【「労働映画」のリアル】

第25回 労働映画のスターたち・邦画編(25) 鶴田浩二

清水 浩之


 《「古い奴」こそ新しい! いま見直したい「めんどくさい上司」の足跡》

 「古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるんでございます…」
 1970年発売の大ヒット曲『傷だらけの人生』でお馴染み、「戦中派スター」の代表格・鶴田浩二。今年で没後30年となるが、同じ1987年に亡くなった「戦後派スター」石原裕次郎が様々な形でリバイバルされているのに比べると、いささか寂しい気もする。「義理と人情」を体現してきた「古い奴」なのは間違いないが、むしろ今見直してみると、仁義を重んじ「筋を通す」ことに命まで賭ける姿は、かえって新鮮に映る。戦後世代の総理大臣を筆頭に「筋を通す」ことを知らないオトナたちが跳梁跋扈し、「右も左も真っ暗闇」な現在こそ、「古い奴」に学ぶことは多いのではないだろうか。

 1924(大正13)年生まれ。戦後日本映画の大スターとしての活躍をリアルタイムで知る人は、もはや40代以上に限られる。私自身も、最初に彼のことを知ったのはNHKのドラマ『男たちの旅路』(1976~82)だった。警備会社を舞台に、「今どきの若いヤツ」と常に対立する「古い奴」=吉岡司令補は、水谷豊、桃井かおりなど当時の「若手」の視点から見れば「めんどくさい上司」そのもの。青春時代が戦争と重なっていた彼の目から見れば、平和で豊かな時代の人間はどこか「甘えている」ように映る……ニヒルと頑固さが複雑に同居する姿は、同じく「大正生まれ」の母方の伯父を連想させた。

 シリーズ初期には若者たちの「天敵」として恐れられていた吉岡司令補だが、警備の現場で様々な事件を経験するに従って、次第にカドが取れていくのが魅力的だった。繁栄から取り残された老人たち、孤独な少女、バリアだらけの社会で葛藤する障害者たち……対立したり、ともに悩んだりしながら、「古い奴」も長年身に着けていた鎧を脱いでいく。第12話『車輪の一歩』(1979)では、車椅子の青年に向って「迷惑をかけることを恐れるな」とアドバイスするに至る。シリーズを見続けてきた視聴者みんなが納得できる形の、主人公の「成長」が描かれた瞬間だった。

 脚本家の山田太一は、鶴田自身が語った半生をそのままキャラクター造形に生かしたそうだが、彼のフィルモグラフィーもまた、海軍航空隊で敗戦の日を迎えた鶴田自身の人生観が色濃く反映されていることに気づく。1949年にデビューし、美男スターとして人気絶頂の最中に出会った映画『雲ながるる果てに』(1953、監督・家城巳代治)で特攻隊員の青春を演じたことが、その後の歩みに決定的な影響を及ぼした。「お国のために」死ぬことを志願した若者が、「生きる意味」を実感した直後に出撃を命じられる残酷さを、日本人には決して忘れてもらいたくない…という願いは、その後もしばしば彼が演じるキャラクターに投影されていく。

 「戦争映画」は鶴田のライフワークの一つとなるが、その役柄には、単に「カッコいい」だけでは片付けられない奥行きが生まれた。フィリピン戦線を舞台にした映画『日の果て』(1954、監督・山本薩夫)では、脱走した戦友の銃殺を命じられた中尉が、ジャングルの中で生死と善悪の狭間を彷徨い続ける姿が印象的。2.26事件を描いた『銃殺』(1964、監督・小林恒夫)や、特攻作戦の生みの親・大西瀧治郎海軍中将に扮した『あゝ決戦航空隊』(1974、監督・山下耕作)でも、部下の兵に慕われている「好人物」が軍隊組織の闇に呑み込まれ、やがて無念な結末を迎えるまでを熱演している。

 1963年には『人生劇場 飛車角』(監督・沢島忠)が大ヒットし、以後10年にわたる「任侠映画」ブームを、高倉健や藤純子などと共に牽引していく。『博徒』、『博奕打ち』、『兄弟仁義』などのシリーズで、一宿一飯の恩義に報いるため体を張る侠客を演じ続けたが、「渡世人」の男たちも、組織の掟の中で生きる「兵隊」であることに変わりはなく、「白いもんでも黒いと言わなくちゃならねぇ」(『博奕打ち 総長賭博』1968、監督・山下耕作)理不尽な世界で孤独に戦う姿には、高度経済成長期の「企業戦士」をはじめ、三島由紀夫から全学連までもが熱狂したと言われた。

 親しいスタッフや後輩から《おやっさん》と慕われる一方、嫌いな相手とは一切口をきかないなど、気難しさでも有名だったが、彼が最後に主演した『シャツの店』(1986、NHK)は、そんな「めんどくさい」一面を全開させた抱腹絶倒の人間喜劇。頑固一徹の洋裁職人が、亭主関白に耐えかねた妻(八千草薫)に家出されて狼狽する。ミシンの前にぼんやりした顔で座り、「俺のどこがいけないってんだ…」と呟く姿がたまらなくチャーミング。「男らしさ」を追求し続けてきた彼ならではの、見事な集大成となった。

 参考文献:『父・鶴田浩二』 カーロン愛弓 (2000年、新潮社)

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。

◇次回のご案内
【2017年10~11月期】統一テーマ:子どもたちと仕事
第43回 労働映画鑑賞会
・2017年11月9日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 10~11月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00171103

