【北から南から】ミャンマー通信(32)
終盤戦に至り激しさ増す選挙戦 — あわや選挙延期の事態
◆ <与党USDPにダメージ>
2ヶ月の及ぶ長期の選挙戦も半ばを過ぎ、投票日まで1月を切った10月13日に「選挙延期か?」のニュースが流れました。このニュースは日本でも報じられたようですから、皆さんご存知だと思います。選挙管理委員会が主要政党の代表者を集め、洪水被害が甚大で復興が進んでいない地域があり選挙実施が困難だから延期をしたいがどうかとの提案をしたのです。与党のUSDPは同意姿勢を示したもののNLDが猛反対したことを受けて、提案は撤回され選挙は予定どおり11月8日投票で実施されることが確定しました。
この人騒がせな提案・撤回騒動は、当然に選挙管理委員会への信頼を更に落し込めました。選管委員長は元大将の国軍出身者で与党USDPと一体の立場をとり続け、非選挙軍人議席が4分の1を占めることを規定した憲法条項を「これがあるからタイのように軍事クーデターが容易に起きないのだ」とNLDや88連帯などによる改正要求を否定する対応をした人物です。憲法改正を求める運動に対しても、政党登録の資格に触れる可能性があるので運動を続行するなら登録を取り消し総選挙参加ができなくすると恫喝した経緯もありました。
また、19人もの欠員が生じていて昨年初頭に実施決定されていた昨年末の補欠選挙を中止しています。理由は「1年以内に次回総選挙があるのに多額の金をかけて実施する必要がない」というものでした。こうした法によらず民主主義的手続を無視して独断で決定・実施する軍政時代そのままの手法に対し批判があったのは当然ですが、今回の騒動は選管への不信を更に深め決定的なものにしたにとどまらず、政府・与党への批判を増大させたと思われます。
◆ <背景は与党不利の情勢>
ミャンマーでは選挙情勢を調査・分析して報道することはありません。しかし、選挙情勢に関する様々な「噂」が飛び交います。その根拠の多くは明確なものではなく、その意味で多くは単なる「噂」に過ぎないのです。選挙情勢について話す場合、多くのミャンマー人は「国軍が何をやるか分からないが」と前置きして「今のまま選挙戦が進めばNLDが勝つだろうが問題は勝ち方だ」と言います。私が接する人々は政治的に偏っているのかも知れませんが、USDPが勝つだろうと予想する人には会ったことがありません。明確な根拠は示されていませんが、多くの人々がNLDの勝利を期待し信じていることは確かなことだと思われます。中には「NLDが上・下院合計で300議席確保し、USDPは80議席にとどまる」とかなり確信的に言い切る人もいます。
最近、地元英字紙がUSDPの内部資料で「最悪のシナリオとしてUSDPは下院で16議席しか得られず壊滅的状況を迎えることもありうる」と記していると報じました。USDP執行部がクーデターまがいの方法で更迭された事態が、選挙戦に大きな影響を与えていることも確かなようです。ヤンゴンの街中で目立つのはNLDの宣伝で、赤いNLDの旗をつけたタクシーや輪タクを良く見かけるようになっていますが、USDPのそれは見かけません。ポスター掲示も同様にNLDが勝っているようです。
こうしたNLD優勢の「空気」を危機的にとらえて選管が政府・USDPと一体になって延期策を考えたと騒動の背景を考えている人は少なくありません。そして延期策は実現されなかったのですから、USDPは更に不利な状況におかれることになったと考えるのが自然です。私の友人たちは、多くの国民が「延期策を実行できなかった与党側の『力』の低下」を嗅ぎ取っている、と評しています。そのことが選挙結果にどのように現れるか、見届けたいと思います。
◆ <勝ち方の問題>
NLD300議席確保という予想は、政治的に微妙な意味を持っています。両院合わせて300議席は選挙で選ばれる議席(下院330、上院168、計498)の過半数ですが、非選挙の軍人議席を加えた議席総数(664)の過半数ではありません。政権の中枢は大統領で、大統領は全国会議員による投票で選ばれますから、確実に選ばれるためには議席総数の過半333以上を確保せねばなりません。NLDが単独で政権確立をするためには両院合わせて333以上の議席確保が必要なわけです。州や管区の中には少数民族政党が大きな力を持っている選挙区がかなりあります。USDPにも強い地盤の選挙区があります。そうした中で7割近い議席を確保することは非常に困難なことです。この予想を立てた人は、連立政権の可能性が高いと語っています。その場合、連立の相手が問題になりますが、様々な可能性があるといい、選挙結果を見ないと分からないと明言を避けます。
前号で報告しましたように、CTUMは「自由で公正な選挙」の実現を強く求めていますが、加盟組合にも組合員にも特定政党への投票を指示することはしていません。組合員の中には少数民族の人々が多く含まれており、この問題の複雑さは私のような外国人には容易には理解できない歴史的経緯の深さを含んでいるようです。少数民族政党が選挙結果と政権のあり方に大きな影響を及ばすかも知れません。
◆ <選挙監視団の活動>
「自由で公正な選挙」実現に向け、選挙監視活動が始まっています。国内外の監視団が連携して活動を進めつつあります。活動には選挙運動期間を通じて不正行為を監視する長期的なものと投票行為そのものにまつわる不正を監視する短期的なものとがあります。国際的な監視団としては、アメリカのカーター・センターとEUの選挙監視団がミャンマー選挙管理委員会との覚書締結に基づいて監視活動を行いつつあると報じられています。両監視団は、「自由選挙アジアネットワーク」(ANFREL=Asia Network for Free Election)に加わり、2000人を超える主に短期の監視活動を行うボランティアが参加するということです。これらと提携する国内の監視団(PAGE=People’s Alliance for Credible Electionsに参加)は選管との覚書は必要とされませんので、広範に組織され活動が展開されていると報じられています。
選挙監視活動は、ミャンマーの人々が「何をするか分からない」と不信感を露にしている国軍や与党の不正な動きを牽制・防止するための役割を期待できるものです。2010年選挙の際には、各国大使館などからの要請で投票所での監視活動が試みられましたが、それは完全に軍政のコントロール下におかれた形式的なものに終わりました。今回の監視活動がそうならないように国際的な注視が求められます。
(筆者はヤンゴン駐在・ITUCミャンマー事務所長)