【コラム】あなたの近くの外国人(裏話)(62)

ハラルの食材マーケット&フードコート 埼玉県八潮にて

坪野 和子

 私事だが、先月から埼玉県八潮にあるハラルのフードコートで働いる。いつまで続くかわからない。3月23日からラマダン中のため、閑古鳥の声が聞こえそうだ。陽が暮れてイフタ―ルの時間(断食終了後すぐに食べる簡単な料理とフルーツやジュース)になって数人軽く食事をするくらい。お客様もラマダン前から「みんなモスクに行くから最初の10日はヒマになるよ」とおっしゃっていた。案の定、ヒマ。普通のアルバイト就業時間よりも少なくなって自分の活動ができて嬉しい。

1.遠方からお客様

 ラマダン前、様々なナンバープレートの自家用車お客様がいらした。ナンバープレートの漢字が読める私とマレーシア人スタッフだけが駐車場の車を見て反応できるのだが。広島、関西、静岡。こうなると栃木や群馬や横浜なんて近場になってしまう。いや、電車でわざわざいらしたお客(日本人)は「愛知県から来たのよ」と。これもまた「つくばから来た」は近場と感じる。首都高速とTXつくばエクスプレスは、よくわからない埼玉の工場や畑ばかりの光景の町にこの店のためだけに訪れさせたのだ。遠方からのイスラム教徒のご一家は自国の料理とらーめんが一緒に食べられるのを楽しみにここへ来た、嬉しかった。とのこと。こういうお客様のなかには「ハラル認証マーク」が看板のどこにあるかを確認するためにウロウロ、キョロキョロしている人もいらっしゃる。なぜなら、中華・らーめんがハラルというのが心配の材料になっているからだ。

 神戸から在日3世マレーシア人ユーチューバー若者がアシストしてくれる友達といらした。実家のビジネスがハラル食材を扱う貿易商だ。ただ私と同じく「バリバリの仏教徒」だそうだ。そこが謎に意気投合した。後で連絡先を聞けばよかったと後悔した。ユーチューブでは日本や海外のマレーシア人に向けて「日本のハラル」を紹介しているという。その後、彼はマレーシア人スタッフの手が少し空いたのを見計らってお話しを聴き、撮影をしていた。「うーん、ここと実家の取引がしたいな」とのことで「社長は今日こちらに入っていないので、マーケットにいる店長とお話ししてください」その後、取引がどうなったかは知らない。残念ながらこの時の動画はまだ見つけることができていない。

画像の説明
マレーシア料理「ミーゴレン」持ち帰り用:
エビ味噌がとても美味しい。エビもチキンも野菜もたっぷり楽しめる。
還暦越えの私史上一番美味しい麺だった。

2.商標法37条「ナショナルマート&ハラル屋台村八潮スタン」

 ある日、八潮で20年くらい営業しているパキスタン料理店「カラチの空」のオーナーのジャベイド ザヒットさんからご連絡をいただいた。「ヤシオスタンは僕の商標登録。カタカナを漢字と混ぜたって音は同じでしょ。困っています」紛らわしい屋号や役務は間接的に商標の侵害となる。シディークのホームページでは開店前はYashioだけだった。私はてっきり漢字を混ぜることで折り合いがついていたのだと思っていた。ジャベイドさんはこの時、お嬢さんの結婚式のため、一時帰国していた。
 「3月3日の開店と同じ日に成田を出たんですよ。僕がいなくなったのを狙ってたのかと思った」
 「まあそれはないと思います。オープニング招待客のご都合とかいろいろあったみたいで」
 「僕の商標を使っていること自体、おかしい、3回、使わないで、と頼んだのに。それといろいろと誤解があって迷惑なんですよ。社長、新しい商売はじめたの?って。僕の商売じゃないんですよって説明するの時間がかかって仕方ない、いろいろと面倒くさいことがあったんです」
 「まあスタンだけ消して貰えば、今のうちなら双方なんとかなるしね。あなたのビジネスも彼のビジネスも両方いい方向になるように、八潮が発展するにも大切ですものね」
 ジャベイドさんは怒っているにも拘わらず、ずっとソフトな物の言い方をしていた。日本流のビジネスを知っている。能面のように落ち着いた語り口だった。
 その次に「和解金を要求しようと思っているんですよ」と電話。
 私も具体的に請求金額などの提案をした。迷惑料と実際に値切られる金額からのものだ。これで解決して貰えればどちらも気持ちよくビジネスができると思っていたからだ。

