【コラム】海外経済論潮短評(1)
ゾンビの「アベノミックス」—総選挙大勝でも—
年明けの東京市場は、年末からの株価の上昇につづいて一進一退ながらも1万7000円前後(日経平均)の高い水準がつづいている。黒田日銀総裁は昨年10月30日、第二の「黒田ショック」ともいわれる一段と強引な金融緩和策(年30兆円規模の長期国債などの日銀購入による)を10月末に公表実施。円安はすでに進んでいたが、これが一層加速。そのために株式市場は低迷の懸念から一転し、強気相場となって上がってきた。株高が当面続くことで「アベノミクス」の失敗が表面化する前に、また政権支持率が高く、野党分裂のなかで、安倍首相はいっきょに解散総選挙にうってでた。結果はご案内の通りだ。
さて年明け、新年度2015年度の経済見通しについて、政府は実質1.5%、名目2.7%程度という強気の見通しを続けてゆくようだ。新年賀詞交歓会等の発言をみるかぎり、財界も株高と好業績にうかれ、この線に口裏をあわせ楽観的なものが多い。春闘賃上げさえ実現できれば先行きは明るい、というのが年初の平場の世論のようだ。
このような国内の見方に対して、海外はどのようにみているのか。
これについては、もともと「アベノミクス」うちだし当初から、海外の見方、評価と国内の評価は、相当にくいちがっていた。たとえばロンドン「エコノミスト」誌は(2013年4月12〜19日号で)、黒田総裁の最初の大規模な金融量的緩和を含めて「空中の革命」(いわば心理戦)として、「空を飛んでいるのは小鳥か、飛行機か、いや日本だ」(同5月18日号)、アベのミクスではなくシャボンの「アワノミクス」だ、日銀は「洪水防止の門」をあけてしまった、とまで酷評する記事を掲載しつづけていた。
それ対して、アメリカ筋の日本政府応援団グループ(含む浜田幸一氏の応援)は、しばらくは日本のデフレからの脱却は世界経済にも有益だから、うてるだけの手をうった方がよいという意味で好意的なようだった。けれどもその後はこうした「アベノミクス」特効薬を応援するものは殆どみられなくなった。米・英の論者に共通していたのは、「成長政策」という「第三の矢」にまだ期待する向きが最近まではあった。しかし、日本国内では、農業・農村つぶし、正規雇用の非正規なみのあつかいをふくむ「構造改革」(「岩盤規制を崩す」とも大袈裟にいわれたが)は「見せ絵」だろう、もともとそんな無茶なことはできないだろうということで、アメリカが期待したTPPによる中国包囲網ですらも腰がひけてきたというところである。
したがって、アメリカの「権威ある」外交問題評議会の「フォーリン・アフェアーズ」誌は、なんと解散方針の表明と殆ど同時の早い時期に(2014年11月20日付けで)、リチャード・カッツの見解をネット上で公開(「フォーリン・アフェアーズ・リポート」、邦語では1月号として掲載)した。見出しは「ゾンビのアベノミクス」とふるっている。
消費税を5%から8%へ引き上げるのは健康な経済なら問題ないはずだ、ところがアベは今度は公約とされた、あと2%の税率引上げをさきおくりにして、さらなる円安を演出する黒田第2弾の金融大幅緩和で代替した。「円安」は国内の実質成長をかさあげするものではまったくなく、それどころか円安による物価上昇は実質所得の大きな減少となり、勤労者家計は実質可処分所得は前年に対して6%も低下しているのでかえって悪化させているということだ。
それでもアベの連立政権は12月14日の総選挙では多少は議席を失っても3分の2をはるかにこえる290議席前後は確保することになろう、と予測していた。結果は自民単独で291議席ということだったわけである。フィナンシャル・タイムズ(12月10日)は選挙戦で安倍首相は「景気回復、この道しかない」と繰り返し強調をつづけ、「ひとつの信念をこれほど執拗に力説する理由は一つしかない。それは事実ではないからだ。」と喝破していた。
たしかに、公表された統計数字でみれば、アベノミクスのひどい「成果」はまったく明らかである。すでに2014年度は、政府の当初の経済見通し実質成長率1.4%、名目3.3%だったのに対し、実際には実質ゼロ成長と大幅な下方修正。それなのに前記のように平成27年度についてもまたもや高い見通しをだす予定である。ちなみに、OECDの経済見通しでは2014年は実質成長0.4%、2015年は0.8%と大幅に低い。2014年についてはすでに結果が殆どわかっているわけだから、この方が現実に近いことは明白だ。
こうなってくると、ようやく日本の長期経済停滞は、これまで政策ミスはなかったとはいえないとしても、またバブル崩壊後の対応がまずすぎた、ということが本当ではあっても、それだけではないということだ。日本の人口急減がはじまっており、投下労働力の質と量が絶対減となっている(長期的人的能力開発の低下を含め)、ひとりあたり生産性上昇率が欧米並みとすれば、潜在成長率はこれからも0〜0.5%という現実がある。
実質成長率の相当大幅な引上げをめざしていた「アベノミクス」の虚像を越えて、世界一の公的債務をかかえている財政制約下、すでに新年度予算の社会保障費はこれだけ抑制しても31兆円をしめ、これからも当然に増やし続けなければなければならないという現実を直視すべきであろう。そこからはじめて「正気の」政策が組立て直されることとなる。
(筆者は島根県立大学名誉教授)