【コラム】海外論潮短評(122)

トランプ政権と距離を置き始めた同盟国
― オーストラリアとカナダでさえも ―

初岡 昌一郎


 昨秋のトランプ大統領選出以後、私が目を通している範囲でアメリカの週刊・月刊誌は毎号トランプ批判の大合唱を続けている。なかでも、本欄でしばしば紹介してきた『フォーリン・アフェアーズ』(隔月刊)はいろいろな側面から本格的なトランプ批判の論文を継続的に特集している。同誌9/10月号は「トランプと同盟国 ― 海外の見解」の特集である。

 ヨーロッパ諸国のトランプ批判は日本のジャーナリズムでも折に触れ取り上げられているが、これまで最も忠実なアメリカの同盟国とみなされてきたカナダとオーストラリアからの反応はほとんど紹介されていない。その特集から「アメリカとの同盟に不安を抱くオーストラリア」と「縮小するアメリカがカナダの役割を拡大」の2論文要旨のさわり部分を紹介する。歴史的政治文化的に見て、日本よりもはるかに親密な同盟国であり、常にほとんどすべての面でアメリカと国際的行動を共にしてきた両国も、トランプ政権にはかなりの距離をとりだしている。この特集全体を見て、安倍首相の「ポチ」振りはすべてのアメリカ同盟国の中で突出している。

 日本でほとんど注目されていない両国の対米関係と国際政策を分かりやすく、歴史的パースペクティブから分析、紹介した両論文は、日本人のステレオタイプ的な同盟観に解毒効果を齎すだろう。オーストラリア論の筆者マイケル・フリーラブは、同国のシンクタンク「ローウイ研究所常務理事。カナダ論の筆者ジョナサン・ケイはトロント在住のカナダ人評論家。

◆◆ 中国とアジア諸国に接近するオーストラリア ― 目下の同盟国からの自立へ

 大統領就任数日後、トランプは執務室から最初の対外的な電話をオーストラリアのターンブル首相にかけた。この電話は、20世紀と21世紀の主要な戦争にアメリカとともに常に闘ってきた唯一の同盟国指導者に対する自己紹介的挨拶を目的としたものであった。ところが『ワシントン・ポスト』に語った米政府高官によると、この会談は「敵対的非難の応酬」だった。トランプは「選挙の勝利を自慢したうえで、オーストラリアがオバマ政権と合意した難民移送をめぐって、ターンブルを激しく攻撃した。これは前代未聞の「最悪の電話」で、予定時間の半ばで通話は突然打ち切られた。

 この電話会談はオーストラリア政界に電撃的なショックを与えた。トランプのマナーの悪さに驚くものはいなかったが、非リベラル秩序の代表的な指導者、プーチン・ロシア首相と同じ日にトランプが電話で親密な長話を交わしたことを知って、自国の指導者が侮辱されたことに憤慨しないものはいなかった。

 オーストラリア人はデリケートではなく、荒っぽい言葉を使うことで知られているように、トランプの粗野な言葉遣いにはびくともしない。だが問題はトランプの世界観にあり、それが今後オーストラリアの利害と外交政策に与える影響が懸念されている。トランプ大統領はオーストラリアをアメリカから遠ざける。この際、オーストラリアは自ら外部環境作りに乗り出し、アジアと世界の安定的な均衡に寄与することが期待される。トランプがホワイトハウスに留まる限り、オーストラリア人は世界にむけて視野を広げざるを得ない。

 電話会談以前からトランプの評判は悪かった。米大統領選挙当時の世論調査で、ヒラリー候補のほうが7対1の大差でオーストラリアでは人気があった。とくにオバマ大統領は非常に好評で、政権末期でも国際問題の信頼度は84%もあったのだが、トランプに対しては29%と急落している。アメリカとの同盟は維持すべきであるが、トランプ政権とは距離を置くべきだという声が圧倒的だ。

 トランプ政権は、これまで70年間にわたる戦後歴代米国政府とは異質だ。トランプは国際社会に顔を向けていない。他国がうまく行くことはアメリカにとって良いことだ、と彼は見ていない。他の国が躓き、失敗することを願っているようにみえる。彼は、アメリカにとって有意義な役割を果たしてきた国際諸機関を忌み嫌い、アメリカが国際秩序を中心的に担うことを蔑視している。彼は同盟関係の価値を疑っている。トランプの政策は、同盟国を含む他の国を疎外し、それによってアメリカの利益をも損なっている。

