【コラム】あなたの近くの外国人(裏話)(61)

ハラルの食材マーケット&フードコートが埼玉県八潮でオープン

坪野 和子

 私事だが、前にプチバイトしていたナワブ松戸店に勤めていたシェフに誘拐(笑)されて、いきなりバイト面接をすることになった。翌日から埼玉県八潮に3月3日にプレオープンし翌日オープンのフードコートで働くことになり、連日勤務をしている。ナワブ松戸店が閉店して以来、3つの南アジア料理店からスカウトされていた。お弁当の営業、お菓子の営業、夜のウェイトレス。また在留資格延長のための書類作成だ。どれも気乗りしなかった。本職でもないし。とにかく至急に人材が必要そうなこのフードコートで働いてみることにした。
 正式名称は「ナショナルマート&ハラル屋台村八潮スタン」という。かつて都内にいくつもチェーン店を展開していたが方向転換中の「シディーク」経営。そのうちのハラル食材とフードコートを持つ新大久保店スタイルの2番目の店舗である。前々回にも書いたがカレー屋さんたちは事業形態を変えはじめていてそのうちのひとつのスタイルだ。この店舗のフードコートは中華(街中華+本中華)、日本式ラーメン、マレーシア料理、南アジアスナック+南アジアハンバーガー+ピザ、パキスタン料理とメニューが豊富である。普段食べてみたいと思ってもハラルでない危険がある料理を安心して食べられる。http://siddique.co.jp/halalyataimurayashiostan/
 
 1.見切り発車のようなオープン
 シェフの面接に付き合うつもりで行ったこの店舗は、あと3日でプレオープンだというのに、内装も外装も終わっていなかった。それどころか、あれもない、これもない…。まあよくあることだ。パキスタン人の「火事場の馬鹿ヂカラ」は本番までにはなんとかなってしまう、完璧でなくともなんとかできてしまう。これは何度も見聞き・体験している。すでに日本人感覚になっているマレーシア人スタッフとタイ人スタッフはこの無謀ともいえる状態に驚きを隠せない。「こんなんではじめられるのか?」「いや、この人たち、ギリギリでなんとかやっちゃいますから」日本人のように計画が仕上がった段階で動くのではなく、行き当たりばったりに近く、不足を埋めながらの「みちすじ」がないともいえそうな状況で、それでもやはりプレオープンまでなんとか漕ぎ着けた。店舗の看板はプレオープン当日の朝設置完了。レジ替わりの券売機はオープン当日に初期設定だけはなんとかなった。お冷の製氷機も動いておらず、トイレットペーパーも買いに行き、挙げればきりがないほどである。しかし、ひとつ思ったのは、日本では準備万端になるまで慎重すぎるほど動かない。なにもかもが遅い。今回のコロナ禍で困っている時にお金が来ないし、いらなくなった頃にアベノマスクが配付されるなど「日本は遅い」という理由だ。

画像の説明 
 プレオープン当日にようやくかかった看板

画像の説明 
 可愛いパキスタン人ウェブデザイナーさんの手書き壁画・ブティックコーナー

 2.トップダウンのシステムと跡継ぎ教育
 この数年、私はインド人たちのチームによるボトムアップ型システムによる仕事ぶりをみていて、ああだから発展してきているんだと思い、またそのシステムで働くことにより時間もチーム事情で自ら考えて使うのにも感心していた。またインド人は自分がトップであってもスタッフに訊く、パートナーに訊くと即決しない。逆に今はそれに慣れてしまい、むしろ日本の働き方がおかしいと感じるようにもなっていた。この現場では、パキスタン出身の社長の経営方法は完全なトップダウン、システムはないに近い。報連相もなく出勤してからわかったり、何をしてほしいのか誰かから指令がないとわからない。ミーティングもない。そして社長が来た時、社長自身が足りない・良くないと思ったことを担当者に怒ったような言い回しで告げる。また跡取り息子さんも同じように問題があると「なんで〇〇なのか」と訊く。彼の訊き方はウルドゥー語ヒンディ語のスタッフにはキツく感じないだろと思うが、日本語の訊き方は日本生まれ日本育ちの割に良くない。私でなかったら失礼だと思うだろう。おそらくこれがパキスタン式跡継ぎ教育なのだろうと思った。国内のあちこちの経営者が普通に行っているものなのだろう。ある意味、パキスタンが発展しない理由はここにあるのだろうとも思った。ついインドと比較してしまう。同じ民族・同じ歴史を持ちながら、こんなに差がついたのは労働システムの違いだろうと思った。「インドは同じ」とパキスタン人は言うが、同じだと思っていること自体間違っている。たった数十年の間に大きな差が出てきたのは宗教の問題ではない。政治も含めた世襲制、つまり我々がいうところのカーストがパキスタン社会に根深いと思う。今はうまくまとめてお伝えすることができないが、教育も経済も環境意識も改善しなければならないだろうと思う。

