【コラム】酔生夢死

ゲームチェンジャー

岡田 充

 「(台湾)海峡両岸は親しい家族。両岸同胞が向き合って歩み寄り、手を携えて前進し、中華民族の末永い幸福を共に創造するのを心より望んでいます」 2022年の大晦日、テレビでこう語りかけたのは、中国の習近平国家主席。台湾統一にも武力行使にも一切触れない、実に温和なメッセージだった。
 前年のあいさつは「祖国の完全統一実現は、両岸同胞の共通の願い。すべての中華の子女が手を携えて前進し、中華民族の素晴らしい未来を共に築くことを心から期待する」だった。統一を前面に出し、中国の統一戦略受け入れを迫るような固い印象だ。
 なぜこうも温和なトーンに変わったのか。それを解くカギは22年11月の台湾統一地方選での与党、民主進歩党(民進党)の惨敗。21の県・市首長選で野党・国民党が1増の13ポストを獲得する一方、民進党は1減の5ポストと結党以来の敗北を喫した。
 中国側はこの選挙について「台湾独立勢力による『抗中保台』(中国に対抗し台湾を守る)は人心を得られなかった」「選挙は、『平和、安定、発展』が台湾社会の主流民意であることを示した」と分析した。蔡総統が選挙戦終盤に対中政策を争点化したことが敗因とみる。
 蔡政権は米政権と共に「中国は台湾に武力侵攻しようとしている」と「台湾有事」を煽り、中台関係は悪化する一方。しかし、台湾にとって中国は輸出や投資の4割近くを占め、政治的に対立しても、経済的には共存関係にある。中国と敵対するばかりでは台湾生存の保証にならない。
 中国との関係を悪化させる蔡政権が民衆の離反を招いた、という中国側の分析には一理ある。台湾有権者は、選挙のたびに台湾海峡情勢をはじめ、米中、米台、日中、日台など多くの変数からなる方程式を「複眼思考」で解かねばならない。
 台湾政治は、1年後の総統選挙に向けて選挙モードに入った。習氏の温和メッセージは、蔡政権に「ノー」を突き付けた台湾有権者に向け、総統選でも政権交代の選択をするよう促したのではないか。台湾当局と民衆を分け、民衆には「平和攻勢」に出たという見方だ。
 台湾というと「緊張」の代名詞のように受け取られがち。しかし国民党の馬英九政権時代(2008~16年)は関係は大幅に改善された。中台の航空直行便が解禁され、「経済協力枠組み協定(ECFA)」も締結、馬氏と習氏のトップ会談(2015年)まで行われた。
 総統選で政権交代し両岸関係が好転すると、「台湾有事論」は宙に浮き、中国は米台軍事協力強化に「くさび」を打てる。「台湾有事」を念頭にした岸田政権の大軍拡路線も根拠を失いかねない。政権交代はまるでオセロゲームの大逆転のように、東アジア政治の「ゲームチェンジャー」になる。習氏の「平和攻勢」は、それを十分意識している。(了)

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地方選挙惨敗で党主席を辞任した蔡英文氏

(2023.1.20)
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