【「労働映画」のリアル】

第26回 労働映画のスターたち・邦画編(26) 和久井映見

清水 浩之


 《おっとりしてるけど、芯はしっかり シンデレラから「世話好き」お母ちゃんへの道》

 日本を代表する「お母さん」俳優といえば? 古くは『肝っ玉母さん』(1968、TBS)の京塚昌子、『時間ですよ』(1970、TBS)の森光子、さらには八千草薫、市原悦子、大竹しのぶ…といった方々が思い浮かぶが、2017年の現在、抜群の演技力と好感度で支持されている「お母さん」といえばこの人、和久井映見さんだと思う。
 20代の頃は映画『息子』(1991、監督・山田洋次)、ドラマ『夏子の酒』(1994、フジ)での純情可憐なヒロインとして人気を集め、その後、結婚・出産を経た30代以降は、NHKの朝ドラ『ちりとてちん』(2007)、フジの月9(月曜9時)ドラマ『デート~恋とはどんなものかしら~』(2015)などで、ヒロインを見守る母親役を演じるようになった。彼女の役柄は、おっとりした物腰で派手さはないが、ここぞという時には芯の強さをしっかりと見せることが共通していると思う。家庭や職場を支える扇の要となり、おせっかいなくらいに世話好きな「お母さん」像を作り上げてきた仕事歴を辿ってみよう。

 1970年生まれ。横浜出身で中学・高校は川口。16歳の時にスカウトされ芸能の世界へ。デビュー当初はバブル華やかりし頃で、同世代の中山美穂や宮沢りえなど「元気なヒロイン」の傍にいる、おとなしそうなお嬢さんだった。時代が求めていた活発さは似合わないが、その代わりに、時代の「片隅」で生きる人々の役にはぴたりとはまった。椎名誠の小説「倉庫作業員」を原作とする映画『息子』(1991)では、東京・尾久の町工場に勤める事務員・征子。製品の配達に訪れる青年(永瀬正敏)に見初められるが、彼女は聴覚に障害があり、なかなか気持ちを伝え合うことができない。台詞は一つもなく、手話をはじめとする仕種や表情で、若い女性の「変化」と「成長」を演じきったことが高く評価された。

 連続ドラマ初主演作となったのが、尾瀬あきらの漫画が原作の『夏子の酒』(1994)。急逝した兄の遺志を継ぐため新潟の実家に戻り、「日本一の名酒」を作る夢に挑むヒロイン・夏子。幻の酒米を復活させるため、無農薬での栽培を試みるが、害虫の発生をおそれる近隣の農家からは猛反対される。束の間の「繁栄」の時代が終わり、「衰退」の不安が迫ってきた当時の農村社会の中で、「夢」の実現のために粘り強く働き続ける夏子を見て、周りの人々も彼女の「夢」に心を動かされていく展開が感動を呼んだ。このドラマをきっかけにして米作り、酒造りを志した人も多いという。

 『夏子の酒』の成功を受け、その後は『妹よ』(1994)、『ピュア』(1996)、『バージンロード』(1997)と、フジテレビの看板ドラマ枠「月9」での主演が続き、庶民の娘が様々な困難を乗り越え、幸せを手に入れるという「シンデレラ・ストーリー」を演じた。この時期には実生活でも結婚・出産を経験するが、ここで童話のように「めでたしめでたし」とはならないのが人生というもの。30代以降は、かつての「お嬢さん」が妻や母となってどう生きていくかを演じるようになり、シリアスからコメディまで自由自在の演技力が、再び注目されていく。

 コメディで新境地を拓いたのが、ドラマ『動物のお医者さん』(2003、テレ朝)での大学院生・菱沼さん。深窓の令嬢として育てられたため一般学生とのギャップが大きく、彼女の(スローな)一挙一動が周囲に波紋を巻き起こす。自身の持ち味である「おっとり」を、確信犯的に前面に出すようになったのが、その後の活躍にもつながっていく。

