【コラム】酔生夢死

ユメもチボウもねえ

岡田 充

 毎朝、郵便受けの新聞を取りに行くのが日課だ。元日となると、そいつは分厚くずっしりと重い存在感を放つ。本紙に加え政治・経済・国際展望、芸能、スポーツ、文化など、別刷り付録が正月を実感させる。思わずうなずくリポートや啓発される分析も多く、1紙だけで半日かけて丹念に目を通した。
 楽しみだけではない。本紙の一面トップには特ダネ記事がおどろおどろしく「とぐろ」を巻くことがあるから油断禁物。それが中国やロシアに関する記事だと、「後追い」記事を書かねばならない。お屠蘇気分飛ぶ。これがバブル経済時代の元旦紙だった。

 辰年(2024年)の元旦、ある全国紙の正月特集は「現役世代が今の8割(8がけ)に減る」2040年の世界を、ドイツ在住の作家の作品借りながら、縮み行く社会の実像に迫ろうとする企画。
 描いているのは、少子高齢化による人手不足によって崩れいく社会の現実であって、未来の話ではない。タイトルは「その未来は幸せか」。「幸せ」「幸福」という主観的で不定形な用語を目にするだけでげんなり。啓発される視点や分析はみつからなかった。こちらの体調がすぐれなかったせいかもしれない。

 国際面トップは、全国ネットTVアナの職を捨て、国連難民高等弁務官事務所職員を経て、今は「ユネスコ」に転職した女性。何のことはない、日の当たる場をジョブホップする「勝ち組」成功物語、おそらく反感を抱く読者も少なくないだろう。
 オピニオン欄は、いつも張り付いた笑顔の黒柳徹子インタビュー。「平和が基準、ケンカはしたくない」というタイトルを目にするだけでスルー。特集には藤井八冠。日本社会全体が、数少ない「遺産」を少しずつ切りとりながらなんとか生きている、という実相が浮かび上がる紙面だった。IT革命からはじき出された新聞の老衰ぶりがよくわかる。

 大晦日から元日にかけ観るべきTV番組は、「孤独のグルメ」くらいじゃないか。これだって過去番組の「遺産」を繰り返し放映しているに過ぎない。松重豊のクールな演技で、いかに料理がうまそうに見えるか、視聴者の想像力を刺激する傑作番組だと思う。これも同じシーン(遺産)を繰り返し見せられているのだ。

 元日の夕方、ソファで横になりながら「孤独のグルメ」を観ていたらグラッときた。能登半島沖地震。大津波警報が出て「3・11」が脳裏をかすめる。NHKをはじめ全国ネット局は地震中継に切り替え。しかし松重はしばらく独り言をつぶやきながら料理に向かっていた。

 それもしばらくすると「~グルメ」は中断し地震番組に。横並びなのだ。ユメもチボウもねえ現実社会への抵抗として、せめて番組を続けてほしかった。ところでわが宰相といえば、大津波警報が出ているのに相変わらず背広姿。水色の作業服に変えたのは2日の昼前になってからだった。天皇が一般参賀中止したのを受け、慌てて決めたのでは。判断の悪い人だ。ユメもチボウねえ時代にふさわしい人物かも。(了)

画像の説明
「孤独のグルメ」の松重豊(TV東京画面)

(2024.1.20)
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