【コラム】あなたの近くの外国人(裏話)(59)

バターチキンとナンは日本の洋食となるのか?

坪野 和子

 謹んで新年のご挨拶を申し上げます。2020年から続くコロナ禍はまだ終息・収束していませんが、今年は出口が見られることを願っています。併せて武力紛争、経済困窮、ジェノサイドなど世界があまりいい方向に向いていない状況が少しでも転換することも願っています。

 さて、私は相変わらず年末年始もまた外国人たちと様々な行動を取っていた。週1回ヘルプに入っていたナワブ・テラスモール松戸店は1月22日で閉店する。シェフの観察は間違っていなかった(拙稿56回「カレー屋さん」たち(5) ナワブ・テラスモール松戸で(1)外国人の視点)そしてまた外国人経営の別のレストランからヘルプを頼まれている。今回は、ここ最近の一般的な「カレー屋」さんがだんだんと変化してきた料理屋さんのメニューや形態の観察をする。

 0.「インドカレー」から「インネパ料理」
 かつて「カレーライス」と「ライスカレー」、「レバニラ」と「ニラレバ」どう違うかなどというどうでもいい雑談のネタがあった。「カレー」と「カリー」はどう違うかもどうでもいいと思うのだが、オーナーによっては拘りがあるようだ。「ラーメン」「らーめん」「支那そば」みたいなものか?「カレーライス」は日本の三大洋食だとのことだ。
 『みんなの日本語』という日本語教科書に「カレーと定食、どちらが早いですか?」というフレーズが出てくるのだが、インド出身者は必ず戸惑う。定食という日本語の意味がわかっているが、彼らのイメージではカレーは単品ではなく定食だからだ。ちょっと考えてニヤッとなる。「カレーってCoco(壱番屋)みたいなものですね」インド人も「カレーライス」は日本のカレーと思っているようだ。歴史的には日本でもインド式のカレーは明治期、戦前、戦後にもレストランがいくつかあった。ただし、もともと料理人でないインド人・出身者が始めた。1927年に「新宿中村屋」にボースがメニュー開発したのが最初とされている。1947年、東銀座ナイル・レストランは日本初のインド料理専門店だ。2021年11月に公開されたマラヤラム映画『ナイルさん』は東銀座ナイル・レストランの創業者の人生にヒントを得たアクション娯楽映画だそうだ。モハンラルという南インドのトップスターとジャッキーチェン(日本人役?)で面白そうだ。1957年設立の『アジャンタ』も創業者は料理人ではない。しばらくは日本人従業員たちを雇っての定住者・永住者か帰化人による「本格インド料理店」の時代が続いていた。その後(たぶん2000年前後バブル崩壊後だろうと認識している)オーナーたちから招聘され、日本人のビジネスパートナーを得て独立する。そこから派生したのが「バターチキン+ナン」ではないかと推測する。かつての本格インド料理はバターチキンがメニューにはなかったはずだ。当時ネパール人はインド人ほどプライドが高くなく、安く使えるので招聘したのではないか。バターチキンはさほど辛くないものとして進化していった。本格インド料理時代にはチャパティか日本米が主食だったが、いつの間にかナンが主流になった。ナンはネパールでは見かけることはない。いや、そういう高級なところに行ったことがないからだと思う。ナンはおそらくパキスタン出身者の店から始まったのだろう。当時はパキスタン料理という言葉はあまり一般的でなかったので「インド料理」を名乗っていた。とはいえ、ナンはインドでもパキスタンでも「外食した感」の一部として食べるものだという認識がある。またナンを出すことでタンドリー窯を置き、タンドリーチキンやティッカやカバブも焼けるし、従業員2人は必ず必要になるので1人多く料理人を招聘することができるという利点がある。日本人のお客さまもライスではなく、ナンを食べることでインド料理を食べた気になるらしい。いやナンを食べるためにインド料理屋に入っているようにも思える。ネットでの食レポを見ると「もちもちで大きいナンが美味しかった」とカレーの味には言及されていない。コロナ禍前にはよく見られた「ナンおかわりできます」という店もあった。

 いつの間にかカレー屋の前に国旗が立つようになった。以前からフレンチ、イタリアンの店には国旗が立っていた。タイ料理の国旗も見られた。今はエスニック料理の店の前や看板に国旗が見られる。なぜか中華料理店には、中国・台湾・香港の旗はない。韓国もだ。今から10年前に息子が「日本人が世界一いろいろな国の国旗を知っているんじゃないか?なぜ店の前に国旗?」と笑っていたのを思い出した。国旗が2本立っているのはインド・ネパール料理だけではないかと思う。またチベット料理であるはずのモモがネパール料理のように看板に出ているのも特徴である。あんこナンとか日本バリエーションも出てきた。そしてこういう店を「インネパ料理」と呼ばれるようになった。もしかすると食器屋アジアンハンターの小林氏の命名なのかもしれないが「インネパ料理」は今や普通にTwitterやインスタグラム、個人ブログなどで使われている。ナンとカレーのセットの店は日本で定着したスタイルとなった。しかし、まったくその動きとは逆に多様化、専門化、カレーを主としない店などがこの数年増えている。

