【コラム】中国単信(31)

ラフィット、ラブホテル、ラーメン

趙 慶春


 今年も旧暦新年の大型連休を利用して、中国人が大挙して来日し、「爆買」が話題となっていたが、来日した友人の買物に付きあった際の筆者の感想を一つ。

 免税店や都心の外国人がよく訪れる店では、まるで中国にいるような錯覚に陥るほど、中国語の表示や中国語会話能力に優れたスタッフが揃っていて驚かされた。ただ奇異に感じたのは、こうした免税店に並んでいる家電を中心にした数多くの製品が、免税にもかかわらず、一般の店より高いことだった。しかも最新型ではないのだ。どのようなからくりがあるのかわからないが、釈然としない思いを抱いた。

 一方こうした爆買いをする中国人の観光ツアースケジュール表を見ると、買物に多く時間が割かれ、観光スポットもいくつか入っているのだが、「歌舞伎町見学」「雷門見学」といった、チケット代不要の場所が多く、彼らの多くがLCC格安航空を利用していることだった。

 また、ある都心のラブホテル業者がアダルトの要素を排除して、中国人ツアー客専用のホテルに変えたところ、いつも満室状態になっているという報道もあった。

 このように見ると、旅行の重要要素である移動、観光、宿泊、食事、買物で中国人がもっとも関心を示しているのが、上記のようなことからも買い物であることがわかる。

 中国人の爆買が日本にもたらした「メリット」は決して小さくない。統計データによれば、昨年、来日した外国人観光客の四分の一が中国人、そして外国人が日本で使った金額十数兆円のうち、5割近くが中国人となっている。つまり中国人一人あたりの日本で使う金額が多いことを示していて、停滞気味の日本経済促進に寄与していると言えるだろう。

 しかし筆者の見るところ、中国人は高品質の“おもてなし”を受けていないと言える。ここには二面性があるように思う。一つは、中国人の客としての“眼力”を日本人が低く見ていることである。もう一つは、中国人自身が高品質のサービスを受けなくてもよいと考えていることである。

 中国人の客としての“眼力”は、いずれ向上していくはずで、そのとき日本人が相も変わらずでいると、中国人観光客が日本から一気に離れていく可能性がやってくるのではないかと危惧している。
 そして中国人自身が高品質のサービスを受けなくてもよいと考えている点では、まさに中国人の思考様式が絡んでくる。それをここでは、筆者なりに中国人の「ラフィット心理」と呼んでおくことにする。

 ラフィットとは中国語で「拉菲」と表記されるワインの「シャトー・ラフィット・ロートシルト」のことである。ワイン愛飲家なら誰でもが知っているフランス五大シャトーのトップで、世界の頂点に立つ最高のワインとされている。そしてここでも中国人の成金たちの登場となるのだが、彼らがラフィットを寵愛し始めるや、国際市場のラフィット価格がとんでもなく上昇し、もはや一般のラフィット愛飲家の手には届かなくなってしまっている。その証左になるだろが、今の日本ではラフィットだと一番安くても一本10万円近くになっている。これが中国に行くと、日本の倍以上の20万円になっている。人気の1982年ものラフィットになると、信じられないのだが一本100万円を超えている。

 中国人の成金にはワイン愛飲家が多く、ワインの良さがわかる者が多いのかといえば、決してそうではない。実は1980年代、中国の初代の成金たちは自分の成功を誇示するために高級酒のレミーマルタン ルイ13世などを豪飲してみせていたものである。なかには互いに張り合って「飲む」のではなく、ルイ13世を床にたたきつけるなどという、呆れたことなどもしていたものである。

 おわかりのように中国人にとって、当時のルイ13世にしても、今のラフィットにしても「飲み物」ではなく、「見せる物」であり、自分を誇示する「道具」にほかならない。したがってひっそり酒を飲むときには、たとえ財力があっても、たいていは「見せる物」の酒など飲みはしない。

 面子を重視する中国人のこうした思考方法では、もっとも求められるのは「金」と「名誉」である。しかも頂点をめざそうとする。「シャトー・ラフィット・ロートシルト」が最高級品の一つであることはワイン通なら誰でも知っている。しかしこれでなければならないとは誰も考えていないだろう。
 しかし中国人だけは、「シャトー・ラフィット・ロートシルト」をひたすら求め続ける。世界のワインの五大シャトーの第1位がラフィットとされているからである。

 中国人の「世界一」好き、「ギネス」好きの裏には、「面子」や「見栄」の思考方法が潜んでいるのである。ところがその一方で、「見栄」をはる必要のない場合には、中国人のもう一つの伝統的な美徳とされている「倹約」が顔をのぞかせる。たとえば、フランスのグッチ店前の階段で、カップラーメンを食べる中国人観光客のおばさんたちの姿がネット上に取り上げられ、多くの外国人を唖然とさせたが、これなどもまさに節約、倹約の精神にほかならない。

 グッチ製品は高価で「面子」や「見栄」の道具となる。だからこそネット上に取り上げられたのであって、コンビニの前でカップラーメンを食べていたら話題になどならなかったはずである。中国人のおばさんたちはグッチ製品を買ったかもしれない。しかし買い物は買い物であり、自分が食べる昼食は、仲間だけであり、しかも彼女たちを知る者などいない国外であってみれば、「面子」や「見栄」などとは関係ないのである。

 中国人の思考様式から彼らの消費スタイルには、両極に位置する二つがあることがわかるだろう。一つは「面子」や「見栄」による「高価」「最高」重視。もう一つは「節約」「倹約」重視である。前者は基本的には衆目の集まる所で発揮され、「品質」より「価格」が優先される。後者は基本的には他者の目を気にする必要がなく、「品質」を犠牲にしても「節約」優先となる。

 ところが、「面子」も必要だが、見栄のために大金を使うことに抵抗感を持つ中国人もなかには存在する。ではこうした人たちはどうするのか? 偽ブランド品の購入となる。彼らはブランド品はあくまでも「面子」や「見栄」のためなので、本物でも、偽ものでも同じ効果を生むのだから、敢えて本物を買う必要などないと考えるのである。

 来日中国人観光客の爆買には、多分に「面子」や「見栄」の要因も絡んでいて、気前よく買うことにつながっていく。一方で割安の「ラブホ改装ホテル」に宿泊するのは彼らを知る人がいないからこそできる倹約、節約現象である。彼らの来日それ自体が、すでに「海外旅行ができる人間」として、「面子」や「見栄」を満たしている。したがって来日したあとは、もはや自分を知る人はいないので、もう見栄えをはる必要がなくなり、もう一つの特性と言える、「節約」「倹約」に徹することになるのである。

 この不思議!中国人の思考様式が変わらない限り、来日中国人観光客のスタイルに変化は生じないと見ている。しかし、爆買いでの「面子」や「見栄」の要因が減少し、「金額」ではなく、「品質」への追求に目を向け始め、自分のために買う傾向が増大したとき、爆買いスタイルに変化が生じるにちがいない。その時、日本は少なくとも中国人観光客向けの観光業戦略の見直しを迫られることになるはずで、その兆候はすでに出始めているように思う。

 (筆者は女子大学・教員)


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