【コラム】海外論潮短評(116)

トランプと国際秩序
―アメリカ・ファーストはヘッジング(脱同盟)外交の引き金―

初岡 昌一郎


 国際・外交問題専門誌として世界的に影響力を持っている『フォーリン・アフェアーズ』3/4月号が、「トランプの時代」を特集している。この特集はトランプの外交・国際政策を、ポピュリズム、経済、ロシア、中国、テロリズム、イスラエル、北朝鮮などの観点から批判した8本の論文を収録している。その締め括りとして「トランプと国際秩序」を総括的に考察しているスチュワート・パトリックの論文を紹介する。

 筆者は同誌の発行主体である「カウンシル・オブ・フォーリン・リレーションズ(外交関係評議会)」主任研究員で、同協会の研究プログラム「国際機構とグローバル・ガバナンス」主査である。彼は、スタンフォード大学卒業後、最優秀学生に与えられる英ローズ奨学金によりオックスフォード大学に留学、国際統治論で博士号を得ている。気鋭の国際関係研究者として、多数の論文・著書を精力的に発表している。

◆◆ アメリカ・ファーストに対応、ヘッジ(脱一辺倒)でリスク分散する各国

 F.D.ルーズベルト以後歴代13人の大統領は、アメリカがグローバルなリーダーシップを引き受ける原則では一致していた。それぞれの外交政策は異なっていたが、アメリカが自国の利益だけで立場を決めず、世界経済を自国の損得だけで判断できるゼロサム・ゲームではないとみる点で共通していた。

 これが変化しようとしている。トランプ大統領はナショナリスト的外交政策を公約し、アメリカにとって狭義の物質的利益を優先させようとしている。彼は、自由世界の擁護者としてのアメリカの伝統的なビジョンを無視しており、世界で果たすべき役割についてほとんど語っていない。外交と経済でアメリカの国益を追求することを明言しており、1945年以後アメリカが主導してきたリベラルな国際秩序に対するそのインパクトなどは気にもしていない。

 現行国際秩序は昨年の大統領選の遥か以前から綻びを見せていた。中国やロシアの挑戦を抜きにしても、現行国際秩序は日本の経済的な低迷、英国のEU離脱による欧州危機など、内部的な要因によって弱体化していた。

 トランプが大統領として何をしようとしているかを承知しているものは一人もいない。だが、彼は候補者として世界政治を大幅に変革すると主張してきた。同盟関係の再検討、現行の通商合意の破棄、対中国貿易障壁の強化、温暖化防止パリ協定否認、イランとの核合意の放棄などがその主要な内容だ。彼が本当にこのような挑発的なプランを押し進めるならば、自分でも制御できない連鎖的な諸力を解き放ち、欧米中心秩序の危機を先鋭化させずにはおかない。

◆◆ 予測不可能となったアメリカ依存からリスク分散

 トランプ大統領の国際政策に懸念を抱く諸国は、大まかに見て三つの対応をとりつつある。第一に、アメリカの影響力に対抗する新同盟関係の構築を追求し、国際機関内でアメリカの目的を阻止しようと図る諸国である。第二のグループの諸国は他にオプションがないとみてトランプの新政策を黙認し、安全保障と経済的における既存の利益を守ろうとする立場。第三に、賭けを別の可能性にもヘッジし、突然予想不可能となったアメリカに対応する諸国だ。ますます多くの国が第三の道をとりそうだ。

 投資家と同じようにポートフォリオを多様化することにより、国家もリスクを管理できる。副次的な賭けを張っておくことで金融機関が市場の変動制に対応するのと同じように、提携関係について複合的なシグナルを送ることで、予測のつきにくい超大国からの被害を軽減できる。二大強国に対応するためにいずれの側にも与せず、いずれとも仲良くし、被支配と孤立を回避するために双方に賭けるのが、冷戦中のリスクヘッジの道であった。今日のように大国の動向が予測不可能となり、力関係が急速に変化する状況では、ヘッジング(両賭け、ないし賭けの分散)がニュ-・ノ-マルとなる。

 最近まで、ヘッジングはアジア諸国に限られていた。いくつかの中国近隣諸国は域内でのアメリカのプレゼンスを歓迎しながらも、アメリカと正規の同盟国となる条約締結は敬遠してきた。インドネシア、ミャンマー、シンガポール、ベトナムなどの諸国は、濃淡の差はあってもすべてこの戦略をとってきた。トランプ時代におけるアメリカのリーダーシップが不確実になったことから、ヘッジングはアジアにとどまらず、世界に広がりそうだ。

