【コラム】あなたの近くの外国人(裏話)(75)

バングラデシュ首相逃亡

坪野 和子

 7月半ばくらいからバングラデシュで学生デモがあったことはなんとなく知っていた。ただベンガル語で検索しても出てこない。もちろん、これはいつものことで、それにしても今回は規模が只者ではなさそうだ。偶然、ことの大きさがわかったのはXにスリランカの風刺画がポストされていて、「なにがあった?」とポストしたら、「バングラデシュ 公務員枠」で検索するといいとウルドゥー語の先生(私にとって)がご教示くださった。あ!そうか!日本語で検索すればいいんだ。
 バングラデシュ:学生によるクオータ制度(公務員採用における特別枠)に対する抗議運動等に関する注意喚起
 日本の外務省海外安全ホームページが早々に挙げていた。翌日「外出禁止令」がでていた。そして…[引用開始]
 ダッカ空港については本日(8月5日)17:30から23:30までの6時間一時的に閉鎖される模様です。[引用終了] その当日シェイク・ハシナ首相がインドに逃亡した。
 
 概要がわかったのでブログに早速挙げてみた。
バングラデシュ☆ハシナ首相インドへ逃亡
 その後、私のブログをご高覧くださったバングラデシュ男性からメッセージがきた。
 「ハシナ政権は多少不公平だったのは間違いない。然しながら、これまでに例のない経済発展と女性人材育成の功績は大きい。(ハシナ逃亡後)これから軍事とイスラム原理主義が裏から操ることが見えているのでこれから不安定になる!怖いよ」(ほぼ原文まま)
 さっそくこの方に連絡することにした。もう少し詳しくこの方の考察を伺いたいと思ったからだ。今回はこの方が話して下さった内容をまとめてみた。そして私の補助的だろうと思う解説を入れた。
 
 ◆バングラデシュ男性の見解の概要
 この方のお話しを伺って感じたことは、視点がイデオロギーでも宗教でもない意見だったことだった。今までハシナ政権の話しをする人たちは、ハシナ批判派か恩恵を受けている派かどちらかだった。ハシナ元首相の政治手腕とあまり気づかれていない功績を高く評価し、国外の実効支配を懸念していることに基づく見解であった。鳥瞰より少し低い位置で考察していた。ハシナ氏でない場合「もしトラ」ならぬ「もし野党」「もし原理主義」「もし軍事政権復活」の危うさを問題としていたのだった。

 ◆ハシナ氏去った後の現状
 ほぼほぼ無秩序な状態になっているとのことだ。暴動・放火が続き、強盗も増え、家から追い出されて占拠されてしまった人たちがいる。警官は見つかると殺され、警官がいなくなったと言っていいような状態になり、はたまた警察署を襲撃して銃や武器を奪っていく。日本のODAで作りかけていたメトロも破壊された。これらは、学生運動とは関係なさそうだ。便乗した輩の不法行為のようだ。

 ◆暫定政権への期待はゼロ
 暫定政権首相の指名は世界的な経済学者ムハンマド・ユーヌス氏だ。2006年ノーベル平和賞を受賞した。「ソーシャル・ビジネス」の提唱だ。『貧困のない世界を創る―ソーシャル・ ビジネスと新しい資本主義―』哲学的に、私利(Selfishness)と無私(Selflessness)という、2つの基本的なモチベーションの区別に基づいている(wikiの文借用)。これは南アジアの哲学とイスラムの喜捨の実践を融合した考え方だ。クリントン夫妻も彼を応援している。しかし、この方は懸念を持っている。なぜなら政治経験ゼロ、汚職で刑務所から出てきたばかりだ(※これはバングラデシュや諸国でのあるある。この方はこの件について淡々と語ってくれた)。※この方が仰りたかったのは、外交で丸められないかなどの安全保障がわかっていないということなんだろうと思う。これは近隣諸国で強い国が暫定政権首相を丸め込んで後任の正規首相が後始末していて、にっちもさっちもいかなくなっている状況になっているのを危惧しているのだろうと私は思った。また、この混乱を収めるすべを軍事指定政権で実行できるかは不透明だと感じたのだろう。まあ、日本でも学者に政治を任せたいと思う人は少ないだろうと思う。東京都知事として当選した学者は若者言葉で言えば「調子ぶっこいている」汚職で消えたことがあった。また学者主導の政策を取って成功しなかったことが日本でも多々あった。社会設計の見通しが庶民の実感と合わないからだと「絵に描いた餅」なのだとも言われている。
 
 ◆ハシナ政権の功績
 このカテゴリーはこのバングラデシュ男性のお話しを基に少し解説と私見を加えた。

 1.経済政策

 ここ10数年、バングラデシュは世界のアパレル有名ブランドの下請け工場での縫製が主力産業となっている。あのブランドはバングラデシュなんだって値札を見ながら。暑い国なのにニット製品も多い。しっかりした縫製でMADE IN CHAINA(PRC)とは違う。中国は人件費も高くなり製品の出来も良いものもダメダメもあって差があるので発注後のトラブルも多々あるとのことである。相変わらず中国が世界一の衣料輸出国ではある。アパレル産業は中国・インドネシア・ミャンマーから撤退して、バングラデシュ・ベトナム・カンボジアの工場に発注をシフトしている。バングラデシュのアパレル輸出は欧米85%だが、日本は第3位だ。かつてはジュート・皮製品しか目立った輸出品はなかったに近かったはずの国が経済発展し始めた。それには、イスラム圏の国でありながら女性労働者の雇用があったからだ。ハシナ政権下において女性の自由・男女平等が進められたからだと考えられている。アパレル工場の労働者の80%が女性だという。私は、これは日本の明治時代、製糸工場の労働者が「哀史」となる以前(民営化からデフレ不況に陥る「諸色峠谷底下り」まで)と少し似ていると思う。
 明治時代 女性はなぜ工場で働いた?
 
