【コロナ禍、海外で見えたもの】

タンザニア・クリスチャン大統領の死

 <アフリカ大湖地域について考える(4)>

大賀 敏子

 ◆ どこかの貧しい国の話

 2021年3月17日、タンザニア政府は、ジョン・マグフリ大統領の死亡を発表した。持病の心臓疾患とのことだ。しかし、死因は新型コロナウィルス感染だという、政府の発表とは内容を異にする報道もある。

 日本のNHKはこう伝えた。「新型コロナウイルスを軽視する言動を繰り返していたことで知られるアフリカ東部タンザニアのマグフリ大統領が死去しました。ロイター通信は、大統領自身が新型コロナウイルスに感染したのではないかという見方を伝えています。……マグフリ大統領は、新型コロナウイルスを軽視する言動を繰り返してきたことで知られ「神に祈っていれば克服できる」などと主張してマスクの着用やソーシャルディスタンスの確保を否定していました[1]」

 CNNは、「あの、Covid を否定していたタンザニアの指導者の死因は、コロナだったのではないか?」という見出しだ[2]。ケニアの大手英字紙は、故人はコロナ症状で極秘裏にナイロビに緊急搬送されたが、回復不可能と診断され、生命維持装置をつけたままダルエスサラームに再搬送されてから亡くなった、と詳しい[3]。

 これらの報道で、貧しい国の非科学的なリーダーが、コロナをあなどり、自らコロナで死んだと理解した人は、おそらく世界に相当数いるだろう。

 ◆ 貧しいけれどいい国

 タンザニアは、インド洋に面する東アフリカの国で、日本の2.5倍の国土に5,800万人が暮らす。1961年、イギリスから独立して以来、社会主義の国家建設を進めていたが、1986年に市場経済へと転換した。90年代、トップクラスの最貧国と言われていたが、近年は年率平均6パーセントの順調な経済成長(コロナ禍以前)を示し、2020年、世銀は同国を低中所得国へと格上げ分類した。

 初代大統領のジュリアス・ニエレレは、あまりに有名だ。国内ではエスニシティの分裂をあくまで避け、国外ではパン・アフリカニストとしてアフリカ統一機構の設立に尽力した。ニエレレ退陣後も、タンザニアはルワンダのアリューシャ合意を仲介したり[4]、スーダンへのPKO派遣、ソマリア沖の海賊対策に取り組んだり[5]、アフリカの安定と平和に積極的だ。
 ルワンダのジェノサイドでは、タンザニアも多くの難民を受け入れざるを得なかった。同じように難民を受け入れたコンゴ民主共和国では、今になっても紛争が続いているのとは対照的に、タンザニアは平和を維持してきた。これは政府がきちんとしていたからだと評価されている[6]。筆者は1993-95年、タンザニアで働いた。

 ◆ 中国投資事業を停止

 亡くなったマグフリ氏は、2015年に大統領に選出され、2020年10月、コロナ禍の真っ最中に再選を果たしたばかりだ。もともとは貧しい田舎の子だ。学校の教師をしてから政界に入り、インフラ整備に力を注ぎ、ニックネームはブルドーザーだった。汚職対策と政府の経費削減に取り組み、自分のサラリーを減らしたり、政府主催の華美なセレモニーを取りやめたりと、庶民にわかりやすい政策をうった。

 日本でも一部で報道されたが、マグフリ氏は、中国企業の投資で行われるはずだった港湾建設計画にストップをかけた(2019年、バガモヨ市港湾建設の停止)ことがある。港湾の貸与年数や免税措置など中国側が示す条件ではタンザニアが不利になると見越して、拒否したとのことだ[7]。中国への資金返済が国家運営の大問題になっている国がいくつかあるなかで、注目された。

 ケニアのケニヤッタ大統領は、自ら葬儀に出席してこう述べた。故人は「諸外国の援助に頼らなくても、アフリカはやっていけることを示した[8]」と。他界した人のことだ、いくらほめちぎっても損はないことを差し引いても、マグフリ氏にはもっともふさわしい弔辞だ。

 ◆ WHOに報告しない

 報道によると、2021年3月現在、WHOに感染者数を報告していない国は世界に3ヶ国あり、それは北朝鮮、トルクメニスタン、そしてタンザニアだ[9]。タンザニアは、2020年5月初頭、感染者数509と報告したのを最後に、WHOへの報告を止めた。PCR検査はあてにならないという理由とのことだ。マグフリ氏は、いつもどおり仕事を続けよう、ただし、5月のある3日間を祈りと断食の日にしようと国民に呼びかけた[10]。

 イスラム教徒、キリスト教徒がそれぞれ人口の40パーセントだ。どの神に祈るかは自由だが、それぞれの信じる神に、いっせいに祈ろうという趣旨だ。聖書では、一人で祈るのも大事だが、人が集まって心を合わせて祈ることを特別に重要視している。言い換えれば、このとき彼は、もっともっとみんなで集まろうと呼びかけたわけだ。すぐにオンライン集会に切り替えるための準備も設備も、ほとんどの宗教団体にも信者にもなかった。

