【コラム】

フォーカス:インド・南アジア(16)

福永 正明


<一>

 年初以来、日立製作所によるイギリスの中西部、ウェールズ地方における「ウエルヴァ原発輸出」問題が大きく報じられている。
 国会においても参議院代表質問(福島みずほ参議院議員・社民党)、衆議院予算委員会質問(笠井亮議員・日本共産党)が取り上げ、安倍総理、世耕経産大臣を追及した。しかし明らかになったのは、森友問題での書類改ざん問題にも匹敵する、「日英政府の書簡」隠しであった。

 日立は、東電福島第一原発事故の201年11月、ドイツ企業からイギリスの電力事業会社であるホライズン・ニュークリア・パワー(Horizon Nuclear Power、以下、ホライズン社)を買収した。ホライズン社がアングルシー島ウィルヴァに建設を計画したのが、「ウィルヴァ・ニューウィッド原子力発電所(Wylfa Newydd)」である。この地には、1971年からウィルヴァ旧原発2基が稼働していたが、老朽化のため2015年に廃止された。
 旧原発の敷地内において、新たに1,300MW級の「英向け改良型沸騰水型原子炉(UK-ABWR)」原発2基を建設、2020年代半ばに稼働させる計画である。
 だが、世界の原発産業は低迷しており、再生可能エネルギーに主たる潮流は変化している。

<二>

 世界各地の原発建設工事は恒常的に遅延しており、それは着工前の安全確認・許認可・環境調査に時間がかかり、住民の反対も根強く、各種問題での訴訟、資機材の値上げなどのため、建設総額は雪だるま式に増大を続ける。近年ではテロ対策のために、莫大な資金が必要とされる。さらに、事業中断、中止、負債超過なども多く、原発の建設工事計画は、非常に多くのリスクを負う。さらに海外での事業は、現地子会社・関連会社への本社からの統制が行き届かず、デタラメな経営が繰り返されることも多い。すなわち原発建設は、「完工出来るのか」が最大のリスクとなる。

 こうした問題により企業本体が経営危機に陥ったのが東芝であり、連結子会社であったウェスティングハウス・エレクトリック社(WE社)は2017年3月に米連邦破産法第11条適用を申請し、経営破綻した。この申請は、債務者自らが債務整理案を作成、債務者主導による再建が可能とされ、東芝の子会社から脱却後はカナダの投資ファンドへの買収決定との報道がある。東芝は、WE社の子会社外し後、「原発プラント輸出事業からの撤退」を決めた。東芝経営危機後に続々と出版された「東芝本」によれば、東京本社の無責任体制、海外子会社のデタラメ経営、訴訟に苦しみ、毎年度の損失拡大、さらに損失隠しがあったとされる。
 ところが東芝は、2月8日の朝日新聞報道では、「海外の原発を丸ごとつくる事業からの撤退を決めたが、原発関連機器の納品だけなら再び巨額損失を出すリスクは小さいと判断」して、ウクライナへの原発主要機器販売に乗り出しと報じられた。原発資材や機器の販売、工事監理やプラント運営などでは、原発関連の海外事業に乗り出そうとする企業は多い。

 しかし日立は、まさに東芝が撤退した「海外の原発を丸ごとつくる事業」の先頭にたち、ウィルヴァ原発建設へ突進してきた。もちろん東芝の失敗から日立は、本社が重い負担に苦しむことがないよう、「リスク削減策」を進めてきた。
 第一が、完全子会社のホライズン社について、株式保有比率を50%以下まで下げ、万一にも損失発生の際にも本社の経営へ悪影響を及ぼすことがないようにするという。つまり日立本社が保有するホライズン社株式を国内外の関係企業、投資ファンドなどへ売却し、リスク分散を図る。
 第二に、日立だけでは総工費3兆円とされる負担は不可能であり、「日英政府による支援資金枠組み合意」、日本の政府系金融機関やメガバンクなど融資に対する「政府の全額保証」取り付けであった。年初からの報道は、この「政府の全額保証」について、大々的に論じていた。