◇新作ロードショー
『鉱 ARAGANE』
 《10月21日(土)から 東京 新宿 K's cinemaほかで公開》
 ボスニア・ヘルツェゴビナの炭鉱にカメラが入り込んだドキュメンタリー。地下世界で働く人々の姿を映し出す。(2015年 ボスニア・ヘルツェゴビナ=日本 監督:小田香) http://aragane-film.info/
『リュミエール!』
 《10月28日(土)から 恵比寿 東京都写真美術館ホールほかで公開》
 1895年、リュミエール兄弟が発明した「シネマトグラフ」。世界各国で撮影された映像群を厳選・再構成し、4Kデジタルによる修復を施したオマージュ作品。(2016年 フランス 監督:ティエリー・フレモー) http://gaga.ne.jp/lumiere!/
『MASTER マスター』
 《11月10日(金)から 東京 TOHOシネマズ新宿ほかで公開》
 イ・ビョンホン主演のクライムアクション。ネットワークビジネス詐欺で大金を奪い東南アジアへ高飛びした男と、知能犯罪捜査班の刑事との攻防。(2016年 韓国 監督:チョ・ウィソク) http://master-movie.jp/
『人生はシネマティック!』
 《11月11日(土)から 東京 新宿武蔵野館ほかで公開》
 第二次世界大戦中のロンドンで、「ダンケルクの戦い」を描くプロパガンダ映画の脚本家に抜擢された女性。ところが、名優のわがままや軍部の検閲など、様々なトラブルが頻発して…。(2016年 イギリス 監督:ロネ・シェルフィグ) http://www.jinsei-cinema.jp/

◇名画座・特集上映

◎全国
【イオンシネマ小樽ほか全国39館】 9/30~12/21「イオンシネマ シネフィルセレクション」…ぼくの伯父さん/アンダーグラウンド/シェフ 三ツ星フードトラック始めました/他

◎北海道・東北
【新千歳空港ターミナルビル】 11/2~5「第4回 新千歳空港国際アニメーション映画祭」…Out in the Open(オーストラリア)/サリーを救え!(フィリピン)/HAVE A NICE DAY(中国)/他
【横手市ふれあいセンター】 10/28「かまくら館映画劇場」…伊豆の踊子(1974年版)/野菊の墓/ぼくらの七日間戦争/他

◎関東・甲信越
【東京 神保町シアター】 10/21~11/24「植木等と渡辺プロダクションの映画」…ニッポン無責任時代/若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん/ドリフターズですよ! 冒険冒険また冒険/他
【東京 早稲田松竹】 10/28~11/3「イラン社会を映し出す巨匠たち」…人生タクシー/セールスマン(2本立)
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 10/22~12/23「豊かに実る 松竹文芸映画の秋」…あなた買います/気違い部落/雪国/他
【東京 六本木ヒルズほか】 10/25~11/3「第30回 東京国際映画祭」…スヴェタ(カザフスタン)/ビオスコープおじさん(インド)/ガーディアンズ(フランス)/フォーリー・アーティスト(台湾)/他
【東京 京橋 フィルムセンター】 11/9~23「逝ける映画人を偲んで 原節子選集」…東京の女性/緑の大地/北の三人/わが靑春に悔なし/他
【川崎市アートセンター/他】 10/29~11/5「KAWASAKI しんゆり映画祭」…湯を沸かすほどの熱い愛/Start Line/人生フルーツ/永い言い訳/他
【所沢市民文化センター】 11/6・7「MUSE 名画シアター 喜劇映画特集」…喜劇・急行列車/喜劇・あゝ軍歌/吹けば飛ぶよな男だが/他
【新潟 シネ・ウインド】 10/28~11/3「新潟ドイツ映画祭2017」…わすれな草/人類遺産/みつばちの大地

◎東海・北陸
【静岡コンベンションアーツセンター】 10/21・22「グランシップ懐かしの映画会」…野火/おはん/ぼんち/東京オリンピック
【名古屋シネマテーク】 10/21~11/3「特集・三里塚とあの時代」…日本解放戦線 三里塚の夏/三里塚 辺田部落/三里塚のイカロス/他

◎関西
【京都文化博物館】 10/28~11/3「第9回 京都ヒストリカ国際映画祭」…リュミエール!/キンチェム 奇跡の競走馬/車夫遊俠伝 喧嘩辰/他
【宝塚シネ・ピピア】 10/28~11/3「第18回 宝塚映画祭」…限りなき前進/久遠の笑顔/小早川家の秋/流れる/他
【田辺市 紀南文化会館】 11/10~12「第11回 田辺・弁慶映画祭」…星守る犬/戻る場所はもうない/夜、逃げる/三尺魂/他

◎中国
【広島市映像文化ライブラリー】 11/1~23「杉村春子没後20年・文学座創立80周年 映画と文学座」…次郎物語(1941年版)/晩菊/豚と軍艦/反逆児/他
【呉ポポロシアター、乙女座】 11/10・12「フィルムで楽しむ懐かしのアニメ」…太陽の王子 ホルスの大冒険/銀河鉄道の夜

◎四国
【高知あたご劇場】 11/4~8「社会派ミステリー特集」…張込み/悪い奴ほど良く眠る/白い巨塔/他
【松山 シネマサンシャイン大街道】 11/18~12/10「松山映画祭」…パレードへようこそ/箱入り息子の恋/湯を沸かすほどの熱い愛/他

◎九州・沖縄
【福岡市総合図書館 シネラ】 11/1~26「小林正樹監督特集」…この広い空のどこかに/人間の條件/上意討ち 拝領妻始末/燃える秋/他
【中津文化会館】 11/11「中津文化会館で映画をみよう!」…稲妻/にごりえ/華岡青洲の妻/他

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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