 1.2種のメニューを出す「カレー屋」ではなく「〇〇料理」
 まずは南インド料理とパキスタン料理だろう。南インド料理は普通のカレー屋さんで始まったところはカレーセットとミールス(南インドの定食)の両方のメニューが用意されている。両方出している店のオーナーシェフの中には、コルカタ出身・南インド移住後、日本でシェフとして来日したという本当に両方の料理に携わってきた人も少なくない。埼玉県三郷市「インドダバ」がそうだ。
 https://www.indiandhaba.net/

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普通のカレーとナンのセットと南インド料理が並んでいる

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ドーサのセット

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ミールスのセット・バナナリーフがお皿替わり

 パキスタン料理店は言い方が極端で、カレーセットと「黒板メニュー(ホワイトボードでも)」と呼ばれる現地出身の人たち向けのウルドゥー語のみまたは英語併記の日替わりに近いメニューを出している。私が日本語メニューを見ていたらオーナーさんが「Sensei、それ日本人向けだよ」「…(え?私日本人だけど)」もちろん、黒板メニューをおススメされる。これは私だけでなく、カレー通や海外経験者にも黒板メニューをすすめているようだ。

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店員さんの後ろのホワイトボードが「黒板メニュー」八潮「カラチの空」
https://www.yashio-karachinosora.com/

 ずっと以前いつだったか記憶にないが、当時には珍しく「ダルバーツ」(ネパール定食)を出していたネパール料理屋に入ったら「カレーを食べたことがあるか」という不思議な質問をされたことがある。また他の店でサモサに醤油やケチャップを出されて困惑したのでチリソースと言ったら東南アジアの甘いチリソースが出てきた。こういったことがあるくらい、日本人に対する偏見があったのだろうと思う。今はこういう店も減っている、または皆無なのではないかと思う。 ネパール料理店も現地メニューを主とする店が増えている。それでも「インネパ料理」は各駅くらいに存在する。すでにこのスタイルで常連のお客様を獲得している店も、新規の店もある。わかっている人は簡単に見分けられると思うが、一般の方々は難しいかもしれない。わざわざ国で選ぶこともないかもしれないが。
曙橋チベット料理「タシデレ」はチベット系インド人が調理長だったのでカレーも出していたが、オーナーの奈津子さんがタミルナドゥ州出身の料理が気に入って雇用し、南の料理もメニュー入りした。インドパキスタン料理ナワブは新宿店で裏メニューとして南インド料理も出すことがある。チェーン店だが、どうやら各店舗それぞれに特徴を出そうと画策しているようだ。
https://tashidelek.jp/

2.専門化する「〇〇料理屋」
 北越谷「バングラデシュ料理バァニ」はかつて日替わりランチのカレーセットをメニューに載せていたがコロナ休業後「黒板メニュー」のみでメニューも日替わりのみとなっている。ここは生徒が「フスカ」(インドではパ二プリというスナックサラダ)が食べたいと言ったので電話で予約した。「日本に来て初めて食べられた!すごく嬉しい。すごく美味しい」彼女は3皿目(1皿目は私と食べた)をおかわりするほど美味しかったようだ。現在「フスカ」はほぼ定番のメニューになっているようだ。看板にハラール認証がない。文字でHALAL FOODSHOPとある。住宅地なのでご近所の日本人のためにお酒を提供しやすいようにするためだという。ランチ金曜日はお休みと書かれている。モスクに行っているんだということがわかる。時々、コックさんがいなくなると奥さんに任せて外に仕事に行っているようだ。

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日替わりメニュー          フスカ
https://twitter.com/bangladesh_bani?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor

 都内の南インド料理店は南の料理しか出さないところも増えた。自分の出身地の料理だけを出すところも増えた。祖師ヶ谷大蔵「スリマンガラム」はチェティナードレストランと看板を出している。チェティナードとはタミルナドゥ州の地名だが、いろいろな日本語の説明によれば、インド人の国内外移動によって工夫されたスパイス使いが特徴であるとのことだ。確かにオンライン授業で自分の国の料理のレシピを書かせたタミル家庭料理に比べてスパイスがふんだんだ。11月はじめに秋刀魚の頭をメインに入れてくださったミールスを食したがこれはカレーが相当苦手でなければ誰でも美味しすぎだろうと思う。

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インド料理とは書かれていない看板
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どんどんおかわりOK 感動した美味しい秋刀魚
https://www.instagram.com/srimangalam_soshigaya/