 京の長屋を舞台にした映画『虹の橋』(1993、監督・松山善三)をはじめ、時代劇への出演も数多いが、映画『丹下左膳 百万両の壺』(2004、監督・津田豊滋)での矢場の粋なお姐さん、ドラマ『華岡青洲の妻』(2005、NHK)では美しい姑に対抗心を燃やす嫁、そして『必殺仕事人2007』(ABC)での仕事人元締と、穏やかな佇まいとともに芯の強さも感じさせるキャラクターが活かされてきた。

 母親役で全国的に知られるようになったのが、NHK大阪局制作の朝ドラ『ちりとてちん』(2007)。福井・小浜から大阪に出て落語家になる娘(貫地谷しほり)が主人公だが、大阪にいる娘に荷物を郵送しようとして、ついつい自分も列車に乗って大阪まで持ち運んでしまう…という大らかな「お母ちゃん」糸子を茶目っ気たっぷりに演じて人気を集めた。娘は「お母ちゃん」みたいにはなりたくないと言って都会に出たのだが、やがて自分も結婚して母となる時、家族のことを思い続ける母の大切さに気づき、「太陽みたいな」お母ちゃんになろうと決意する。「朝ドラ屈指の傑作」と呼ばれるこの作品の成功に、お母ちゃん=和久井さんが大きく貢献していたのは間違いないだろう。

 今年の朝ドラ『ひよっこ』(2017、NHK)でも、集団就職の少女たちを温かく見守る町工場の舎監(寮母さん)・愛子を演じ、その愉快なキャラクターが新たな世代のファンにも愛された。「シンデレラ」から「お母ちゃん」へと、人生を休みなく歩き続ける姿に、これからも注目していきます!

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。

◇次回のご案内
第44回 労働映画鑑賞会
・2017年12月14日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品:『人生、ここにあり!』(2008年/111分/イタリア)
  監督:ジュリオ・マンフレドニア 出演:クラウディオ・ビシオ ほか
  内容:イタリア本国で、観客動員数40万人を超える大ヒットを記録した人生賛歌。1978年、バザール法(バザリア法)により精神病院が閉鎖されたイタリアの実話をベースに、元患者たちが労働組合員とともに困難を乗り越え、自ら道を切り開いていくさまを、コミカルなタッチでつづった作品。
※詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 11~12月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00171203

◇新作ロードショー
『希望のかなた』
 《12月2日(土)から 東京 渋谷 ユーロスペースほかで公開》
 内戦が激化するシリアのアレッポから、遠く離れたフィンランドの首都ヘルシンキに辿り着いた青年。地元のレストランオーナーたちと絆を育んでいく。(2017年 フィンランド 監督:アキ・カウリスマキ) http://www.kibou-film.com
『恋とボルバキア』
 《12月2日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 日本人の7.6%といわれるセクシュアル・マイノリティの現在を描くドキュメンタリー。様々な悩みや夢、恋と幸せ、生きづらさを捉える。(2017年 日本 監督:小野さやか) http://www.koi-wol.com
『ユダヤ人を救った動物園~アントニーナが愛した命~』
 《12月15日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマズみゆき座ほかで公開》
 1939年、ポーランドのワルシャワで、ナチスドイツに迫害されるユダヤ人たちを、経営する動物園にかくまった夫婦の実話を映画化。(2017年 チェコ=イギリス=アメリカ 監督:ニキ・カーロ) http://zookeepers-wife.jp/
『わたしは、幸福(フェリシテ)』
 《12月16日(土)から 東京 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開》
 アフリカ・コンゴの首都、キンシャサ。バーで歌いながら、シングルマザーとして息子を育てる女性を描く人間ドラマ。(2016年 フランス=セネガルほか 監督:アラン・ゴミス) http://www.moviola.jp/felicite/

