【「労働映画」のリアル】

第27回 労働映画のスターたち・邦画編(27) 伊東四朗

清水 浩之


 《食卓に欠かせない「顔」! 「看板脇役」としてのお父さん史》

 お茶の間からダイニングルームへと、形態は和風から洋風に変わったが、「食卓」は今も昔もホームドラマのメインステージ。この食卓に欠かせない「顔」、中心に座る父親役ですぐに思い浮かぶのは、今年80歳になった伊東四朗さん。革新的なホームドラマ『ムー』『ムー一族』(1977~79、TBS)をはじめ、海外でも熱狂的な人気を集めた『おしん』(1983~84、NHK)や、二世帯住宅での嫁姑の同居バトルを描いた『ダブル・キッチン』(1993、TBS)、暮らしに役立つ知恵を集めたバラエティ番組『伊東家の食卓』(1997~2007、日テレ)など、時代を代表する食卓に欠かせない「お父さん」として親しまれてきた。

 戦後70年で日本の家族の姿は大きく変貌したが、父親の威厳も戦前とは違い、発言力の強くなった妻や子どもに押され気味となった。頑固オヤジ風のコワモテだが心は優しく、娘の結婚話や息子の進路など、家庭内に起こる様々なトラブルに右往左往しながら、「家長」としてどうにか調整しようとする…そんな「脇役」型の現代の父親を体現してきた作品群を、労働映画の視点から見てみよう。

 1937年、東京・下谷の生まれ。高校を卒業する時、内申書に「とっつきの悪そうな男」と書かれたため就職が決まらず、早稲田大学の生協でアルバイトをしながら、好きだった歌舞伎や軽演劇を見て過ごす。新宿フランス座ではいつも同じ席で見ていたため、座長の石井均に誘われて楽屋に上がり込み、「ついでに」舞台にも出るようになる。後にトリオを組む三波伸介、戸塚睦夫ともここで知り合ったが、舞台の出番を終えた後、夜のキャバレーでコントを演じる「内職」を続けるうちに劇団は解散。コントの方が本業になった。

 当時人気爆発の「脱線トリオ」にあやかり「てんぷく(転覆)トリオ」と名乗ったように、当初は成り行きに任せて活動を始めた3人組だが、親分肌のリーダー・三波、不器用だが独特なおかしみのある戸塚と組んだことから、いちばん若い伊東はコントの「状況」を作り出すセットアッパーとして、舞台の上をさかんに動き回り、二人がボケるとすかさずツッコむ役割を担った。トリオは三波のギャグ「びっくりしたなぁ、もう!」でブレイクを果たすが、1968年元旦、朝日新聞の特集記事「今年期待する新進」で、市川崑監督から《からだとセリフのタイミングが見事》と評されたのをはじめ、徐々にひとりの演技者としても注目されるようになる。翌1969年には、NHK大河ドラマ『天と地と』のレギュラー出演者に抜擢された。

 その一方、ご本人が今もなお「喜劇役者」と名乗るように、浅草を本拠地としてきた「東京の喜劇」が下火となった後も、様々な共演者とともに「場」を作り続けてきた。三波伸介、中村メイコ、東八郎らと一座を組んだ『お笑いオンステージ』(1972~76、NHK)。小松政夫とのコンビで「電線音頭」「しらけ鳥」などの流行語を生み出した『みごろ!食べごろ!笑いごろ!!』(1976~78、テレ朝)。MANZAIブームの後も、三宅裕司や三谷幸喜らと共に「東京喜劇」の孤塁を守り、『コメディー お江戸でござる』(1995~98)ではNHKのスタジオ公開コメディーの復活に尽力した。

 「俳優」としての仕事も、喜劇がベースになっていることに注目したい。映画『ルパン三世 念力珍作戦』(1974、監督・坪島孝)での銭形警部や、ドラマ『笑ゥせぇるすまん』(1999、テレ朝)の喪黒福造など、マンガのキャラクターになりきるのはお手のもの。伊丹十三監督の映画『マルサの女』(1987)では、脱税がバレたパチンコ店の社長役。税務署員(宮本信子)の厳しい追及を受けて狼狽すると、顧問税理士(小澤栄太郎)に八つ当たりしながら店外に飛び出し、電信柱にしがみついて泣きわめく(もちろんウソ泣き)。7分半にわたるこのシークエンスは、まるでトリオで演じるコントのように見応えがあった。テレビドラマでは『ダブル・キッチン』(1993)、『理想の結婚』(1997)、『地獄の沙汰もヨメ次第』(2007、いずれもTBS)での、「鬼姑」野際陽子との夫婦役が有名。嫁と姑の諍いを収めようと腐心するが、息子の嫁には同情的な一方で、娘の夫には容赦しないのがなんとも可笑しい。

 自分はあくまでも脇役で、「座長」は似合わないと言い続けてきた彼の数少ない主演作が 映画『スパルタの海』(1983、監督・西河克己)。ヨットスクール校長・戸塚宏氏に扮したが、体罰問題と死亡事故により校長らが逮捕され(後に最高裁で有罪確定)、映画の公開も2011年まで封印されていた。映画の中の「校長」は、鬼教官としての恐ろしさを存分に発揮しつつ、家庭内暴力に苦しむ親たちに懇願され、「一度死んだ」子どもたちを生き返らせようと奮闘する姿が印象に残る。