 内外から猛反発があった。西側諸国も、ケニア、ルワンダなどの近隣諸国も、ロックダウンしたくてした国は一つもない。各国が共同歩調をとらなければ、対策の効果は上がらない。欧米諸国は、集会開催の是非、人々の移動制限などの政策決定ですったもんだするうちに犠牲者を増やしてしまったばかりだ。同じ轍を踏まぬようにと、真摯なアドバイスもたくさんあった。いずれも正論だ。

 ◆ 働こう

 西側や外国の報道による引用を引用するのではなく、故人の演説を原文のスワヒリ語でていねいに見ていると、異なる像が浮かんでくる。

 2020年4月10日演説。欧米で感染が増え、世界がいまだかつて経験したことのないロックダウンにあったころ(趣旨の抜粋のみ)――十分な食料を生産しなさい。自宅巣ごもりを求めたり、国境を閉じたりはしないから、仕事を続けなさい。おそれるな、働くことを忘れるな。

 2020年5月17日演説。WHOへの報告を止め、諸外国の非難の的になり始めていたころ――ロックダウンはしない。雇用と食料、必需品を確保するためだ。国際線を再開する。来たいという外国人には来てもらえるようにするためだ。おそれてはならない。仕事を続けよう[11]。
 これらが正確な記録であるとすれば、趣旨は、なにより国民を励まそうとするものだ。

 2020年6月、タンザニアは南部アフリカ開発共同体(SADC)加盟国と、コロナ禍のなかでの物流原則を交渉、発表した。内陸国にとってタンザニアの港と道路は命綱だ[12]。本稿の冒頭でCNNは「あの、Covid を否定していたタンザニアの指導者」と言及したと書いたが、タンザニアがコロナ感染症そのものを否定していたわけではけっしてない。カラフルなマスクをおしゃれにしようという当時の新聞コラムもある。

 2021年2月13日演説。「タンザニアは、コロナも含めて、病気を克服することになるだろう。医療専門家が言う対策をとり、なにごとにおいても神を信頼し、がんばって働き、強靭さを保ち、一致団結しよう」「もっと食料を生産しよう、ロックダウンしようがしまいが、お腹はすく[13]」
 なんとか人々を元気づけたいと願う、演者の絶叫が聞こえてきそうだ。自ら病いに倒れ、公の場から姿を消したのは、この直後だ。

 ◆ 目を覆いたくなるほどの窮乏

 つらいのは世界中同じだが、ことに貧しい国の場合、庶民の窮乏ぶりは目を覆うほどだ。西側外国人が退避し、オフィスや商店が閉まり、夜間外出禁止令が出されると、底辺の人たちがあっというまに職を失う。働いては食べ、食べては働くというその日暮らしだ。貯金があるわけがない。学校が閉まって給食がなくなると、子供たちは空腹のままだ。

 ケニアで30年以上孤児院を運営しながら、フェルトのぬいぐるみ製作と販売で、シングルマザーたちの自立を応援してきた菊本照子氏は、ブログにこう書いておられる。「あるホームレスの人が『コロナは上層階級の病気だ』と言ってましたが、確かに、飛行機に乗るなんて貧しい人々には見果てぬ夢。コロナは金持ちが持ち込んだ病気に違いありません[14]」
 大多数の庶民にとっては、いい迷惑、とばっちりなのだ。

 2020年の東アフリカは、バッタの被害、洪水、そしてコロナと三重苦に見舞われた。アフリカ開発銀行もこう言っている。「コロナウィルスは確かに人を死なせる。しかし、飢餓は大勢を殺す[15][16]」。

 ◆ 国際合意は万能ではない

 マグフリ氏はコロナ禍以前も、ときどきかみつかれることを言ってきた。たとえば、女生徒が妊娠したら、ほかの子の学業に迷惑になるので退学すべきだとか、避妊ピルで産児制限する女性は、育てたくない、働きたくない怠け者だ、とか[17]。まったく暴言だ。とうぜん猛反発があった。国連の持続可能な開発ゴールは「性と生殖に関する健康と権利」を重要な柱の一つにしている。タンザニア自身も国連加盟国として賛成したではないか、なにをいまさら、そんな時代遅れで無責任なことを、と[17][18]。
 法律家の議論、ものごとの理屈としてはとしては完ぺきだ。しかし、現実を見るとどうだろう。

 都市部、知識層、若い世代は別だろうが、文字どおり貧乏人の子だくさんを、ひいひい言いながら生きてきた人は、男にも女にもたくさんいる。彼らには、マグフリ氏の言葉は思いのほか心に響いたかもしれない。国際合意だからと紙のうえのきれいごとをもちだして、あなたたちは古い世代で、時代が悪かったのだと言われるのに比べれば、はるかになぐさめになったのかもしれない。
 ルール、条約、国際合意は大事だ。しかし、万能ではない。いつも人々の心の味方になるとは限らない。