 このシナリオが展開するとすれば、伝統的なアメリカのパートナーがその賭けをヘッジする兆候とはどの様なものであろうか。警告のシグナルは国際関係において安全保障、経済、気候変動の三つの領域で目撃されうる。これらすべては、1945年以後のリベラルな国際秩序と長年にわたるその主導国に対する信頼を揺るがすシグナルである。

◆◆ 安全保障システムの不安定化

 ヘッジングが最もドラマティックに現れるのが安全保障だ。アメリカは戦後世界において世界秩序と地域的パワーバランスの究極的保障を提供してきた。軍事力の前線展開、核の傘、防衛保証が多くの国に安全保障を与えてきた。トランプはこれら全てを放棄しかねない。彼は現行同盟上の約束に疑問を投げかけており、日本などの同盟国に自前の核兵器を持たせるアイデアを弄んでいる。

 アメリカを保険会社に見立ててみよう。トランプが保険契約を一方的に破棄、賭け金を大幅に引き上げ、会社自体の支払い能力に疑問を抱かせたならば、どのような事態が生まれるだろうか。アジアでは中国、欧州ではロシア、中東ではイランなど、地域的に有力なパワーに掛金をヘッジする国が現れる。また、リスクに自前で備える動きが高まるであろう。この面で特に影響が大きいのがアジアだ。アメリカによる保障が揺らぐことは、日本と韓国に自前の核武装化を促すことになる。

◆◆ 重商主義の復活 ― 高まる中国の経済的指導力

 1945年以後アメリカが公約してきた自由貿易を打ち切るというトランプ政権は、伝統的な通商パートナーをヘッジングに走らせることにならざるを得ない。市場開放政策を放棄するならば、パートナー諸国はアメリカの保護主義に対する対抗策をとり、WTO紛争解決制度に救済策を求めるだけでなく、その他の方法でもアメリカのご都合主義に対応することになる。

 EUや中国が貿易自由化の新たな推進力として期待を担う。これらの国はアメリカ抜きの新たな地域的な代替的協定に努力を注ぐだろう。包括的地域的経済パートナーシップ、一帯一路構想、アジアインフラ投資銀行などが中国によって既に提案されている。各国は国際決済をドル建てから多様化させ、ユーロ、人民元、円などでの外貨準備を増やすだろう。国際通貨基金や世界銀行などの国際金融機関におけるアメリカの影響力を削減するために、開発途上国は努力を倍加させるだろう。開発途上国は、中国、ブラジル、インド、アラブ首長国連邦などの新興経済大国にますます大きな金融上の役割を期待している。

 アメリカが指導力を放棄すれば、先進市場経済諸国によるGセブン会議などは意義を失い、国際経済を成り行きに任せることになりかねない。G20グループなどのより包括的な国際会議では、中国の指導力に期待感が増すだろう。主要新興経済諸国がアメリカよりも中国に期待するようになれば、ブラジル、ロシア、インド、南アフリカ、中国のBRICS連合の役割が高まる。

◆◆ 深まる地球の危機 ― アメリカ抜きのヘッジ策は環境分野では困難

 温暖化は長期的に見て人類のサバイバルにとって最大の危機である。これ地球に対して、トランプは選挙中にこれを「中国人の作り出した悪戯」などと茶化してきた。彼は、2015年にパリで締結された温暖化防止協定を破棄すると公言している。これをアメリカが実行に移すならば、一部の国は協定が無効になったとみてこれを無視するだろう。だが、多くの国は協定の内容の実行優先度を下げるかもしれないが、温暖化防止政策を他の方向にヘッジするだろう。

 温暖化防止に直接関係のない国際協定に同じ目的を採り入れて、排出ガスの削減を貿易や農業生産の条件にする国が増えるだろう。気候変動に対する外部的コストの責任をアメリカにも負わせるために、アメリカ製品にカーボン排出税を加算する国が出ても不思議ではない。さらに、環境問題に熱心な州(カリフォルニアなど)や都市(ニューヨークなど)とガス排出削減の協定を直接結ぶ動きが出る可能性がある。