 ところが、その後、もう一度電話がきた。この時は日本式にメッセージ→電話ではなかった。彼が本気で怒っていたと感じた。しかし、日本慣れしているので、ソフトな語り口だった。
 「Sensei、彼は全然応じてくれない、相手にしてくれない」とこれもまた日本式に泣きをいれるような語り口だ。暖簾に腕押し。いや看板に腕押しだ。「八潮スタン」の看板や幟を下げる気はないどころか、4月チラシで「八潮スタン」が店名であると日本語話者が読んでしまうような表記をしていた。チラシを地元業者に置いていただいたり、スタッフさんにお配りしたりしていて「ハラル屋台村です」と配慮してお渡ししている。
 「裁判を起こそうかと思っている」相変わらず穏やかな口調だが。
 これは双方にとってまずいと思う。同じ国の出身者同士の裁判沙汰はSNSの茶化しの材料でしかないし、パキスタンを貶す材料にメディアが使う可能性がないとは言えない。もしもここまできたら大使館にも入っていただけるならいいのだが、この国の大使館がこのことの重要性が理解できるとは思えない。
 折角、イスラム教徒にとって安らいで食事ができる場所ができたのだから、つまらない争いよりも名称だけ下りてビジネスを継続してほしい。うまくいけば、観光名所にもなるのだから。そして、並行して日本と共存し続けているパキスタン料理店の存在もムスリム、非ムスリムにも食事を楽しむスポット、エリアとして存続してほしいと考えている

3.ハラルを巡る日本文化とイスラム文化

 他店舗から数日応援で来ていたインド人(西ベンガル)スタッフが「おはよう~。ダーディー(おばあちゃん)、チャイ飲む、ね」と始業前のチャイタイム。私は「掃除が終わったら。取っておいてね」というと「私たち、チャイ飲むと元気ね。日本人、お酒飲むと元気ね」とあまりに当たっているので大笑いしてしまった。コロナ自粛より数年前のことだが、初めて来日し、空港まで迎えに行ってあげたパキスタン人の若者が「日本人って静かだね」と第一印象。ところが、夜も更けて電車を下車すると騒がしい。お酒を飲んで気分を良くして歩いているグループが駅前で歩きながら話している。空港から電車を降りる前までの印象との落差に驚いていたのがわかったので「日本人はいつも静か、お酒を飲むと賑やか」と説明した。その数か月後「日本人はロボットみたいに時間から時間働いて、終わったらお酒を飲んでモンスターになる」と彼の言葉になっていた。笑えなかった。

 私がはじめて日本でハラルを打ち出した料理店に出遭ったのは2008年くらいのことだ。品川でチベット語・ゾンカ語を教えていた。その頃、駅ホームの常盤軒か自前おにぎりをベンチで食べているのが普通だった。ある時、期間限定の夜クラスを行っていた。お腹を空かせていたら「ティッカ ビリヤニ」とカレー店っぽい。入って気づいたのが「当店は宗教上の理由でアルコールをお出ししておりません。恐れ入りますがお客様がお持ち込みください。コップ代金として¥900を頂戴しております」というような言葉がメニューに書かれていた。私の記憶では「ハラル認証マーク」は当時ついていなかったと思う。多分、この当時は今ほど認証機関がなかっただろうし、同国人を信用していたのだろう。※今、調べなおしたら「サルマ ティッカ ビリヤニ」が本当の名称で、この2023年3月に閉店。しかし、当時と違ってアルコールも提供していたようだ。

 あれから年月が経ち、日本(都会)のあちこちにハラル認証マークをつけた飲食店を見かけるようになった。ハラル専門だけでなく、「ハラル対応」「ムスリムフレンドリー」でさえも付けている。しかし疑い深い人たちもいる。ネパール人の料理人がいる店やハラルではない肉を扱っている店だ。また逆にハラル認証マークを信用の盾にするのがイヤな肉屋などは「わざわざ金を払って認証をつけたくない、信用してくれるお客さんだけでいい」ハラル処理も実はいろいろなレベルでハラル処理と呼んでいる。厳密には、お祈りして、その次は例えばチベットのように一発首静脈切り(簡単)はダメで「お命頂戴」的な放血処理だ。実質は血の問題なのか屠殺方法なのか、わかりにくい。最も安直なのはブルームを抜いて、お湯をかけてなど一応納得できる方法まである。厳密とはいえない。ハラルではないが、私のインド人ベジタリアンの友人のひとりは「チャーハン、肉捨てながら食べている、今は平気」と語った。日本在住のベジタリアンの問題は後日別テーマで述べたいと思っている。

 話しはアルコールに戻ろう。ハラル認証を掲げていても「※日本人」には提供している店が多くある。「※日本人」は日本出身者のみでなく、日本人と婚姻して日本国籍になったムスリム外国人も含む。こういうお店に地方の日本語学校から東京近郊に就職した若者を連れて行ったら「びっくりした!お酒飲んでいる(自国出身の)人たちがいた!」わかるわ!農村出身で真面目に大学まで勉強ばかりだったので日本に来るまでお酒を見たことがなかったくらいですもの!おじさまたちがウイスキーボトルをキープして氷を入れている姿はさすがに驚くだろう。いやいや他にもイベントでノンアルコールビールを飲んでいるふりをしてビールを飲んでいる人(※日本人に限らず)、中国領出身者はムスリムに飲酒奨励(豚も)をしていて、がまんして中国人の前で呑んでいたが、日本でもそのまま飲んでいる人もいる。また日本ではないが中東に出稼ぎしている人が外国人向けのお酒を買ったと写真を送ってくる人もいる。日本国内の飲酒ムスリムさん達は「ビールは(ワイン)お酒じゃない」と言い訳している。