 2012年11月にホライズン社を買収後、ゆっくりした歩みであったが、日立はウェルヴァ原発着工へ向かっていった。そこで注目されるのは、安倍政権の機器の輸出に加え、設計・建設、運営・維持管理を含む「インフラシステム輸出政策」、経産省の原発推進政策に乗り、政府と一体となり進めてきたことである。
 インフラシステム輸出政策については、2016年5月のG7伊勢志摩サミットに際して、内閣官房、総務省、外務省、財務省、経済産業省、国土交通省から5月23日に発出された「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」文書(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keikyou/dai24/siryou2.pdf)としてまとめられている。
 これによれば、「世界全体に対するインフラ案件向けリスクマネーの供給拡大」では、以下のように述べる。

 ・世界の膨大なインフラ需要等に対応し、資源価格低迷による世界経済の減速及び将来の資源価格高騰リスクを低減させ、日本企業の受注・参入を一層後押しするため、今後5年間の目標として、インフラ分野に対して約2,000億ドルの資金等を供給する。
 ・具体的には、①アジア地域から世界全体に拡大、②狭義のインフラから資源エネルギー等も含む広義のインフラへ対象を拡大、③JICA、JBICに加えNEXI、JOIN、JICT、JOGMECを追加する。

 次ぎに同文書は、「質の高いインフラ輸出のための更なる制度改善」として、株式会社ではあるが国が全株を保有する特殊会社、つまり「国営」の日本貿易(NEXI)による制度変更には次の2項を記している。

 ・海外投資保険(非常危険)のカバー率拡大NEXI融資保険のカバー率100%(措置済み)に加え、海外投資保険についても、非常危険(カントリーリスク)に係るカバー率(上限)を現行の95%から100%に拡大することにより、民間投資や現地生産化を促進する。
 ・輸出保険(非常危険)のカバー率拡大NEXI融資保険(措置済)や海外投資保険(上記)に加え、プラント・部材の輸出や技術提供等の代金回収にかかる損失をカバーする輸出保険についても、カントリーリスクのカバー率(上限)を現行の97.5%から100%に拡大することにより、我が国から途上国向けのインフラ輸出やプラント建設請負(EPC)の進出をさらに促進する。

 これにより、日本企業によるインフラシステム輸出が、NEXIによる全額保証を受ける対象拡大となり、より低リスクで海外進出が可能になるとされる。だが再三指摘するように、出資金や融資を行う政府系金融機関の日本政策投資銀行(DBJ)、国際協力銀行(JBIC)は、ともに特殊会社であり原資は政府の資金、つまり国民の血税である。さらには、NEXIによる貿易保証の原資も全額が政府拠出であり国民の金である。すると、民間企業の海外インフラシステム輸出について、政府が丸抱えで資金を用意し、かつ、事業失敗した際には政府資金、国民にツケが回ることになる。

 日立によるウェルヴァ原発輸出事業の根本問題は、ヒロシマ・ナガサキで唯一の戦争被爆国となり、東電福島第一原発事故を経験した日本からの原発輸出が倫理的に認められるのかである。国内原発再稼働の可否とともに、原発輸出の可否を尋ねた各種の世論調査では、いずれも60%以上が反対する。国民は、「原発を海外へ売ることなど、もうできない」ことを認識している。
 だからこそ、安倍政権は原子力産業界の意向を受け、原発再稼働・原発輸出策を強引に進める。原発輸出を推進させる具体策は、国営金融機関による巨額の資金投入、そしてNEXIによる出資・融資総額の貿易保険による保証である。すると、原発輸出問題は、政府による公的資金投入の問題としても捉えることができる。

<三>

 日立のウィルヴァ原発建設事業について安倍政権は、英側と念入りに資金支援枠組みについて調整を行ってきた。それは、次期経団連会長となる日立の平井会長が2月13日の記者会見において、日立が英国で検討している原発建設の推進には、「日英両政府の積極的な関与が必要」との認識を示した報じられていることからも明らかである(ロイター通信より)。
 日英両国政府は、このウェルヴァ原発建設事業について、両国の首脳・財務大臣・経産大臣会談などにおいて、関心の表明、推進の認識一致などを行ってきた。

 例えば、2016年12月15日、来日中の英国のハモンド財務相と安倍政権の麻生財務相、菅官房長官らが会談、英国が国内で進める原子力発電所の建設プロジェクト協力で一致し、日本政府が日立が計画する原発への1兆円規模の資金支援、日英間の本格協議にて合意したとされる(日本経済新聞より)。
 1週間後にはクラーク英ビジネス・エネルギー・産業戦略相が来日、世耕経産相との間で「原子力分野で包括的に協力する覚書」を締結したとされる(2016年12月22日、日本経済新聞)。だが、この「覚書」文書は、経産省サイトには掲載されておらず、英政府側のみが英文で公表している。

