議に強制力はない。ただし、「権威はある」はずである。ところが、実は「強制力はないが、権威もない」のかな……。このような事例が頻発するとしたら、国連という仕組みそのものへの問いになってしまうのではないか。
 
 みんなの問題
 
 かくて、本件の違憲の趣旨は手続き的瑕疵であり、自衛隊の海外派遣をめぐる日本の憲法解釈論とは、他人の空似のような事例だったとも言える。だが、全文165パラのこの判決は、ウガンダ、タンザニア、カナダなど世界(とくに英連邦諸国)の判例を頻繁に引用している。
 武器を持った自国の公務員を、めったやたらと海外に出してはならぬ、それは世界中の国と人々、ひとりひとりが共有することがらなのだ。
 
 ナイロビ在住 元国連職員 ライター
 
 参考文献
 Ken Opala 2024, Global Initiative against Transnational Organized Crime, “Kenya’s High Court blocks proposal to send police support to Haiti”, 5 February 2024
 藤井広重2022「ケニアにおける司法化する選挙と2022年大統領選挙の行方」
 
(2024.4.20)
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