 だが、安全保障や経済の領域とは異なり、環境分野でのヘッジングは不満足なものとなるだろう。それは、短期的な利益のために長期的な人類の運命を犠牲にする行動を十分に阻止できないからだ。グリーンハウスガスの影響はグローバルなものなので、アメリカの行動に失望した諸国がその影響を逃れる行動を効果的に組織することは困難だ。環境領域では、他の領域のようにアメリカ抜きの代替的な体制は考えられない。

◆◆ トランプの選択

 他の国がアメリカの指導性放棄にどのようにヘッジするかは予め想定されるものではなく、トランプが今後とる選択によって左右される。有力な顧問たちの助言や議会の圧力によって、彼が選挙中の言動から軸足を移し、よりスタンダードな伝統的政策を採ることもありうる。

 だが、これまでのようにアメリカの同盟関係上の約束を弱め、保護主義的な貿易政策を採り、地球温暖化と闘う義務を放棄するのであれば、アメリカの同盟国や友好国は自主性を強めて、自国の安全保障、繁栄、利益を追求するであろう。トランプ政権が行動の自由を拡大し、他国がアメリカの動向に予想不可能と感ずるようになれば、アメリカの敵を利するだけであるし、アメリカの経済的利益と地球環境にとって有害である。

 トランプの大統領選中のキャンペーン公約の核心は、国際的な脅威と不当な経済競争に対するアメリカの弱点をカバーしようとするものであった。だが、トランプが公約しているステップは、アメリカの同盟国と友好国を反対方向に追いやり、グローバルな不安定と経済的な報復にアメリカを陥れ、アメリカが作り上げてきた世界の没落を加速化する、皮肉な結果をもたらすだろう。

◆ コメント ◆

 この論文は、トランプ大統領がとろうとしている国際・外交政策に対する全体に真正面から根本的な批判を提起している。個人論文として発表されているが、アメリカでもっとも代表的な国際・外交政策の研究・広報団体である「外交問題評議会」の機関誌で特集されたトランプ批判特集の要となる論文である。この評議会は超党派的な団体で、代表的な財界人や有力外交官OBも参加しており、国際的に広いつながりを持っているので、少なからぬ影響を内外に及ぼしてきた。

 本論の論旨は極めて明快だが、過去のアメリカの伝統的な国際・外交政策の基本を批判的に検討せず、ルーズベルト以後の共和・民主両党のすべての大統領の政策を一纏めにして肯定的に見ている点が問題だ。トランプの異常性を際立って浮き彫りにし、その波及的な全般的危険を指摘しているのに耳を傾けるべきである。しかし、そこからは望ましい国際秩序の将来展望が見えてこない。単にこれまでの外交路線に復帰することは可能でないだけでなく、望ましくもない。

 過去のアメリカの国際性は、ウイルソン大統領的の民族自決原則と国際機関による集団的安全保障などの新時代を画する外交政策の積極面があったことは事実として認識すべきである。しかし、アメリカ企業の利益と市場拡大を促進する貿易・金融面でのグローバルな指導力、および第二次世界大戦以後に圧倒的に優位に立った軍事力の優位を背景にした覇権によるゴリ押しという、否定的な側面があり、時の経過とともに後者の面が増大していった。

 しかも、国際的に産業・金融面で圧倒的に優位に立つアメリカ企業が主導してきたグローバリズムは、グローバル・ガバナンスを欠いていた。アメリカが唱道してきた民主主義の国際化は、グローバルな統治における民主主義を目指してはいなかった。仮に、すべての国が民主主義化しても、それは国内レベルの民主化であって、国際秩序の民主化とはならない。

 国連は、貧富の差なく一人が一票を持つ民主的な投票権原則を擬制化して加盟国に適用したもので、現実の諸条件や効果的な統治を無視したものであった。その原則にはそぐわない、5大戦勝国中心の安全保障理事会の決定を担保できるのはアメリカの軍事力であった。本来、安保理事会と並んで二本の主柱となるはずであった社会経済理事会は、ほとんど機能停止状態で見るべき役割を果たしていない。

 今日の国際秩序の揺らぎと反グローバリズムは、安全保障上の行き詰まりというよりも、グローバルなガバナンスに不可欠な国際的所得分配メカニズムとグローバルな人間安全保障と社会保障システムの不在から生じている。問われているのはグローバル化ではなく、民主的グローバル・ガバナンスなきグローバリゼーションに他ならない。

 (オルタ編集委員)

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