 そしてメディア報道によれば、2017年12月、日英両政府が資金枠組みに関する「書簡」を交わしたとされる。その枠組みとは、総工費は約3兆円規模、出資4,500億円、融資2兆2,000億円であり、出資の4,500億円は、英国側1,500億円、日立1,500億円、日本側はその他1,500億円(DBJ、日本原電、中部電力など想定)、融資の2兆2,000億円は、日英が折半負担する。日本側の融資1兆1,000億円は、JBIC、日本のメガバンク3行(各1,500億円)が拠出、その他は3,000億円を見込むとされる。重大なことに、日本側の出資と融資の総額1兆1,000億円については、NEXIが全額保証することも決定したする。

 しかしながら、衆議院予算委員会においてこの「書簡」が取り上げられ、笠井亮議員(日本共産党、政策委員長)の質問に対して、世耕大臣は完全に「ゼロ回答」であった。「2月6日 衆議院予算委員会速記録(議事速報)」から再現する。

――――――――――
○笠井委員
既に日立は、お手元に配付されています資料をごらんいただきますと、この資料は日立の投資家向けの説明の資料の一部でありますけれども、具体的なスケジュール、今大臣も言われたことを含めて公にし、そして、日本政府からの支援と日本政府との協議についても強調しているというものであります。
日立は、昨年十二月十四日に、イギリスの原子力規制当局による原子炉の包括的設計審査、GDAが計画どおり完了して、大きく前進したというふうに発表をいたしております。
そこで、この資金調達をどうするかというのが大きな問題になってくるわけですが、六年前の日英首脳会談で政府間の協力の枠組みの合意、そして原子力年次対話というのが毎年やられて、それを踏まえた今度の両大臣の協力覚書でありますけれども、これを受けて、二〇一七年、昨年十二月に日英のエネルギー担当大臣が今後の協力に関する書簡を交わしたとされています。この書簡は、原発分野の担当閣僚が協力推進を正式に確認をして、日本側は英国政府と資金支援の大枠を二〇一七年中にも固めるというものだと報じられております。
政府による資金支援となれば、これは国民負担にかかわる重大問題であります。そういう書簡があるのか、そして資金面での支援を含む協力内容が取り決められているのか、日英間で。それはいかがですか。

○世耕国務大臣
これは外交上のやりとりに関することでありまして、御指摘の文書については、存否もめて、お答えは差し控えたいと思います。これまでも、日英政府間では、エネルギー、原子力協力について、さまざまなレベルで議論を行っております。原発建設の計画についてもその中で議論を行っておりまして、本件については、英国にとっては安定した電力供給及び低炭素電源の開発につながる、日本にとっては原子力技術、人材の維持強化の観点から重要だと認識をしています。
いずれにしろ、このプロジェクトに関する両国政府の対応については、何らかの方針が決定されたという事実はございません。

○笠井委員
存否も含めて答えを差し控えるというのは一体どういうことか。
では、存否も含めて差し控えるということは、こういう文書はないということも言えないということですか。

○世耕国務大臣
繰り返しになりますけれども、外交上のやりとりに関することでありまして、御指摘の文書については、存否も含めて、お答えは控えさせていただきます。
――――――――――

 本事業の将来を決める資金支援枠組みに関する「書簡」の存否すら明らかにしない政府の対応は、厳しく批判されなくてはならない。私たちは、この「書簡」の開示を強く求めて続けて行きたい。

 最後に、市民団体のなかには、日立による英ウィルヴァ原発輸出問題について、「公的資金投入の問題」として捉える動きがある。それでは問題の本質を見誤る危険性がある。つまり、日本からの原発輸出を許してはならないとの、「あらゆる国への原発輸出に反対する」が第一位の重点となるべきである。この課題が希薄になるような、公的資金投入の問題を前面に押し出す活動手法は、あまりにも軟弱、かつ、問題を変質させるといえる。

 私が世話人を務める「核武装国インドへの原発輸出に反対する市民ネットワーク」は、あくまでも、「インドにも、どこにも原発を売るな」とのスローガンを先頭として、原発輸出反対の活動を続ける決意でいる。皆さんのご支援、ご協力をお願いしたい。

 (岐阜女子大学南アジア研究センター長補佐)

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