【コラム】フォーカス:インド・南アジア(4)

モディー政権成立から2年:国民の不信が増大

福永 正明


 5月26日、インドのナレンドラ・モディー首相のインド人民党(BJP)政権が、政権発足から2年を経過した。2014年5月の連邦議会下院総選挙で、爆発的な国民の支持で引き起こされた「モディー・ブーム」により、定数545人(単純小選挙区制での543人選出+大統領任命2人)のうち282人を獲得した。多くの少数地方政党との連合政権である「国民民主同盟(NDA)」は、下院の6割の336人を占め下院で圧倒的過半数を得ての政権を樹立した。

 インドは、任期5年の下院(解散あり)で多数を握る政党(単・複)が行政府の長となる首相を選出する議院内閣制であり、首相に任期はない。モディー首相は、下院で安定した支持基盤があり、次回総選挙は「解散なし」の2019年と予測できる。すると5月で2年間が経過したモディー政権は、今年の11月には任期折り返しとなる。

 高齢のシン前首相に比して、世界を飛び回る行動力があり、「世界大国インド」実現への力強いアピールと政策キャッチフレーズを連発するモディー首相は、ヒンドゥー教主義の「民族義勇団(RSS)」を支持基盤とする。国内外において一般的には「高い支持率」を維持しているとされ、メディアの各種世論調査も、上位ヒンドゥー教徒層はもちろん、中流層からも支持を受けている。しかし、これらの「世論調査」結果は、「大都市居住の上・中流層」の経済政策への期待からの支持であるとされる。一方で、総人口の約7割が居住する農村地域居住者、中流以下の人びとや最貧困層、イスラーム教徒(ムスリム)やキリスト教徒などの異教徒からは、「モディー批判」が高まっている。

 モディー政権による最大の失政は、「雇用環境の整備失敗」、つまり「失業率の上昇」となる「雇用促進」ができないことであった。総選挙キャンペーンでBJPとモディー首相が訴えたのは、「BJPが政権を握れば、いま職に就くことができず、苦しい生活で暮らす人びとに、雇用の機会が与えられ、<良き日々>となります!」であった。

 インドは過去数年間に失業者増加が大きな問題であり、特に高学歴者を中心とする若青年層の失業が深刻である。就任時のモディー首相の言葉は多くの人たちに歓迎されたが、2年後のいまではモディー政権は「デマゴーグ(人びとをうまく扇動する政治家)」とすら呼ばれる。

 毎年1,300万人の新規労働力が新に労働市場に参入するインドでは、総労働力は5億人と膨大である。それらの新しい「参入者=新規求職者」は、高学歴の青年たちが増加を続けている。かれらは、工事現場や道路工事などの肉体労働での雇用には満足せず、「清潔、スキル活用、高収入、転職でのさらなる上昇」をめざしている。しかしながら、「工業化社会」へ向かうための国家の基本戦略もないインドでは「失業者の吸い上げ」は行われておらず、モディー政権の2年間においては、何らの成果もない。

 インドの雇用状況には、何が起きているのであろう。全インド的に雇用・失業などの変化を詳細に分析するため、いくつかの指標を見ることにより、失業や雇用危機の現状を明らかにしよう。第一に明確であるのは、経済が悪化を続け、低迷状態にある。インド政府発表の掲載指標の一つ「鉱工業生産指数(IIP)」では、2015年2月から16年2月の1年間の成長率はわずかに2%、特に製造業部門の成長は、わずかに0.7%である。前期(2014年2月から1年間)のIIPは4.8%、製造業部門は5.1%であり、いずれも悪化している。

 国内総生産(GDP)に関する新しい基準による政府指標によれば、政府支出・投資額・輸出額は軒並み低下し、輸入額も減少した。それらが意味することは、国民を補助したり購買力の支援となる財政支出が減少、わずかな投資額しかなく、国際貿易も縮小している。すると、より多くの雇用を生みだすような財政支援はなく、何らの政策も行われない。さらにインド国民の三分の二の労働力を有する農業部門では、成長はわずかに1.1%であり、2年続いての干ばつにより「職」ではなく「食」の確保が困難な状況となっている。

 インド政府の主要8部門(原油、天然ガス、石油製品、鉄鋼、石炭、セメント、肥料、電気事業)に関する指標によれば、これら部門が巨大な雇用力を有しており、全工業生産額の38%を占めている。そして、本年3月末現在の指標によれば、原油、天然ガス、鉄鋼生産は減産し、4−6%の成長しかなく、肥料だけが11.3%の成長となっている。そして、成長ないところに雇用の拡大はなく、より多くの人びとが失業から脱する状況には至らなかった。

 労働局による統計においても、新規に創出され、あるいは、減少した雇用の現状を知ることができる。本年3月に発表された2015年7月から9月の労働統計によれば、モディー政権の成立からは減少傾向が続いている。IT関連産業やビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)部門が好調であるが、他の商業部門では軒並み停滞か減少である。

 さてモディー首相は就任直後より投資誘致のため多くの国を訪れ、トップセールスを繰り返してきた。新しい経済政策「メイク・イン・インディア」を2014年9月に発表した。モディー・ファンやメディアは、大胆な政策として歓迎し、政府は巨額を投じて宣伝を繰り返している。この政策の目標は、国内外の企業投資を促進し、インドを世界製造業の魅力的な主要拠点(ハブ)に発展させるとされる。そして、持続的な高経済成長率、雇用創出を実現し、そのため行政改革で効率化を図る。インド政府は、製造業部門のGDPシェアを60%に向上すると公表している。
 しかしながら、商業銀行の多くが不良債権を抱えており、それらは私企業に対する工業プラント、インフラ整備などのための巨額貸付がほとんどである。このため企業の経営拡大、雇用促進の道は非常に厳しい。インドには有効な倒産のスキームが存在せず、事態打開の道が閉ざされていた。しかし、本年3月からの予算国会において「倒産法」が成立、ようやくその道筋が決まった。

 インド国民、特に都市居住の上・中流層は、経済の急成長を期待する。これに対して、まず経済の安定確保を実行できるかがカギとなる。いかなる経済的リスクが存在していても、「成長最優先」を信じる国民たちの姿勢こそが変化しなければならない。

 モディー政権は、非常に厳しい状況の中、任期後半へ向かう。日本では、安易に「巨大人口市場」だけを強調し、インド経済を賞賛する声も強い。しかし、既に本連載で紹介している通り、日系企業の労働争議も拡大している。いまの日本企業においては、インド経済への冷静な分析、そして評価が必要であることは明らかであろう。

 (筆者は岐阜女子大学南アジア研究センター長補佐)


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