 トランプ就任以前から、オーストラリアは中国およびアジア諸国との関係を改善、強化してきた。しかし、これは伝統的同盟国を捨てて、新しい同盟国を得ようとするものではない。問題の本質は、新たな国際環境からみてオーストラリアがグローバルなゲームに観客としてとどまるか、それに自主的に参加するかという点にある。政府はもはや、既存の同盟関係の枠組みからのみ国際関係を判断し、政策を構築することに満足できなくなっている。対米関係でも大統領との関係に依存するのではなく、ワシントン内外の他のパートナーとも協力関係を求めるべきだ。

 トランプはアジアに対してほとんど関心を持っていないが、われわれはアジアとの関係を強化しなければならない。それは中国と利益が重なる面で協力を促進することを意味する。それと同時に、インド、インドネシア、日本、韓国などの民主主義国との絆を強めるべきだ。同じようなスタンスをとる域内諸国と協力を深めることは、向こう見ずな中国と軽率なアメリカの現政権からの二重の被害に対する重要な回避策(ヘッジ)である。

◆◆ 摩擦含みでも距離をとりはじめたカナダ ― 国際舞台での自主的な役割を ―

 大統領就任以後のトランプは、他国の指導者に対し奇妙で攻撃的な姿勢をとり続けている。彼はあからさまにその支配的な立場を誇示し、握手した他国指導者を突然力ずくで引き寄せようとする癖がある。それを最初やられたのが日本の安倍首相だ。カナダのジャスティン・トゥルドー首相が2月にホワイトハウスを訪問した時、アマチュアボクサーの前歴を持つ彼は用意周到、先手を取ってトランプの肩を抱きかかえたので、握手した大統領は身動きできなかった。これをテレビで見たカナダ人はこの妙手に拍手喝采した。これが、トランプに追随するのではないかというカナダ人の懸念を払拭する効果を見事にあげた。

 カナダ人は、ワシントンと自国の関係に常に緊密な関心を抱いてきた。対米貿易で輸出は76%だが、輸入は18%にすぎない。北米自由貿易が打ち切られると、アメリカは風邪をひく程度だが、カナダは肺炎になる。「アメリカとの自由貿易は「ゾウと一緒に寝るようなもので、うっかりしていると下敷きになって潰される」とマロニー前首相が云ったが、困ったことにトランプ政権のアメリカは全く行動の予測がつかないゾウで、鼾はかかないものの、夜な夜なツイッターで奇妙な寝言を発している。

 米国新大統領に対する疑念と両国間関係維持に必要なプラグマティックな融和に引き裂かれ、カナダ人が困っているのではないかと思われがちだ。実際は、真逆に近い。トランプのおかげでアメリカでは党派的な対立が激化しているのに対し、カナダでは自由貿易擁護のために超党派的結束が強まり、アメリカやヨーロッパで現在高まっている自国第一主義的政治がきっぱりと否定された。トランプの登場がカナダ人に多元主義的価値観の重要性をより強く認識させ、多元的社会を擁護する決意を固めさせている。

 トランプは海外の政府に動揺をもたらした。彼は、先進国の主要政党がこれまで「有毒」と見做してきた見解を正当化している。彼は長年にわたって維持されてきた諸条約を弾劾し、伝統的な同盟関係に疑問を呈している。彼の統治スタイルは無茶苦茶で、その個人的な思い付き的衝動が米政府の次の手を予測困難にしている。

 しかし、カナダにおけるその影響は逆説的だが国内政治の安定をもたらした。ブッシュやオバマの政権はカナダにおいて伝統的な左右対立の観点からとらえられ、それぞれの党派が別々の情報源からニュースを得ていたので対立が持ち込まれた。ところがトランプはカナダ国民の一致した嘲笑の的となっているので、対米姿勢は挙国一致となった。

 第二次世界大戦後の数十年間にカナダのハードパワーが相対的に低下したために、近年はグローバルな秩序における限界的なプレイヤー以上のものではなかった。その代わり、カナダの国際主義者たちは多国間国際協力、ソフトパワー、難民保護の責任の面でカナダの先進性を鼓吹した。しかし、世界はこのような抽象的な原則を受容することに関心を示さなかった。カナダは経済的軍事的力量が相対的に小さいことから、アメリカの副次的同盟国としてその役割を回避できなかった。