 硬軟自在のお父さん役者・伊東四朗さん。80代の今こそ、往年の笠智衆や森繁久彌のような軽妙さで、老いた父とその家族の長い付き合いを描いた作品をお願いしたいです。

 (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(1月の鑑賞会はお休みとなります)

◇次回のご案内
第45回 労働映画鑑賞会
・2018年2月8日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・「マチ工場のいまと、これから」を考える作品を上映予定です。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 12~1月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00180103

◇新作ロードショー
『月夜釜合戦 つきよのかまがっせん』
 《12月23日(土/祝)から 大阪 九条 シネ・ヌーヴォほかで関西先行公開、5月東京公開予定》
 ことわざ「月夜に釜を抜かれる」、古典落語「釜泥」などを基に、再開発の波が押し寄せる労働者の街、大阪・釜ヶ崎の人々が繰り広げる騒動を描いた人情喜劇。(2017年 日本 監督:佐藤零郎) http://tukikama.com/
『クイーン 旅立つわたしのハネムーン』
 《1月6日(土)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》
 インドで大ヒットを記録したガールズ・ムービー。結婚式の直前に婚約を破棄されたヒロイン。新婚旅行で行く予定だったヨーロッパへひとりで旅立つ。(2014年 インド 監督:ビカース・バール) http://www.cinemart.co.jp/theater/shinjuku/
『5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生』
 《1月13日(土)から 東京 角川シネマ有楽町ほかで公開》
 95%の視力を失った青年が、「ミュンヘンの5つ星ホテルで働きたい」という夢のため、一世一代の大芝居を打つ。実話の映画化。(2017年 ドイツ 監督:マルク・ローテムント) http://5p-kiseki.com/

◇名画座・特集上映

◎北海道・東北
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 1/12・26「YIDFF2017アンコール」…カラブリア(スイス)/要塞(スイス)/自我との奇妙な恋(オランダ)
【由利本荘市文化交流館】 1/20・21「カダーレシネマ」…ロックよ、静かに流れよ/お引越し/櫻の園/遠雷

◎関東・甲信越
【川越スカラ座】 12/22~27「川越ドイツ映画祭2017」…わすれな草/ハンナ・アーレント/ドストエフスキーと愛に生きる/女闘士/他
【東京 神保町シアター】 12/23~29「私をバブルに連れてって バブリー映画特集」…愛と平成の色男/就職戦線異状なし/私をスキーに連れてって/他
【長野松竹相生座】 12/30~1/26「年末年始だよ!寅さん特集 第6弾」…男はつらいよ 純情篇/奮闘篇/寅次郎恋歌/柴又慕情(週替り上映)
【東京 京橋 フィルムセンター】 1/5~25「ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント コレクション」…戦場にかける橋/タクシードライバー/クレイマー、クレイマー/おとなのけんか/他
【東京 キネカ大森】 1/13~19「廣木隆一監督特集」…さよなら歌舞伎町/彼女の人生は間違いじゃない(2本立)
【川崎市市民ミュージアム】 1/13~16「映画で見る昔の川崎」…どぶ/愛すればこそ/この青春/アッシィたちの街

◎東海・北陸
【福井メトロ劇場】 12/23~1/5「ボブという名の猫×福井犬・猫を救う会」
【岐阜 ロイヤル劇場】 12/30~1/12「初笑い!日本一の男 植木等特集」…日本一の色男/日本一のワルノリ男(週替り上映)
【穂の国とよはし芸術劇場PLAT】 1/13~2/11「とよはしまちなかスロータウン映画祭」…浮雲/だれの椅子?/ブルックリン/富士山頂/他
【こまつ芸術劇場うらら】 1/13・14「懐かしの映画上映会」…伊豆の踊子(1974年)/野菊の墓/時をかける少女(1983年)/ぼくらの七日間戦争
【掛川市生涯学習センター/他】 1/14・28「掛川名作映画祭」…忍ぶ川/めぐりあい/吹けば飛ぶよな男だが/喜劇 急行列車/他

◎関西
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 1/2~26「大映女優祭」…山猫令嬢/羅生門/愛染かつら(1954年)/ぼんち/お嬢さん/他
【川西市みつなかホール】 1/12・13「みつなか名画シアター」…大学の若大将/君も出世ができる/エノケンの頑張り戦術/ジャンケン娘
【神戸アートビレッジセンター】 1/18~22「新春!ニッポンの喜劇映画セレクション」…親バカ子バカ/番頭はんと丁稚どん/喜劇 駅前温泉/スチャラカ社員/他
【大阪 新世界日劇東映】 1/19~25 新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義/トラック野郎 男一匹桃次郎(2本立)

◎中国
【広島市映像文化ライブラリー】 1/17~31「蘇ったフィルムたち」…紅葉狩/茶目子の一日/幕末太陽傳/赤い陣羽織/秋日和/他

◎四国
【高知 あたご劇場】 12/23~1/5 ローサは密告された(2016年 フィリピン)

◎九州・沖縄
【福岡市総合図書館 シネラ】 1/5~27「森繁久彌特集」…警察日記/夫婦善哉/新・三等重役/恍惚の人/他
【熊本県益城町文化会館】 1/7・8「黒澤明監督 名作特集」…酔いどれ天使/用心棒/羅生門/わが青春に悔いなし

●日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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