 ◆ こびない英雄

 ケニア、ルワンダ、ウガンダをはじめ、多くの途上国が迅速にロックダウンへと踏み切った。西側とWHOから見れば、優等生だ。タンザニアも同様に積極的な施策をとっていれば、救えた命も多々あっただろう。国家元首である以上、本意は何であれ、誤解を招かないように慎重に言葉を選ぶべきだったとも言える。だから、祈りなさいと言った故人を宗教原理主義[19]と非難するのはたやすい。

 子供のころ学校で、先生の言うことだからと鵜呑みにできる子と、なかなかいい子になれない子とがいた。前者のなかには、陰ではこっそり先生をだましている子もいた。後者のなかには、反抗するからこそ仲間に人気のある子もいた。マグフリ氏は後者のタイプだったのかもしれない。
 マグフリ氏の言葉には、外国人にはなかなかわからない、力があったのではないだろうか。タンザニアの人々の魂をゆさぶるような、野生のカンとも言うべき、そんな力が。

 ◆ 国旗でつつまれた棺

 「アフリカの優れた指導者の優れた政策が、世界に伝えられることは、まずない。いつも悪いニュースばかりだ」と、大統領の死についての西側メディアの報道にフラストレーションをあらわにするのは、とある在英のタンザニア人の若者だ。「なぜ、アフリカでいちばん偉大な指導者だったと報道してくれないんだ[20]」。
 しかし、だ。その昔、日本はアジアの貧しい敗戦国で、メイド・イン・ジャパンは、安かろう、悪かろうとも言われていた。いきなり今日の日本になったのではない。だから「タンザニア人よ、辛抱強く実績を示していきなさい」と言っても、言い方には慎重さを期する必要があるものの、必ずしも高慢ではないだろう。失敗も含めて日本の経験から学んでもらえばいいのだ。

 ただし、こう言った側にもまた、学ぶことがあることをしばしば忘れてしまう。アフリカは遅れているという先入観があったとする。今回の西側報道の陰にある隠れた危険性は、報道の内容がこのような先入観にぴたりと合致していることではないか。すとんと腑に落ちてしまうのだ。するとどうなる、思考停止につながる。やっぱりアフリカはダメなのだと。

 自戒の念を込めて書く。他者をダメと評価できるなら、それをそのまま自分に当てはめてみることはできないか。自分には最善と思えることが、他者の目から見て、後世から見て、ぜんぜんダメなことがある。他者のことを侮る暇があるくらいなら、むしろ、謙虚さと慎重さを忘れないようにしたいものだと、あらためて反省している。
 国づくりの真っ最中に倒れた、名誉の戦死だ。棺にタンザニア国旗がかけられた。しかしそれは残された者の気休めでしかない。本人は、ヒトコト、「国民の皆さん、コロナには気をつけましょう」と言いたかったかもしれないが、もはやそれもかなわない。

 (ナイロビ在住・元国連職員)

[1] NHK, 18 March 2021 「タンザニア・マグフリ大統領死去・新型コロナ軽視の言動も」
[2] CNN, 20 March 2021 “Did Tanzania's Covid-denying leader die of the coronavirus? It's one of many questions he leaves behind”
[3] Nation Media Group,19March 2021 “Last moments of the‘Bulldozer' John Pombe Magufuli”
[4] 筆者の前稿(オルタ広場207号)を参照されたい。
[5] 外務省
[6] Organization of African Unity,“Rwanda: The Preventable Genocide, International Panel of Eminent Personalities”, paragraph 19.6
[7] 粒良麻知子・アジア経済研究所「タンザニアの『ブルドーザー』大統領―マグフリ政権の特徴―」
[8] Nation Media Group, 22 March 2021 “Uhuru Kenyatta: Magufuli taught us that Africa can do without foreign aid”
[9] CNN, 5 March 2021 “The countries making dubious claims over Covid-19 – and what that means for the world”
[10] President's Official Website, 17 May 2020 Speech
[11] President's Official Website, 10 April 2020 and 17 May 2020 Speeches
[12] The Citizen, 24 June 2020 “SADC changes its approach in the fight against Covid-19”
[13] The Citizen, 14 February 2021 “We'll defeat all diseases by God's help: Magufuli”
[14] 菊本照子、24 March 2020「ケニアのマトマイニ(希望)を育てる コロナウィルス ケニアの場合 その6」
[15] African Development Bank, 30 April 2020 “Arica cannot afford LOCUST-19”, speech by President, Akinwumi A. Adesina
[16] The Citizen, 10 May 2020 “Covid-19, locusts and floods: East Africa's Triple Dilemma”
[17] BBC 19 March 2021 “John Magufuli: Tanzania's late president in his own words”
[18] CNN, 25 September 2018 “Amnesty International condemns Tanzania's ‘attack' on family planning”
[19] CNN, 20 March 2021 “Did Tanzania's Covid-denying leader die of the coronavirus? It's one of many questions he leaves behind”
[20] The Citizen, 26 March 2021 “How Magufuli's death was reported and received abroad”

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