 3. 働いている人々
 ここで働く店舗スタッフは転勤してきた旧スタッフとどこからか引き抜かれてきたスタッフと社長のドライバーになるはずだったが人手不足で洗い場兼調理補助を担当することになった新入社員だ。パキスタン人がほとんどだが、バングラデシュ、インド(コルカタ)、そしてラーメンや中華、マレーシア料理を担当するマレーシア人(旧インド系)と日本人の妻を持つタイ人、そして日本人の私である。ネパール人がいないのは珍しいかもしれないが理由はいくつか推測できる。まだ推測の段階なのではっきりわかったらお伝えしたい。開店準備と開店数日は他店舗から応援スタッフがきていた。旧スタッフたち数人は社長の顔色を見ながら仕事をし、社長が他へ出てしまうと携帯をいじってサボっていたり、食材店から忙しいフードコートに来てつまみ喰いをしながらしゃべっていたり、邪魔だった。食材店もフードコートも落ち着きをみせるようになったらこういう邪魔な人間は少なくなった。だが、「私の仕事」だけしかしないでお客様の動きを見ていない、他のスタッフが忙しくても自分の補助を頼もうとする、など、真面目に働いているのだが、時間も空間もマイペースなスタッフがいる。タイ人スタッフは手が空いたとき、私を助けてくれる。ありがたいと感じている。

 4.注文の多い料理店
 宮沢賢治の『注文の多い料理店』はお客に注文する料理店だが、このフードコートではパキスタン人のお客様からのオーダーではなく、リクエストやクレームが多い。
 「お冷」ひとつとっても、3種類の注文がくる。フードコートなのでセルフのはずだが、持って来てほしいと言われる。その程度は序の口だ。普通の「お冷」以外に「暖かい水」「常温」「氷3つ」など、サービスの水に注文がくる。もちろん小さなお子さんやお薬服用の方には私からすすんで「ガランパニ=白湯=ぬるま湯を出しましょうか?」と言った。ガランパニというウルドゥー語で訊いたのが親近感を持っていただけた。
 フードコートであっても料理を運んでほしいという。また下膳はしない。セルフで下膳はおそらく日本くらいだろうとは思うが、この人たちはマクドナルドでどうやっているのだろうか?済んだ食器をさっさと下げることにした。他の外国人にもそうすることにした。日本人には失礼な場合もあるし(早く帰ってという風に取られる可能性がある)セルフで下膳する習慣が出来ている。
 ラーメンや箸が必要な時、店で用意しているプラスティックの箸ではなく割りばしを出してほしいと言われ、持ち帰りコーナーから持って行って渡す。
 パキスタン人のクレームは「この辺にはたくさんパキスタン料理屋がある」とはじまって、他店との味を比較したりサービスを比較したりして、日本人の私に日本語でクレームをつける。本気ではないことに気づいた。「作り直ししましょうか?」というと、「いや、いい」と言う。具体的にチリ、にんにく、カルダモンを加えてなど言えないからだとも思うが言ってみて存在感をアピールしたいのだろうと思うようになった。本気の場合パキスタン人スタッフにウルドゥー語でクレームをつけるはずだから。2度そういうことがあったので気づいた。確かに一度クレームをつけたお客様の顔を覚えてしまった。二度目以降は「毎度ありがとうございます」と。外国人の顔を覚えるのは簡単ではないのに。
 またパキスタン人の日本出身配偶者のなかにはパキスタン人よりキツイものの言い方をする人がいる。「本格パキスタン料理じゃないとパキスタン人は来ないからね」確かにこの日のマサラがいつもより甘かった。ネパール人が作ったと思ったらしい。本気で反論したくもなったが、ひと通り説明してチャイをサービスした。心の底でもう来なくてもいいからねと。
 また「前に食べた時ちょー美味しかった。でもラーメンが温かった。玉子が古かった」と言われて「ラーメン熱々で」とオーダーした。また味玉はにんにく醤油に漬け込んだ日本式だと説明した。完食した。その後、満足気に友達を連れてラーメンを食べに来た。
 マレーシア人、インドネシア人、ミャンマー人(ロヒンギャ)は家族よりもグループで来るので、おしゃべりに夢中で注文番号を呼んでもなかなか気づいてもらえないこともある。結局、オーダーを運んでいく。ただし、気づけば自分でオーダーを取りに来るし、下膳もきれいにそろえて返却口に置いてくれるし、テーブルも拭いて帰っていく。
 
 5.それにしても・・・。
 日本の中で当たり前に外国の料理を食べられ、簡単に入手できなかった食材や調味料を買うことが容易になり、宗教の問題で食べられなかったものが食べられ、現地に近い食事ができるようになった時代が来ている。まだ食品の輸出入という政治的な問題があるので完全な現地食とはいえない。この店舗での日本人のお客様の反応はこのシリーズのテーマから外れるがそれもまた面白い。
  このバイト、いつまで続くかわからないが、しばらくは働きながら様々な文化を体感する経験を積んでみようと思っている。

画像の説明 
 お客様と同じ2カレーセット(サラダなし)パキスタン空輸ほうれん草と鉄板焼き
画像の説明 
 パキスタン人気のズィンガル・バーガーとチキンソーセージピザ
画像の説明 
 エビたっぷりのチャーハン
画像の説明 
 ハラル・ラーメン 鳥出汁+チキン叉焼
 
画像の説明 
 南アジアのスイーツ「ミタイ」極甘。外国の町中と違って蠅がいない。
 左下:ウェブで「世界一甘いお菓子」と紹介されているグラブジャムン

(2023.3.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