 ハラル認証を掲げていても「※日本人」には提供している店やお客様持ち込み店の数人の言葉をひとりの言葉風にまとめてみよう。
 「ここは日本だ。日本人のためにビジネスしたい。ご近所とも楽しくお付き合いしたい。私は飲まないけれど、お酒を飲んで料理を食べてくつろいで貰いたい。お酒なしにしたら遠くから車でやって来て集会みたいになって日本人が落ち着かなくなる。それとお酒はそのものもお金になるし、料理のオーダーも増えるからね」
 なるほど、このような店は外国人(出身)のお客様より日本人(出身)のお客様のほうが割合として高いし、地域密着型だ。或いは都内の大型店舗だ。また、ある店は、お酒の提供はなかったが、持ち込みできた。私と日本人生徒とパキスタン・日本ミックス(ハーフ)の3人で持ち込んで飲ませてくれた。パキスタン・日本ミックス(ハーフ)の子も片目をつぶって批判もせずに。この子はすでに実質ムスリムではないことを感じていたそうだ。そしてお酒持ち込み可の理由は上記のまとめの他にもうひとつあった。

 「ガイジンのお客嫌いだよ。家族ひとつでカレーを1セット注文して、おかわりナン何枚も注文して、カレーが足りないっていうんだ。大勢で来るとうるさいし、お酒があるとそれがないからね」迷惑客来店防止策でもあったんだ!しかし移転した。

4. ハラル屋台村八潮とアルコールに対する日本文化とイスラム文化

 開店前から日本人からお酒は出さないのかといろいろ訊かれていたようだ。社長はいろいろと思案していた。取り敢えずアルコールなしで開店することにした。やはり日本出身者のお客様から「お酒はないの?」と何回も訊かれた。訊かれるのは唯一日本人スタッフの私だ。「今のところはノンアルコールですが、日本人のお客様のご要望が多いので検討中です」と答えていた。ハラルがわかっていらっしゃるお客様はテラス席でイスラム教徒の人から見えないところでの持ち込みはできますか?と訊いてきた。はっきりとは答えられないので「片目をつぶっています」と答えたこともある。ある日、「お酒がない夕飯なんて考えられない」と持ち込み。最初はテラス席で大勢の日本人と来ていたから缶ビールを飲んでいる姿は目立たなかった。そのうち、何回か来店し、ついに室内の席に持ち込み出した。困ってしまった。他のお客様がわかるからだ。その後も何度も「アルコールは?」と訊かれた。またある日、いかにも家事から解放されに来たのがわかる女子会グループ。「なんで?私たちは飲みに来たのにお酒を置いていないの?」とお店を変えることにした。私の話しを聞いてムスリムではないタイ人スタッフが「近くに焼き鳥屋もあるし、料理を食べるのが目的でないなら、そのほうが落ち着いて飲めるからいいよ」

 日本出身者にとって夕飯とアルコールは切り離せない文化になって久しい。女性がソトで女子会してお酒を飲む文化がいつの間にか出来上がっている。女子会、以前はファミレスでお昼にお食事だったような気がする。私が気づかなかったのかもしれない。そういえば、コロナ自粛前に「昼呑みできます」という看板が目につくようになっていた。男女関係なく仕事に差し支えなければ、日が出ている時間でもアルコールを飲む習慣が定着してきたのだろうか?ヨーロッパ並みに水がわりになっているのか?ああ、食生活の変化かもしれない。私自身も揚げ物を昼食で食べるとき、ノンアルコールビールを注文することがある。いや、もともと地域差があって日本にも昼呑み文化があったのかもしれない。

 ハラル屋台村八潮とアルコール問題に戻る。社長は飲酒席をカーテンなどで覆ってつくろうか?やはり禁酒を守ろうか?かなり迷ったようだ。一度だけ、やむを得ない事情があってビールの缶を見えないようにそっと出したことがあり、お酒を飲んでいる人を見てかなり不快そうにしていたお客様が多くいらして、その後そのままリピートすることはなかった。アルコール提供と不快を感じたお客様の両方だ。イスラム教徒は豚だけでなくお酒のないところで食事をしたいのだから。特に東南アジアのお客様たちはその欲求が強いと感じる。自国で多宗教なのでハラル認証マークに対するチェックが細かい。「この店のどこにハラル認証マークがありますか?」と訊かれて外の看板を見ていただく。どこが出している認証であるかまで気にされているようだ。結局、社長はアルコールの提供・持ち込みはやらないことにした。いろいろな人やスタッフの意見を聞いた結論のようだ。ワンマンに見えた社長だが、人の意見を聞く耳を持っている。社長いい人だ!

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遠方からもお客様が来る。敷地も広い お客様が探しまくる「ハラル認証マーク」

(2023.4.20)
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