◇名画座・特集上映

◎北海道・東北
【札幌プラザ2・5】 11/23~26「札幌映画サークル クチコミ劇場 part4」…いなべ/退屈な日々にさようならを/プールサイドマン/戦場へ、インターン/他
【函館 クレモナホール/他】 12/1~3「函館港イルミナシオン映画祭」…新・喜びも悲しみも幾歳月/嘘八百/いぬむこいり/セブンティーン、北杜 夏/他
【弘前 中三スペースアストロ】 12/2「harappa 映画館 弘前出身、木村文洋監督特集」…息衝く/へばの

◎関東・甲信越
【東京 神保町シアター】 11/25~12/22「女優で観る〈大映〉文芸映画の世界」…日本橋/総会屋錦城 勝負師とその娘/四十八歳の抵抗/閉店時間/他
【東京 恵比寿 東京都写真美術館】 11/25~12/15「ポーランド映画祭」…早春/オラとニコデムの家/人生の舞台/コルチャック先生/ズビシェク/他
【東京 渋谷 ユーロスペース】11/25~12/1「アキ・カウリスマキが愛するフィンランドの映画」…夏の夜の人々/白いトナカイ/労働者の日記/ラプシーとドリー/他
【東京 京橋 フィルムセンター】 11/28~12/24「チェコ映画の全貌」…大聖堂の建築者/これが人生/土曜から日曜へ/サイレン/火事だよ!カワイ子ちゃん/他
【東京 御茶ノ水 全電通労働会館ホール】 12/3「国際有機農業映画祭」…未来の収穫(フランス)/我々の土地は今(フランス)/たね(アメリカ)/ユーターン(ルーマニア)/他
【まつもと市民芸術館】 12/1~3「爆音映画祭 in 松本」…問いかける焦土/ブルース・ブラザーズ/鉱 ARAGANE/ストップ・メイキング・センス/はらはらなのか。/他

◎東海・北陸
【羽島市映画資料館】 11/25・26「優秀映画鑑賞推進事業」…蜂の巣の子供たち/帰郷/戦争と平和/安城家の舞踏会
【金沢21世紀美術館】 12/9・10「ニッポンカゲキ 歌って踊ってる場合ですよ!!」…君も出世ができる/エノケンの頑張り戦術/ジャンケン娘/大学の若大将
【岐阜ロイヤル劇場】 12/16~29「高峰秀子特集」…カルメン故郷に帰る/永遠の人(週替り上映)

◎関西
【神戸映画資料館】 11/23~26「神戸発掘映画祭2017」…勤倹貯蓄 塩原多助/カテイ石鹸(広告)/製糖の実況/ジャズ娘誕生/他
【守口市生涯学習情報センター】 11/26「成瀬巳喜男監督の世界」…めし/おかあさん/流れる/乱れ雲
【和歌山市民会館】 12/5~7「優秀映画鑑賞推進事業 激動の昭和」…独立愚連隊/日本のいちばん長い日(1967)/洲崎パラダイス赤信号/雁の寺
【神戸 パルシネマしんこうえん】 12/18~29 はじまりへの旅/ちょっと今から仕事やめてくる(2本立)

◎中国
【広島 NTTクレドホール/他】 11/24~26「広島国際映画祭2017」…太平洋の防波堤/棘と荒地/一陽来復 Life Goes On/イタリア麦の帽子/住民総会/他
【シネマ尾道】 12/2~5「銀幕・嵐を呼ぶ男たち特集」…嵐を呼ぶ男(1957)/暁の脱走/悪名/隠し砦の三悪人

◎四国
【徳島市シビックセンター】 12/17「徳島でみれない映画をみる会」…セールスマン(2016年 イラン=フランス)

◎九州・沖縄
【本渡第一映劇】 11/22~26「天草市民シアター 社会派サスペンス傑作選」…張込み/悪い奴ほど良く眠る/黒い画集 あるサラリーマンの証言/白い巨塔
【福岡市総合図書館 シネラ】 12/1~22「マレーシア・シンガポール映画特集」…チキンライス・ウォー/追いつ追われつ/砂利の道/相撲ら!/水辺の物語/他
【北九州市立門司市民会館】 12/9・10「門司シネマフェスタ」…夜の河/五瓣の椿/雪国/五番町夕霧楼

●日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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