 2.国防政策
 この方がもっとも評価していると思われるのが、国防だ。陸続きは周囲との関係であまり大きい問題ではない。2点。
 ①アメリカからベンガル湾の島嶼に沖縄のような軍事基地を作りたいと何度も申し出があった。ハシナ政権は拒否し続けている。日本を知っている南アジアの人たちは、この沖縄の基地に関してよく知っているし、自分の国のココは「沖縄」と例えたりもする。ある意味、こういうことに危機感がないどころか無関心な日本人よりよく知っている。この方の場合、「日本はアメリカの言うことをきかなければならない立場でしょ」と、ここまで言った。アメリカ基地の危うさは日本人以上に危惧を持っているようだ。これをそのままバングラデシュに持ち込まれたくないということらしい。ここを拠点にイスラム諸国どこかへの攻撃を始められたら、国土全体が危うい。※私が思うに島嶼部、貧しすぎて基地ができたところで、島民が潤う要素は少ないと思う。もしもインフラ、ネット環境、教育支援、いや、水、トイレ(衛生環境)、改善される要素があれば別だけど、沖縄(琉球)ほどではないので、基地を置くなら、現地支援できないなら当事者たちには意味がない。
 
 ②イスラム原理主義危機
 この男性がもっとも問題・懸念材料としているのは、イスラム原理主義者だ。国外からの勢力である。3つほどの国とその関連の過激派組織名を挙げてくださった。バングラデシュは過激派組織が「領土」と称する国・地域には含まれていない。これもハシナ政権が止めていたからだとおっしゃった。また今まで大規模デモが起きても軍隊ではなく警察が発動していたが、今回のデモでは軍隊が発動し、しかもハシナ氏は国外に逃げるまでとなった。学生デモで逃げるほどの事態になったのは、このデモを扇動し操っていたイスラム原理主義者の存在があったからだとのことだ。この話はあり得ると私が考えたのは暫定政府のスピード発足と多くのメディアによる関連報道や解説が日本のワイドショー並みに同じことを言い続けているからだ。半端ない危機感が伝わってきた。バングラデシュで起こっている・起こったことは災害以外なかなか伝わらないことが多いのだが。逃亡先のインドの報道によるとハシナ氏は相当なパニックであったとのことだった。
 
 ※少し古い記述だが、外務省海外安全ホームページには潜在的なテロ組織が国境を越えて侵入していることが伺える。
 バングラデシュ テロ・誘拐情勢
 
 ◆今後の行方は?
 バングラデシュの混乱は続いている。治安の悪化、経済の混乱。
 この男性は、暫定政権への軍部からの影響、その後の選挙以降の影響、政権交代となりアワミ連盟から野党バングラデシュ民族主義党になった場合におけるカレダ・ジアの年齢(76)や病気や政治手腕のなさ(wikiの英語版では第一次カレダ内閣時代は手腕がないようには読めなかったが)などの理由を挙げ、よろしくないね。と話してくださった。
 ※バングラデシュは40以上の政党があり、ナショナリズム、共産・社会主義系、宗教系、そして無所属。大き目なのが5党だが、あとは日本の諸派に似ている状態である。
 
 この拙稿は男性から電話でお話しを伺い、その後何度か補足や日本のメディアがわかっていないと思うことをメッセージしてくださった内容をまとめ、私がさらに補足を加えたものである。熱く語ってくださったので、もしかすると充分でない編集の可能性がある。
 
 ◆[蛇足]私自身はハシナ政権、ジア政権、ともに功罪があると考えている。こんなのバングラデシュだけではなく、色々な国であることだ。また対日外交では、ハシナ+安倍、ジア+小泉というセットがなぜかピッタリすぎる組み合わせだと思っている。その時のトップ同士が似たもの同士だと意気投合、「親日」が国民にも強く根付いていく。この数年、在日バングラデシュ人の若者たちの我慢強さは、昔の日本人みたいだと感じている。技能実習生で日本に来た子たちは日本語能力試験N2(高校受験レベル)を合格し、現在「特定技能」で仕事している。またITで日本に入ってきたバングラデシュ人はインド人がブラックすぎて他の企業や他の国に抜けた穴を埋めてくれている。
 
  画像の説明
 これは池袋にあるバングラデシュ・モニュメント。
 ショヒド・ミナール(言語への愛の記念碑) “Shaheed Minar (Monument of the Love to Language)”
 パキスタンから独立した記念である。

(2024.8.20)
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