3. カレーを主としない店
 インド・ムスリムのシェフが一時帰国しインドから日本に戻ってしばらく就活していた。彼は帰国中も私とコンタクトを取ってくれていて、お子さん・奥さんともビデオ電話で話したりもした。ペットの鳩も見せてくれた。日本に戻って、最初は神奈川県のケララ料理の店に就職しようと考えた。オーナーは定住者なので調理師の在留資格ではない。ケララだけでなく普通のカレーも提供したかったので彼を雇おうとしたようだ。今のシェフともう1人と考えたらしい。しかし、彼はこの店を選択しなかった。オーナーから私に「彼のためにベッドも買ったのに」と苦情を言われた。シェフ本人はもう1人のシェフと相部屋がいやだったのでここで働くことをやめたといっていた。次に伊勢崎近くの大きくてきれいなパキスタン料理店で2日ほど働いた。メニューが多くて作り甲斐があると言っていた。だが多すぎだった。パキスタン人の団体のお客さんがあれこれ注文し、面倒くさいことを言われる(わがままなリクエスト)そして…部屋が寒い!給料よりも部屋が大切なようだ。
 最後に決めたのは茨城県境町「ケバブRUMI」…ビリヤニやカレーも出しているがメインはケバブやハンバーガーだ。オーナーはイスラマバード出身パキスタン人。1980年代後半に最初の訪日。その後、旅行会社を現地で経営し、日本人などの観光客への仕事をしていた。しかし、治安を考えると外国人を案内できないと考え、自分が日本で暮らすことを選択したそうだ。22年定着している。本業は別にある。パキスタン人には珍しく中古車ではない。元々食堂だった店舗を借り、また駐車場も借りた。駐車場を借りたときのエピソードに感動した。今回はテーマと離れるので機会があったら触れたいと思う。主なお客様はハラール認証なので外国人、特にパキスタン人。ケバブは車でも食べやすい。街から離れているので大手のファストフード店は遠い。少しゆっくり休んでいたかったら店内飲食もしやすい。だが、カレーがメインの店のように団体でわいわいするような雰囲気ではない。在日2世くらいの若い子たちならカレーは家で食べるのでファストフードメニューのほうが入りやすい。商売上手だなと思った。そういえば小山市に日本人へはカレー、外国人にはピザを出しているハラール料理店がある。「もうカレーって時代ではないでしょ」とオーナー。ここに決めたインド人シェフはオーナーを信頼しているようだ。オーナーもまたこのシェフの良さを認めている。

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Rumi スーフィズムの聖者を店名に

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新メニュー「甘辛チキン」  このシェフ安定の美味しいビリヤニ

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チキンコルマ。甘口が得意なシェフ。私のために作ってくれた。懐かしいデリーの味。そしてシェフが拘るパクチー。
【ケバブ屋Rumi】ケバブとビリヤニとチキンでパーティーしてきました【境町染谷】https://www.youtube.com/watch?v=YCi7PhIsNOk

 柏市増尾台「minaレストラン」ここは調布市にお店と工場を持っていたマイタップさんがコロナ禍で家賃を払うのが厳しくなって借金ができないうちに家賃が安い柏市に引っ越ししたそうだ。2022年末だった。自宅から自転車で30分。ランチメニューはカレーセットだが、メインはアラビア料理のカバブだ。もちろん、カレーもある。またミタイ(スイーツ)に力を入れていて、インドのスイーツ、イランのスイーツ、アラビアのスイーツ、全て手作りだ。キロ単位でネット通販をしている。マイタップさん3人兄弟でのお店。コルカタ出身だ。メインのシェフ弟はケララ州にいたことがあり、日本かどこの国かまだ詳しく聞いていないが中東料理店でも働いたことがある器用な料理人だ。メニューにない「二ハリ」(マトンの骨付きすね肉)とメニューのおすすめラムチョップを持ち帰りした。「二ハリ」はカシミール料理だ。期待していなかったがスパイスのじわっと沁みる味が美味しかった。

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店内の写真はインド料理ではなくカバブ

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持ち帰りの二ハリ         ラムチョップ

4.結び
 葛西「カフェと印度家庭料理 レカ」は西インドのおふくろの味の料理店だ。元江戸川区議で土浦一高の民間校長よぎさんのおかあさまの店だ。インドを印度と漢字表記しているところがまず彼の拘りだ。そして「バターチキンもナンもない印度料理店」と拘りとして言っていた。
https://rekacorp.com/
 インド人が多い葛西でインド系のカレー店が多いのは当たり前だ。「食べログmatome」で「葛西で普通のカレーライスが食べられる店【10店】」という記事があった。この記事を見て、ああこれらが日本人の普通なんだと思った。
 ナワブのオーナー・シャキールさんが「バターチキン、セブンイレブンでも出しているし、無印良品のレトルトカレーもあるしなあ…」と私に聞こえるように呟いていた。
https://www.nawab.co.jp/
 確かにバターチキンはカレー屋でなくてもメニューに入っている店も多くなっている。
 このまま「カレーライス」のように日本化して洋食のジャンルに入っていくのだろうか?お子さまカレーとして出されているメニューだが「給食カレー」のように日本の料理になっていくことはないだろうが…。
 読者のみなさま、どのように予測されますか?

(2023.1.20)
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