 カナダのインテレクチュアルな世界は伝統的に「親米」と「反米」をめぐって展開されていた。カナダの反米気運は、2008年のオバマ大統領就任以後に衰えていった。オバマは、カナダのリベラル派の中で自国の首相よりも人気があった。ところが、トランプの登場が反米気分を大々的に復活させた。これまでカナダ人は、税制、ヘルスケア、外交政策をアメリカ流に行うことの是非を論じてきたが、トランプ時代はこうした議論を全く問題外としてしまった。したがって、カナダ人がそのおかれている環境と価値観から世界の中で自国の位置を自分で判断するように、トランプが奨励することになっている。

 トルドーとメルケルがリベラルな国際秩序を擁護して孤独な闘いを演じていた2016年後半の窮境が、今は改善されている。トランプの過激な言動は、アメリカの司法制度と共和党内の不協和によってチェックを受けている。大西洋の対岸では、欧州統合推進の旗手、マクロン仏大統領の登場が乱暴な自国第一主義にたいする反撃の狼煙となった。自由貿易の危機も少し遠のいた。NAFTA(北米自由貿易協定)を救うために、トルドー首相は米国の南側の友人たちと精力的に連携を図ており、トランプに一方的に押しまくられるとことはない。

 トランプは就任以来外交政策上の危機に瀕しているが、危機はチャンスを生む。カナダの場合、このチャンスには、世界におけるその役割をリセットし、新しい使命に取り組むことである。対米関係に左右されず、いまやカナダは自分の道を見つけることができる。カナダにとって現代的かつ独立的なアイデンティティを確立すべき重要な時期を迎えた。トランプは奇妙なやり方ではあるが、カナダがこの地平に到達するのを助けている。

◆ コメント ◆

 20世紀以来、カナダとオーストラリアはアメリカの最も忠実かつ信頼された同盟国であったといっても過言ではない。言語、文化、移民による建国という大きな歴史的共通性をこれらの諸国は持っている。両次世界大戦と20世紀後半以後のアメリカが行った、ほとんどすべての戦争と条約機構に両国は同盟国として積極的に参加してきた。そして、民主主義、人権、市場経済と自由貿易に関するイデオロギーを共有してきた。しかし、貿易政策や移民政策をめぐって、近年食い違いが目立つようになっていた。割れ目を決定的に拡大したのがトランプの登場だ。

 ここに紹介した両論文が明示しているように、先進国世界と開発途上国世界のほとんどすべての国において、トランプの登場がアメリカと距離を置き、自主的な国際的なスタンスをとる動きを産みだした。トランプに密着して国際的に行動を共にしようとする国は、日本を大きな例外として、ごく少数のマイナーな諸国にしか見当たらなくなっている。安倍内閣はこのような行動をとることによって、これまで対日関係の構築に貢献してきた多くのアメリカの友人をも失望させている。合理的な理由を欠く外交政策と国際的行動の転換に唯々諾々として付き従うのを見ると、これは戦後から続く対米追随の単なる延長ではなく、安倍を頂点とする日本政府の中心的指導層がトランプと価値観を共有しているからではないか、と疑わざるを得ない。

 これまで国連中心主義を歴代日本政府は標榜してきたのだが、トランプの国連と国際機関に対する理不尽な攻撃に対し、日本政府は国連擁護の立場を示すどころか、沈黙による共犯者となっている。憲法改正の理由に状況変化を声高に指摘する人たちが、トランプによるアメリカの基本的スタンス変更を目の当たりにしながら、冷戦後に劇的に変化した国際情勢にてらして日米関係を再検討するどころか、これを無条件で黙認しているのも奇妙だ。憲法が時代に合わないと声高く主張する政党や言論人が、国際状況とアメリカの基本的な政策の変化にも拘らず、時代を超越して日米安保体制を無条件に擁護している。憲法ではなく、日米安保条約とそれに付属する地位協定が「不磨の大典」となる不思議がまかり通っている。

 北朝鮮の危険を最大限利用し、選挙向け党利のために不安を煽ることは責任ある政治家のすることではない、そのような行為は自国の安全保障にも寄与しない。政治の要諦とは、危機を増幅させることではなく、危機をチャンスに変えることにあることを示すために、日本と同じくアメリカが信頼してきた同盟国であるオーストラリアとカナダの対応を参考とすべき実例として紹介してみた。フォーリン・アフェアーズ誌に紹介されている他の西欧同盟国は、この両国より早くから一層はっきりした自立的な国際政策を採っている。この特集で取り上げられている国で、唯一の例外が日本とは情けない。

 (姫路獨協大名誉教授・オルタ編集委員)

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